172
(元気・・・やった?/毛利・丸井・仁王)

3月の半ば。
立海大附属中学校では先程まで卒業式が開かれていた。

式典が終わり、在校生達はぞろぞろと自分達の教室へと帰っていく。先程まで厳かな空気に包まれていたからか、彼らは気が抜けたように自由に談笑しながら歩いていた。
とは言え実際に立海ホールで行われていた式典に参加したのは、ごく一部の生徒会などに属する生徒達だけなので、他の在校生は海友会館にてモニター参加をしていただけなのだが。それでも2時間近く沈黙を強いられていたことに変わりはないので解放感を得たのだろう。週末で、かつこの後は授業も無いので、「今日どこ行くー?」「遊びに行こうよ」なんて声がそこら中で飛び交っていた。

「おーい、顔暗いぞ」

そんな中、一人ぼんやりとした顔で歩いているゆめこに丸井はたまらず声を掛けた。ゆめこはちらりと隣に来た丸井を見上げ「だって」と呟く。

毛利が卒業する。分かりきっていたことだが、いざ卒業式に出ると一気にその現実味が増してゆめこは虚無感に襲われていた。
正確に言えば毛利は高等部に進むだけなので何も今生の別れという訳ではないのだが、自分と毛利を繋ぐ唯一の糸のようなものがプツンと切られてしまったような気になったのだ。

ぐすん、と今にも泣きそうな顔で鼻をすするゆめこに、丸井は困ったようにがしがしと頭を掻く。たかが卒業されど卒業。毛利との別れがそんなに悲しいというのか。

「つーかさぁ、あんな態度取られたのにまだ好きな訳?」

丸井は先週の月曜日のことを思い出し不服そうな顔をした。
ひな祭りの日に、みんなでゆめこを励まそうと学食に向かう途中のこと。ばったり鉢合わせた毛利が、元カノと一緒に居ただけでなく、あろうことかゆめこを無視して去って行ってしまったのだ。
「大丈夫」と言いつつもゆめこは相当へこんでいたし、本来ならブチ切れてもおかしくないところだろう。現にその場に居合わせたゆめみと柳はいころさんばかりの眼差しを毛利に向けていた。

そしてそれは丸井も同じだった。
自分の好きな女の子にあんな冷たい態度を取った毛利が許せなかった。今までなんだかんだ二人の交際を容認してきたのは、毛利がゆめこを大事にしてくれていると、そう思っていたからであって、彼女を傷つけるというなら話は変わってくる。丸井は毛利に対して言いようのない怒りを覚えていた。
そして同時に、そんな毛利に対し未練を抱いてるゆめこを見ているのがもどかしかった。

まだ好きなのかという丸井の問いかけに、ゆめこはこくんと頷く。続けて「好き」と蚊の鳴くような声で返事をした彼女を見て、丸井は頭を抱えるのだった。

「一途にも程があるだろい」
「あはは・・・」

丸井の言わんとすることは理解出来ていたゆめこだったが、それでも好きなものは好きなのだ。
確かに毛利に一方的にフラれ挙げ句無視されたことはショックで仕方が無かったが、だからと言って彼との思い出が全て帳消しされた訳ではない。
何気ないことで一緒に笑い合ったことも、色んな場所に出かけたことも、プレゼント交換をしたことも、手を繋いだことも、キスをしたことも。思い出一つ一つがゆめこにとっては宝物なのだ。

いくら冷たくされたとしても、いつだって頭に浮かぶのは毛利のあの優しい笑顔だった。





教室に戻ってからも、ゆめこのメランコリータイムは続いていた。卒業式をサボっていた星梨は事情がよく分からず「どしたのあれ?」と丸井に耳打ちする。丸井は少し不貞腐れたような顔で首を左右に振った。その態度はまさに、"説明したくもない"と言った感じだった。

彼の心情を察した星梨はそれ以上言及することなく、『まぁ聞かなくてもなんとなく分かるけどね〜』なんて思いながらすくっと立ち上がった。この後他校に通う彼氏とデートの予定があるので、彼女はすぐに帰らなくてはならなかった。
自席で項垂れるゆめこの頭を優しい手つきでぽんぽんと叩きながら「じゃあね〜」と言うと、彼女はそのまま教室を出て行ってしまった。

ちょうどそのタイミングで「あのっ、」と声を掛けられ、星梨は振り向いた。が、振り向いた先で真っ先に視界に飛び込んで来たのは、卒業生の証でもある胸元の真っ赤な花で、そのまま目線を移して顔を上げると、自分が想像するよりも遥か高いところに相手の顔があって星梨は驚いた。『でかっ』ギリギリ口には出さなかったがそう喉まで出かかった。
さらに星梨はこの人物に見覚えがあった。
何度かゆめこを訪ねてきたことがあったので、そのタイミングで見たことがあったのだ。

「えっとー、ゆめのゆめこちゃんって子呼んで欲しいねんけど」
「あ、はい」

普段は先輩だろうが構わずタメ語を使う星梨だったが、その身長差にたまらず敬語になってしまった。星梨はたった今出てきたばかりの教室に戻り小走りでゆめこの元へ向かう。

「ブン太くん、私のことはほっといて早く部活行った方がいいんじゃない?」
「いや、ほっとけるかよい」

近付くと、そんなやり取りが聞こえてきた。

「あ、あっちゃん。どしたの?忘れ物?」

星梨に気付いたゆめこがそう尋ねると、彼女は勢いよくぶんぶんと首を横に振った。星梨の必死の形相にゆめこは小首を傾げる。

「あ・れ!ゆめこの元カレじゃない?」
「えっ・・・?」

星梨の視線を辿り教室の出入り口に目を向けると、そこには毛利の姿がありゆめこは目を見開いた。

「なん、で?」
「分かんないけど、呼んで来てって頼まれた」

ゆめこはごくりと唾を飲み込む。
どうして寿三郎さんが?
もう会えないものだと思っていたゆめこは、戸惑いからその瞳を揺らした。

「行く必要無いだろぃ」

頬杖をつきながら、ムスッとした顔をする丸井。そんな彼のボヤキは聞こえていないのか、ゆめこはガタタッと椅子の音を鳴らして立ち上がった。

どんな理由があろうと。何を言われようと。
なんでも良いからとにかく毛利に会いたかった。

そのまま走って毛利の元へ向かうゆめこの背中を見て、丸井は「はぁ」と大袈裟に溜め息を吐いた。

「より戻してきたりしてね?」
「そうなったら俺もう立ち直れないけど大丈夫そ?」
「知らね〜」

きゃはは、と星梨は笑い飛ばした。





「寿三郎さん」

廊下の窓から外を眺めて待っていた毛利に、ゆめこは後ろから声を掛ける。毛利はゆっくりと振り向いて、その大きな瞳にゆめこの姿を写した。
こんなにも近くで彼女と向き合うのは、3週間前にゆめこが自宅を訪ねてきた時以来だった。

少し痩せてしまったのだろうか、柔らかいゆめこの頬がやつれているような気がして毛利はうっかり彼女の顔に手を伸ばしかけた。
しかしすぐにいけないことだと気付いた。直接触れて確かめたいのに、今の自分にはその資格すらない。
ぐっと手を引き、無理矢理笑顔を作ると「ちょっとだけ時間もろてもええ?」と尋ねた。ゆめこがこくんと頷いたのを確認して毛利はふらりと足を進める。二人で歩く時は必ず手を繋いでいたのに。まるで見えない壁でもあるかのよう、1メートル以上空いた距離が今の二人の関係を物語っていた。



そうしてやってきたのは一号館と二号館の間にある花壇広場だった。そこは去年のホワイトデーの日、毛利にブレスレットを貰った二人の思い出の場所だった。ふとゆめこの頭に、『あの時に戻れたらな』なんて甘い考えが浮かんでは消える。

先にベンチに座った毛利に促されるまま、ゆめこは彼の隣に腰を下ろした。

「元気・・・やった?」

眉尻を下げ、少し困ったように笑いながら毛利が口を開いた。へたに強がる必要も無いと思ったゆめこは、ふるふると静かに首を横に振る。元気な訳がなかった。

「まぁ、そうやんね」

そんなゆめこの反応に、自分で聞いておきながらなんて薄っぺらい質問をしてしまったんだ、と毛利は一人肩を落とす。散々傷付けておいて元気だったか?なんて、人によっては怒ってもいいところだろう。
10日程前に廊下で会った時も、彼女の傷を抉るようなことをしてしまったというのに。
璃々果といるところを見たゆめこの悲痛な表情が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。

毛利はゆめこと別れてからというものいつも虚な顔で過ごしていた。それに気付いた璃々果がしつこく理由を聞きに来てここ半月程はべったりな状態だったが、振り払う元気すら無くて放置していた。そんな最中、ゆめこにばったり会ってしまったのだ。

璃々果と一緒にいるところを見かけたゆめこは目に見えてショックを受けていた。しかし、可哀想だなと思う反面、愛おしくもあった。そんな反応をするということは、まだ自分のことを好きでいてくれているのだと思ったからだ。

しかし残念ながらそれは違う。ゆめこ本人が気付いていないだけで彼女が好きなのは仁王なのだから。これまでのゆめこの言動で、毛利はそう思い込んでいた。

だからすぐにでもゆめこの元に駆け寄ってしまいそうになった衝動を抑え、毛利は璃々果と共に立ち去ったのだ。
あの時はそうする以外思いつかなかった。
あれ以上ゆめこと目を合わせてしまっていたら、心の中にぐちゃぐちゃに閉じ込めていた「好き」という感情が溢れ出てしまっていたかもしれない。

自分から振ったのだから、せめて思わせぶりな態度はやめよう、毛利はそう心に決めていた。それがきっと彼女の幸せに繋がるのだと、彼は信じて疑わなかった。




「あんなぁ」

毛利がゆっくりと口を開くと、ゆめこの肩が小さく揺れた。一体何を言われるんだろう。ゆめこの内心は穏やかではなかった。

「これ、ゆめこに渡そ思って」

毛利は自身の首に巻いていたネクタイをするりと取ると、小さく畳んでゆめこの前に差し出した。
突然視界に飛び込んで来たネクタイに、ゆめこはきょとんと目を丸くする。卒業生から第二ボタンをもらうなんてのはよく聞く話だが、なぜにネクタイ?本気で分からないゆめこはこてんと首を傾げた。
その反応が可愛らしくて、自然と毛利の口角が上がっていく。何気ない仕草一つでこんなにもときめいてしまうのだから、ゆめこへの気持ちを消すのは容易な道のりではないだろう。そう思い知らされた気がした。


「ネクタイのジンクス知らん?」
「そんなのあるんですか?」

本当に初耳だったのか、ゆめこは興味深そうに毛利とネクタイを見比べた。

「卒業生からネクタイ貰うと、夢が叶うんやって」
「へー。でも私夢無いですよ?」
「ん、まぁええやん。夢なんて壮大なことやなくても、叶えたい願いくらいはあるやろ?」
「う〜ん」

「願い、かぁ」とゆめこは小難しい顔で宙を仰ぐ。しかしすぐに何かに気付いたのか、ゆめこはハッとして毛利を見た。

「ジンクスのことは分かりましたけど、どうして私に渡そうと思ったんですか?」
「えっ」

急に芯を食ったような質問を受け、毛利は「それは・・・、えっと」と言葉を詰まらせる。
なんと言うべきか。一瞬の内にあれやこれやと言い回しを考えた毛利だったが、じっと答えを待つゆめこの視線が痛くて、最終的には諦めたように息を吐いた。

「ゆめこには幸せになって欲しいから」

その答えに、ゆめこは目を大きくさせた。
真剣な毛利の顔を見て、嘘でも冗談でもないんだな、とゆめこは思う。そのままふいと視線を地に下ろし「無理かもしれないです」と俯いたまま言えば、隣の毛利がぐっと息を呑んだ気がした。

「寿三郎さんと、幸せになりたかった、から。・・・それが私の願いです」

そう言ったゆめこの声はわずかに震えていた。
もしかして泣かせてしまったのだろうか。毛利は慌ててゆめこの顔を覗き込んだが、どうやら泣いてはいないようだった。そのことにホッとしてしまった自分はなんてずるい人間なんだろう。毛利は一瞬で自己嫌悪に陥った。

数秒の間、ゆめこは毛利のネクタイを握りしめたまま自分の足元を見つめていた。二人の間に沈黙が流れ、毛利が気まずさから何か話し出そうとした瞬間。ゆめこが急にバッと顔を上げて、毛利はびくりと体を揺らした。
何かを決意したような表情で、ゆめこはゆっくりと口を開く。

「もう一度だけ言ってもいいですか?」
「えっ?」
「私、寿三郎さんのことが好きです。フラれても」
「・・・」
「でも、そう言うのは今日で最後にします」

先程とは違い、ゆめこの声はもう震えてはいなかった。

毛利に呼び出された時、ゆめこはほんの少しだけ期待してしまっていた。今までのことは全部悪い夢だよって、そう言って抱きしめて欲しかった。

でもそれは幻想だった。

"幸せになってほしい"という毛利の言葉は、ゆめこにとってはひどく残酷なものだった。

そうまでして、私を突き放したいの?
一筋の希望の光が完全に絶たれた瞬間だった。

言いたいことはたくさんあったが、それらを全て飲み込んで、ゆめこはすくっと立ち上がる。毛利もつられるように立ち上がると、心配そうな目つきでゆめこを見下ろした。
毛利に気付かれないよう、ゆめこはすーっと肺に大きく空気を送り、パッと顔を上げた。

「ありがとうございました」

大好きでした。あなたのことが、本当に。
できる限りの笑顔を作ってゆめこはそう言った。

彼女の言葉を聞いた毛利は僅かな間呆気に取られていたが、すぐに意味を理解したのだろう、へにゃりとした笑顔をゆめこに向けた。

「ほな・・・、バイバイ」
「はい。さようなら」

別れの挨拶を交わし、毛利が去っていく。
ゆめこはしばらくそこに立ち尽くして毛利の背中を見送っていたが、その姿が見えなくなったところで、崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。
今まで我慢していた涙がとめどなく溢れてくる。

これでもう本当に終わってしまった。今までの毛利との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

初めて電話をくれた夜。
お付き合いを始めたぼんぼり祭り。
指輪をもらったクリスマス。
すれ違いで怒らせてしまった誕生日。
仲直りをした鎌倉。
別れを告げられたバレンタインデー。

人生初めての恋は思っているよりも甘くて楽しくて、そして苦くて辛くて、惨めだった。

周囲に誰もいないことがせめてもの救いかもしれない。こんなに号泣しているところをもし誰かに見られたら、なんて考えていると、ザザッと人の気配を感じてゆめこはぴたりと動きを止めた。反射的に振り返ると、

「あ・・・」

顔一面に『やばい』と書いてある丸井と仁王がこちらを見ていた。
ゆめこは慌てて涙を拭うと「なに、してるの?」と呟いた。

もしかしてつけて来たのだろうか。毛利に呼び出されたところを丸井は見ていたのでその可能性が高い。そう気付いたゆめこはわずかにその目つきを鋭くさせた。

「いつから見てたの?」
「えっとー、あのー・・・、今!今来たとこ!」

苦し紛れでそう言う丸井に、仁王は「丸井、諦めんしゃい」とその肩を叩いた。真っ赤な瞳は完全に丸井の嘘を見抜いていて、もはや言い訳は逆効果だと思ったのだ。「ん」とゆめこに手を差し出すと、彼女は素直にその手を取ったので、仁王はぐんと引っ張って彼女を立たせた。

「丸井から連絡もらったナリ。うちのかわいいゆめこちゃんがピンチだって」

毛利とゆめこの成り行きが気になった丸井は部活どころではなくなり二人を尾行しようと考えたが、あとで抜け駆けだのなんだの言われるのも嫌で、同志である仁王に声をかけたのだった。という理由が半分で、もう半分はこんなことに付き合って部活をサボってくれるのは仁王くらいしかいないと考えたからだった。

丸井がなぜ仁王に声をかけたのかよく分かっていないゆめこは、「なにそれ」とプッと吹き出した。盗み見されていたというのに、不思議と怒る気にはなれなかった。

「よう頑張ったのう」

よしよし、と小さい子供をあやすように仁王はゆめこの頭を撫でる。たったそれだけで張り詰めていた気持ちが緩んだような気がした。
たがらだろうか、収まっていた涙がまたぽたぽたと流れてきた。仁王の声も、頭を撫でる手つきも、すべてが優しくて安心できる。ゆめこの瞳からとめどなく流れる涙は頬を伝い、大きな玉になって地面に染みを作った。

「気が済むまで泣きんしゃい」
「ん・・・」

そんな二人の様子を、丸井はその場で棒立ちになりながら眺めていた。彼がゆめこの泣き顔を見るのはこれが初めてだった。今まで「泣きそう」なんて言いながら落ち込んでいるところは何回も見てきたが、実際に彼女が泣くことは無かったのに。少なからず丸井は動揺していた。

仁王はゆめこをあやしながらも、ラケットバッグから自らのタオルを取り出しその顔を拭いていた。最初は優しく、そっと触れるように拭いていたのに、段々と力強くゴシゴシと顔を擦ってくる仁王に、「ちょ、やめ、やめてよ」とゆめこは抵抗し、次第に笑顔になっていく。

「まぁまぁ、遠慮せんと」
「いい、いい!もう泣いてないから」
「ほんとかのう?」
「ほんと!いだっ、ちょ、擦らないでよー」

なんて言いながらきゃっきゃっと戯れ合い始める二人。その様子を見ていた丸井は、仁王ってすげー。と、ちょっとだけ彼のことを尊敬した。
自分は何も出来ず立ち尽くすことしか出来なかったのに。仁王はあっという間にゆめこを笑顔にさせてしまったのだから。

二人を見たままぼーっとしていると、

「ブン太くんも、ありがとう」

とゆめこに声をかけられ丸井はハッとした。

「一応心配してくれたんでしょ?」
「一応ってなんだよ、心配しかしてないっつーの」
「ほんと?野次馬心が働いたんじゃなくて?」
「・・・まぁ、それもちょっとあるけど」
「あはは、素直でよろしい」

まだ少し目と鼻は赤いが、そう言って笑ったゆめこの顔はすっかりいつも通りに戻っていた。

「そういえば二人とも部活は?まだ始まらないの?」
「いや、もう始まってるぜよ」
「えっ!」
「まぁ、遅刻・・・だよな」

目尻を吊り上げて『二人揃って遅刻だと?たるんどる!』と怒る真田の姿を想像して丸井はげんなりとした顔を見せる。なんとなく罪悪感を抱いたゆめこは「なんか、ごめんね」と眉尻を下げた。

「私も一緒に謝りに行こうか?」
「ほう、真田の鉄拳制裁を自ら食らいに行くとはなかなか勇気があるのう」
「あー、私急に用事思い出しちゃった」
「嘘ヘタ過ぎだろい」

仁王の脅しを聞いてすぐに手のひら返しをするゆめこに丸井はすかさずツッコんだ。

「心配しなくても女子には手ぇ出さないだろい」

そもそも俺らが勝手にサボってるだけだし、と丸井は付け足す。「そっか」と納得したゆめこがちらりと仁王を見ると、彼は「プリッ」と顔を逸らした。

「また雅治くんに騙されるところだった」

とゆめこは嫌味を言ったが、もしかして『お前さんが謝る必要は無い』とでも言いたかったのだろうか。優しさ?いや、それは勘繰り過ぎ?

「ケロケロ」

仁王は「うーん」と悩むゆめこのおでこに軽くデコピンを食らわせた。余計なことは考えるな、という意味だった。

「一人で帰れるか?」
「うん。ちょうどゆめみも委員会の仕事終わる頃だろうから、一緒に帰るよ」

ゆめこは花壇広場にある時計をちらりと見てそう答えた。真っ直ぐに帰宅するにはまだ早い時間で、「カラオケでも行こうかな」とゆめこは呟く。

「なんでまた?」
「もうね、このモヤモヤをわーっと発散したい気分なの」

両腕を空へと突き出し、ゆめこは大きく伸びをしてみせた。

「あと、パフェも食べる!特盛りポテトだって頼んじゃう」
「おっ、いいな!俺も付き合ってやろうか?」
「ブン太くんは部活でしょ」
「ちぇっ」

もっともなゆめこの指摘に、丸井はイジけたように下唇を突き出す。しかしすぐに「明後日までの我慢だよ」とゆめこに言われ、思い出したように「そっか!」とその目を輝かせた。明後日は3月の第三日曜。みんなでネズミーランドに行く約束をしている日だ。

「おっし、じゃあ部活頑張るか!」

急にやる気を見せた丸井に、仁王は笑いながら「ほんとにお前さんは単純で羨ましいのう」と言った。

「じゃあね、二人とも。部活頑張って!」
「おう!」

お互いに手を振り、それぞれ別の方向へと足を進める。しかし数歩進んだところで、ゆめこはくるりと振り向いた。二人の背中に向かって、大きな声で「あのさ!」と声を掛けると仁王と丸井は驚いたように同時に振り返った。

「ありがとね」

ゆめこはそれだけ言うと、また背を向けて歩いて行ってしまった。残された丸井と仁王は黙って顔を見合わせる。しかし次の瞬間、二人はどちらからともなくフッと笑みを溢すのだった。





その日ゆめみと一緒にカラオケに行ったゆめこは、失恋ソングを10曲程歌って帰路についた。






(221008/由氣)→174

別れの季節





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