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(必要無くなっちゃったなぁ/毛利・仁王)

あっという間に1週間が過ぎ、バレンタインデー当日がやってきた。
今日は朝から学校中が騒がしい。とりわけ学校行事がある訳でもない、いたって普通の平日にこんなに盛り上がりを見せるとは、それだけバレンタインデーは恋する学生達には欠かせないイベントのようだ。

ゆめこと同じクラスの丸井も朝から大量のチョコを貰っていて、昼過ぎたあたりで既にその数は優に50個を超えていた。ゆめこと星梨は「すごいね、去年の記録超えちゃうんじゃない?」なんて朝から続くその光景を目を丸くして眺めていた。

かく言うゆめこも鞄の中にチョコを忍ばせてきた乙女の一人である。が、彼女のそれはいまだ鞄の中で眠ったままだった。

毛利のクラスには璃々果もいる。なにも彼女なのだからそんなことは気にせず堂々と渡しに行けばいいのだが、ゆめこにその勇気は無かった。もう揉め事は勘弁です、なんて思っているゆめこは事前に毛利にお願いして放課後に会う約束をしていた。それなら璃々果や璃々果の友達に目撃されることなくチョコが渡せるので安心だ。

「あっ、60個超えた」

昼休みも半分を過ぎた頃。
空っぽになったお弁当箱をしまっていると、頬杖をついて丸井の方を見ていた星梨がぽつりとそう呟いた。

「あっちゃんったら、数えてたの?」
「まぁ、面白半分でね」

ニヤニヤしながら答えた星梨につられるように、ゆめこもふふふと小さく笑う。
丸井はいまだ女の子達に囲まれながら、順調にチョコの数を増やしていた。丸井にチョコを渡せず少しだけ罪悪感を抱いていたゆめこだったが、あんなに貰えてるなら大丈夫か。と少しだけ安心した。丸井からしたら、好きな子から貰える一つとその他大勢から貰えるチョコでは全然重みが違うのに。なんて思っていたのだが、生憎ゆめこはそんな恋する男心は理解出来なかったようだ。
大量のチョコを抱える丸井を見ながら「ブン太くん良かったねぇ」としみじみ呟くゆめこを見て、星梨は少しだけ丸井を不憫に思った。

それから二人は少しの間会話を続けていたが、星梨がお手洗いに立ったことでゆめこは一人になった。
その途端きょろきょろと怪しげに辺りを見回し、ゆめこは「よし」と呟いて立ち上がった。彼女は昼休みに一人になるタイミングをうかがっていたのだ。
シルバーの包装紙にターコイズブルーのリボンを巻いた箱を鞄から取り出し、ゆめこは席を立つ。
それは彼女が仁王のために用意したバレンタインチョコだった。

あれから結局「チョコあげれなくなりました」と仁王に伝えることができなかったゆめこは、毛利に内緒で彼へのチョコを用意してしまっていた。バレたら怒られるだろうな、と頭では分かっていたが、気付いたら仁王の分の包装紙とリボンを買っていたゆめこはまるで何かに取り憑かれたかのように半ば無意識で仁王へのチョコを包んでいた。
包み終えた後で、何やってるんだろ私。なんて一度は冷静になったりもしたが、家に置いたままだと母親に冷やかされそうでゆめこは毛利のチョコと共に鞄に突っ込んで家を出てきてしまったのだ。

せっかく持ってきたし、出来ることなら渡したい。
仁王に「私に貰ったことは誰にも言わないで」と口止めすればなんとかなるだろうと高を括っていたゆめこは、誰にも見られることなくささっと渡してしまおう、とこそこそと教室を出ると仁王のクラスを目指して歩き出した。

E組に到着すると、ゆめこは教室の後ろの方からひょっこりと顔を出して仁王を探した。しかし彼の姿は見当たらない。トイレにでも言っているのだろうか。そんなことを考えていると、

「ゆめの?」

後ろから急に声を掛けられ、ゆめこはびくりと肩を揺らした。慌ててチョコの箱を後ろ手に隠しながら振り返るとそこにはジャッカルの姿があり、ゆめこはおどおどしながら「じゃ、ジャッカルくん。おはよう」と顔を引き攣らせながら返事をした。

「おはようって・・・もう昼だぞ?」
「あはは。たしかに」
「相変わらず変な奴だな。どうした?うちのクラスになんか用か?」
「えっとね、雅治くん・・・いる?」
「仁王?あー、あいつなら屋上に逃げたぜ」
「逃げた?」
「おう。朝から女子達に囲まれてたからな」

チョコを渡そうと必死な女子生徒に囲まれずっと困り顔をしていた仁王を思い出しながら、ジャッカルは苦笑を浮かべる。
そういえば雅治くん、去年もいっぱい貰ってたっけ。大きな紙袋2つがパンパンになる程チョコを貰っていた去年の光景を思い出し、自然とチョコの箱を持つ手に力が入る。

私のチョコ楽しみにしてるって言ってたけど、本当なのかな?他の女の子に貰うなら私のチョコなんていらないんじゃ・・・。どんどん湧き上がる負の感情に、ゆめこの胸がざわざわと音を立てる。

急に俯いてしまったゆめこに、ジャッカルは「ん?どうした?」と小首を傾げた。
その声でハッとしたゆめこは、「ううん、なんでもないよ」と答えてにこりと笑った。

「私が来たこと、雅治くんに言わないでね」
「え・・・、まぁいいけど」
「そういうことで。よろしく〜」

ゆめこは片手でチョコを背中に隠したまま、もう片方の手をふりふりと振ってみせた。
普段から"行動が読めない奴"などとゆめこに対して思っていたジャッカルだったが、今日は一段と様子がおかしい。しかし問い詰めるよりも先にゆめこはぴゅ〜っと風の如く走り去ってしまっていて、

「・・・なんだったんだ?」

一人残されたジャッカルはそんな彼女の後ろ姿を見送りながらポツリと呟いた。




時は過ぎ放課後。

毛利と約束をしていたゆめこは、東門の前で彼の姿を待っていた。東門はテニスコートが近く、遠くでパコーンパコーンとラリーの音が聞こえる。その音に耳を傾けながらボーッとしていると「ゆめこ」と声を掛けられ彼女は顔を上げた。

「待たせてもーた?」
「いえ、全然大丈夫です!」

現れたのはゆめこの待ち人であり恋人の毛利だった。大きな体を屈ませにこにこと顔を覗き込んでくる毛利に、ゆめこも自然と笑顔になる。
手を繋ぎながら歩き出した二人は他愛も無い話をしながら目的もなく足を進めていたが、駅に向かう途中で公園が目に入り、そこに寄っていくことになった。割と大きな公園で、二人も何度か訪れたことがあった。

公園に足を踏み入れると、中は近所の子供達やその保護者で賑わっていた。公園に誰もいなければブランコに揺られたり、時にはシーソー(常にゆめこが浮いてる状態)やジャングルジムなどで遊ぶこともあるが、今は子供達優先なので二人は空いているベンチに並んで腰を下ろした。
キャッキャと全力で遊ぶ子供達の姿を目の端に映しながら、話題は今年のチョコ作りについて。

「今年はチョコカップケーキにも挑戦してみたんですよ」
「へー、ゆめこはほんまに料理上手やねぇ」
「まぁ料理本とクックパッド先生に教えてもらったんですけどね」

今年もゆめみと一緒に作ったこと。マシュマロチョコタルトはラッピングが難しそうという理由で二人で食べちゃったこと。ゆめこが身振り手振りで楽しそうに話をするのを、毛利はにこにこと目を細めて聞いていた。

一通りエピソードトークをして満足したのか、ゆめこは「寿三郎さんのお口に合うといいんですけど」と言って自分の鞄をガサゴソと漁り始めた。
ブラウンの包装紙にオレンジ色のリボンが巻かれた箱を見つけ取り出そうとした瞬間。

「ん?」

ポンっと何かが足に当たり、ゆめこは自分の足元へと視線を移した。そこには子供用の柔らかいビニールボールがあった。反射的に顔を上げると、小学校低学年くらいの男の子達数人が「あ」と口を開けたままこちらを見ていた。ドッジボールでもしていたのだろうか。
同時にボールに気付いた毛利は「おっ」と少し弾んだ声を出しながら、ゆめこの足元にあるボールを拾い上げた。
そのことで我に返った男の子達がバタバタと駆け寄ってくる。
パスしようとボールを振りかぶっていた毛利は「なんや、わざわざ取りに来るなんてええ子達やん」とへらりと笑ったが、

「「あっ」」

その内の一人がこちらに向かう途中でズルッとおもいきり転んでゆめこと毛利は揃って声を上げた。

「大丈夫?!」
「はい、大丈夫です」

すぐさま駆け寄ったゆめこに、男の子は少し恥ずかしそうにしながら顔を上げた。しかし膝小僧からは痛々しく血が流れている。

「たいへん、綺麗に洗わなきゃ」

ゆめこは「立てる?」と優しい声で男の子に問いかけた。彼がこくんと頷いたのを確認して、ゆめこはよいしょと立ち上がる。

「ゆめこ、代わろか?」

男の子の手を取り歩き出すゆめこに、毛利はすかさずそう声を掛けた。

「大丈夫ですよ。あっ、そだ!ポーチの中に絆創膏入ってるのでそれ出してもらっててもいいですか?」
「もちろんええよ」

ゆめこの提案に毛利はにこりと笑う。
子供を気遣いながら手洗い場に向かうゆめこ。子供に優しい自分の彼女に、毛利はしばらく愛おしそうな目つきでその背中を見ていたが、「あ、せや。絆創膏」とハッと我に返り、ゆめこの鞄に手を伸ばす。

ポーチってどれやろか?なんて思いながら毛利は少し控えめに中を漁る。いくら彼女のものとは言え、他人の鞄の中を覗くのはどうにも気が引ける。
特にゆめこの私物はネズミーのキャラクターモチーフの物やガーリーな物が多く、余計にやましい気持ちを駆り立てられた。
彼女の私物一つ一つにこんなにも動揺してしまうなんて、つくづく自分はゆめのゆめこという少女に惚れ込んでしまっているんだな、と毛利は客観的に今の自分を顧みて思わず苦笑を浮かべた。
その時、

「ん?」

彼女の鞄の中で、一つだけ浮いている物を見つけて毛利は首を傾げた。なんやろか?と手に取った瞬間、毛利の心臓がどくんと大きく音を立てた。

シルバーの包装紙にターコイズブルーのリボンがついた箱。中身を開けた訳ではないのに、毛利には一瞬でそれがチョコの箱だと理解出来た。
ある人物を彷彿とさせるデザイン。
ゆめこ本人から聞いた訳でもないのに、その時の毛利は確信にも似た何かを感じた。

誰に渡すつもりなん?なぁ、ゆめこ。

胸の奥が痛んで、ざらついて、沸々とした怒りが沸き起こる。それなのに、脳の奥はやけにスーッと冷えきっていき、毛利はぽとりと落とすようにチョコの箱を鞄の中に戻した。

「自分の事しか考えていない」とそう言ってくれたゆめこを信じようと決めたはずなのに。
彼女の心にはやっぱり"あいつ"がいるのだろうか。
約束を破ってまでチョコを渡したいと思う程、あいつのことが大事なのだろうか。
もしそうなのだとしたら、その感情はもはや友情を越えているのではないか。

様々な考えがぐるぐると脳内を巡り、毛利は今すぐにでもゆめこを問い詰めたい気持ちになった。

あかん。この前傷付けたばっかやのに。

口を開いたら彼女を傷付ける言葉が出てきてしまいそうで、毛利は自分自身が怖くなった。
その細い肩を掴んで揺さぶって、「約束とちゃうやん」と彼女に乱暴してしまう未来が見えて、毛利はぎゅっと唇を噛み締めた。

あの時と同じだ。
好き過ぎて、離れて欲しくなくて、気付いたら感情のコントロールが効かなくなっていてゆめこのことを泣かせてしまったことをあんなにも後悔したというのに。
また繰り返そうとしている自分に嫌気が差す。

「寿三郎さん、絆創膏見つかりましたー?」

その時、少年の傷口を洗い終えたのか、洗い場の方から明るい声で話しかけてくるゆめこに毛利ははたと我に返った。
慌てて一番近くにあったポーチを手に取り、「これやろか?」と聞くと、ゆめこは満面の笑みで「それです」と返事をした。たまたま適当に手に取っただけだが、どうやら当たっていたらしい。

少年を連れてベンチに戻ってきたゆめこは、毛利からポーチを受け取ると中から絆創膏を出し、少年の膝小僧にぺたりと貼った。その様子を毛利はぽーっと無表情で見ていた。

「よし、これで大丈夫だよ」
「ありがとうございます」

少年はにこっと笑ってお礼を言うと、また友達の輪に戻っていた。怪我をする前と変わらずドッジボールをする少年をゆめこはしばらくにこにこと見守る。
特に異常が無いことを確認すると、「大丈夫そうかな」と満足気に呟き、ゆめこは毛利の隣に腰を下ろした。

抜け殻のような顔で佇む毛利には気付かず、ゆめこは「あ、そだ」と能天気な声を出し、鞄の中に手を入れる。
そして毛利に用意したチョコの箱を手に取ると、ゆめこは彼の目の前にそれを差し出した。

「はい!寿三郎さん、バレンタインチョコです」

毛利はにこにこと微笑むゆめこをちらりと見て、次に目の前に差し出されたチョコに目を向けた。
先程見つけた物とは違う箱。
サテン生地のオレンジ色のリボンが視界に入った。今は自分のためにチョコを用意してくれたことを喜ぶべきなのに。何も見ていないふりをして「おおきに」とたった一言そう言えばいいだけなのに。

俯いたままぴくりとも反応しない毛利に、ゆめこは「寿三郎さん?」と声を掛ける。
その呼びかけに返事をしないまま、毛利は静かに瞳を閉じた。そして、ゆっくりと口を開いた。

「・・・そのチョコは受け取れん」

一瞬何を言われたのか理解出来なかったゆめこは、笑顔のまま「え?」と聞き返した。しかし、次に続いた毛利の言葉に、ゆめこの顔からは笑顔が消えた。


「ゆめこ、別れよ」


目線は下げたまま、しかしはっきりと告げられた言葉にゆめこは目を丸くする。

「え、と、寿三郎さん・・・冗談ですよね?」
「ごめん」
「なん、で・・・」
「ごめん」

何を聞いても「ごめん」と繰り返すばかりの毛利に、ゆめこは震える声で「わ、私嫌われるようなことしちゃいました?」と問い掛ける。
しかし、その返事が来ることはなかった。
毛利は無言でスッと立ち上がると、そのままゆめこに背を向けて歩き出した。
突然のことに思考が追いつかないのか、どんどん遠くなる毛利の背中をゆめこは呆然として見送る。

そしてようやくハッと現実に戻ってきた頃には既に毛利の背中は見えなくなっていた。ただ一人、ベンチにぽつんと取り残されていることに気付き、そこでやっとゆめこの思考が働き始めた。

待って待って。私今フラれた?

あまりにも突然のことに、ゆめこは「これは夢?それとも現実?」などとぐるぐる考える。何度も脳内で再生される『別れよ』と言う言葉。胸に突き刺さるような痛みが走り、やっぱりこれは現実なのか、と思わざるを得ない。

それからはよく分からないまま帰路についた。

ぽけーっとしたまま駅まで歩き、電車に乗り込んだゆめこだったが、自宅の最寄り駅に到着する頃になるとその瞳にはじんわりと涙が溜まっていた。
真っ直ぐ家に帰る気分にもなれなくて、ゆめこは自宅近くの公園にふらりと立ち寄った。2月の寒空の下、一人ブランコに座りきぃきぃと小さく揺れる。

何をするでもなく放心状態でそこに佇んでいると、次第に辺りが暗くなってきた。一体何時間こうしていたんだろう。ゆめこはぼんやりと空を見上げた。
そしてふと時間が気になり、ゆめこは鞄の中へと手を突っ込みスマホを探す。その時、カツと固い何かが指にぶつかりゆめこはそれを手に取った。
それは毛利に渡すはずだったチョコの箱だった。

「もう、必要無くなっちゃったなぁ」

そう呟いて、ゆめこはリボンと包装紙を外した。ぱかりと蓋を開けると、手作りのカップケーキとトリュフが顔を覗かせた。その上に置かれた名刺サイズのメッセージカードには

『寿三郎さんへ
いつもありがとうございます』

と書かれており、文末に描かれたハートを見てゆめこは余計に虚しい気持ちになった。
トリュフを一つ手に取り、そのまま口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼して飲み込むと、ゆめこはまた次の一粒に手を伸ばした。
そうしてボーっとした顔のまま無心でチョコレートを食べていると、

「ゆめこ?」

と声をかけられ、ゆめこは顔を上げた。
そこには芥子色ジャージにラケットバッグを背負った部活帰りと思われる仁王が立っていた。

彼は公園の入口でゆめこを見かけ、最初は「驚かせてやろう」なんて企みながら気配を消しつつ近付いてきたのだが、近付くにつれ彼女の様子がおかしいことに気付き、普通に名前を呼んでしまったのだ。

「雅治くん・・・」

ぼんやりとした顔で自分の名前を呼ぶゆめこに、仁王の肩がピクリと揺れる。
彼女の手には中身が大分減ってしまっているチョコの箱があった。『寿三郎さんへ』などと書かれたメッセージカードも一緒に入っているので、おそらく彼氏である毛利先輩に渡すつもりだったのだろう。なぜそんなものを彼女が自ら食べているのか。
見れば見る程不思議な光景に仁王が怪訝な顔で首を傾げていると、

「フラれた」

とゆめこは短く、けれどもはっきりとそう言った。
その言葉の意味を理解するまで時間がかかり、仁王は数秒の沈黙の後、「・・・は?」とあんぐりと口を開けた。
そんな仁王のリアクションに「あはは、そんなに驚く雅治くん初めてみた」とゆめこは軽口を叩いたが、その笑顔にはどこか影がある。笑っているのに今にも泣きそうな顔だな、と仁王は思った。

「フラれたって・・・、本当なんか?」

隣のブランコに腰掛けながらそう尋ねると、ゆめこはこくんと小さく頷いた。
あんなにもゆめこに惚れ込んでいる毛利先輩が?ゆめこが"フッた"ならまだしも"フラれた"だなんて。やはり信じられない、と仁王は眉根を寄せる。

ゆめこはちらりと仁王の顔を盗み見ると「恋って難しいんだね」と呟いた。そして徐に鞄の中を漁ると、一つの箱を取り出した。

「はい、雅治くん。約束のチョコレート」
「・・・」

目の前に差し出された箱に、仁王は思わず黙り込む。シルバーの包装紙にターコイズブルーのリボンが巻かれた箱は、自惚れでも何でもなく、自分のためにわざわざ用意されたものだと仁王はすぐに気が付いた。

「・・・お前さん、こんなことばっかりしとるからじゃろ」

毛利の気持ち察し、仁王は少し呆れたような顔でそう言った。ゆめこは「あはは、そうかもね」と自嘲気味に笑った。

彼女は気付いていた。
先程公園でポーチを探してもらった時、きっと彼は見つけてしまったのだろう。仁王のために用意したこのチョコレートの箱を。

毛利に別れを告げられこの公園に来るまでの間、ゆめこはずっと考えていたのだ。どうしてフラれたのか。直前までは普段と変わらない態度だったのに。なんて思った時、ゆめこはピンと来てしまったのだ。

バレなければ大丈夫。なんて、浅はかな考えに至ってしまった罰なのだろうか。

「すまんの、俺がチョコ楽しみにしてるなんて言うたから」
「ううん。あげるって言い出したのは私だもん」
「じゃけぇ、そのせいでっ・・・!」

ゆめこの人差し指がピトと仁王の唇に触れる。
仁王は言いかけていた言葉を飲み込み、驚いてゆめこを見た。ゆめこは「いいの」と小さく首を横に振った。

「もしそうだったとして・・・、私雅治くんと仲良く出来ないの、嫌だよ」

眉尻を下げ困ったように笑うゆめこに、仁王はきゅっと心臓を掴まれたような気がした。
ゆめこが毛利先輩にフラれてしまったのは自分のせいなのかもしれないのに。申し訳ない気持ちとは裏腹に、そこまで自分のことを考えてくれるゆめこに、じんわりと嬉しさが込み上げる。苦しんでいる彼女を前にしてこんなことを思ってしまうなんて、仁王は心の中で「最低だな」と自分を罵倒した。

仁王ははぁと大きく溜め息を吐くと、ゆめこからチョコの箱を奪い取った。

「俺も隣で食っていいか?」
「あはは、いいよ」

他の女の子からもたくさんチョコをもらっていた仁王だったが、食べ切れないからと全て部室に置きっぱなしにしていた彼にとって、これが今日初めて食べるバレンタインチョコだった。

そんな彼の事情など露知らず、ゆめこは「そういえば雅治くん大量のチョコどうしたんだろう」などと考えていた。
しかし仁王が一口食べて「うま」と呟いたのを聞いて、ゆめこはちらりと彼の顔を覗き見ると、ふっと息を抜くように小さく笑った。

2人で並んで食べたチョコレートは、いつもよりほんの少し苦く感じた。






(220920/由氣)→165

揺れ動く。





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