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(働かざる者食うべからずよ/仁王)

連日の寒さが嘘のよう、冬晴れとなった2月最初の週末。きらやかな日差しが薄く積もった雪を全て溶かし、庭先の茶色い芝生が顔を覗かせる。
デニムにダウンジャケットとラフな格好をしたゆめこは、厳しい冬の合間に訪れた穏やかな日曜日には似つかわしくない、むすっとした顔付きで庭のど真ん中に佇んでいた。

「だるー」

目の前に置かれた大きな木製の机を見下ろしながら、ゆめこは独りごちる。なぜ、こんなことに。せっかくの日曜日なのに、とゆめこは数分前の母とのやり取りを思い出していた。



「ゆめこちゃん」

リビングでテレビを見ていたゆめこは母の妙に優しい声で振り返った。にこにこ微笑む彼女を見て、ゆめこは長年の勘で「あ、これめんどくさいやつだ」と気付いたが、声を掛けられてしまった以上逃げ出す訳にもいかず、ゆめこは

「なに?」

と聞き返す。
「これ見て」一枚の紙を渡され、ゆめこは素直に受け取り紙面を覗く。そこには棚の設計図のような絵が描かれていたが、おそらく母が書いたであろう素人感丸出しの絵だったので、ゆめこはもう一度「なに?」と聞いた。今度はなんだこりゃ、の意である。

母は笑顔のまま、目の前のカーテンをシャッと開けると

「あれを、これにしたいの」

と言った。
"あれ"は、庭に出された木製の大きな机。"これ"は、ゆめこの手元にある設計図の棚を差す。

「いや、無理っしょ無理っしょ」
「できるわよー、最近DIYって流行ってるじゃない?テレビの特集見たんだけど、大きな机をちょっとしたラックにリメイクしてて良いなぁって思ったのよね」
「棚欲しいなら買えばー?ニトリで二千円くらいで売ってそうじゃない?」
「違うの。私は資源を無駄にしたくないの」
「急にどうした」

いつからそんな環境問題に興味が?
思わずツッコミたくなったゆめこであったが、「あの机の脚の部分をここに使って〜、」とつらつらと説明が始まってしまったので黙って耳を傾けておいた。

「ママのやりたいことは分かったけど、なんで私に言うの?」
「それはもちろん、ゆめこにやって欲しいから」
「えーーー、だっる」
「働かざる者食うべからず、よ」
「そだ。パパは?パパにお願いしようよ」
「パパは今日担当者さんと打ち合わせでいないの」

まじか。なぜ肝心な時に居ない。仕事中であろう父を思い浮かべ、ゆめこは理不尽なことを考える。

「準備は出来てるから」

昨日の内に父に机を外に出してもらい、必要な工具を準備してもらったという母の話を聞き、それって昨日から私に頼む気満々だったってこと?とゆめこは思った。

「ママがやったら?」
「私は手首が、手首が痛いの」

白々しい演技でよよよと右手首を押さえる母。嘘つけ、と言わんばかりの眼差しを向ければ、

「ママはお昼ご飯の準備で忙しいから、よろしく!」

と潔く言われ、ゆめこは唇を突き出した。
それを言われたらやるしかないじゃないか。こんなことなら予定も無いけど遊びに出掛けていれば良かった、などと思いながら、ゆめこは汚れてもいい服に着替えて外に出た。そして今に至る。

「しょうがない、やるか」

握っていたメモを縁側に置き、ゆめこは軍手をはめてのこぎりを持つ。そうしてギコギコと作業をしていたが、

「待って待って、全然切れてなくない?」

刃が進んでいないことに気付き、ゆめこは手を止める。のこぎりがおかしい訳でもやり方が間違っている訳でもない。単純に力が足りないのだ。
てかこんな本格的なDIYをしたいなら電動を用意すべきなのでは?とゆめこは顔を顰める。

「これじゃ日が暮れちゃうよー」

ゆめこはのこぎりを持ったまま弱音を吐いた。

「ゆめこ」

その時、塀の外から声を掛けられゆめこは顔を上げた。

「雅治くん!」
「何しとんじゃ?」

のこぎりを持って立ち尽くすゆめこの姿を頭から足の先まで見て、仁王は目をぱちくりさせる。彼は立海テニス部の芥子色ジャージを着てラケットバッグを抱えていた。
たまたま通りかかった仁王は、庭先にいるゆめこの姿を見つけて声を掛けたのだった。
「肉体労働を強いられております」なんて深刻な顔をするゆめこに、要は家の手伝いか、と仁王は結論付けた。

「雅治くんは?部活もう終わり?」
「いや、今日はオフぜよ」
「あ、そっか」
「柳生と自主練しとった」
「へー、すごい」

月に2日しかない貴重なオフまでテニスの練習とは。ゆめこは感心したように言った。

「その机、どうするんじゃ?」
「ママが棚作りたいんだって。だからこの机をただの木材に戻したい」
「なるほど」

「のこぎりって難しいんだねー、ナメてた」なんて言って唇を尖らせるゆめこを、仁王はじっと見つめる。そして口を開いた。

「手伝ってやるぜよ」
「えっ」

思いがけない提案に、ゆめこは目を丸くした。たしかに仁王は優しい。第一印象からは想像もできないくらい、仲良くなればなる程彼が人間味のある人物だということが分かってきた。困っている時はいつも彼が手を差し伸ばしてくれていたし、度々救われてきた。しかし、だ。

「これ手伝ってもらうのは、ちょっと・・・」
「ちょっと?」
「さすがに申し訳無さすぎるわ」

ゆめこは片手で顔を覆ってそう言った。
せっかくの彼の休日を、母の思いつきのDIYに付き合わせるのは心が痛む。賃金が発生するならまだしも無償で手伝わせるなんて。

「ええよ、別に」
「いやいや、ほんと大丈夫」
「遠慮するなんてお前らしくないのう」
「だってさ、怪我でもしたら」
「それはお互い様じゃろ」
「・・・そうだけど」
「筋トレにもなりそうやし、ちょうど良いぜよ」

そう言うと、仁王は門を開けてゆめこの家の敷地に足を踏み入れた。ゆめこは「ええっ」と慌てていて、仁王は少し笑いそうになった。普段あんなに図々しいくせに、変なところで気を遣ってくる奴じゃ、なんて思いながら仁王はゆめこの手から流れるように軍手とのこぎりを奪う。

雅治くんが軍手・・・似合わない!
大分失礼なことを思いながらゆめこはその様子をぽけっと見守る。しかしすぐにハッとして、ゆめこは母のメモを渡した。一目見ただけで、「あー」と納得したような顔になった仁王は、瞬時にゆめこの母の完成イメージを理解したらしい。
仁王は腕まくりをして、机にのこぎりを当てていく。ギコギコというリズミカルな音が庭に響き、ゆめこは興味深そうに覗き込んだ。

「すごーい、切れてる」
「そりゃ切れるじゃろ」

ポロっと、あっという間に机の脚が一本切り落とされた。それを拾い上げ切り口をまじまじと見ていると、すぐにまたギコギコという音がきこえてきて、ゆめこは再び仁王に目を向けた。
腕まくりで露わになった腕はがっしりして、動かす度に男らしい血管の線が浮き出てくる。ゆめこはついつい見入ってしまった。あまり筋肉質なイメージが無かった、むしろヒョロっとしてる印象すらあった仁王の意外な一面だ。
そんなゆめこの視線に気付いたのか、仁王は不思議そうに顔を上げると「どした?」と問いかけた。

「仁王くんって男の子なんだなぁって思って」
「・・・は?」
「いや、すごく、力あるし。筋肉とかも、あるんだなぁって」

仁王の腕を見ながらぽつりぽつりと話すゆめこに、仁王はぽかんと口を開ける。真面目な顔して何言い出すんじゃ。仁王はそう思ったが、そういえば彼女の好きなタイプを聞いた時に筋肉質な某黒人ハリウッドスターを例に挙げていたのを思い出して仁王はハッとした。
もしかして褒めらている・・・?

「つまりあれか。見惚れてた、と?」
「えっ!いや、改めて言われると恥ずかしいけど・・・、そうなの、かな?」

ぽっと頬を染めながら素直に認めたゆめこに、仁王も伝染するようにじわじわと体が熱くなる。

「変態」

照れ隠しにからかうと、ゆめこは「ひどっ」と言ってけらけら笑い出した。

「いいぜよ。俺の天才的妙技、たっぷり見ていきんしゃい」
「あっはは!どこかで聞いたことあるセリフ!」

丸井の姿を思い浮かべながら、二人は顔を見合わせてニヤニヤした。
そうしてあっという間に机の脚を全て切り終えたところで、玄関からゆめこの母親が顔を出した。

「あれ?え?雅治くん?」
「お邪魔してます」
「雅治くんに全部切ってもらったー」

軍手もはめず、涼しい顔で説明する我が娘に「やだもー、この子ったら!」と成留美は焦った様子で駆け寄ってくる。

「雅治くんにこんな雑用やらせるなんて」
「いえ、俺が手伝うって言ったんです」
「もーーー、本当にごめんなさいね」

片手でゆめこの頭をぐいぐいと下げながら謝罪してくる成留美に、仁王は珍しく焦った様子で首を横に振る。

「そうだ!雅治くんお昼食べた?よかったらうちで食べていって」
「いえ、俺は」
「いいねいいね、雅治くん一緒に食べようよ」

断ろうとしたところでゆめこにまで誘われ、仁王は「え」と動きを止めてゆめこと成留美を交互に見た。似たような顔でにこにこ笑う親子に、仁王は「・・・お願いします」と小声で返事をするのだった。

「先に準備してるね」

成留美が再び家の中に戻っていったことを確認して、仁王は「すまんの」と一言ゆめこに声をかけた。

「なんで?」
「逆に気を遣わせてしまったんじゃなか?」
「あはは、全然だよ。雅治くんに助けてもらって本当に助かったし」

ゆめこは使っていたのこぎりを片付けながらそう答えたが、ふいに「あ、そうだ」と何かに気付いたように声を上げた。

「私からのお礼も楽しみにしてて」

うふふ、と意味ありげに含み笑いをするゆめこに仁王はこてんと首を傾げる。

「雅治くん、今は何月でしょう?」
「なんじゃ急に。昨日2月に入ったな」
「そう、2月と言えば?」
「・・・」

本気で分からない仁王は、口元に手を当て考え込んだ。本来こういった突拍子も無いクイズを出す側であることが多いので、急に回答者側に立たされ少なからず彼は動揺していた。

仁王からなかなか答えが出ないことに満足したゆめこは、「正解知りたい?」と口の端を吊り上げる。しかしうんともいいえとも返事をする前に、

「正解はバレンタインデーでしたー!」

とあっさり答えを言われ仁王は拍子抜けした。

「で?」
「今年も作るからさ、期待してて」
「ほう」
「どんなのがいい?」
「さぁ、なんでも」
「なにそれー」

あまり興味が無さそうなその態度に、ゆめこはぶーと文句を垂れる。仁王はあまりスイーツには詳しくないので何が良い?と聞かれても良く分からないというのが本音だった。しかし不満そうなゆめこの顔を見て、誤解されるのも嫌だなと思った仁王は、ごほんと咳払いをして口を開いた。

「ゆめこから貰えるならなんでもええ」
「へっ?」
「お前さんが作るのはなんでも美味いきに」

ゆめこは目をぱちぱちさせた。その反応に直球過ぎただろうか?と仁王はひやりとしたが、ゆめこがすぐににっこりと笑って「わかった」と言ったのでホッと小さく息を吐いた。

「頑張って作るね」

そう言ったゆめこの笑顔が眩しくて、仁王は思わず目を細めた。





(220801/由氣)→160

こんなにも惚れている




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