177
(ハワイ感じるよ/白石)
春休みに入った3月末。
先程まで雨が降っていたのか湿度が高く、むわりとした暖かい風が全身を包み込んだ。
飛行機から降り、入国審査と税関検査をパスしたゆめこはホノルル空港改めダニエル・K・イノウエ国際空港のロビーで早速ハワイを感じていた。
ココナッツとプルメーリアが混ざったような独特の匂い。色とりどりのレイを持って待ち受ける現地観光案内のスタッフ。飛び交う「アロハ〜」の挨拶。
ついに来てしまったのねハワイ!とゆめこの気持ちは高まっていた。
「ごめんごめん、待った?」
「も〜、パパ遅いよ」
何に手間取っていたのか一番最後に出てきた父に向かってゆめこはむぅと唇を尖らせた。無人端末機での入国審査は個人で入力していくので、人によって所要時間に差が出てしまうのだ。一番海外に慣れているはずなのに、とゆめこは不思議に思う。
「僕たちは個人旅行だからこっちだよ」
「あっちは?」
「あっちはツアーの人達の待機場所だね」
「ふぅん」
到着ロビーを出るなり人波に逆らい右側の出口に向かっていく父に、ゆめこと成留美は大人しくついていく。
「出版社の人がタクシーを手配してくれてるから」
「リムジンじゃないの?」
「あら、いいわねぇリムジン」
「ハワイと言ったらリムジンだよね!」なんて贅沢を言って盛り上がる妻と娘に、賢造は思わず苦笑を浮かべた。ロータリーにはごくごく普通のタクシーが止まっており、ゆめこと成留美は「まぁこれが現実よね」とぼやきながらそのタクシーに乗り込んだ。
「真っ直ぐホテル行くの?」
「ああ、そうだよ。アーリーチェックインにしてあるから、部屋でゆっくりしてもいいし遊びに行ってもいいし、好きにしていいからね」
時刻はハワイ時間で朝の9時。26日の夜に日本を出発したはずなのにまた26日の朝から始まるなんて、時差って神秘だわ。なんて思いながら、ゆめこはタクシーの助手席に座る父に後ろから「はーい」と返事をした。
父は明日ホテルで開催されるイベントの打ち合わせで、母もそのお手伝いで忙しく、ゆめこだけが終日フリープランだった。
「大介くんと買い物でも行ってきたら?」
「そうだねぇ。今日のうちにみんなへのお土産でも買っておこうかな」
「それならアラモアナの方に行ってみたらどうだい?」
「うん、そうしようかな。大ちゃん達と合流したら提案してみる」
大阪組は関西空港から出発したので、ハワイで現地集合しようという話になっている。もう着いてるのかな?なんてゆめこが思っていると、「そういえば」と成留美が思い出したように口を開いた。
「大ちゃんのお友達も一緒なんでしょう?」
「そうだよ、白石くんと謙也くん」
あれからなんだかんだ話が進み、大介は謙也にも声を掛けたようだった。幼馴染3人組で一人だけ除け者にする訳にもいかなかったらしい。招待枠にはまだまだ余裕があったので、園ヶ崎夫婦、大介、白石、謙也の5人でハワイに来ることになったのだ。
「白石くんか!彼はなかなか見込みがある良い少年だからなぁ」
「パパって白石くんお気に入りだよね」
偉そうに腕組みをしご満悦気味に話す父に、ゆめこは少し引いた顔をした。母はすかさず「相変わらず単純よね」とゆめこに耳打ちする。
あれは年明けすぐの親戚の集いでのこと。大介によって連れて来られた白石に最初こそ値踏みするような嫌な視線を向けていた父であったが、
「ゆめの賢造って・・・、あのゆめの賢造さんですか?!大ファンで、小説全部買うてます!」
などと白石に握手を求められ「えっ、あ、そうなの?」と彼はすぐにでれりと頬を緩めたのだった。白石も学校新聞作家として新学期から『毒草聖書』という連載を始めることになっていて、賢造の小説の書き方を参考にしているのだとか。
「センスが良いな、弟子にしよう」などと話を飛躍させる父に「誰もそこまで言ってないでしょやめて」とゆめこは止めに入った。
そういう経緯があり、ゆめこの男友達にうるさい彼も白石のことは認めているようだった。
「いいわねぇ、4人でアラモアナ」
「4人?叔父さん達は?」
「お兄ちゃん達にもイベントの準備手伝ってもらうことになってるのよ」
母の説明にゆめこは「そうなんだ」と呟く。両親が不在なことは分かっていたが、まさか大人が一人もいないなんて。ゆめこは少しだけ不安そうな顔つきになった。
「ハワイならゆめこも来たことがあるし、大丈夫でしょ?」
「それって小さい頃でしょ〜?もう忘れちゃったよ」
「ハワイは日本人観光客も多いしね。でも何かあったらすぐに連絡するんだよ」
「分かった」
「あっ、そうだ!忘れるところだったわ。これ、ゆめこの分のポケットWiFiね」
そう言って母のバッグの中から出てきた海外用のレンタルルーターを「ありがとう」とゆめこは受け取る。現代っ子のゆめこにとってスマホが使えないのは死活問題だ。ホテルに着くまでの間、ゆめこはWiFiの設定をしたりして過ごしていた。
空港からタクシーを走らせることおよそ30分。観光地として最もメジャーなカラカウア通りを右折し海沿いに向かうと、突き当たりに今回宿泊するホテルが見えてきた。立派な五つ星ホテルだ。
タクシーを降りホテルに入ると、すぐに開放的なロビーが広がっていた。
「あっ」
大阪組の5人を見つけて、ゆめこは大きく手を上げる。向こうもゆめの家の3人に気が付いたのか「アロハ〜」と手をふりふりさせた。もう既にハワイ気分な5人が面白くて、ゆめこも「アロハ〜」とノリノリで返事をして駆け寄った。
大人4人がフロントでチェックインをしている間、ゆめこ、大介、白石、謙也の4人はロビーの奥の方にあるソファーに座って待つことになった。
「ゆめこちゃん、久しぶりやなぁ!」
「ね!4ヶ月ぶりくらいかな?」
大介と白石には年明けに会っているし、メッセージアプリでもやり取りしているので久しぶりという気はあまりしないが、謙也と会うのはゆめこが四天宝寺の文化祭にお邪魔した時以来だった。ご無沙汰だね、なんて会話もほどほどにゆめこは3人の服装を改めて見て「そういえば」と話を切り出す。
「みんなもうすっかり薄着だね」
「こっち来た瞬間暑くて脱いでもうたわ」
「俺は飛行機の中で既に着替えてたで」
ドヤ顔でそんなことを言う謙也に、大介は「威張ることちゃうやろ」とツッコむ。ゆめこは上着こそ脱いでいたが、まだ長袖のカットソーを腕まくりしているだけだった。日本とハワイはこの時期平均気温差が10℃以上もある。ホテルに着いたらゆっくり夏服に着替えようと思っていたゆめこは、すでに薄着な3人を見て「早っ」と思うのだった。
「今日まずはどこ行く?」
「あ、それなんだけどアラモアナなんてどうかな?初日の内にお土産調達終わってると、後から結構ラクだよ」
「お、ええなぁ。それ」
と3人が盛り上がる中、白石はにこにこと笑って相槌を打ちながらも、時折ちらりとゆめこの顔を盗み見るように確認していた。良かった、思ったより元気そうや。白石はそんなことを思っていた。
まだ本人から聞いた訳ではないが、ゆめこと毛利が別れたという情報を白石は大介伝てに聞いていた。
白石とゆめこの中を進展させようと企てていた大介は『最近彼氏とどうなん?』とメッセージでゆめこに探りを入れていたのだが、その際『別れた。フラれた』なんて返事がきて彼はとても驚いた。そしてすぐさま白石に報告したのである。しかしその際どんどんと尾ひれ背びれがついていき、"相手から一方的にフラレた挙句、毛利は元カノとよりを戻した"なんてことになって白石の耳に届いていた。
一方的にフラレたのは事実だが、後半は『この前寿三郎さんが元カノさんと歩いててショックだった〜』というゆめこの話を大介が過大解釈したに過ぎない。しかしそんなこととは露知らず、白石は『ゆめこちゃん、かわいそうに』と並々ならぬ同情を寄せるのだった。
だからこうしてゆめこが笑顔で話している姿を見て、白石は少しだけ安心した。しかし、もしかしたら自分達に心配かけまいと無理をしているだけかもしれない。だとしたらなんて健気でいじらしいんだ。と、白石はみんなに見えない角度で目頭を押さえた。
「なぁ、蔵ノ介!聞いとるか?」
しかしすぐに大介によって現実に引き戻され、白石は「あ、あぁ。聞いとるよ」と慌てて返事をした。
そこへ、チェックインを終えた大人たちが戻ってきた。ちなみに部屋割りはゆめの家、園ヶ崎夫婦、幼馴染3人組で、計3部屋だ。同じフロアでしかも隣同士の部屋なので、一同は全員でエレベーターに乗りそれぞれの部屋へと入っていった。
部屋に入るなりシャワーを浴び、早速夏服に着替えて髪を乾かしていると「カードキー、ここに置いておくね」と母に話しかけられ、ゆめこはドライヤーを止めて振り返った。
「もう一枚はパパとママで持っておくから」
「分かった。もう行くの?」
「うん。夕方までには終わるから、そしたら合流しましょ」
「夕食はゆめこの好きなステーキのお店を予約してるよ」
「えっ!ほんとに?」
「それってもしかしてウルフギャング?」とゆめこは期待に満ちた目で父を見た。「そうだよ」と首を縦に振る父に、ゆめこはやったー!と満面の笑顔になる。ウルフギャングはアメリカニューヨークに本店がある有名ステーキ店で、ゆめこは日本の丸ノ内店に一度だけ行ったことがあった。そこで食べた熟成肉の味が忘れられず、また食べたいと言っていたのを父は覚えていたようだった。ハワイにも支店があるので彼は娘のためにと張り切って予約したのだ。
「じゃあ、何かあったら連絡してね」
と部屋を出て行く両親を見送り、ゆめこも出かける準備に取り掛かる。先程部屋の前で、30分後にロビー集合と大介に言われていたのだ。
ゆめこは必要な物をショルダーバッグに詰め込み、最後にリボンのついた大きめの麦わら帽子を被って部屋を出た。
少し遅れてしまったからか、ロビーに着くと既に3人の姿がありゆめこは小走りで駆け寄った。
「遅くなってごめんね〜」
とやってきたゆめこに、白石と謙也は目が点になる。
ゆめこは白地に青い花柄のワンピースという格好をしていた。リゾート感がありそれだけでも目を引くのに、首元がホルターネックになっておりゆめこの真っ白で華奢な肩と背中が惜しみもなく露出されていた。
吸い込まれるように視線が釘付けになる白石と謙也に反し、大介だけが「ほな行こか!」といつも通りのテンションで返事をしている。
ゆめこを見て固まったまま、「かわええ」とうっかり呟く謙也を白石はバッと振り返ってガン見した。
「いや、これは・・・ちゃうねん!白石の好きな子をそういう目で見る訳ないやん!」
「しっ!声でかいわ謙也」
本人に聞こえたらどうすんねん、と白石は慌てたがどうやらゆめこは大介とのおしゃべりに夢中になっていて聞こえていないようだった。そのことに安堵しつつ、白石はもう一度じろりと謙也を見た。その強い視線に謙也はたまらず「すまん」と謝ってしまうのだった。
それから3人はアラモアナセンターに向かうため、観光用のトロリーバスに乗り込んだ。一般的なバスとは違い、景色を楽しめるようにと座席は全て外向きになっている。4人で横並びになってハワイの街並みを眺めていると、ゆめこはふぁ〜と大きなあくびをした。隣に座っていた白石はすぐに気付きくすりと笑う。
「眠いん?」そう問われたゆめこは、やばい見られてた、と恥ずかしそうにはにかんだ。
「時差やばくない?」
「んー、俺ら機内でがっつり寝てきたからなぁ」
「まじかー、私うっかり映画に熱中しちゃったよ」
機内で観れる映画の中には、最新の作品やまだ日本に上陸していない作品などがある。夜に出発した便だったので、機内食を食べた後すぐに寝れば4、5時間は睡眠時間を確保できたはずなのだが、ゆめこはついつい映画を観続けてしまったのだ。
「やらかした」なんて言うゆめこに「ほな、後で長めに休憩とろな」と白石は優しい声で提案した。そんな二人のやり取りを、大介と謙也は耳をダンボにして聞いていた。
めっちゃええ感じやん!と嬉しくなった大介は、無言で隣に座っていた謙也を肘で小突く。なんとなく大介の言いたいことが分かった謙也は「ほんまお似合いやなあの二人」と小声で言った。「せや!」と、大介はみるみる顔をニヤつかせると「ええ考えあんねんけど」と謙也の耳元に顔を寄せた。
20分程でトロリーバスはアラモアナセンターに到着し、ゆめこ達を含む乗客のほとんどがそこで下車した。ちなみにアラモアナセンターとは、ホノルル市内で有名な大型ショッピングモールだ。観光客に人気が高く、必要なお土産はほとんどここで手に入ると言っても過言ではなく、ハワイ初心者ならまずここを訪れるのがセオリーだろう。ゆめこ達も例外ではなく、4人は意気揚々とアラモアナセンターの中へと入っていた。
入るとすぐそこにはフードコートが広がっていた。いかにもアメリカらしいジャンキーなお店から日本食、中華料理など店のバリエーションは豊富で、美味しそうな匂いが漂っている。「腹減ったなぁ」とボヤく大介に、ゆめこはスマホで時間を確認した。時刻は11時をわずかに過ぎた頃で、ゆめこは「早めのランチでも食べる?」と提案した。
「おっ、ええなぁ!じゃあ俺その前にトイレ行ってくるわ」
「あ、俺も行くでー!ほな、白石席確保頼むな」
なぜか少し棒読みになる二人。ゆめこは特に気にならなかったのか「分かった〜。先買っててもいい?」なんて聞いている。その隣では白石がまさか、と顔を引き攣らせていた。走っていなくなる二人を見送り、ゆめこは「何食べよっかー?」と白石の顔を覗き込む。そのことで我に返った白石は平然を装い
「迷ってまうなぁ」
と笑ってみせた。
それからゆめこと白石はせっかくハワイに来たのだからとロコモコのプレートランチを注文し、四人掛けのテーブル席へと腰を下ろした。
「大ちゃん達遅いね」
しばらく食事に手を付けず二人の帰りを待っていたが、なかなか帰って来ずゆめこは頬杖をついたままそう呟いた。もしかしたらもう来おへんかも、なんて白石は思ったが、確かな証拠もないのに何も言えず黙り込む。すると、ブブッとポケットの中のスマホが震えて白石はすぐに画面を確認した。大介と謙也からだった。
『お邪魔虫は退散したで』
『白石、男見せや!』
そんなメッセージが届いていて、白石は「は?」と声を漏らした。あいつら余計なことばっかしよって、と白石の眉間に自然と皺が寄る。そんな彼の変化に気付いたのか、ゆめこは「白石くん?」と話し掛けた。
「あいつら、用事出来たって」
「用事?なんだろ?」
「さぁ、よう分からへんけど。先食べててって言うとるわ」
誤魔化すこっちの身にもなれ!と白石は内心思う。しかしゆめこがあっさりとした口調で「そうなんだ〜。じゃあお言葉に甘えよ」なんて言うもんだから、白石は少し拍子抜けした。なんて簡単に信じてくれるんだ。単純な子で良かった、と思う反面心配にもなる。
「ゆめこちゃん、いつか詐欺に合わへんか心配になるわ」
「えっ?なに?」
よく聞こえなかったゆめこは、ロコモコの写真を撮る手を止めて白石を見た。「なんでもあらへんよ」白石はそう返した。
写真を撮り終え「いただきます」と綺麗に手を合わせるゆめこ。そんな姿まで礼儀正しくてかわええな、と思ってしまう白石の目には、完全に初恋フィルターがかかっている。こうして二人きりで食事をしていると本当にデートをしているようで、今更になって緊張感が押し寄せてきた。しかし、ロコモコを一口食べるや否や、
「アメリカの味がする!」
なんて独特の食リポをするゆめこに、白石は「ふはっ、なんなんそれ」と思わず噴き出して笑った。
「白石くんも食べて!ハワイ感じるよ」
「そうなん?ほなら俺もいただくわ」
「どう??」
「うん、ハワイ感じたわ!絶頂(エクスタシー)やな」
「あはは!なにそれー!下ネタ?」
「ちゃうわ!」
白石の決め台詞にお腹を抱えてけらけら笑うゆめこに、白石は全力でツッコんだ。しかしその顔はとても楽しそうだ。いつの間にか先程まで感じていた緊張感は無くなっていて、白石は不思議だなと思った。彼女とならどんなに些細なことも他愛も無い話も楽しめる気がする。きっとゆめこと付き合えたなら毎日が楽しく感じられるのだろうなと白石は思った。
ロコモコを食べ終えまったりとお茶を飲んで過ごしていると、ゆめこは「あ!そだ!」と思い出したように声をあげた。
「ホテルの部屋でこのチラシ見かけたんだけどさ」と、ゆめこはバッグの中から小さく折り畳んだ紙を取り出し白石に見せた。
「早朝ビーチヨガ?」
「そう!うちらが泊まってるホテル、プライベートビーチがあるでしょ?そこで週に2日、朝にヨガ教室やってるんだって」
「へぇ!ええなぁ!」
「しかもちょうど明日の朝やるみたいだよ。枠も空いてるみたいだし、良かったら一緒に行かない?」
ハワイの朝陽を全身に浴びてビーチヨガ、最高やん!と白石は食い気味で「行く!」と返事をする。彼女としても、ヨガ上級者の白石が一緒なら何かと心強いので「決まりだね!」と満面の笑顔を浮かべた。
それからしばらくヨガについてあれこれ話していた二人だったが、会話が落ち着いたところでゆめこはきょろきょろと辺りを気にし始めた。
「ん?どないしてん?」
「いや、大ちゃん達まだ来ないのかなぁと思って」
「あー・・・」
もう戻ってくることはないけど、なんて口が裂けても言えない。
「買い物行きたいのに〜」
「ほな二人で行こか?」
「大丈夫かな?」
「用事終わったら連絡くるやろ」
白石によると、ポケットWiFiは代表して大介が持っているらしい。ゆめこも一台所持しているのでいつでも連絡が取り合える状況だ。そもそもここは大型ショッピングモールの中なのでフリーWiFiがある。白石の説明に納得したゆめこは「じゃあ二人で行っちゃおっか!」と立ち上がった。
フードコートを出て、ショップが立ち並ぶフロアに行くとゆめこは徐に一枚のメモを取り出した。いつメンから頼まれたお土産リストだった。「これ頼まれてるんだ」とゆめこがメモを傾けると白石もそれに目を通した。
「雅治くんのTシャツは白石くんに選んでもらうとして・・・」
「責任重大やな」
「私男の子のファッション詳しくなくて」
「俺も自信無いなぁ」
「えー、白石くんいつもかっこいいじゃん」
しれっと言うゆめこに「え」と白石の顔がじわじわと熱くなる。"かっこいい"なんて言われ慣れている彼であったが、やはり好きな子から言われるのは重みが違う。片手で顔を覆いながら悶え俯く白石に、ゆめこは「どしたの?」と声をかけた。
「ゆめこちゃんから見たら俺ってかっこええの?」
「いやいや、何言ってんの?!かっこよくない訳なくない?」
自信無さげに聞いてくる白石に、ゆめこは目を剥いて勢いよく答えた。白石がイケメンじゃないなら世の中にイケメンは存在しないことになる、なんて力説された白石は喜びを噛み締めながら「そっか」と呟いた。
「あっ、でも白石くんってかっこいいからなんでも似合っちゃうけど、雅治くんはどうだろ?」
「仁王くんもかっこええやろ」
当然のようにそう言われ、ゆめこは驚いたように目をぱしぱしと瞬かせた。仁王のことをそういう目で見たことがなかったので、ゆめこは「かっこいい・・・?」と首を捻る。そう言われてみれば、確かに彼は毎年バレンタインデーにたくさんチョコを貰っている。つまりモテている。
直接話したことは無いが、公式戦で何度か仁王を見かけたことがあった白石は彼の姿を思い出しながら「男前やと思うけどなぁ」なんて呟いた。
「青天の霹靂だわ」
「それ失礼過ぎるやろ」
真顔でそんなことを言うゆめこに、白石は苦笑を浮かべながらツッコんだ。
「おっ、あの店なんてどや?」
フロアマップを見ながらのんびり歩いていると、白石がふと立ち止まった。彼の指差した先にはハワイアンなデザインのTシャツが並ぶショップがあり、想像していたイメージぴったりでゆめこは「いいね!」と白石の手を引き店に近付いた。
観光客向けのショップではあるが、どれも普段着でも着れそうなデザインのものばかりだ。
「これなんてどや?こっちもええけど」
白石は2枚のTシャツをゆめこに差し出した。どちらもセンスが良く値段も手頃で甲乙付け難い。ゆめこは「うーん」とひとしきり頭を悩ませた後、2枚とも写真を撮ってメッセージアプリで仁王に送りつけた。本人に聞くのが一番だと思ったのだろう。今頃日本は朝の7時半くらいなのできっともう起きてるはず、とゆめこはトーク画面を開いたまま仁王の返事を待つ。
その画面を白石は上からちらりと覗き込んだ。そこには昨日もやり取りをしていたのか、メッセージの履歴が残っていた。ゆめこと立海テニス部のレギュラー陣が仲が良いのは知っていたが、これはグループチャットではなくどうやら個人のトーク画面のようだ。胸の奥がずきりと違和感を訴え、白石は無意識の内に「仲ええなぁ」と呟いていた。
「うん。まぁ、親友だからね」
「そうなんや。・・・もしかして前に言ってた大事な男友達って」
「雅治くんのことだよ」
にこりと綺麗な笑顔で振り向いた彼女に、白石の心はズンと沈んだ。
大介からゆめこがフリーになったと聞いた時は、不謹慎だが喜んでしまった自分がいて。これでやっとチャンスが回ってきたと期待してしまっていたが、それは普段からゆめこの周りにいる男達にとっても同じことなのだと痛感させられる。むしろ遠距離の分自分は不利だ。
「うかうかしてられへんなぁ」
憂鬱な気分になり、白石は一人ぼやいた。
「ごめんね!お待たせ〜」
しかし会計を終えたゆめこが戻ってきて、白石は咄嗟ににこりと笑顔を作った。
「白石くんのおかげで良い買い物ができたよ、ありがとう!」
「大したことしてへんよ」
謙遜でそんなことを言う白石にゆめこは「優しいね」と返す。彼がゆめこに優しいのはその恋心故なのだが、そんなことにはまったく気付いていないゆめこは『こりゃモテるわさすが白石くん』などとどこか他人事のように彼を評価するのだった。
それから二人は次にゆめみへのお土産を買うべく、ローションや石鹸、ルームフレグランスなどを扱うショップへと足を踏み入れた。
バスアンドボディーワークスというアメリカ本土で人気のコスメショップで、ハワイ土産としては主に女子に評判が良い。
店内に入ると様々な香りが鼻を掠めた。ハンドクリーム、ボディローションはテスターも豊富で、ゆめみにはハンドクリームを頼まれていたが、せっかくだから自分の分も何か買って帰ろうとゆめこはわくわくした気持ちで商品を手に取る。
いろいろと香りを確かめていく中で一つ気になったボディミストがあり、ゆめこは早速テスターの蓋を開けた。保湿を目的としたもので、香水ではないので香りもしつこくない。シトラス系をメインに、アプリコットネクターが配合されたさっぱりと爽やかな香りでゆめこはすぐに気に入った。
「ゆめこちゃん、ええ匂いするなぁ」
すると早速ボディミストを試しているゆめこに気付いたのか、白石が近付いてきた。
「今つけたのはこれだよ」
「へー、爽やかやん」
「香水じゃないから男の人にも人気が高いんだって」
ポップの説明を読みながら、ゆめこはそう言った。それにつられるように白石もポップに目を通す。スポーツ後にもおすすめという文言を見て、白石は「俺も買おかな」と呟いた。しかし言ってしまった後で、白石はハッと我に返る。同じ香りのボディミストを買おうとしてるなんて気持ち悪がられるかもしれない、彼はそう懸念した。
しかしゆめこの反応はそんな彼の予想の斜め上をいっていた。
「じゃあお揃いにしよ!」
清々しい笑顔でそう提案するゆめこに、白石はぽかんと呆気に取られる。
「・・・ええの?」
「ええよ〜」
白石の真似をして、わざとおちゃらけて関西弁を使うゆめこ。きゅんと胸を鷲掴みにされ、白石はポーッとした顔でゆめこを見下ろした。わずかに頬が赤い。不思議に思ったゆめこは「白石くん?」と彼の顔を覗き込んだ。
「ほならこれ、買うてくるわ」
白石は同じボディミストを2本手に取った。
「えっ?あ、いいよ!自分の分は自分で・・・」
「ええから。プレゼントさせてや」
「でもっ」
戸惑うゆめこをよそに白石はずんずんとレジに向かって歩き出す。いつも物腰が柔らかい彼にしては少々強引で、ゆめこは目をぱちくりさせて彼を見送った。しかしすぐに、
「あっ、私もゆめみへのお土産買わなきゃ」
と気付いて、ゆめこはハンドクリーム選びに戻った。
それから白石のおかげで全員分のお土産調達を終えたゆめこは、ほくほくした顔でアラモアナセンターの中を歩いていた。
「白石くん本っ当にありがとう!」
「ええよ、俺もお土産買えたし満足や」
「ボディミストも大事に使うね」
そんな会話をしながら歩いていると、
「よっ!お二人さーん!」
「デート楽しんだか〜?」
と調子の良い声が聞こえてきてゆめこと白石は同時に振り返った。謙也と大介だっだ。首からレイを下げ、アロハシャツに身を包む彼らはすっかりハワイ色に染まってしまっている。
「あー、二人とも!どこ行ってたの〜?」
ゆめこは少しだけむくれた顔でそう問い詰めた。しかし二人は「まぁまぁまぁ」と声を揃えていなすだけで、質問に答えようとはしない。
「今日の夕食はウルフギャングやろ?ほな、そろそろ帰らな遅れてまうで!」
と謙也に背中を押され、ゆめこは「ちょ、ちょっと・・・!」と慌てる。その後ろでは大介が白石の肩に腕を回していた。
「どこまで行ったん?ハグ?キス?」
なんてニマニマしながら聞いてくる幼馴染に、白石はわざとらしく「はぁぁ〜」と盛大なため息を吐き出した。
「なんもしとらんわ」
「はっ?!嘘やろ?俺らの気遣い無駄にしたん?」
「・・・無茶言うなや」
「ヘタレやなぁ。ゆめこ今フリーやで!その顔面を大いに活かして攻めんかい!」
めちゃくちゃなことを言ってのける幼馴染に、白石は急に頭が痛くなった。
「まぁ明日もチャンス作ったるわ」
なんて得意気に言う大介。きっと彼らは明日も姿をくらますのだろう、と白石は一人予想するのだった。
(221019/由氣)→178
アロハ〜