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(チョコの食べすぎは体に良くないかも/幸村・柳)

2月14日の朝。
幸村は薄水色のおろしたてのシャツに、ラフなチノパンを着ていた。
入院中の身であるので、通常はパジャマかリハビリ用のトレーニングウェアを着ていることが多いが、今日は特別な日だ。

バレンタインデー。

クールに期待していないふりをしたいが、かっこもつけたい。
その男心の狭間で、幸村なりに悩んで出した結果がこの服装だった。

ゆめみから昨晩連絡があった。

『明日の朝、少しだけお邪魔してもいいかな?』

それって、つまり、バレンタインデー当日に、1番にこの俺にチョコレートをあげたいということだろうか。
と幸村は即座に思った。

『かまわないよ』

わざと理由は聞かなかった。
最初は違うかもしれないから、期待しないようにと心にブレーキをかけていたが、朝目が覚めたら『きっとそうだ』が『絶対そうだ』と確信に変わってしまっていた。

昨年も用意してくれていたと聞いていたし、昨年より普段から仲良くしている自信もある。
朝一番にわざわざ来てくれるのだから、きっと何かのついでであってもチョコレートを持ってきてくれるに違いない。

幸村はドキドキ期待する気持ちに身を委ねながら、ゆめみの母親が到着するであろうドクターの駐車場を眺めていた。

バレンタインデーに、こんなに高揚する気持ちになるのは初めてのことだなと思う。
小6のバレンタインには、チョコを渡してきた女の子に妹の奈苗が『お兄ちゃんに近づかないで!』と泣き叫んで気まずかった。
昨年はほとんど記憶に無いが気付けばチョコレートに囲まれていて・・・辛かった。

今年は入院しているので、ゆめみ以外の女の子に会う予定も無い。
今年こそ、好きな子のチョコレートだけをもらえるかもしれない。

『精市、ハッピーバレンタイン』

満面の笑顔でチョコレートを渡すゆめみが目に浮かんだ。

幸村は考えると嬉しくて顔が緩むのを感じたが、鏡を見てあくびをするフリをした。
早朝から起きてはいたが、ゆめみが到着したら今着替えたばかりのふりをして、差し出されたチョコレートには驚いたふりをしたい。

とその時だった。コンコンとノックする音が聞こえた。
幸村は努めて眠たそうな声で「どうぞ」と言った。その時点で、少し違和感があった。
まだいつもの駐車場にゆめみの母親の車が来る前であったためだ。
そして、いつもはすぐにドアを開けて入ってくるゆめみが今日は入って来ない。
おかしいと思ったが、待ちきれなくて幸村はそっとドアを開けた。

ゆめみが立っていた。
会いたくて仕方のなかった彼女は、頬を赤く染めていた。恥じらう赤い椿のような印象だ。
潤んだ大きな瞳は、宝石のようで、幸村は一瞬見惚れてしまう。

「おはようゆめみ」

努めて眠そうな声を出すはずだったのに、自分の口から出たその響きは熱っぽくて、幸村はドキリした。

「おはよう、精市」

にこっと笑ったゆめみは恥ずかしさを堪えているような、そんな表情で、さらにドキドキする。
この時までは、自分へのチョコを渡すのが恥ずかしいのだと信じて疑わなかった。
去年までとの違いに、まさかついにゆめみも俺への恋心に気づいたのだろうか、とまで考えが膨らんでいた。

しかしそんな妄想の風船は、次の瞬間にパチンと音を立てて割れてしまう。

ゆめみがおずおずと手に持っていた紙袋を差し出したのだ。
今まで顔ばかり見ていたので、幸村はこの時初めて気がついたのだが、その紙袋は相当大きなものだった。
そして、その中身は、1つでは無かった。
上に花束が乗っていたが、隙間から小さな箱がたくさん入っているのが見えた。

開けなくてもわかる。たくさんのチョコレートだろう。
昨年のトラウマが発動して、幸村は完全に顔を硬らせた。

なぜこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうと、幸村は自分をタコ殴りにしたい気持ちに変わる。
普段から自分宛のプリントや宿題を預かってくるゆめみなのだから、当然チョコレートを預ける生徒がいたっていて不思議では無い。

問題はそのことに、この瞬間まで気が付かなかったことだ。
ゆめみからもらえるかもしれないチョコレートのことで頭がいっぱいで、思いつきもしなかった。

幸村は本気でどうしていいか分からなかった。

たくさんの女の子からチョコレートをもらって手放しで喜ぶようなチャラい男には見られたく無かったし、
心から嬉しくはないし、
それでも重いチョコを持って来てくれたゆめみには感謝を伝えるべきことは分かっていた。

しかし、それ以上に惨めで恥ずかしかった。

好きな子から他の女子からのチョコをもらうって罰ゲーム以外の何物でも無い。
知られることすら嫌だと感じるのに、こうして他の女の子からもらったチョコレートを前に向かい合っていることが、耐えられないとすら思った。

そして、そんな気持ちは、幸村の表情に全て現れていた。

ゆめみは幸村の顔色が悪くなるのを見て理解した。
これは、幸村にとって嬉しいことでは無かったんだなと。

よく考えれば、分かる気がした。
いくら仲が良いとは言え、他の子からのチョコレートを女の子からもらうのって気まずいと感じるのかもしれないと。
実際ゆめみもいざ渡すとなったら居心地が悪くて逃げ出したくなった。

余計なことをしてしまったと気がつくと、自分のしてしまった行動に恥ずかしくなる。

「あの、これ」

ゆめみはついに恥ずかしさで耳まで真っ赤にして、紙袋を幸村の前に突き出した。
幸村は勢いに負けて受け取る。

するとゆめみはスススと後ろ歩きでドアの外まで移動して、ついにはドアをゆっくり閉めた。
そして、ドアの隙間から少しだけ顔を出して、動きが止まった。

おそらく恥ずかしくて仕方がないのに、このまま無言で立ち去ることは失礼だと思ってくれているんだろうな、と幸村は思った。
ゆめみの頭が高速回転して、何かを言わないとと考えているのが手に取るようにわかった。
ゆめみはついに口を開いた。顔を真っ赤にしたまま。

「チョコの食べすぎは体に良くないかも」

そして、病室のドアは閉まった。

幸村はサッとソファーに受け取った紙袋を置いて、ベッドにダイブした。
そして枕をぎゅっと抱きしめる。

「もうだめだ」

幸村は顔を枕に押し当てた。
その顔は真っ赤で、口元はにやけている。

「ゆめみが可愛すぎる・・・」

顔を真っ赤にしたまま、ペンギンのような動きで後ろに下がって、その後口から出た言葉が自分の健康に関する心配事だった。

先ほどの一連のゆめみの表情、行動を思い出すだけで、口からは「フフ」と笑いが漏れた。

好きな子にチョコを見られてしまった惨めさよりも、ゆめみの珍しい可愛い行動の方が価値があるような気がした。








一方ゆめみは、罪悪感を背負いながら、病院の最寄駅から学校方面への江ノ電に乗っていた。

昨日13日に幸村のファンの子たちから幸村宛のチョコレートを受け取っていたゆめみ。
量が多いだけに、学校に持っていくのは大変で、朝母親に送ってもらうことにした。
ゆめみとしては良かれと思ってやったことだったのに、幸村に気まずい嫌な思いをしまった。
自分の配慮の至らなさに落ち込んでいた。穴があったら入りたいとさえ思った。

そんなことをぐるぐると考えてこんでいると、途中に降りるのを忘れて終点の藤沢まで来てしまった。
江の島駅から学校行きのバスに乗るのが一番早く着くのに。
JRの駅からも歩けなくは無いので、ゆめみは江ノ電からJRに乗り換えることにした。

電車に乗ると、また思い出す、幸村の困惑した表情。

あんな精市、初めて見た。

もし自分じゃなくて、蓮二や弦一郎から受け取っていたら、素直に嬉しい気持ちになれたのかも、と思うと本当に申し訳のない、行き場のない恥ずかしさがお腹のあたりでぐるぐる回る。

どのくらいそのことを考えていただろう。
スマホが振動していて、ゆめみは思わず通話ボタンをタップしてしまった。
電車の中での通話はマナー違反なのに。

『ゆめみ、どこにいる?』

スマホから聞こえた声は、幼馴染の柳だった。

「どこって・・・」

ゆめみは次の駅が表示された車内電光掲示板を見て驚いた。

「ごめんなさい、今大磯」

完全に降り損ねていた。





「今度は降りられたな」

学校の最寄駅まで帰ってくると、改札で柳がゆめみを待っていた。
もう1限目が始まっている時間である。
学校からわざわざ迎えに来てくれたのだろう。
申し訳なくて、ゆめみは柳に駆け寄るなり深々と頭を下げた。

「ごめんなさい」

ゆめみの頭をぽんぽんと優しく撫でる。

「1限目は現国だ、今日の自習の確率86.5%、案ずるな」

蓮二の優しい声に、ゆめみは顔を上げた。
ようやく落ち着けた気がした。

「ありがとう蓮二」

ゆめみがはにかんだ笑みを見せると、柳は「何があったか話してもらおうか」と言った。

学校までの大通りを歩きながら、ゆめみは今朝の出来事をそのまま柳に伝えた。

「ほぅ、精市がどんな顔をしていたと言った?」
「ムンクの叫びだよ、ムンクの叫び」

ゆめみは真顔でそう言ったのだが、柳は思わずククッとふきだしてしまった。

「さすがは精市、ショックの受け方さえも芸術的とは恐れ入った」
「笑いごとじゃないの、あの精市の綺麗な顔が緑色のムンクさんに見えるくらいだったんだから」
「ムンクさんと言うのはやめておけ・・・ブフッ」

堪えきれずに再び笑う柳に、ゆめみは不満そうに唇を尖らせた。

「さすがの私も反省しています・・・やっぱりやめた方が良かったんだね、なんで持ってっちゃったんだろ」
「気まずいことは確かだな」
「蓮二も嫌?私が他の女の子から預かったチョコ渡したら嬉しくない?」

ゆめみの問いに柳も考えてみる。そして結論はかなり惨めな気持ちになるな、だった。
そんなことをしてくる時点で脈なしだと嫌でも感じてしまうからだろう。

「この柳蓮二、ムンクになる確率100%」

ゆめみは大きな瞳を更に大きく開けて「え、そんなに?」と驚いた。
その後少し考えて「男心はむずかしいなぁ」と呟いた。

昨日はゆめことチョコレートパーティーをしていたために、柳と話す時間が無かったのだ。
事前に柳と話せていれば、こんな失態は犯さなかったのだろうと思った。

そんな話をしながら歩いていると、立海大学が見えてきた。立海大付属はその隣だが、まだ1限目の途中だ。
途中で教室に入る勇気は無いため、2人はそのまま歩き続けて、海辺に広がる大きな海浜公園へと足を踏み入れる。

ベンチに座って、少し遠くに広がる海を眺めた。

2人で前を見つめていたが、ゆめみが柳を見つめていることに気が付いて、柳も優しくゆめみに視線を合わせた。

「蓮二、わかってると思うけど」

ゆめみはそう切り出した。にこにこと微笑んでいるのが可愛い。

「なんだろうな、予測不能だ」

柳はわざととぼけて見せた。
ゆめみはそんな反応にクスクスと笑う。
そして鞄から、白い包装紙に白のリボン、その間には紙で出来た菊の花がささっている箱を出して、柳に見せた。

「はい、感謝の気持ち」

毎年同じフレーズだなと柳は思った。
そして、その包装紙は白が好きな自分に配慮してのことだろうと思うと、嬉しくて愛おしい。

「感謝する、大切に頂こう」


珍しく満面の笑みを見せた柳に、ゆめみは嬉しくなった。

「どういたしまして」

ふわふわ、幸せな気持ち。

と同時に、バレンタインって本当はこういう素敵なイベントのはずだよね、と再確認する。
唐突に手塚にチョコレートを渡した時と、幸村にチョコレートを渡した時のことを思い出した。

どっちもふわふわとは遠い感情だった。

しばらく柳の顔をじっと見ていたゆめみは、そっと目線を柳から外して、再び海の方を見た。
遠い目だ。

柳はそれでもずっとゆめみを見ていた。

さっきまでは嬉しそうににこにこしていた彼女は、今は空虚な表情をしている。
何か別のこと、つまり俺以外の他の男のことを考えているのだなとわかってしまう。

柳は小さくため息をついた。

ほんの少し前までは、朝起きた時から夜寝る前まで、起きたことはすべて話してくれたのに。
いつからだろう。
互いに言えないことが増えたのは。

ゆめみは先週の日曜日からまた少しだけ変わった。

あの日、突然弦一郎の家を訪れたゆめみ。一緒に歌いながら帰った後。

ゆめみは泣いたらしい。

自室に引きこもって、声を殺して泣いていたと、ゆめみの父親から聞いた。
カーテンがぴったりと閉まっていて、電気も消えていたから、早く寝たのだろうと考えていたのだが。

ゆめみが泣きたい時はいつでも胸を貸そうと決めていたのに。

『もう相談もしてくれないのだな』

それでも海を切なげに眺めるゆめみはいつにも増して美しく見えた。
1つ恋を乗り越えて、綺麗になっていくのなら、俺は受け入れられる。
そんな風に思った。

俺は最初の男にならなくてもいい、最後の男になりたいだけだ。

「ふふ、顔に何かついてる?」

ゆめみは柳に見つめられていることに気がついてくすぐったそうに笑った。

「いや、綺麗だと思ってな」

ゆめみは一瞬大きく目を開けたが、「チョコはもう無いよ」と楽しそうに笑う。

「さぁて、戻りましょうか、学校に」

明るく両手を空に上げてゆめみは言った。

「いつめんの皆が何個チョコもらえるか知りたいもん」

いつめんとは、2年生立海レギュラー7人にゆめみとゆめこを加えたメンバーのことだ。そう言ったゆめみは少しだけイタズラっぽい笑みを見せた。

「精市は置いておくとして、たぶんダントツ1位は丸井くんだよね、そして第2位は蓮二かな」
「とゆめみは言う」
「違うの?」
「さぁな、だが俺のデータによれば仁王も上位争いに入る」
「え、仁王くんってモテるんだビックリ」

いつもキャーキャー言われているイメージじゃなかったので、ゆめみは素直に驚いた。

「皆モテるもんねー、良いなぁ、チョコいっぱいもらえて」
「朝、美化委員の後輩がチョコレート持って教室まで来ていたぞ」
「精市宛てじゃなくて?」
「ゆめみ宛だと受け取った」
「嬉しいっ、バレンタイン大好きっ」

そう言って素直に笑ったゆめみは、ただのチョコレート好きの女の子に見えた。
大人びて見えたのは、気のせいだったなと柳は安堵した。

その後はチョコレートを配ったりもらったり、楽しいバレンタインを過ごした。




そして、放課後。

ゆめこは彼氏である毛利先輩とデートなので、ゆめみは珍しく1人で帰路についていた。
スクールバックの中には、後輩や友達からもらったチョコレートが入っていて、ウキウキと足取りも軽い。
後は蓮二が帰ってくるのを待って、いつめんのみんなが何個チョコもらったか聞いてにやにやするのが楽しみだ。

今年のバレンタインデーは楽しかったな、とゆめみは思った。昨年は熱で寝込んでいたので、実際には中学校初めてのバレンタインと言ってもいい。

バレンタインデー、本当にこのまま終わっていいの?

江ノ電で自宅の最寄駅に着いたのに、ゆめみは降りなかった。
今日は朝病院に行ったので、もうお見舞いには行かない予定だったのに。
でもやっぱり気になって、ゆめみは気付けば幸村の病院の最寄駅で降りていた。

きっとさらに幸村のチョコレートの数は増えていて、埋もれているかもしれないとゆめみは予測した。
それを見るのは気まずくて、嫌だと思う。
嫌なはずなのに、足を止めることは出来ずに病院へと到着した。

コンコン

ゆめみはドキドキしながらノックをする。
すぐに幸村の「どうぞ」という返事が返ってきた。

ドアのハンドルに手をかける。
すぐに開けるべきなのに、それが出来なかった。たくさんのチョコを見て、なんて言っていいかの答えがまだ出ていないことを思い出した。

ゆめみが躊躇していると、ドアは中からゆっくりと開けられた。
幸村はゆめみを見て、その後手に紙袋を持っていないことを確認すると、「いらっしゃい、よく来たね」とにっこりと笑った。

「今ちょうどチョコレートを食べようとしていたところだったんだ」

幸村はそう言って、ゆめみを部屋の奥に入るように促しながら、自分も奥へと進む。

ゆめみはきょろきょろしながら、幸村について歩く。
そこには予想していたようなたくさんのチョコレートも、チョコレートが入った袋も無かった。
綺麗に整えられているいつもの病室だ。
朝自分が持って来たチョコレート達はどこに行ってしまったのだろう。

「さぁ座って」

幸村に促されるまま、ゆめみはソファーに座った。
そして、目の前のテーブルに乗せられたチョコレートマフィンとトリュフを見て、動きが止まった。幸村はそんなゆめみの反応を見ながら、ゆめみの隣に座る。

「美味しそうだろ?ゆめみが持って来てくれたチョコレートの中から選んだんだけど、これが一番俺好みでね」

絵の具が広がるようにゆめみの頬がパッと赤みを帯びる。

「他のチョコ?あぁ、ななに全部あげたよ?さっき大喜びで持って帰ってね・・・俺は今年はこのチョコだけを受け取ることにしたんだ」

ゆめみの顔はみるみるうちに赤くなった。

「無記名だったんだけど、奥ゆかしい性格なのだろうね、もしくはチョコレートの妖精かな、ぜひ会ってみたいな」

ゆめみの反応を見ながら、にこにことそんなことを言う幸村。ゆめみはついに耐えきれず、両手で顔を隠した。

「・・・どうしてわかったの?」

そのトリュフとチョコレートマフィンは、間違いなくゆめみが作ったものだった。

「フフッ、わかるよ」

幸村は、ポロシャツの胸ポケットから紙で出来た花を出した。ゆめみが幸村へのチョコレートの飾りにさした紙花だ。
その花はセントーレア、矢車草だった。矢車草は幸村の誕生花で、ゆめみはそのことを知っていた。
バレンタインにこんなマイナーな花を飾りにつけてくる時点でバレバレであったが、そうでなかったとしても、すぐに気付ける自信はあった。

「ありがとう、すごく嬉しかったよ」

幸村が真顔でゆめみにそう言うと、ゆめみは両手を顔から離した。見えたゆめみの表情は笑顔だった。花開くようだ。
赤い顔のままの満面の笑みは本当に可愛い。

「私も精市に喜んてもらえてとっても嬉しい」

ふわふわの幸せな気持ち。

「待ちきれないよ、食べてもいいかい?」
「もちろん、召し上がれ」

幸村はチョコレートに手を伸ばしたが、すぐに伸ばした右手を引っ込めて、左手で覆った。

「精市、大丈夫?」

心配したゆめみがそっと幸村の手に自身の手を添える。もしかしたらまた痺れが出たのかも、と覗き込んだ。
しかも「ちょっと力が入らなくてね」と言ったので、ゆめみは幸村の手を両手で持ってまじまじと見つめた。

「食べさせてくれないかい?」

上から降って来た言葉に、ゆめみは顔を上げた。幸村の顔がすぐ近くにあり、ドキリとする。
幸村の口元は緩んでおり、イタズラっぽい笑顔だった。
手も異常は無さそうで、ただ食べさせてもらいたいだけなのかもとゆめみは思った。

でも嘘でも構わない。
精市がして欲しいと思うなら、してあげたいと思ってしまう。

「もちろんいいよ」

ゆめみは小さめのトリュフをそっと指で掴んだ。
そのトリュフを幸村の口元に持っていきながら、そう言えば手づかみでものを食べさせたのは初めてかもと思う。

綺麗な口元にトリュフを一粒入れる。
その拍子に、ゆめみの指はペロリとなめられた。

思わず見つめ合う2人。
そして2人同時に顔を逸らした。

恥ずかしすぎる。


次の瞬間、ガタガタと音がして、ドアの方を見ると、ちょうどドアを開けたばかりの天野川華子と目が合った。
彼女は幸村の担当ナースだ。
その顔は赤い。
どうやら驚いてファイルを落としてしまったようだ。

「おじゃましました」

急いでファイルを拾い上げ、一言そう言うとナースステーションへと帰って行った。
何か用事があったはずなのに。

ゆめみと幸村は客観的に自分達の状況について考えた。
ソファーに隣同士で座ってチョコレートを食べさせて合ってるというのは、どう見えるのだろう。

「すまない、調子に乗りすぎたようだね」

そう言った幸村は楽しそうだ。
たしかにいつも穏やかな天野川の慌てっぷりは少しだけ面白かったとゆめみもふふふと笑う。

「もっと食べたい?」
「後は自分で食べることにするよ、手の調子も良くなったことだしね」

手をグーパーとして、ゆめみに元気な様子を見せながら『これ以上は心臓がもたないな』と思った。
幸村が自分でフォークを持ってマフィンを食べながら「美味しいよ、今年のチョコレートも素晴らしい出来栄えだね」と大げさに褒めてくれるのをゆめみはただくすくすと笑って見ていた。


ゆめみが帰った後、真田が大きな紙袋2つ持って幸村の病室を訪れた。
柳や丸井が当日に受け取った幸村宛のチョコレートを真田が引き受けて持ってきたのだが、面会謝絶されたとかしないとか。

幸村は125個のチョコレートを受け取ることとなった。





(220922/小牧)→166

ハッピーハッピーバレンタイン
Location 辻堂駅から海までの道、辻堂海浜公園




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