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(来週バレンタインだろい?/丸井・毛利)

「もうすぐバレンタインだな!」

バレンタインを1週間後に控えた今日、購買から戻るやいなや丸井はウキウキとした面持ちで隣の席のゆめこに話しかけた。
時は昼休み。ゆめこは自席で星梨と向かい合ってお弁当を食べていて、突然振られた話に目をぱちくりとさせて丸井を見た。口の中に入っている卵焼きをマイペースに咀嚼して飲み込むと、彼女はしばしの間を開けて「そうだね」と相槌を打った。
それと同時に、丸井の腕の中にある大量の購買パンに目を向けた。どざどさと自分の机の上にそれらを並べる丸井に、ブン太くん今日も平常運転だな。なんてゆめこは思う。すると、そんな彼女の視線に気付いた丸井はにかりと笑って一つのパンを手に取った。2月限定ダブルチョコデニッシュだ。

「一つやるよ」
「えっ、いいの?」
「ブンブン、私には?」
「お前はこの前俺のコロッケパン勝手に食べただろい?だからナシ」
「うっわ、ケチ」

星梨はムスッと下唇を突き出した。
ゆめこはもらったパンをまじまじと見つめながら、「これが噂の」と嬉しそうに目を輝かせる。

バレンタインを意識しているのか、チョコをふんだんに使用したこのパンは毎年2月に販売される限定品で、早く行かないと売り切れてしまう程生徒達の間で人気があった。それを2つもゲットするとは、さすがはブン太くんだな、とゆめこは感心した。

「で、話は戻るけど」
「うん?」
「来週バレンタインだろい?」
「そうだね」
「ゆめこからのチョコ楽しみにしてんだけど」
「・・・」
「今年は何作んの?」

去年はいつメン全員にチョコを配っていたゆめこなので、今年も当たり前のように貰えるだろうと思っている丸井は満面の笑みでゆめこの返事を待つ。自分以外にもチョコを渡していたことを知って落ち込んだ去年のバレンタインとは一転、ここ一年で片想いレベルを上げた彼は、ゆめこからチョコが貰えるなら本命じゃなくてもいいやと思える程になっていた。
例え仲の良い友達の一人だとしても、好きな子の側に居れてチョコまで貰えるならこれ以上の贅沢はない。

おまけにゆめこは料理上手だ。
また今年もゆめださんと一緒に作るんだろうなぁ。二人でお揃いのエプロンなんか着ちゃうんだろうか。フリフリのエプロンを着たゆめこがせっせとチョコを作る姿を妄想しては、やべー、なんかちょっとエロかわいい。なんてとんでもないことを思っていた丸井は、「それがさぁ」と少し暗いトーンで口を開いたゆめこによって現実に引き戻された。

「今年はチョコ渡せないんだ」
「・・・は?」
「ごめんねー」

眉尻を下げ申し訳無さそうに謝るゆめこ。
丸井は現実を受け入れられずぱちぱちと瞬きを繰り返していたが、すぐにハッとして「なんで?!」と立ち上がった。同時にガタタッと椅子が音を立ててゆめこは少し驚いた顔をする。しかしすぐに「えっとね、」と口を開いた。

「寿三郎さんに、他の人にチョコあげないで欲しいって頼まれちゃってさぁ・・・。あっ、パパとお兄ちゃんにはあげても大丈夫ってお許し貰えたんだけど」

ゆめこは、一昨日の放課後に毛利と交わした会話を思い出しながらそう話した。放課後デートをしたタイミングでバレンタインの話題になり、その時お願いされていたのだ。



2日前。

たまたま寄り道をしたショッピングモールにバレンタインの特設会場ができており、それを見かけた毛利は「ほうか、もうすぐバレンタインやんね」と思い出したように言った。

「去年ゆめこからチョコ貰えた時はほんま嬉しかったんよ」
「あはは、勇気出して渡しに行って良かったです」
「でも正直義理やったやろ?」
「うーん、どうでしょうねぇ」
「他の人にも配っちょる言うてたし」
「・・・よく覚えてますね」

普段は忘れっぽいところがある割に、一年も前にゆめこが言い放った照れ隠しを覚えているとは。ゆめこは少しソワソワした。しかしみんなにも配ったというのは紛れもない事実であるので、何も言い訳は出来ない。

「今年もテニス部のみんなに配るん?」
「はい。そのつもりです」

幼馴染である柳には小学生の頃から毎年渡しているし、いつメンのレギュラー陣も普段から仲良くしているのでゆめこは今年もゆめみと一緒に作って渡すつもりでいた。ゆめこの答えを聞いた毛利は「うう〜ん」と悩ましげに腕を組む。

「寿三郎さん?」
「あんな、俺がもし他の人にチョコ渡さんで欲しいってお願いしたら・・・引きよる?」
「へっ」

思ってもいない提案にゆめこは驚きで瞬きを繰り返す。

「えっと、でも、義理チョコ・・・というより友チョコですよ?」

もはや女友達と同じ扱いにされているいつメン。これを聞いたら丸井や仁王は黙っていないだろうが、幸い彼らはここにはいない。毛利は「まぁ、ゆめこはそう思っちょるやろけど・・・」と歯切れ悪く口をもたつかせる。

「あー、あかん!やっぱりあげたらあかんえ!」
「ええっ、」

我慢できない、と言わんばかりに大きな声を出す毛利にはゆめこはびくりと肩を揺らした。毛利はくるりとゆめこに向き直り両肩に手を置くと「約束してや」とじっとりとした視線を向けた。呆気に取られたゆめこはついつい流されるように「は、はい」と首を縦に振る。

度が過ぎた心配だと分かってはいる。しかし、他の男がゆめこからチョコを貰って喜んでいることを想像したら急に胃がムカムカしてきたのだ。自分のお願いを受け入れてもらえた毛利は、途端にへにゃりと笑うと「おおきに」と言った。




そんな経緯があり、ゆめこはいつメンにチョコをあげることを諦めていた。このまま誰にも詮索されなければしれっとやり過ごそうと思っていたが、やはり丸井相手にそれは難しかった。こうして聞かれたからには答えなければならない。
そう思い毛利に言われたことを思い出しながらチョコを渡せない理由をつらつらと説明していると、

「は?待って待って」

それを遮ったのは意外にも星梨だった。

「もしかして、ゆめこの彼氏ってそくばっきー?」
「えっ?そ、そうなのかな」
「いやそうでしょ、友チョコも義理チョコもダメって・・・ガチじゃん。ねぇ、ブンブン?」

星梨に同意を求められ、うっかり『そうだな』なんて返事をしそうになった丸井であったが、ゆめこの視線を感じて慌てて口を噤んだ。真っ直ぐな瞳でこちらを見上げているゆめこは、星梨同様自分の答えを待っているようだった。
お前の彼氏、束縛し過ぎじゃね?なんて、自分の彼氏を疑うことを知らない純粋な少女に無神経に言い放っても良いのだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。
しかし星梨はおかまいなしに、

「絶対そくばっきーだって!」

と続けた。
そんな星梨の言葉に、たしかに寿三郎さんは心配性でヤキモチ妬きなところはあるけど。『束縛されてる』と捉えたことはなかったな、とゆめこは思った。
世ではこれを束縛と言うのだろうか。

「ブン太くんもそう思う?」
「えっ?!あー・・・」

とうとうゆめこに話を振られて、丸井は観念したように「まぁ・・・、そうだな」と首を縦に振った。これまで毛利先輩には幾度となく牽制されてきたし。と丸井は心の中で付け足す。
ゆめこは気付いていないようだが、ゆめこに近付く男を見る毛利の目はいつだって敵意剥き出しだった。丸井もどちらかと言えば自分は嫉妬深い方だなと自負していたが、そんな丸井から見ても毛利はなかなかだった。

丸井の返事を聞いたゆめこは「そっかぁ、そうなんだ」とぶつぶつ呟いた。

「私、束縛されてるって気付かなかった」
「あはは!まぁ、ゆめこはのんびりしてるもんね〜。他にないの?彼氏の束縛エピソード」
「え〜、他に?」

完全に面白がっている星梨はニヤニヤしながらゆめこに問いかけた。ガールズトークのようなテンションになってきて丸井は居心地の悪さを感じたが、それよりもゆめこの話が気になるので、丸井は再び自席に腰を下ろすと二人の会話に耳を傾けた。

「あっ」
「なになに?なんか思い出した?」
「前にね、共通の知り合いの先輩からメッセージが来たことがあったんだけど」
「うんうん」
「返事しないで欲しいってスマホ取り上げられたことがあった」
「ぎゃ!やばぁ、それもう束縛度120%じゃん」

机をバシバシ叩きながら「ウケるー」と笑う星梨。
丸井もうっかり「まじかよぃ」なんて呟いてしまい、ゆめこはううっと体を縮こまらせる。
私達って普通じゃないの?恋愛初心者のゆめこは、二人のリアクションを見て不安そうな顔つきになった。

「他には?」

恋バナが楽しいのか、はたまた束縛彼氏の生態が気になるのか。星梨は目を爛々とさせ話の続きを促した。
他にもたくさん心当たりがあったゆめこであったが、これ以上現実を突きつけられるのが急にこわくなって、

「あとは・・・多分無い、かな?」

と言って曖昧な笑みを浮かべた。
毛利はゆめこにとって初めての彼氏なのでよくも悪くも彼が基準であり、他に比較対象などいない。そのため、彼に言われたことを当たり前のように鵜呑みにしてきたゆめこであったが、それが全て普通ではないのだとしたら。
ふと良くない考えが浮かび、ゆめこはそれを振り払うようにふるふると頭を振った。別にいいじゃないか。本人達が幸せなら、他人の物差しなんて関係ない。ゆめこはそう思い直すことにした。

「まぁ、そんな訳で。今年はごめんね〜」
「あーあ、ゆめこのチョコ食いたかったぜい。あっ、チョコがダメならクッキーとかは?」
「諦め悪いよ、ブンブン」

しつこく食い下がる丸井に、星梨は呆れたように言い放つ。丸井は「ちぇっ」といじけた。
ゆめこはそんな二人を見てあははと笑っていたが、程なくして二人が別の話題をし始めたのを確認すると、何かを考え込むようにそっと視線を伏せた。

ゆめこは先日の仁王とのやり取りを思い出していた。

あれは4日前のこと。
母のDIYを手伝ってくれたお礼にとゆめこは仁王にバレンタインチョコを渡す約束をしてしまっていたのだ。しかも言い出しっぺは自分である。
いくら恋人に頼まれたからとはいえ、「ごめん、やっぱり渡せないわ」などとは言いにくくゆめこはいまだに仁王にこのことを話していなかった。

正確に言えば昨夜言おうと試みたが、話せなかったのだ。仁王宅に回覧板を持っていったタイミングで、「あのさ、バレンタインなんだけど」と切り出したゆめこだったが、「おー、もう来週じゃのう。楽しみにしとるぜよ」などと返されゆめこは黙りこくった。言えない。
目を細め、ふわりと笑った仁王はなかなかレアで。こんな時に限ってなぜ彼はこんなにも優しい顔をするのだろう。とゆめこはヤキモキした。
結局「う、うん。楽しみにしてて」なんて言葉が口を突いて出てしまったもんだから、ゆめこは仁王に別れを告げ帰宅するや否や玄関で頭を抱え込む羽目になった。

なんとかしなければ。このままではあっという間にバレンタイン当日が来てしまう。
そうしてしばらく考え込んでいたゆめこだったが、ふと悪い考えが頭を過る。寿三郎さんが部活を引退した今、二人の間にはこれといった接点も無いし、もしかして雅治くんにだけこっそり渡してもバレないんじゃ・・・?なんてゆめこは思った。

バレンタイン当日まで言い出せなかったらそうしてしまおうか。いやいや、それは寿三郎さんへの裏切りになってしまう。いや、でも・・・。なんて二転三転する考えを拗らせながら今日まで来てしまったゆめこだったが、先程星梨に

「束縛度120%じゃん」

なんて言われてしまったため、やっぱりまずいか。という結論に天秤が傾いた。
"ヤキモチ妬きな彼氏"と"そくばっきーな彼氏"では、全然感じ方が違う。もし本当に星梨や丸井が言ったように毛利が後者なのだとしたら、ゆめこの甘い考えは通用しないだろう。

直接だと言いづらいし、メッセージでも送ってみようかな。と、ゆめこは徐にスマホを取り出す。そして仁王とのトーク画面を開いた。いつメンのグループチャットは毎日のように動いているが、仁王とのトークは4日前で止まっていた。

「今日は手伝ってくれてありがとう」というゆめこのメッセージに仁王がスタンプを押したところでやり取りが途切れている。ゆめこはふと、メッセージ欄を遡った。
毎日ではないが数日おきにぽつぽつと繰り返されているやり取り。そのほとんどが他愛も無いもので、ゆめこはなんだかほっこりして顔を綻ばせた。

するとスマホを見ながらにこにこしているゆめこを不思議に思ったのか、星梨に「ゆめこ?」と声をかけられゆめこは慌てて顔を上げた。

「どした?」
「ううん、なんでもないよ」

そのまま強制的にメッセージアプリを閉じて、ゆめこはスマホをしまう。

ああ、また機会を逃してしまった。
たった今、ブン太くんに言ったみたいに「ごめんね〜」って言えばいいだけなのに。雅治くん相手だとどうしてこうも構えてしまうのか。
胸の奥がズンと重くなる感覚に、ゆめこは違和感を覚えた。

はぁ、と人知れず溜め息を吐き出すと、ゆめこは何事も無かったかのような顔で星梨と丸井の会話に入っていった。





(220906/由氣)→163





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