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(三人寄れば文殊の知恵だ/柳・幸村)
2月の初め、2限目と3限目の間の20分休憩のことだった。
「春巻くんったらね、チョコ何個もらえるか賭けてたのよ、信じられない」
2年I組のゆめみの席には、同じ小学校出身で、1年生の時同じクラスだった真冬(まふゆ)が訪れている。
小学生の時から付き合っている彼氏の春巻くんが最近モテようとしているのが気に入らないという話に、ゆめみは興味深々だった。
「なるほどね、春巻くんバレー部で活躍してるもんね、後輩ちゃんからもらえそうだよね、ねね、ところで真冬ちゃんは、春巻くんがチョコもらうのが嫌なの?それとももらいたいと思って賭け事してるのが嫌なの?」
「それはもちろんどっちも嫌!」
完全に乙女の表情の真冬に、ゆめみは思わず「真冬ちゃん可愛いすぎる!恋っていいなぁ、私もそんなこと思ってみたいな」と言っていた。
そんなゆめみに毒気が抜かれたように真冬はケラケラと笑う。
「もー、ゆめみちゃんに相談するとなんでもないことに思えるから好き、そうね、この青春を楽しもうかな」
2年D組の学級委員でもある彼女は、幸村宛てのプリント類をまとめてゆめみの机に置いた。
「これ幸村くんに渡してくれる?学級アンケートは来週が提出締め切りなんだけど」
「分かった、今日病院に行くから精市に書いてもらって明日届けるねー」
「いつも助かる!」
真冬はまだ話したげであったが、教室の外から様子を伺っている1年生達に気付いて「あの子たちもゆめみちゃんに用があるみたいだし、またね」と帰っていった。
ゆめみは真冬の指摘に、ドアのところを見た。1年生の女子生徒と男子生徒が待っていて、男子生徒の方は知り合いだった。
ゆめみが機嫌良く「どうぞ」と声をかけると、2人は譲り合う様子を見せたが、男子生徒が譲り勝ったようで、女子生徒が中へと入ってくる。
「失礼します、ゆめみ先輩にお願いがありまして」
その子は緊張しながらも、ゆめみの席まで歩いてきた。そして、手紙を渡しながら「あの、これ幸村先輩に渡してもらえますか?」と言った。
ゆめみはにこっと笑って「励みになると思うよ、ありがとう」といって受け取ると、大喜びで帰って行った。
1月中旬に幸村に正式に学校関係のことをお願いしたいと言わたため、男子テニス部部員と美化委員の一部のメンバーに幸村の入院のことを伝えたゆめみ。1年生と2年生の間で瞬く間に『幸村の専属マネージャー』として有名になっていた。
特に1年生に関しては、幸村とゆめみの仲を応援する『幸村先輩とゆめみ先輩の仲を応援し隊』隊長である草野わかばが宣伝しまくったおかげで、全く知らない生徒からも「ゆめみ先輩」と下の名前で呼ばれるようになった。
今では幸村に用事があると、先生でさえもゆめみを訪ねてくるようになっていた。
代わりに対応できることは対応したりとゆめみの幸村の負担を減らしたいという目論みはほぼ達成できていた。
女子生徒と入れ替わりに、男子生徒が入ってくる。彼は男子テニス部の1年生だ。
ゆめみが「玉川くん、お待たせ」と声をかけると、男子生徒、玉川よしおは緊張した面持ちでゆめみの席まで歩いて来て、ノートのようなものを広げて言った。
「こんな感じで、メンバーの外したコースをメモしてみたんですが、どう思いますか?」
ゆめみは玉川からの質問に優しく「見てもいい?」と言うと、玉川は「お願いします!」と自分のノートをゆめみに両手で差し出す。
そのノートを受け取って、丁寧に見始めたが、立ちっぱなしの玉川に気がついて隣の席を勧めた。
「玉川くん隣に座っていいよ、蓮二は生徒会の用事でいないから」
「いいえ!そんな恐れ多いことできません!」
きっぱりと断った玉川に、こんなやりとりはもう何回だろうとゆめみは思った。毎回同じことをしているのが可笑しくなってくすくすと笑う。
新学期に入ってから、玉川はゆめみの教室を訪れる様になった。
玉川が年末にゆめみの家に『幸村の病気の詳細を教えてほしい』と直談判しに行った時に、ゆめみがなんでも相談に乗ると約束したためであったが、ゆめみはいつも穏やかに玉川を受け入れていた。
その質問は学校のことから部活のことまで多岐に渡っていたが、テニスのことであってもわからないと追い返すことはせず、ゆめみはわかる範囲で答えるようにしていた。
1年生が2年の教室を訪れる勇気を理解していたし、柳や幸村と一緒にいたことで分かることもあるからだ。
ゆめみがまた玉川のノートを身始めると、玉川はこっそりゆめみのその表情に見惚れる。
やっぱり綺麗な人だなと思う。
「うん、すごくよくまとまってると思う、でも精市はここからメンバーの苦手を分析した上で、それを向上させる練習メニューを考えたりしていたよ」
「なるほど、参考になります!」
「そのあたりは蓮二が詳しいんだけど」
ゆめみがそう言うと、ちょうどいいタイミングで柳が教室に戻って来るのが見えた。
「蓮二おかえり、お願いがあるんだけど」
ゆめみが声をかけると、柳はそれに応えるように微笑みながら軽く手を上げる。しかし隣にいた玉川が「柳先輩、お疲れ様です!」と会釈をすると、いつもの先輩モードの固い表情に戻った。
「玉川が来ている可能性は85.9%だった、そしてその回答は是だ、今日の部活終了後に苦手コース別の練習メニューについてレクチャーしてやろう」
話を聞いていたわけでも無いのに、完璧な回答をする柳。玉川は「ありがとうございます!」と地面スレスレなくらい深くお辞儀をした。
そんな玉川を見てゆめみは可愛いなとにこにこした。柳はゆめみの反応を見て、面白く無さそうに片眉をピクリとさせる。
玉川は先輩の雰囲気を察知して「ゆめみ先輩、ありがとうございました!」とゆめみにも挨拶をして、教室の入り口の方へと早歩きで歩いていった。
「玉川くん」
ゆめみの呼びかけに、玉川は振り返る。
ゆめみは満面の笑みだった。
「頑張ってるね、また来てね」
玉川の顔が真っ赤になる。しかし嬉しそうに「はい!」と言うと、また深々とお辞儀をして、教室を後にした。
「何か企んでいるだろう」
柳が席につきながらそう言うと、ゆめみはニッと笑って「玉川くん、いいと思うんだよね」と言う。
「来年の部長候補として育てたいな」
「とゆめみは言う」
柳はゆめみの言葉を言い当てながら、精市も同じことを言っていたな、と思い出す。
「玉川くんの代には参謀役もいないから、玉川くんに部長と参謀の2役をこなしてもらえたらなって」
虫も殺せないような可愛い顔で無茶振りをするゆめみに、柳はこれも幸村の専属マネージャーとしての仕事の一環とも言えるな、とモヤモヤした気持ちを納得させようとした・・・が上手くいかなかった。
彼のポテンシャルは認めつつも、玉川のゆめみへの憧れが気に入らないのだ。玉川に甘いゆめみも。
固い表情のままの柳に、ゆめみは少し心配になった。
「蓮二は嫌だった?」
「そんなことはないさ、俺たちも同意見だ」
俺たちとは柳、真田、幸村のことだ。「よかった」というゆめみの頭を柳は優しく撫でる。
「このままテニス部のマネージャーにならないか?」
「・・・私も少し考えてた、実は勘違いしてる人も出てきていて」
柳の言葉にゆめみは少し悩ましげな表情をみせる。幸村と学校の架け橋になろうとして『幸村の専属マネージャー』という名前を借りている訳だか、人づてに聞いた人から『男子テニス部のマネージャー』と勘違いされて、テニス部の用事を依頼されることもあった。
もう説明するのも面倒なので、いっそのことテニス部のマネージャーになろうかなとぼんやり考えていたのだった。
「ゆめみが入るなら、レギュラー専属マネージャーとして、主に怪我や怪我予防のサポートをしてもらいたい、また少し勉強すれば筋肉強化のアシストなども出来るだろう」
最近幸村のリハビリに付き合ってバランスのいい筋肉の強化方法について勉強していることを柳は知っていた。
「玉拾いとかドリンク作りとかじゃないの?」
「そこは今まで通り1年生に任せればいい」
「でも」
みんなの力になりたい気持ちはあるものの、ゆめみには懸念することがあった。
柳はもちろんそれも理解していた。ゆめみは男子テニス部の女子マネージャーが1人なのが気になるのだった。
「ゆめこを説得出来たらどうだろうか」
「それは絶対やりたいけど・・・ゆめこがマネージャーになるって言うと思う?」
「かなり難易度が高いミッションとなりそうだな」
柳はフッと笑った。
しかしどんなに困難なことだとしても、それをやり遂げさえすれば、立海大付属テニス部はゆめみとゆめこという大きな戦力を得ることができる。
ゆめこもその卓越した記憶力と分析力は即戦力として大いに役に立つだろう。
「この件は俺に任せておけ、ゆめみを4月からマネージャーとして受けていれてみせる」
自信満々に言う柳に、ゆめみはかっこいいなと思った。
そうこうしている内に3限目が始まり、ゆめみ達は話を中断することになった。
「ゆめこ達、海風館のカフェテリアでランチするみたい」
ゆめみは『いつメン』と言うチャットグループを確認しながら、隣を歩く柳を見上げて機嫌良くそう言った。
お昼休みに入っていた。
『いつメン』とは、立海2年生レギュラー7人とゆめみとゆめこの9人のチャットグループだ。
よく近況を報告しあっている。
「では図書館には帰りに寄るとして、先にカフェテリアに行くとしようか」
本当はゆめみと図書館に行った後は、2人で購買で昼食を購入して俳句でも詠みながら中庭で食べても良い、と思っていた柳だったが、ゆめみの意を汲み取ってそう言った。ゆめみは「うん!そうしよ」と一瞬柳に笑顔を向けたが、またスマホへと視線を移す。
「今日の病院食、銀ダラの西京漬けだったみたい、精市の好きな焼き魚だったんだね」
どうやら皆がどこでランチを食べるか話している中、幸村が自分の病院食を投稿したようだ。ゆめみはくすくす笑いながら、完全に歩きスマホになっていた。
「ゆめみ、前を見て歩かないと」
柳が忠告し終わる前に、中庭の方から男子生徒が飛び込んで来た。
柳はゆめみを壁の方へ寄せて、自分は男子生徒にぶつかる直前にひらりとかわした。
男子生徒は驚きからか、尻もちをつく。
「いてて」と言って、見上げたその顔に柳もゆめみも見覚えがあった。
「柳先輩、ゆめみ先輩・・・」
玉川よしおだった。その顔色は悪く、顔面蒼白といった様子だ。怯えた目をしている。
「玉川くん、ごめんなさい私」
自分がよそ見をしていたせいだと思ったゆめみが駆け寄ったが、柳がすぐに「否、ゆめみのせいではない」と言いながら、玉川が落とした紙を拾い上げた。
「玉川、説明してもらおうか」
その紙には、新聞の一文字一文字をくり抜かれた文字が貼り付けられていた。
『本日15時30分、校舎裏木ノ下で待ツ』
まるで脅迫状のような雰囲気に、柳もゆめみも鳥肌が立った。どうやら玉川に何かが迫っているようだ。
ひとまず廊下で話し込む内容でもないため、2人は怯える玉川を連れて海志館の和室に行くことにした。
お昼休みは真田が書道の練習のために借りており、機密性は抜群だろう。
「俺には心当たりが無いんです・・・ですが、俺が悪かった気がしてきました、御三方にまでご迷惑をおかけし申し訳ありません」
和室で正座をして、青白い顔で懺悔する玉川。
向かい合うこちら側には柳と真田が同じく正座をしており、ゆめみは場所の選定ミスだったなと後悔した。
まるで怒られている小僧のような姿に、ゆめみはせめてもと思い、玉川の隣に座ることにした。
「心当たりが無いのなら、玉川くんのせいじゃないよ、大丈夫!私たちが何か力になれるかも」
ゆめみの励ましにも、玉川は項垂れるだけであった。無言で静観している柳と真田に、ゆめみが「蓮二、弦一郎、可愛い後輩が困っているわ」と圧をかける。
ゆめみが少し怒っていることを察知した2人は、朗らかな表情を作ってみた。
「三人寄れば文殊の知恵だ」
「案ずることはない!果たし状など、蹴散らすまでのこと!」
2人の朗らかな顔は恐怖心を煽るものであったが、ゆめみは満足して「ほら、優しい先輩達に話してみて」と微笑んだ。
玉川はゆっくりと話し出す。
と言っても大した内容では無かった。4限目が化学で理科室での授業だったため、教室を空けており、お昼休みに自席に戻ると机の中にこの紙が入っていた、という内容だった。
「本当にこの紙だけなのか?ナイフやカミソリが添えられていたのではないか?」
柳の淡々とした問いに「これだけです」と玉川。
それにしては・・・柳は違和感を感じた。
「怪しい人影を見たとか、コナンの犯人みたいな黒いシルエットを見たとかないよね?」
首を傾げながらそういうゆめみも同様の違和感を覚えていた。
「はい、本当にそれだけです・・・」
柳とゆめみは顔を見合わせた。
違和感、それは玉川が怯えすぎなのだ。
たしかに恐怖を感じる気持ちはわからないでも無いが、それにしても震えすぎである。
「玉川、柳生にミステリー小説を借りたのではないか?89.6%の確率でな」
玉川は驚いて顔を上げた。
「はい、勧められてちょうど今読んでいる最中で・・・」
「その小説のタイトルは『僕だけが残る街』だな」
「はっ、はい、そうです!」
その小説は同様の手紙を受け取った人物が次々と変死体となって発見されていくミステリーだ。
玉川の怯えようにも納得がいく。
「あの小説怖いよね・・・私は途中で読むのやめちゃった、その小説を学校でも読んでいたの?」
「はい、そうです、先週くらいから休み時間に少しずつ読み進めていました」
ゆめみはまた深く考え始めた。
チラリと隣を見ると、真田は柳とゆめみに任せることにしたのか、やりかけの書をしたため始めていた。
『疑心暗鬼』と言う力強い文字が半紙いっぱいに広がるのを見て、ゆめみは真田は書道の天才だなと思う。
柳はもう一度紙を見た。大きさの違う文字を切り取って並べられた、手紙。
一見脅迫状のように見えるそれだが、その便箋は可愛い花柄のものであったし、文字の切り取り方や並べ方も丁寧だ。
柳は気が付いた。この手紙は脅迫状ではないことに。
ゆめみも隣でその手紙を覗き込んだ。
「あれ、これってもしかして」
ゆめみがつぶやいた。
「何か気付いたのか?ホームズ」
柳の言葉に、ゆめみは指をピンと上に立てる。
「初歩的なことだよ、ワトソンくん」
お気に入りのセリフを言ってゆめみは笑った。
「安心して、玉川くん、私の推理が正しければ・・・」
夕刻、15時30分。
海風館の校舎の影にゆめみと柳、真田が隠れながら校舎裏の状況を伺っていた。
校舎裏の木の下に玉川は1人で立っていた。
その顔は緊張している。
現れたのは、殺人鬼でもヤンキーでも無かった。可憐な1人の女の子だ。
その子はモジモジして、顔は真っ赤だった。伝染したように玉川の顔も赤くなる。
『時間通りに木の下に行って、きっと素敵なことが起こるから』
柳はゆめみの言葉を思い出していた。柳とゆめみの推理は当たったのだ。
「確信していたのか?」
柳の問いにゆめみは頷いた。「私には蓮二には無いヒントがあったから」とドヤ顔をする。
玉川の持っていた手紙に使われていた便箋は、今日の20分休みにゆめみが受け取った幸村への手紙と同じ便箋が使われていたのだ。
だから、あの女の子なのだろうなと容易に想像出来た。
そもそも校舎裏の木の下という場所は有名な告白スポットだ。
「どういうことだ?アヤツが玉川の刺客と言うことか?くのいちだったのか!?」
混乱する真田に、ゆめみは柳に「ワトソンくん、名推理の披露をお願いしたい」と言った。
ゆめみの問いに、柳はその口を開く。
「つまりはあの手紙はラブレターだったのだ、玉川が推理小説を読んでいたために、ミステリー好きだと思った女子生徒が気を利かせたつもりだったのだろうな」
「こ、恋文だと!?」
真田の顔は真っ赤になった。
ゆめみは、んーっと背伸びをした。
そして晴れやかな表情で笑う。
「一件落着だねっ」
ゆめみはくるりと背を向けて北門の方へと歩いていく。
先ほどまで笑顔だったにも関わらず、その後ろ姿が少し寂しそうで、柳は思わず「ゆめみ」と声をかけていた。
ゆめみはゆっくり振り返る。長い髪とマフラーが風に揺れる。
「蓮二、弦一郎、今日も練習頑張ってね」
そう言って笑うゆめみはいつも通りで、柳は見間違いだったかと思った。
柳が帰宅するために江ノ電の最寄駅を降りた時のことだった。
部活の後、約束通りに玉川にレクチャーをしていたために、すっかり暗くなっていた。
スマホに目を通すと、不在着信の通知が来ていた。電車でマナーモードにしていたために気が付かなかったようだ。
歩き出しながらタップすると、ワンコール鳴らないうちに電話口から聞き慣れた声が聞こえた。
「柳、まだ電車の中だったかな」
幸村だ。
「問題ない、今駅に着いたところだ・・・ゆめみは一緒では無いのか?」
「もう帰ったよ」
いつもより早いなと柳は思った。しかし最近は暗くなるのが早いので、幸村が心配したのだろう。俺が迎えに行ければ良かったが。
「暗くなるのが早いからね、柳とタイミングが合えば一緒に帰ってほしいと思って電話してみたんだけど」
幸村が自分と同じことを考えていたので、柳はなんだか不思議な気持ちになる。
家に戻ったらすぐにゆめみが帰っているか確認しよう。
「もう家に着いている頃だろうね、帰ったら家に着いたか確認してくれるかい」
俺たちは過保護すぎるのではないだろうか。
柳はまた思ったことと同じことを言った幸村に、客観視してそう思った。
柳は「まかせておけ」と返事をした。
「それと、今日何かあったのかい?」
幸村の問いに、柳は世間話のつもりで玉川の話をした。自分とゆめみと弦一郎で探偵ごっこのようでスリルがあった、という話だ。
幸村は楽しそうにその話を聞いた。
「そんな面白い話があったとはね」
「ゆめみは話さなかったのか?」
「聞かなかったな・・・玉川に配慮したのかもね」
「ゆめみらしいと言えばそうだな、ゆめみは人の噂話を好まない」
「それで、玉川に彼女ができたのかい?」
「答えは是だ」
部活終了後に、玉川から直接聞いた柳は肯定した。幸村は「へぇ」と言った後、「玉川に彼女かぁ、へこむなぁ」と呟いた。
幸村の少年らしい反応に、柳は親近感を覚える。柳も祝福したい気持ちと同じくらい後輩に先を越されてしまった敗北感を感じていた。
「今日ゆめみが持って来た手紙の差出人が玉川の彼女だ」
「なるほど」
「中身は恋文では無かったのか?」
「恋文って・・・フフ真田かい?」
「すまない、ラブレターの意だ」
「俺に早く元気になってほしいという内容だったよ」
それから、ゆめみとの仲を応援しているというファンレター。
最近よくこの手の手紙を受け取るなと幸村は思った。
「ゆめみが楽しそうで良かったよ、なんだか元気が無い気がしたから」
幸村の言葉に、柳は足を止めた。あと少しで家が見えてくるのに、それでも柳は立ち止まった。幸村が「俺の杞憂だったかな」と言ったのに、胸のざわめきが止まらなかった。
最後にゆめみを見た時の、あの寂しげな背中を思い出す。振り返ったその瞳には憂いの宿っていたのでは無かったか。
「精市、また連絡する」
柳はそう言って、通話を切った。
そして、来た道を駅の方へと走る。
ゆめみは家にいない。
そう直感した。
駅を通り過ぎて、海まで走る。
コンビニを通り過ぎて、2人でよく海を眺める高台まで来た。
いない。
ここにいると思ったのに、ゆめみはいなかった。
ゆめみは寂しくなると、遠くに行く癖がある。いつも探して見つけ出して来たのはこの俺だったのに。
何をしているんだ、俺は。
柳はそのまま帰るのも癪な気がして、海を見ることにした。
冬の海は波が高く荒々しい。海岸には強い風が吹き荒れている。
海岸に目を移して、柳は一瞬だけ動きを止めた。
次の瞬間、階段を駆け降りていた。
「ゆめみ!」
ゆめみが砂浜へと続く階段に座って海を見ていた。名前を呼ぶと、振り返る。
そして、柳の顔を見ると小さく微笑んだ。
「蓮二、来てくれる気がしてた」
そんなことを言うものだから、怒りたくても怒れない。風が強く、ゆめみを立ち上がらせると、寒さで鼻も赤くなっていた。
「ゆめみ、風邪を引いてしまう」
仕方なしに抱き寄せた。
ゆめみは柳の胸に顔を押し当てて「蓮二あったかい」と言った。
とりあえずゆめみの手を引いて、階段を登った。そしていつも海を見ている高台まで来た。ここは風がそこまで強く無い。
ゆめみを座らせて、柳はペットボトルのホットミルクティーを購入した。
ゆめみに手渡しすると、そのミルクティーを両手で押さえて「あったかい、ありがと、蓮二」と言った。
「なぜあんなところにいた?」
柳の当然の問いに、ゆめみは目をパチパチさせた。そして、繰り返す。
「どうして私がここにいるってわかったの?」
柳は即答出来なかった。そう思っただけだった。明確な理由も根拠もない。
もしかしたら無意識のうちに計算したのかもしれないが、直感というか、そんなものだった。
「わかるさ、ゆめみのことならな」
柳は考えとは裏腹にそう答えていた。
ゆめみはくすくす笑った。「なら答える必要はなさそうね」と。その笑顔はやっぱり少し寂しそうで。
心がぎゅっと痛む。もしかして、と1つの仮説が浮かんだ。ゆめみは玉川が好きだったのではないか、だから玉川に彼女ができたのが悲しかったのだろうか。
「楽しかったんだ」
ゆめみは思い出すように口を開いた。
「今日とっても楽しかった、蓮二と探偵ごっこしたの、久しぶりだったから」
柳も思い出していた。
小学生の頃、一時期探偵ごっこにハマって、ゆめこを含めた3人で探偵ごっこばかりしていたことを。
「ゆめみは探偵ごっこが昔から好きだったな」
「そう、私とゆめこがホームズで、蓮二はいつも助手のワトソンくんだったよね」
「探偵名覚えているか?」
「もちろん」
「「PD3!!」」
PD3とは、3人の完璧な探偵(Perfect Detectives 3)の略だ。
PD3参上!とか言って、何でもないことを事件にしては解決していたことを思い出して、柳とゆめみは同時に笑い出した。
少し思い出話をしながら笑い合っていたが、ゆめみは改めて蓮二に言った。
「やっぱり人助けって素敵よね、ねぇ、蓮二、私たちまた探偵になろうよ」
「どうした、急に」
「蓮二が探偵でいいよ、私が助手になる、そして、立海の困ってる人を助けるの、蓮二ならたくさんの人を助けられるよ」
ゆめみの意図が分からなかった。
ゆめみは基本人に親切ではあるが、人助けがそんなに好きという訳では無いはずだ。
しかし、ゆめみの次の一言に、柳の胸は鷲掴みにされる。
「そうすれば、来年も一緒にいられる時間が増えるよね」
あぁ、と柳の口から何かが漏れた。
柳はようやくゆめみの気持ちを理解した。
ゆめみが寂しかったのは、玉川のせいじゃない、この俺だ。
クラスメイトとして過ごす時間が短くなっていることに気が付いて、楽しければ楽しかっただけ寂しくなったのだろう。
それは柳の中にもある感情で、ゆめみが同じ気持ちでいてくれることが、片想いをしている柳には奇跡のように感じられた。
「柳蓮二探偵、よろず相談と言うのはどうだろう」
柳がそういうと、ゆめみは嬉しそうに笑った。
「いいねいいね、かっこいい!」
「ゆめみは?」
「助手のドラえもんです」
「有能すぎるな」
「えへへ」
どこまで本気かわからない顔で笑うゆめみ。
やっぱり可愛い。
柳とゆめみは、家まで冗談を言いあいながら帰った。その手をぎゅっと繋いで。
(220803/小牧)→161
当たり前のように、隣にいられるこの日常に感謝しよう。
Location 七里ヶ浜駅、七里ヶ浜