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(星を見に行こう/不二・徳川・柳)

2月最終日、2月28日は金曜日だった。

「ここにタライを設置して、通ったら落ちてくるのはどうかな」
「フッ、良い考えだ、ではこっち側に逃れた場合にはマキビシが落ちている設定としよう」

2年I組の窓際の後ろの席では、お馴染みのゆめみと柳がノートに書き殴りながらヒソヒソと何かを相談していた。
たまに聞こえる言葉は、陰湿かつ物騒であり、通りかかるクラスメイトの眉をひそめさせていた。

教室前方の時計の時刻は12時40分。
貴重なお昼休みも残り20分と迫った時、後方のドアがガラリと開き、その2人に大股で駆け寄る人物が現れた。

彼は上から2人の描いたノートを覗きこんで「何の計画ですか?」と直球で質問する。

ゆめみと柳は侵入者に不気味な笑顔をむけて言い放った。

「「毛利寿三郎、復讐計画」」

そう言われた人物は、目の奥が見えないメガネをクイっと上げて、「完全犯罪でお願いしますよ」と言った。

柳生比呂士であった。
柳生が真顔でそう言ったので、ゆめみはあははと笑い出して「安心してね、マインクラフトの話だから」とネタ明かしをする。

ゆめみは方眼紙のノートいっぱいに描かれたちょっと嫌なことに溢れた世界を柳生に見せて1つずつ説明した。
つまり、親友であるゆめこを一方的に振った毛利を2人は許していないのだ。

先日情報の授業で、マインクラフトを取り扱ってから、ゆめみと柳の間でマイクラがブームになっていた。
マイクラとは、電子版のレゴブロックのようなもので、プログラミングで動きなどを組み合わせれば、どんな世界でも作れてしまうゲームである。

「なるほど、そうして心の平穏を保っているという訳ですね、お二人の血の滲むような努力に感銘を受けました」

柳生は大げさにそう言った。

「本当よ!私の宝物ゆめこの心を踏みにじった虫ケラめぇ!今すぐ3年生の教室に走ってって喚き倒したい気持ちなの」
「ゆめみがその行動に出た場合には、胸ぐらを掴んで頭突きをお見舞いする覚悟だ」

憤る2人に、柳生はきっぱりと「それは困ります、風紀が乱れるではありませんか」と言った。

「やはりここはゲーム内での完結を徹底すべきでしょう、銃殺、撲殺、切腹、すべて合法です!」

柳生がそう言ったことで、ゆめみはなんだか白けた。そこまで酷いことは考えていなかったからだ。
柳と2人でわいわい言っていた時は、ストレス発散になっていたのに、柳生に言われるとひどく残酷に聞こえた。
毛利先輩に失礼なことをしてしまったなと客観的に省みる機会となった。先輩なのに申し訳ありませんと心の中で謝った。

「風紀と言えば、風紀委員会は終わったの?」

真田が今日はお昼に風紀委員会があると言っていたのを思い出してゆめみは聞いた。

「風紀副委員長の真田くんはまだ仕事があるようでしたが、私はヒラなのでお先に失礼させてもらいました」

柳生の言葉にゆめみはそう言えば弦一郎は11月に風紀副委員長になったんだったなぁ、なんて思い出した。

「さて柳生、用事があるのはゆめみへの方なのだろう?」

柳に促され、柳生は「そうでした」と一呼吸置いた後、ゆめみに一枚のチラシを見せてきた。

それは『生涯現役プロの新常識〜怪我はオーラで予防できる〜』という大層なタイトルがついた講演会の案内だった。日付は明日。
更に『スポーツ医学界の魔道士、ゆめだ先生の秘技初公開』というあおり文まで書かれていた。

「ゆめださんはあのゆめだ先生のお孫さんだったんですね」

ゆめみはにこりと笑って「ちょっと変わってるから恥ずかしいんだけど」と言った。
ゆめみも最近知ったのだが、父方の祖父はスポーツ医学界ではちょっとした有名人だったようだ。
数々の有名なプロスポーツ選手の引退を数年単位で遅らせたらしい。
祖父はゆめみが小さい頃はプロスポーツ選手専門の個人病院をやっており、そこに遊びに行っていた経験もあったが、かなり小さな病院だったので、まさかそんなに有名だったとはゆめみも知らなかったのだ。

ずっと弟子はとらないと断言していた祖父が、最近病院の現場に行って若手を教えたりする活動を始めたらしく、ゆめみもこの手の話を振られることが多くなった。
それでも講演会は初めてのことで、明日は孫であるゆめみも手伝いに駆り出される予定だった。

「身内に著名な医者がいるなんて羨ましいですよ、明日は当然行くんですよね?」
「うん、その予定だけど」
「良かったら講演会の概要を教えてくれませんか?興味はあるのですが、部活があるのでリアル参加は難しいです」

キラキラとした表情で言われたので、ゆめみは困ってしまった。
祖父は確かに実績はあるのだが、東洋医学寄りで、オーラやチャクラが見える人なのだ。故に西洋医学から見れば少しスピリチュアルな部分もあり、ゆめみはそれが少し嫌だった。

「うーん、参考にならないと思うけど」

ゆめみはそう返事をしたが、休憩時間が少なくなって来たので、柳生は「では頼みましたよ、アデュー」とゆめみの返答を最後まで聞かずにステキな笑顔で教室から出て行った。

「相変わらずだな」

勝手に話に入って来て、最後まで話を聞かずに帰った柳生に柳はそうコメントした。

「柳生くんらしくていいんじゃないかな、まっすぐな感じがして」

ゆめみがふんわり柳生を庇ったので、柳は少し面白くないと感じた。実際にはそうでもないのだが、最近よくゆめみと話している気さえした。

「明日の出発は早いのか?」

次の授業の準備を始めたゆめみに、柳は問いかけた。

「今日の内に出発する予定なの、だから今晩と明日の朝はいないからね、部屋を覗いてはダメよ」
「講演会は午後からでは無かったか?」

不満そうな柳に、ゆめみはクスクスと「寂しいの?蓮二」と笑った。
柳は内心その通りだと思ったが、さすがに言葉には出せずに黙った。
ゆめみはにっこり笑って。

「大丈夫、離れていても心は1つよ、ずっと蓮二のこと考えているわ」

てきとうなことを言う、と柳は思ったが、ゆめみの笑顔が可愛かったので、そういうことにしておこうと思った。









「ふーじっ!3歳半の誕生日、おめでとー!!」

菊丸がクラッカーを鳴らす。

目の前にはバースデーケーキと、ご丁寧に3本のろうそくが立てられていた。
菊丸、大石、河村、乾が笑顔で見守る中、不二は顔にかかる髪をそっと耳にかけて、口をろうそくへと近づけた。

ふーっと息がかかり、ろうそくの火が消える。

その瞬間、友人達は拍手を送り、皆口々に「おめでとー」と言った。
ここは青春台(あおはるだい)駅前のカラオケ。
部活終了後に、不二の誕生日を祝おうと仲の良いメンバーが集まったのだ。

「じゃあ歌っおー!俺からいくよん!」

菊丸がリモコンを押すと、最初の曲が流れた。

「何で3歳半なのか知っているかい?」
「ああ、不二の誕生日は2月29日で、次に2月29日が来るのは16になる時だ、だから今年の14の誕生日は3歳半という計算も成り立つということだろう」

河村がケーキを取り分けながら疑問を口にすると、乾が歌うのに夢中な菊丸に代わって回答した。

「そうだったのか」

でも3歳と言われるのはどうなのだろう、不二は気にしているのでは無いか、と河村は考えた。不二の反応を伺うように視線を移す。

不二はいつもと変わらずにこにこと微笑んでいて「みんなに覚えていてもらえて嬉しいよ」と返した。
その反応にホッとして、河村は取り分けたケーキを皿に移して、不二の前に置いた。

「あっ、しまった」

一人一人にケーキを渡して行く中で、河村は思わず声を出した。
5人しかいないのに、6等分にしてしまったのだ。「手塚は帰ったんだったね」と呟く。

「気にしなくていいよ、英二が2個食べてくれるはずだから」

不二はすかさずそう言ってフォローを入れる。とその時歌い終わった菊丸が「サンキュー不二!」と言いながら不二の隣に座った。
ケーキを「美味しー」と食べながら、「アイツ、ノリ悪いにゃ」とぼやいた。

アイツとは手塚のことだろう。
カラオケの前までは一緒に歩いていたのだが、いざカラオケに入ろうとすると「俺はここで失礼する、羽目を外しすぎるな」と言って先に帰ってしまったのだ。

不二は思い出して「フフ、手塚らしいや」と笑う。笑ったものの、頭のどこかでは誰かとの約束があったのかな、と思いを馳せる。

反射的に思い浮かべるのは、色白で、黒目の大きな女の子だ。
豊洲で海を眺めながら、手塚と笑い合う彼女を思い出して、不二は自分でも驚くくらい落ちた。

今日はボクの誕生日イブなのに。

昨年、ゆめみが『2月28日が誕生日イブだね』と笑ってくれたことを思いだして、胸がキュウっと痛んだ。

ゆめみはきっと覚えていない。

自分から言えば、優しい彼女のことだから、電話なりメールなりでおめでとうと言ってくれただろう。そうわかっていたのに、不二はそれをしなかった。

恋愛に疎いゆめみに合わせて「お友達ごっこ」をしようと決めたのに、想いは募るばかり。

期待、してたのかな。

「不二ー!デュエット曲だよん!」

ずぃっと目の前にマイクが飛び出してきて、不二はそこで思考を止めた。




カラオケを出たらもう外は暗かった。
無邪気な友人達が楽しそうに歩き始めるのを不二は微笑みながら眺めていた。

「にひひ、不二の家今日パーティーなんじゃにゃいのー?」
「不二のお姉さんがタルトケーキを焼いている確率85%」

菊丸と乾がそう言って茶化す。
不二はその言葉にふと思い出したように、「どうだったかな」とスマホを取り出した。カラオケにいたから放置していたのだ。もしかしたら母親からの連絡があったかもしれない。そして、その通知を見た瞬間、凍りつくような感覚に襲われる。

『今日は忙しいかな?ここにいるよ』

そんなメッセージと共に送られてきた位置情報をタップすると、そこは公園だった。
ここから少し西の方を示しているが、同じ区内である。

ゆめみが東京にいる。

慌てて受信時刻を確認すると、既に40分前だった。

「不二、どうかしたのか?」

一瞬固まって足を止めた不二を大石が覗き込んだ。不二の瞳は大きく揺れていた。
会えるかも知れない喜びと、もう帰ってしまったかも知れない恐怖が振り子のように揺れた。

「今日はありがとう、また明日部活で」

最後の言葉とかけ出したのは同時だった。

「ちょっ、不二!?」

ワンチャン不二の家でご馳走にありつけるかもと期待していた菊丸が大声で呼び止めたが、不二は振り返りもしなかった。

「へーんなのっ、ちぇっ、ご馳走独り占めするつもりだなー」
「こら英二、そんな言い方」

唇を尖らせる菊丸とそれをたしなめる大石、乾は面白そうに「珍しい行動だな」と言った。
河村だけが優しい笑みを浮かべて「きっと何か良いことがあったんじゃないかな」と言った。




不二は迷わず1番近いレンタル自転車のステーションで、自転車に飛び乗った。走っても15分ぐらいだとは思ったが、一刻も早く会いたいと思った。

自転車を走らせながら、ゆめみに電話をするも通じない。気持ちが焦る。
神に祈る気持ちだ、と不二は思った。今彼女に会わせてもらえるのなら、1年分くらいの運を使ってしまっても構わない。
大げさであるが、今までこんな気持ちになったことは無かった。

シャーッと自転車を目的の公園の入り口で停めた。飛び降りた拍子に、女の子を見つけた。もう夕方なので、その子以外に人はいない。
花壇を熱心に見つめていたその子は、振り向いた。そして、その大きな瞳を細めて微笑む。

「不二くん、来てくれたんだ」

1時間弱待たせてしまったのに、彼女の瞳には全く不二を責める色は無かった。
ただただ嬉しそうで、不二はなんだか泣きたくなった。

『なんで電話してくれなかったの?』『キミが帰ってしまっていたら、ボクはボクを許せなかったよ』そんな言葉が漏れそうになる。

最後のプライドが勝って、不二はごくりと言葉を飲み込んだ。そして、なんでも無いふりをしようと決めた。

「どうしてここにいるのかな?」

きっと何かのついでだろうと不二は防御線を張る。しかしゆめみはにこっと微笑んだ。

「不二くん、目を閉じて」

「えっ」と不二は動揺した。ゆめみはイタズラっぽい顔をして「安心して、不二くんみたいにいなくなったりしないから」と付け足した。
青学合同音楽祭の時に、目を瞑らせたゆめみを置き去りにしたという闇歴史を思い出しながら、不二は目を閉じた。
何をされても文句は言えないな、と覚悟しながら。

大人しく目を閉じた不二の両手をゆめみはそっと引いた。

「開けてもいいかな?」
「まだだめ」
「あとどのくらい?」
「ふふ、あと5歩くらいよ」

視界を遮られるというのは、考えていた以上にドキドキするものだねと不二は思った。
5歩進むと、ゆめみの動きがそっと止まった。そして、両手を離される。
今まで感じていたゆめみの柔らかい手の感触に少し寂しさを覚える。

「目を開けていいよ」

不二は目を開けた。
目の前には、砂場があった。
その砂場いっぱいに、大きなバースデーケーキが描かれている。
ろうそくの数は14本で、全て火が灯っている。苺やクリームも丁寧に描かれていた。
そして、真ん中に描かれたチョコレートブレートには『Happy Birth Day 不二くん』の文字が。

ボクを待っている間に、描いてくれたのだろうか。

驚いて隣を見ると、ゆめみはにこっと笑って歌い出す。

「Happy birthday to you,Happy birthday to you」

澄んだ声が辺りに響いて、不思議な気持ちだ。

「Happy birthday, dear 不二くん、Happy birthday to you」

最後まで歌い切ると「ねぇ、ろうそくを消して」と言う。
不二は砂場の前に立つと、ふぅと息を吹きかける真似をした。描かれた絵に変化は無いが、ゆめみは嬉しそうに手を叩いた。

「14歳のお誕生日、おめでとう」

不二はいつものように笑おうと思った。にこっと笑って『ありがとう、嬉しいよ』と。でも出来なかった。

感情が気持ちが溢れそうで、不二は両手で顔を覆った。

「・・・どうしてここにいるの?」

もう答えはわかっていたのに、不二は再度そう聞いた。声は震えた。

「不二くんのお誕生日をお祝いしたくて、来たんだよ」

勇気を出して、両手をずらしてゆめみを見ると少し照れたように微笑んでいた。

「何度でも言うね、お誕生日おめでとう不二くん」

あぁ。
もういいや、と不二は思った。
素直でいたいと願う。
不二は顔を隠していた手を下ろした。

「ありがとう」

そう言った不二はいつもの笑みではなかった。幸せそうで、切なげで。大きな瞳がゆめみにまっすぐに向けられていた。
そして、涙が一筋流れた。

ゆめみは不思議そうに不二を見ていた。
蒼い瞳から流れた涙が綺麗だと思う。

「不二くんの瞳は星が宿っているみたい」

ゆめみの一言が「どうしたの?」でも「大丈夫?」でも無かったので、不二は少し意外に思った。
そして少しの間の後に言っていた。

「じゃあ星を見に行こう」

ゆめみも思わず口から出た言葉への不二の返事が予想しなかったものだったので、少し間が出来たが「それは素敵かも知れないね」と返事を返してみた。



2人はレンタル自転車で2人乗りをして、東京都内を疾走する。



ゆめみは不二に掴まりながら、空を見上げていたが、星は全く見えない。
雲が覆っているのだろうかと思うが、1つ、2つは星らしきものが見えるので、おそらく晴れてはいるのだろう。

それよりも、街の明かりが綺麗だと思った。
どこまでも続く街灯、高層ビルではまだほとんどの階で電気が点いている。
ビルの光がこんなに綺麗だなんて知らなかったなとゆめみは思った。

不二に掴まったまま見る東京の夜景は神秘的で、現実味が無い気さえした。


ゆめみの吐息を感じながら、不二はひたすら海へと向かっていた。
当てなんて無かった。
ただ可能性があるとすれば湾岸だろうと思っただけだ。

不二はさっきの自分の涙の意味を考えていた。

どうしてボクは泣いたのだろう。

自覚はなかったが、ボクは自分の感情に疎いようだ。いつも彼女の一言で気付かされる。
でもこの感情の答えは自分で見つけたいと思った。

2人は無言だった。
でも2人とも不思議と満たされた気持ちだった。

20分くらい自転車を走らせると、川とそれに続く海が見えて来てゆめみは「海だ」と言った。
大きな公園があったので、不二は自転車を停めた。

2人で上を見上げたが、まだ少ししか星は見えない。冬の大三角もオリオン座もわからないレベルだ。

「ごめん、やっぱり星は見えないようだね」

不二は申し訳無さそうにそう言ったが、ゆめみは「階段を登ってみましょうよ」と不二の手を引いた。

確かに階段があり、上の方に続いている。

2人は少しワクワクしながら、階段を登った。その果てに何があるのか、冒険のようだとも思う。

たどり着いた瞬間、2人で空を見上げた。

「・・・東京はなんて明るいのかしら」

ゆめみはそう呟いた。
東京の海はたくさんの光に溢れていた。海外沿いの街頭や、レインボーブリッジも存在感を放っている。
それらはとても綺麗だが、2人の目的はそこじゃなかった。

ゆめみが一言呟いたっきり、2人は何も話さなかった。トボトボ歩いて、少し段差になっているところに座った。
どちらともなく、倒れ込んだ。
視界全部が夜空であり、わずかな星が見えた。目を凝らすと、やっと見えた。

「ちゃんと見えたね、ペテルギウス、プロキオン、シリウス・・・冬の大三角形」
「へぇ、ゆめみちゃんは星が好きなのかい?」

星の名前を言い当てたゆめみに、不二は意外そうにそう聞いた。

「・・・そうなのかな?あんまり考えてみたことが無かったけど」

ゆめみの住む街の夜は真っ暗だ。
確かに帰りが遅くなる日は空ばかり見ている気もする。柳から良く星の名前や神話の話を教えてもらったことを思い出した。

ゆめみは空から目を離して、不二を見た。
そしてにっこり笑う。

「今気が付いたんだけど、好きみたいね」

それは星の話だった。不二はもちろんわかっていた。
ゆめみの目の中に映る光がキラキラと光り目が離せない。それは東京の夜の光で、星が映っているわけではないと知っていても、星が宿っているようだと思った。

「ボクも、好きみたい」

不二はそう言っていた。
言葉にして、理解した。

さっき、泣きそうになったのは、やっぱりキミが好きだからなんだと。
自分の誕生日のために、わざわざ来てくれて、お祝いしてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

好きと言う気持ちは、こんなに心が震えるものだったんだね。ゾクゾクした。

「私、この星空のこと、きっと忘れない、不二くんの誕生日に見たこの空のおかげで、星が好きなことに気が付いたよ」

そうして笑うゆめみ。
ボクも忘れることは出来ないだろう。と不二は確信していた。

「出会ってから今まで、キミに好きだと言ったこと・・・全て忘れてくれないかな?」

不二はポツリとそう言った。

過去の自分が伝えた言葉を、丸ごと全部書き換えたいと不二は思った。
これまで中途半端に伝えて来た気持ちは、全部嘘だったとすら思えた。
本当の『好き』はあの時感じていた何倍も重くて熱いものだった。
そして、まだ溢れたりはしない。まだまだこの気持ちは大きくなっていくのかもしれない、そんな風に思った。

過去を全部消去して、新しい自分になりたい。そんなことを思うのは初めてだった。

ゆめみは切そうに顔を歪める不二を見ていた。
その意味は『自分のことが好きだったんじゃない』という当然のことだろうとゆめみは理解した。それなのに、言葉が出ない。
イエスと言っても、ノーと言っても不二を傷付けてしまう気がしたのだ。

「・・・私はそのままの不二くんがいいな」

迷った果てにゆめみの導き出した回答はこれだった。
不二は驚いてゆめみを見る。その表情は笑ってはいなかった。真剣な表情だった。

不二は少し考えて「そうかな」と呟いた。
その回答はずるいなぁと不二は思った。

ここに来て『全肯定』である。

「あぁ、好きだなぁ」

不二は星空を見上げながら言った。
その言葉はゆめみに向けた言葉であったが、ゆめみはやっぱり星のことだと思って「私も好きみたい」と返した。
不二はゆめみの勘違いも理解した上で、それでも幸せな誕生日だなと満たされた。

「ねぇ、何か言いたいことがあるんじゃない?」

不二は満足した上でそう切り出した。
ゆめみが会いに来てくれたのは初めてのことで、それが自分の誕生日だからと聞いたけど、それだけでは無いと感じた。
上手くは言えないが、自分がゆめみを求めて立海に行った時のような、そんな雰囲気を感じていた。

「・・・不二くん、ありがとう」

ゆめみの目にうるうると涙が溜まっていくのを見て、不二は慌てた。
どうしていいのか分からず、とりあえず頭を撫でると、ゆめみは口をへの字にしたままもう一度「ありがとう」と言った。

「私、国光くんにフラれたんだ」

ゆめみの驚きの告白に、不二は慰めることも忘れてただただゆめみを見ていた。

『勘違いじゃないかな・・・?』と言うのが正直な感想だ。
そうでなかったら、なんだろう。手塚がゆめみちゃんを好きなことは間違いないと思っていたのに。

「国光くんが好きってことを知っているのは、ゆめこ以外では不二くんだけで、いろいろ相談に乗ってもらったから、ちゃんと伝えないとって思ってたの」

不二は一呼吸置いて「そうなんだ」と言った。
相談に乗ったと言うか、今思い返すと嫌がらせをした記憶しか無かったが、ゆめみがそう思っているのなら、わざわざ訂正する必要も無いな、と不二は思った。
それに自分だけに言ってくれていたというのも嬉しい話だ。

ボクはキミにとっての特別な友達ではあるのだろう。

「ボクはキミを慰めたいな、何して欲しい?」

不二は優しく頭を撫でながらそう言った。ゆめみはくすぐったそうに笑って「もう大丈夫」と言った。

「上手く言えないけど、ショックだったし悲しかったけど・・・今は国光くんに感謝しかないの」

ゆめみは目をうるうるさせてはいたが、確かに酷く落ち込んでるようには見えなかった。

「やっぱり、この気持ちは恋とは少し違うものだったのかな」

不二はずっとゆめみを見てきて、その気持ちは恋だと思ったが、またそれを伝える必要はないなと思った。
ゆめみがそうして手塚との恋を乗り越えていくのなら、不二にとっては好都合である。

「そうだね、本当の失恋はこんなものじゃあないよ、食べれなくなったり、眠れなくなったり、ゾンビみたいになるものだよ」

とりあえず大げさにそう言ってみると、ゆめみは意外にも「知っているわ」と大きく頷いた。ゆめこのことを思い出したのだ。

「そんな辛い思いしたくない」
「そうだね」
「だから私は恋をするのはやめる」
「そうだね」

不二は流れで思わず同意してしまったが、その後で意味を考え直して「ん?」と首を傾げた。

「恋しない乙女になるのかい?」
「うん、そうよ」

自信マンマンにそう言ったゆめみに、不二はこの子は本当に恋のことを知らないんだなと思った。

恋はするものではなく、落ちるものなのに。

でも恋しないと強がる彼女がこれからどうなっていくのか、不二は興味深いと思った。

「それは良い考えだね」
「ふふ、不二くんならわかってくれると思った」

はにかんだ笑顔に変わったゆめみを見ながらこれからは、もっとちゃんと優しくしよう、と不二は思った。

「わかるよ、ボクはゆめみちゃんのおともだちだからね」

ゆめみの恋しないに付き合って、わざと友達を強調すると、ゆめみは安心したような表情に変わった。
「ありがとう、不二くん」とふんわり笑ったゆめみの笑顔が可愛くて、不二は嬉しくなった。
この作戦はなかなか有効のようだね。

「・・・ボク達は同じ星の下に生まれたんだよ」

星をまた見上げながら、不二は言った。根拠は無かったが、そう思った。

「そうなの?」と丸い瞳で聞いてきたゆめみに、信憑性を持たせるために「そうだよ、姉さんから聞いてね」と付け加える。
嘘だけど。しかし姉の由美子は有名な占い師なので、ゆめみは「そうだったんだ」と信じてしまった。

「でもなんか納得、不二くんには不思議と惹かれると思ってたんだ」
「そういう運命だからね」

ゆめみは不二の言葉を胸の中で反芻した。
『運命』と。

きっと自分と国光くんはそういう運命じゃなかったんだな。
それが星の巡り合わせならば、ちっぽけな自分にはどうにもならないことだろう。

もう悲しいとも辛いとも思わなかった。
ただ彼に憧れて、人として好きだと思う気持ちは変わらないだろうと思った。
次に会った時は恋する前のように笑顔で話せるだろう。

ゆめみが手塚のことを本当の意味で吹っ切れた瞬間であった。
この後ゆめみはすぐに祖父の家に帰宅した。




 
翌日3月1日の昼過ぎ。

ゆめみは祖父の講演会の手伝いのため、大学に併設した講演会会場で受付をしていた。

まだ開始時刻まで時間があるので、正直暇である。

「姉さん、彼氏出来た?」

ゆめみがぼーっとしていると、隣に座って同じく受付に駆り出されているいとこが話しかけて来た。
ゆめだ弓弦(ゆづる)、父親の兄の息子であり、ゆめみより一学年下である。

「出来てない・・・ゆづはどうなの?お正月に付き合ってた子とは上手くいってるの?」
「あれからもう3人目、でももう別れると思うよ」

正月に会ってからまだ2ヶ月も経っていないのに。
この子はすごいなとゆめみは驚きを通り越して感心してしまう。

「ドライと言うか何というか・・・」
「とりあえず柳蓮二とでも付き合ったら?」
「蓮二はとりあえずとかそんな軽いノリで付き合える感じじゃないからさ」

薄っぺらい会話を繰り返していると、遠くからものすごい高身長の青年が歩いて来るのが見えて、ゆめみと弓弦は同時に背筋を伸ばした。
近づくにつれて、ゆめみはその人物が知り合いであることに気が付いた。
しかしゆめみが声をかけようとする前に、隣の弓弦が挨拶をした。

「徳川さん、お久しぶりです」

その人物とは徳川カズヤだった。
綺麗な顔をしているが、その身長は190近くあり、目付きも鋭いため威圧感がある。

「えっ、ゆづも知り合いなの?」

思わず驚いてそういうと、弓弦は不可解そうに片眉を上げて「徳川さんは高等部の生徒会長だよ」と言った。
そう言えば、弓弦も1年生にして中等部の副生徒会長だったことを思い出して、同じ学校だったんだと納得した。

「も?って何?姉さんも知り合いなの?」
「知り合いというか、何というか」

ゆめみは彼との関係を説明する言葉を持ち合わせてはいなかった。正式に交際に発展すれば彼氏、もしくは婚約者と言えるのかも知れないが、まだお試しである。

「昨日生存確認が取れなかったが、何かあったのかい?」

ゆめみが弓弦の質問の回答に困っていると、徳川がゆめみに質問して来た。
そう言われて、昨日は電話をするのを忘れたことを思い出した。不二にも指摘されたが、ゆめみのスマホは途中で充電が切れてしまったのだ。寝る直前に祖父の家でスマホを充電器に繋いで、起動したら電話しようと思っていたのだが、眠ってしまっていた。

「元気でしたよ、ただいつのまにか眠ってしまっていたみたい、連絡出来ずにごめんなさい」

とりあえず心配をかけたのだろうとゆめみが謝ると、徳川は慌てて「いや謝らなくていい、責めるつもりは全く無かった」と言った。
そう言えば以前謝った時もこんな反応だったなと思い出す。
徳川はゆめみが謝ることを嫌うようだ。そんな徳川の様子は珍しく、弓弦は少し驚きながら2人のやりとりを眺めていた。

「カズヤくん今日はどうしてここへ?」
「ここに来ればゆめみちゃんに会えると父から聞いてね」

まさか夜の電話を忘れただけで、ここに来たというのだろうか。
ゆめみが何と返事をしていいのか分からず固まっていると、弓弦が「予約無しの方は後方の席になります、こちらの資料をお持ちください」と資料一式を渡した。
徳川は受け取ると、何か言いたげな表情ではあったが、それ以上は何も言わずに会場へと入って行った。

その後は途切れる事なく来場者が来たので、ゆめみも弓弦も大忙しだった。

開始時刻が来て少しの間は受付に座っていたが、予約していた人が全員来たことを確認して受付を片付けた後、ゆめみと弓弦は会場に入ることになった。

講演会はすでに始まっていた。講演の邪魔にならないように、一番後ろの席の方へと歩いて行くと、一番後ろの端に徳川カズヤが座っているのが見えた。
わざわざ遠くに座るのもどうかと思い、ゆめみは徳川の隣に座る。
弓弦は気を遣ったのか、少し離れた席に座ったため、2人きりのような雰囲気になる。

ゆめみは何か話すべきだろうかとも思ったが、何と言っていいのか分からなかったため、何も言わずに筆記用具をカバンから出した。
配布された資料に祖父の話す内容をメモしていく。

そのゆめみの様子を徳川は眺めていた。

ゆめみがメモを取るのは自分が興味があるからでは無く、柳生に依頼されたためであったが、その丁寧な文字がノートに増えて行くのを見て徳川は勉強熱心な子なんだなと思った。

講演会の内容はなかなかに面白く、最初は義務感で聞いていたものの、その内本当に聞きいっていた。昔から祖父はスピリチュアルな話が多かったので、斜めに見ていた部分もあったが、今日の講演会で話す内容は全てエビデンスがあり、納得できる内容であった。

話がひと段落ついた後、ゆめみはそっと徳川の方を見た。
講演会の間中ずっと徳川がゆめみを見ていたことに気が付いていたからだ。
完全に見つめ合う形となり、少し戸惑う。
しかしそれ以上に気になることがあった。

「カズヤくん、もしかして寝不足ですか?」

彼はものすごく顔色が悪く、目の下にクマも出来ていた。ゆめみが小声でそう問いかけると、徳川は「あぁ、昨晩は眠れなくてね」と返した。

ゆめみは動揺した。

「それって、もしかして私が電話出来なかったからですか?」

徳川はその問いを考えてみた。
そうなのだろうか?
確かに昨晩はゆめみが電話をかけてくるかもとずっと考えてはいた。こちらからかけても電源が切れていたので、何かあったのかも知れないと心配になったのも事実だ。
しかしそれが原因と言い切ってしまって良いのだろうか・・・

深く考え込んでしまった徳川に、ゆめみは自分の電話のせいなんだなと思った。
だって違う場合は、すぐに違うと言うだろう。
電話をかけ始めて1週間。ほとんど徳川はトレーニング中だったので、「頑張ってくださいね」と「おやすみ」だけの会話で正直意味か無いのではと思っていたのに。
心配症で優しい人なんだなとゆめみは思った。

『ごめんなさい』と謝ろうとして、徳川が謝られることが嫌いだと言うことを思い出した。

「ご心配、ありがとうございました」

ゆめみは微笑んでそういった。
徳川は少しだけ目を大きく見開いたが、すぐに「元気で良かったよ」と返した。
その顔ははにかんだ笑顔で、ゆめみは今日初めて彼の笑顔を見た気がした。

ゆめみは嬉しくなって更に何かを言おうとしたが、会場中で拍手が起こり、言う機会を失った。どうやら講演が終わったようだ。
中には立ち上がって拍手をする先生や医療関係者もおり、大成功を納めたようだ。

拍手が収まると、ゆめみの祖父はまたマイクを持って話し出した。

「私はこれまでこの理論を誰にも継承するするつもりは無かった、それは誰にも真の意味で理解出来ないだろうと考えていたからだ」

カシャ、カシャと記者達がカメラのシャッターを押す音が響く。


「しかし、私の技術、経験、全てを伝えるに相応しい人物を見つけた、それは我が愛おしき孫

ゆめだゆめみとゆめだ弓弦だ!」


ゆめみは完全に油断していた。
間髪入れずスーツを着た男性が、ゆめみをステージへとリードした。
ゆめみは訳も分からぬまま、気が付けば祖父といとこの弓弦に挟まれていた。

たくさんのフラッシュの光が降り注ぐ。


ゆめみは翌日の『毎日医学界新聞』のニ面を飾ることとなった。





(221004/小牧)→170
光のその奥の、背の高い彼の姿を眺めていた。

Location 都立大学駅前カラオケ、月光原公園、東品川海上公園




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