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(もしかして告った?/立海all)

「着いたー!舞浜ー!」

神奈川から約2時間。電車に揺られ千葉までやって来たゆめことゆめみは、テンション高く京葉線の中から姿を現した。

今日はみんなでネズミーランドに遊びにいく約束をしている日だ。電車の中で乗りたいアトラクションや食べたいスイーツについて散々語り合ってきたので、二人の気分は最高潮に高まっていた。

時刻はちょうど午前9時を回ったところ。
既にパークはオープンしている時間だったが、3月半ばという繁忙期のため駅は非常に混雑していた。しかしゆめこはマイペース、ゆめみはおっとりとした性格なため、二人は特に急ぐことなく人波に身を委ねながらエスカレーターを降りていく。

「みんなもう着いてるって?」
「仁王くんだけまだみたいだよ。うちらの一本後の電車に乗ったみたい」

スマホでグループチャットをチェックしながらゆめみはそう答えた。地元も行き先も一緒なのでなにも全員で来れば良かったものを、彼らはあえてそうしなかった。というよりもゆめことゆめみが"待ち合わせの気分を味わいたい"と謎の主張をしたため現地集合となったのだ。

開園前から並ぶのもしんどいという意見もあり、ちょうどオープンした頃に舞浜駅に集合しようという話になっていた。ゆめことゆめみは改札を出ると、人混みの中で彼らの姿を探した。

「おーい、こっちこっち!」

目立つ赤髪の少年がこちらに向かって手を振っている。その後ろではジャッカル、柳、真田、柳生の4人が同じように手を挙げていた。
「いた!」ゆめことゆめみは声をハモらせて、少年もとい丸井ブン太の元へと駆け寄った。

「無事に着いたか」
「舞浜は慣れっこだもん」
「今日は晴れて良かったですねぇ」
「うむ、実に良いレジャー日和だ!」

おはようの挨拶もそこそこに、7人はわいわいと話し始める。

「あ、ちなみに待ってる間全員にアプリの使い方教えといたから」
「まじ?!さっすがブン太くん」
「でさ、早速これ見てたんだけど」
「おい、ブン太いきなり食い物の話かよ」

スマホに映し出された季節限定メニューを丸井がゆめこに見せるとジャッカルはすぐにそうツッコんだ。しかし「私はこれ、これが食べたい」とゆめこが別のメニューを表示させて、ジャッカルは心の中で『そういえばこいつら似た物同士だった』と思うのだった。

そうこうしている内に仁王がやって来て、8人はぞろぞろとパークに向かって歩き始める。
ネズミーにはランドとシーの2つのテーマパークがあるが、今日彼らが行くのはランドの方であった。

「そういえばさ〜、赤也くん残念だったね」

向かう途中、ゆめこは思い出したように口を開いた。一応赤也にも声を掛けてみたが、案の定土日はみっちり補習コースだったのだ。

「まぁ、いいんじゃね?ちょうど8人で偶数だし、その方が都合良いだろい?」
「冷たい先輩じゃのう」
「まぁ切原くんもこれに懲りて、次のテストは頑張るのではないですか?」

柳生のフォローに全員が「うーん?」と首を捻る。果たしてそうだろうか、全員同じことを思っていた。

「赤也が懲りない確率、」
「100%、と蓮二は言う」

柳のキメ台詞をゆめみが途中で奪い、柳は珍しく立ち止まって眉尻を下げた。そんな二人のやり取りが面白くて、みんなの間ではワッと笑いが起きた。

「なかなかの哀愁顔やの、参謀」
「さっすがゆめださんだろい」

特にこの二人は普段見られない柳の表情が見れて嬉しかったのか、人一倍けらけらと笑っていた。そんなつもりがなかったゆめみもあまりにもみんなが笑うものだから、つられるように「ふふふ」と頬を緩めた。

そんなみんなの様子を、ゆめこは少し離れたところから穏やかな笑顔で見ていた。
毛利と別れてからはうまく笑えなくて、疼くような胸の痛みに悩まされて、ただ毎日を過ごすのが精一杯だったゆめこにとって、いつも側で元気を分けてくれたみんなの存在は本当にありがたかった。きっとみんながいなければもっと傷は深かっただろう。こうして笑って過ごせることがどんなに素敵なことか、ひしひしと身に沁みる。

ゆめこは「よーし」と意気込むと、たたっと駆け出して先頭に立った。せっかくのお出かけだ。今日は余計なことは考えず、全力で楽しもうとゆめこが決意した瞬間だった。

「みんな!写真撮ろ!」

歩道橋の上にあるネズミーランドの文字が書かれたアーケードを指差し、ゆめこはそう言った。いいね!とみんながノってきて、8人はきゅっと体を寄せて写真に身を収めた。




それから荷物検査を済ませエントランスをくぐると、彼らはたまに写真を撮りながらもゆっくりと歩き出した。

「まずどうするー?」
「ワッフルでも食うか?」
「いきなりかよ」
「まずはやっぱり、あれでしょ」

ゆめみの問いに、ゆめこはワールドバザールの途中にあるお店を指差してにやりと笑った。様々なお土産を扱っているそのショップの中には、キャラクターモチーフのカチューシャなどがたくさん陳列してある。

「あれはなんだ?」
「頭に付けるものだ、弦一郎」
「ここに来たらまぁあれ付けるのが定番だよな!」

柳と丸井の説明に「ほう、風流だな」となぜかノリノリの真田は、ずんずんと店に向かって一人歩みを進める。そんな彼にみんなは慌てて後を追った。

「あのさ、今更なんだけど私いまだに真田くんのツボがよく分からないんだけど」
「それに関してはもはや誰も分からんじゃろ」

ゆめこと仁王はヒソヒソとそんな会話をしていた。うさいぬ好きだし、もしかして結構かわいいもの好きなのかな?ゆめこはそんなことを考えながら店の敷居を跨いだ。



「ゆめこどれにするか決まったー?」

そう言ってゆめこに近付いて来たゆめみの手にはスタンダードなミニーのカチューシャがあり、隣の蓮二はミッキーを、真田はグーフィーを持っていた。目をぱちくりさせているゆめこに気付いたゆめみは「私が選んだんだよ」とにこりと笑った。なるほど。良かったね、蓮二。と途端にニヤニヤ顔になるゆめこ。

「柳生くんは?」
「私はゆめださんに選んでもらってこれにしましたよ」
「オズワルドだ!柳生くん似合いそうだね」
「じゃあ私たち先に買ってきちゃうね!」
「おっけー」

ゆめみ、柳、真田、柳生を見送り、ゆめこは再びカチューシャ選びに戻る。

「どっちかで迷っとるんか?」

すると後ろから仁王に声を掛けられ、ゆめこはくるりと振り向いた。ゆめこの手にはマリーとデイジーのカチューシャがあった。先程から二つを見比べうんうんと悩みながら鏡を覗き込むゆめこを、仁王は少し離れたところからずっと見ていたのだ。

「うん、気持ちはデイジーちゃんに傾いてるけどね」

なんて言うゆめこに、仁王は「ほう」と相槌を打ちながらちゃっかり隣にあるドナルドへと手を伸ばしていた。しかしそれを丸井の手が阻む。

「おっと!油断も隙もねぇな」
「・・・なんじゃ丸井」
「仁王、お前はこれな」

と、丸井はキツネのキャラクターのカチューシャを差し出した。

「なして?」
「そっくりじゃん、な!」
「あはは、ほんとだ!ニックと雅治くんなんか似てる〜」

二人のやり取りを聞いていたゆめこはニックと仁王を交互に見比べて笑った。「雅治くんは決まりだね」なんて言ってまた自分の買い物に戻るゆめこに、仁王は目を細めて恨めしそうに丸井を見た。

「そういうお前さんは決まったんか?」
「俺はこれ」
「ほう、プーさん・・・。これにせんのか?」
「え、なに?お前ケンカ売ってる?」

近くにあったハムのカチューシャを指差す仁王に、丸井はピキピキと笑顔のまま顔を引き攣らせる。ちなみにハムというのはおもちゃが動く映画に出てくるブタの貯金箱のキャラクターだ。
見つめ合いながらばちばちと見えない火花を散らす二人。しかしすぐ近くにいたゆめこが

「私デイジーにするから、ジャッカルくんドナルドにする?」

なんて言い出したのを聞いて、仁王と丸井は勢いよく振り返った。

「ははっ、正直どれにしたらいいか全然分かんなくてよ、困ってたんだ。サンキューな」

と素直にドナルドを受け取ろうとするジャッカル。丸井はすかさず間に入った。

「ジャッカルはねぇだろい」
「あ、ブン太くん。そうかな?似合うよ」
「いやいや、ジャッカルはこれがええぜよ」
「・・・今テキトーに選ばなかったか?」

ノールックですぐ側にあったカチューシャを手に取る仁王に、ジャッカルはたらりと冷や汗を流す。渡された犬のカチューシャを見て「つーかこいつ誰だっけ」とジャッカルは呟いた。

「あっ、スリンキーね!いいじゃん、ジャッカルくん似合いそう」
「そうそう、このスプリングの長さがな。ディフェンス力高そうだし!」
「こじつけもいいところだな」
「まぁまぁ、付けてみんしゃい」

仁王と丸井に背中を押され、ジャッカルは鏡と向き合ってカチューシャを付ける。途端に「似合う似合う」と囃し立てる二人にジャッカルは腑に落ちない顔をするのだった。ゆめみ達以外まったく統一感が無いが、個性的な彼らにはこれがお似合いだ。

こうして各々のカチューシャ選びが終わったところで8人は店を出た。

「何乗るー?」
「ベイマックスは外せないなぁ」
「ワッフルは?」
「しつこ」

ゆめことゆめみがアプリ内のマップを見て話し合っていると、すかさず丸井が口を挟み、仁王は呆れたように呟いた。先程から丸井が言っているワッフルとは、入り口付近にあるカフェで販売されているミッキーの形をした大きなワッフルのことだ。ホイップクリームとメイプルソースが付いているのだが、焼きたてが美味しいとパーク内でもかなり人気の一品である。

「じゃあワッフル食べて、それからベイマックス乗りに行くのはどう?」

道順的にもその方がスムーズだ。レストランとアトラクションの場所をすべて把握しているゆめこがそう提案すると、丸井は「賛成!」と元気よく手を挙げた。






ワッフルを食べ終えた後は、予定通りベイマックスのアトラクションへとやってきた。新しいアトラクションでそこそこ待ち時間もあるが、みんなが一緒だとそれも苦では無い。

「あっ、ゆめみまた始まるよ」

並んでいる途中曲が流れ出して、ゆめこはすかさずゆめみに声をかけた。
アトラクションの動きに合わせて曲が流れると、キャストのお姉さんがDJのように場を盛り上げてくれるのだ。曲に合わせて踊り出すゆめことゆめみ。そしてそれを見ていた丸井、ジャッカル、仁王が楽しそうだと見様見真似で踊り出すと、ノリが分からない真田、柳は少々困惑して突っ立っていた。

「なるほど、私も覚えましたよ」

一部始終を見ていた柳生の眼鏡がきらりと光る。
意外にも一番ノリノリで踊り出した柳生に、8人の間で爆笑の嵐が起こった。振り付けも完璧なはずなのにシャキシャキと踊る様がなぜか面白く、ゆめこ達は息が出来なくなるくらい笑っていた。



それからいくつかアトラクションやグルメを堪能し、すっかり陽が落ちて来た頃。薄暗くなってきたパークはまだ終わらないとばかりに多くのゲスト達を楽しませていた。

「次どーする?」
「まだ乗ってないのなんだっけ」
「あの洋館はなんだ?」
「あそこもアトラクションになっている。ホーンテッドマンションと言って・・・」

ファンタジーランドを歩いている途中。それぞれが自由に会話をしている中、ゆめこは後ろの方である一点を見つめていた。ライトアップされたシンデレラ城だ。ゆめこ達が今いる場所からは城の後ろ姿しか見えていないが、それでも十分綺麗だった。

そういえば今日はまだお城の前で写真撮ってないなぁ。なんて思いながら、みんなに提案してみようとゆめこが一歩踏み出した時。がしり、と右手首を掴まれてゆめこは「おわっ」と間抜けな声を出した。

「な、なに?」

犯人は仁王だった。にやりと笑みを浮かべこちらを見下ろすその姿に、ゆめこは一体何を企んでいるんだと言わんばかりの怪訝な視線を向ける。
仁王は他のみんなが会話に夢中になっていることを横目で確認すると、ゆめこの手をぐいと引いた。

「二人で抜け出さんか?」

耳元で囁かれた誘いに、ゆめこは目を大きくして仁王を見た。

「・・・なんで?」
「少しくらいええじゃろ」
「いや、でもっ・・・?!」

ゆめこが反論するよりも先に、仁王はゆめこの手首を掴んだまますたすたと歩き出す。慌ててみんなの方を振り返るといまだお喋りに夢中になっているのか、自分達が離れていくことに誰も気付いていなかった。

「雅治くん、トイレならこっちだよ」

ずんずんと歩みを進める仁王に、ゆめこはそう声をかけた。しかしすぐに呆れたような視線が返ってきて、ゆめこは「あれ?違った?」と焦ったような顔になる。

「仮にトイレだったとして、わざわざお前さんを連れて行くと思うか?」
「場所が分からないのかと思って」

ゆめこの言い分に仁王は大袈裟に溜め息を吐く。その反応に、やっぱり違うんだ。とゆめこは思った。トイレじゃないとしたら一体何なのか、余計に分からなくなってゆめこは「ねぇ」「雅治くん」「ちょっと!」と手を引かれながらもずっと後ろから声をかけ続けていた。

「まぁええから。座りんしゃい」

シンデレラ城の近くにあるベンチまでやってきて、仁王はようやくゆめこの手首を解放した。『なんで?!』と思ったゆめこだったが、座れ、なんて言われてしまったので大人しく従っておいた。
ゆめこが座ったことを確認して、仁王も隣に腰を下ろす。

「今からとっておきの手品を見せてやるき」
「はい?」
「両手出しんしゃい」

当然のように手品を始めようとする仁王に、ゆめこはたまらず「ごめん、待って待って」と止めに入る。

「急に連れて来られたと思ったら今から手品見せられんの?どゆこと?」
「さぁ、どういうことかねぇ」

くつくつと喉を鳴らして笑う仁王に、ゆめこの顔がみるみる曇っていく。手品という名のイタズラでもされるのだろうか、そんな疑いすら抱いてしまう。しかし「はよ、手」と催促され、ゆめこは恐る恐る両手を出した。

「こう?」
「ん、違う。こう」

手のひらの方を上に向け、両手が受け皿のようになったことを確認すると、仁王はそこにハンカチを被せた。
「こわいな、なんだろ」警戒心剥き出しのゆめこに仁王は思わず笑いそうになったが、ポーカーフェイスで誤魔化した。ハンカチの上からさらに自分の両手を重ね、仁王は「いくぜよ」と口角を上げる。

「3、2、1・・・」

仁王がカウンドダウンをする。ゆめこはごくりと唾を飲み込みその様子を見守った。しかし「0」とカウンドダウンが終わっても何も起きず、ゆめこは「何もなってないよ?」と拍子抜けしたように顔を上げて仁王を見た。が、その瞬間。急に手のひらにずしりと重みを感じ、ゆめこは慌てて自分の手元を見た。

「雅治くん・・・」
「ん?」
「あの、何かが、手に乗っている気がするんだけど」

ハンカチと仁王の手で隠れているので見えないが、先程まで無かったはずのものが自分の手のひらの上にある。得体の知れないものへの恐怖、驚き、そして期待。色んな感情が織り混ざってゆめこは実に複雑な顔をしていた。
仁王はフッと息を抜くように笑うと、そっと自分の手のひらを外し、ハンカチを回収した。

そのことで自分の手の上にある物の正体が分かり、ゆめこは「え!」と大きな声を出した。ガラスで出来たローズドームだった。美女と野獣という作品に出てくる薔薇の花がそのままガラス細工になったもので、大のネズミー好きのゆめこはそれがシンデレラ城の中にあるガラス工芸品のショップで買えるものだとすぐに気がついた。

「いつ買いに行ったの?私にくれるっこと?え、てか手品すご」

情報量が多すぎて処理できないのか、ゆめこはローズドームと仁王を忙しなく何度も見比べた。驚いているゆめこを見るのが楽しいのか「ええリアクションやのう」と仁王は満足そうに口の端を吊り上げる。

「お前さんにプレゼントじゃ」
「なんで?」
「ホワイトデーのお返しってところかの」
「あっ・・・なるほど」

そういえばお返し何も貰ってなかったっけ?とゆめこは2日前のホワイトデーの日のことを思い出した。あの日は毛利と最後のお別れをした日で、ゆめこはホワイトデーのことなどすっかり忘れてしまっていたのだ。

今日一日ずっと一緒にいたはずなのにいつの間に買いに行ったのか。疑問はあったが、きっと彼のことだからうまいこと抜け出して買ってきてくれたのだろう。どうせ聞いてもはぐらかされそうだしそういうことにしておくか、とゆめこは自己完結した。

「今年も素敵なお返しをありがとう」
「どういたしまして」
「お部屋に飾るの楽しみだな」

わくわくした表情でローズドームを色んな角度から眺めていると、「ああ、そうじゃ。言い忘れとったが」と仁王が口を開いてゆめこは顔を上げた。

「薔薇の花びらが全て落ちてしまう前にちゃんと帰ってくること。約束できるかのう?」
「えーっと・・・どういう意味?」
「もうすぐハワイじゃろ?」
「うん」
「じゃけぇ、心配なんよ」

遠くの方を見ながらそう言った仁王は、少しだけ寂しそうな目をしていた。訳が分からないゆめこは頭に疑問符を浮かべ、その横顔を眺めていた。

美女と野獣というお話では、ガラスケースに入っている薔薇の花びらが一枚落ちるたびに城が崩壊していってしまう、いわばカウンドダウンのような役割を果たしていた。魔法の薔薇には寿命があるのだ。花びらが全て散ってしまう前に、野獣は真実の愛を見つけなければならない。

「ゆめこちゃんが帰ってきてくれないと、俺はいつまでも呪われたままぜよ」

仁王は野獣に自分の姿を重ねていた。
ゆめこからハワイに行くと聞かされた時はそこまで深く考えていなかったが、白石も一緒だという話を聞いて彼は時間差でショックを受けていた。態度にこそ出さなかったが、本当は丸井のように抗議したい気持ちでいっぱいだった。白石なんかと一緒に行くな。子供みたいにそう駄々をこねたかった。

ゆめこが自分の目の届かないところに行ってしまうことが怖くて怖くてたまらないのだ。一刻も早く、自分の元へと帰ってきて欲しい。

「よく分からないけど、3泊5日で帰ってくるよ」

仁王の憂鬱を理解していないゆめこは平然とした顔でそう言った。しかし「それは知っとる」なんて返され、ゆめこはさらに分からなくなった。
小難しい顔で自分を見つめている少女に、仁王はフッと小さく笑みを溢す。自分がこのローズドームに込めた想いなんて、きっと彼女は1ミリも理解していないんだろうな、と仁王は思った。でも、それでいいとも思った。気付いて欲しいようで気付いて欲しくない。複雑な恋心だ。

「まぁ、細かいことは気にしなさんな」

仁王はポンとゆめこの頭に手を置いた。ゆめこはいまだ腑に落ちない顔のまま「もっとちゃんと説明してよ」なんてボヤ
いていた。

「そろそろ戻るかの」
「えー、まだ話は終わってないよ」
「でもスマホ見てみんしゃい」
「スマホ?」

仁王に促れ、ゆめこはバッグの中からスマホを取り出した。そこには未読メッセージ38件、着信12件の文字が
表示されておりゆめこは「うわっ」と顔を青くした。
『どこにいんの?』『迷子?』『おーい』なんてメッセージが、みんなからかわるがわる届いていた。着信も全て彼らからのものだ。

「やばっ、みんな心配してるよ。急いで合流しよ」

どうやらこれからジャングルクルーズに乗ろうとしていたらしい。ゆめこは『今そっち行く!』とだけメッセージを送って慌てて立ち上がった。それにつられるように仁王もやれやれと腰を上げた。




ジャングルクルーズの付近に行くとみんなの姿が見えてきて、ゆめこは「おーい」と手を振りながら駆け寄った。

「ゆめこー!良かった〜心配したよ」
「あはは、ごめんごめん」

なんてゆめことゆめみがやり取りしていると、

「おーい、やってくれたな仁王」

ゆっくり後ろから歩いてくる仁王に向かって、丸井は恨めしそうにそう言った。

「迷子になってたぜよ」
「嘘言うなよい、抜け駆けしやがって」

仁王の肩にがしりと腕を回し、彼にしか聞こえない声で丸井は文句を言った。

「何してた訳?」
「さぁて、なんのことかのう」
「もしかして告った?」
「んな訳なかろ」

じゃあなんだよ、と言わんばかりの丸井の視線をするりとかわし、仁王は丸井の腕の中から離れていく。

「あっ、おい。待てって!」

丸井はすぐに彼を追いかけたが「ジャングルクルーズ並ぶよ〜」というゆめこの声を聞きその足を止めた。振り返るとみんなは今にもアトラクションの待機列に並ぼうとしていて、丸井は慌ててあとに続いた。
並んでいる間もゆめこはいつもと変わらない様子で、丸井は一体二人で何をしていたんだろう、と余計にヤキモキするのだった。





「すっかり夜になっちゃったね〜」

アトラクションを乗り終えると、辺りは一層暗くなっていた。雰囲気を壊さないためなのかパーク内の灯りはさほど派手ではなく、注意して歩かないと道を間違えそうな程だった。しかしかなり慣れているゆめことゆめみが先頭を歩いていたので、彼らは特に迷うことなく入り口付近の巨大アーケードの前までやって来た。そこで最後にお土産を買って帰ろう。という話になり、一番品揃えの良さそうなショップに足を踏み入れた。

今は通販でも買える時代であるが、実物を手に取って見ることが出来るのでゆめこはショップでのお土産選びが好きだった。それにパークから帰る時に手ぶらだともの寂しい気持ちになってしまうのだ。

ショップに入ると、まずは今日一緒に来ることが出来なかった幸村と赤也へのお土産を選ぶことになったが、

「二人の好きそうな物はリサーチ済みだ」

と柳は自信満々で、彼らへのお土産は柳と真田が選ぶことになった。商品棚の前で真剣に話し込む二人を見て、ゆめみは一抹の不安を覚える。
そう。彼らはお土産のセンスが無いのだ。これまで幾度となく謎の置物などありがた迷惑な物を受け取ってきたゆめみはすっとさりげなくゆめこに近付き耳打ちした。

「任せちゃっていいのかな?」
「大丈夫、安心して。ここ夢の国だからお土産にハズレは無い!・・・多分」

そう尻すぼみに答えるゆめこに、ゆめみは苦笑を浮かべる。ゆめこも段々自信が無くなってきたのか、

「でも念のため定番のお菓子とかどう?って言ってくるわ」

と言って、買おうか悩んでいたマスコットのキーチェーンを商品棚に戻すと、柳と真田のいる方へと足を進めた。その途中で何かに気付いたゆめこは「あ」と声を漏らし振り返る。

「幸村くんのお土産はゆめみが選んだら?一番好み分かってるでしょ?」

と言い逃げして去っていくゆめこに、ゆめみは「えっ、私?」と慌てた。しかし彼女の言う通り、幸村の好みはもしかしたら自分が一番分かってるのかもしれない、とゆめみは思い直した。「選んでみるね」とその背中に向かって声をかけると、何故だかゆめこは満足そうに顔をニヤつかせるのだった。



お土産を買い終えた8人は「次はみんなで来ようね」と約束をしてパークをあとにした。





(221017/由氣) →177

忘れられない思い出がまた一つ。





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