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(しっかり任務を全うしたまえ/柳•立海all)

『ねぇねぇ知ってる?図書館の本に悩みを書いた手紙を挟むと返事がくるらしいよ』
『どんな悩みでもいいらしい、現実的かつ詳細な解決法が書かれた返事が来るんだって』
『アドバイスだけでは解決出来ない悩みがあるなら1号館海志館3階の和室に行ってみて』
『木曜日のお昼休み限定で、どんな悩みでも解決できちゃうって話』

最近、立海大付属中学校ではそんな噂が流れていた。

実際にその噂を検証すべく、木曜日のお昼休みに海志館3階の和室を訪れると・・・

そこには達筆な習字で書かれた書がかけられている。

『柳蓮二探偵 よろず相談』

ネーミングセンスはイマイチだが、腕は確かなよろず相談である。


3月第3木曜日も、ゆめみは和室にいた。
2月の初めにゆめみが柳に「探偵になろうよ」と提案してから、2人でよろず相談を始めた。

探偵事務所メンバーは探偵柳蓮二、助手のゆめだゆめみ、そして部屋の管理人の真田弦一郎である。
活動拠点であるこの和室が真田が書道の練習のために借りている部屋であるためだ。
彼は基本的に探偵活動には参加しないが、ここぞという時に彼の何気ない一言から事件解決に繋がるという重要な役回りを果たすこともある。

柳とゆめみが探偵事務所を始めたら、その口コミが噂となってどんどん広がり、毎週木曜日は和室の前に行列が出来るほどになってしまった。
しかしその相談の多くは柳が一言アドバイスすれば解決出来るものがほとんどであり、ゆめみの求める探偵活動とは乖離があった。そのためアドバイスのみが欲しい場合は、図書館の本に悩みを書いた手紙を挟むという形で相談を受け付けることにしたのだ。

そうして、より難題な悩みを抱えた生徒のみが、木曜日に和室を訪れることとなった。

そしてこの日この部屋を訪れたのは、2人のよく知る人物だった。

「ほぅ、ここが噂の柳蓮二探偵事務所ですか、なるほど」

目の奥が見えないメガネに手を添えながら、我が物顔で入って来た相談者(仮)は何か不審物でも見つけださんとする勢いできょろきょろと部屋を見渡した。

その行動に柳蓮二は眉をひくつかせるも、ゆめみは笑顔で訪問者を歓迎した。

「柳生くん、いらっしゃい柳蓮二探偵へ!」

お馴染み立海大付属中硬式テニス部レギュラーの柳生比呂士である。

「ゆめださん、気持ちの良い挨拶ですね」

柳生はゆめみに対し、90度にお辞儀をし、ゆめみもつられて「お褒めに預かり光栄です」と深々と挨拶をした。

「酷いじゃないですか、こんな楽しそうなことをミステリー好きのこの私になんの断りも無しに始めるとは」

つらつらと話し出す柳生に柳は「ゆめみ、ひやかしの客がお帰りのようだ」と告げた。

「湘南の明智小五郎と呼ばれたこの私ですが、条件によっては力添えすることも可能です」
「事務所職員の募集はしていない」
「とは言え、まずはアナタ方の実力拝見と行きましょうか、この柳生比呂士の悩みを解決することが最低条件です」

柳の話を聞かず、最後まで自分の主張を伝え切った柳生。
ゆめみはにこにこと「はい、お悩み相談ですね、こちらへどうぞ」と和室真ん中のちゃぶ台へと誘導した。

和室の奥では、真田が黙々と書をしたためており、こちらを一瞥する様子も無い。
すごい集中力だ。

柳生が正座をして座ると、その向かい側に柳、その隣にゆめみが座った。

「かなり難易度が高いとは承知の上なのですが」

柳生は両手を額に乗せ、かなり深刻なポーズをとる。
ゆめみはゴクリと唾を飲んだ。

「ある人物に私の第二ボタンを捧げたいと考えておりまして」
「ある人物・・・?」
「それは・・・おっとこれはテストですからね、ここからはお手並み拝見と行きましょうか」

いきなり言葉を濁してきた柳生。
相談者のくせに上から目線なその態度に柳は呆れるも、ゆめみは恥ずかしくて言えないのかなと微笑ましく思う。

ゆめみはもっともらしく腕を組んで、名探偵っぽいポーズをとった後言った。

「この時期の第二ボタン・・・ズバリ、その答えは、元風紀委員長の先輩でしょう!」

柳生は大げさに両手を掲げて「この少ないヒントを見逃さず答えを導いたというのですか!恐れ入りました、大正解です!」と言った。ゆめみはドヤ顔で「湘南のホームズとはこの私のことです」と言った。

2人の茶番を横目に見ながら、柳はこの2人意外と気が合うのだろうかと複雑な顔をする。
実は柳生がその元風紀委員長の女の先輩に特別な尊敬の念を持っていることは結構有名な話だった。

「でも第二ボタンって卒業式にあげるイメージだよね」
「ええ、そうですね」

柳生は遠いところでも見るような切ない表情をする。

「卒業式の日にこれまでの感謝と尊敬の意を伝えるべくお渡ししたいと思っていたのですが、同級生に囲まれて楽しそうなあの方を前に、ご卒業おめでとうございますとお伝えするのが精一杯でした・・・」

ゆめみはぎゅっと両手を胸に当てて「柳生くん、私達に任せて!」と力強く言った。

「ゆめださん」
「柳生くん」

2人は熱く握手を交わす。

「何点か確認した上で依頼を受けるか決めさせてもらう」

とその時、冷静な柳が突っ込みをいれた。

「まず第二ボタンでいいのか?一説によれば、第二ボタンである理由として、一番心臓に近いボタンだからという話があるが、我々の制服はブレザーだ、どちらかと言えば第一ボタンの方が心臓には近いが」

これにはゆめみも確かにと首を傾げる。

「確かに立海で第二ボタンってあんまり聞かないよね、立海ジンクスがあるからかネクタイをあげたりもらったりする話はよく聞くけど」

立海では卒業生のネクタイを貰うと夢が叶うっていうジンクスがある。

柳生は「そこは熟考の上です」と力強く言った。

「ネクタイは無くなると困りますし、第一ボタンではもはや何なのか意味が分かりません」
「ボタンは無くても困らないのか?」
「売店で120円で販売されているではありませんか、おっともうこんな時間ですね」

柳生はいきなり立ち上がった。そして「では私はこれにてアデュー!」と爽やかに挨拶をして出て行った。

ゆめみだけが「またねー」と手を振った。
パタンと和室のドアがしまる。


柳生は急いで立ち去ったが、時刻はまだ13時前であり、まだ30分以上お昼休みは残っている。

「嵐のようだったな」

ポツリと言った柳に、ゆめみは「うんうん楽しい人だよね、柳生くんって」と言った。
ゆめみとのテンションの違いに突っ込もうか迷った柳だったが、楽しそうなので何も言わないことにした。

ゆめみは、んーっと体を伸ばす。

「元風紀委員長の先輩と柳生くんを2人きりにしてあげればいいだけだから簡単だよね」

「そう単純な話では無い」

呑気なゆめみを諫めるように柳はハッキリとそう言った。

「立海創設以来、初めての女性風紀委員長にして、鉄の女、ひと世代前の女学生の模範、それが彼女だ」

ゆめみが不思議そうにしていると、柳はいつもの調子で解説を続ける。

「男女交際など、不純なものだというのが彼女の信念であり、それが例え卒業した後だとしても、揺らぐことはないだろう」

いつのまにか真田が筆から手を離し、腕を組んで柳の話を聞いていた。

「あの先輩が第二ボタンを受け取る可能性は0%だ・・・違うか?弦一郎」

真田は現風紀委員長である、この中では一番接点が多い。
真田は柳の問いに「うむ!」と頷いた。

「なぜ柳生がボタンを渡そうとしているのかの理解が追いついていないが、彼女ならボタンの無い制服に対する激しい指摘が入るだろう」
「そこから?」
「彼女は尊敬すべき立海の先人ではあるが・・・この俺でさえ、彼女の厳しさには度が過ぎていると感じることがあるのも事実!」

ゆめみは目をぱちくりとさせた。
真田にそこまで言わせるとはよっぽどだなと思ったのだ。

「という訳で、引き受ける必要は無いと言うのが俺の考えだ、アイツは俺の話を最後まで聞かずに帰っていったがな」

柳はゆめみの頭をポンポンと優しく撫でた。

「とは言え、ゆめみの意志を尊重する、いつものようにな」

柳の優しい言葉に、ゆめみは「わかっているでしょう、蓮二」とにこりと微笑む。

「何もせずに諦める、そんな選択肢は無いわ、蓮二の名前を背負った探偵事務所を立ち上げた時にそう決めたの」
「とゆめみは言う、ならば考えるしかないな」

柳はそっと和室の戸棚から茶器を出した。
ここは茶道部の部室でもあるため、茶道の道具が用意されている。
柳は作法に則り、お抹茶を立て始めた。

ゆめみは柳の流れるような、そして無駄のない茶道のお点前を眺めていた。

そして、同時に考える。
何か手はないかと。
ゆめみの目は自然に閉じられた。

『鉄の女』と呼ばれる彼女。
ゆめみは一度だけ、その元風紀委員長を間近に見たことがあった。
それは、美化委員会庭園管理班のリーダー代理として生徒議会に参加した時のことだ。

確かに隙のない人だと言う印象はあった。
だけど、本当に柳生くんの気持ちを一切受け取らない、そんな人だろうか。

風紀委員会から我ら美化委員会庭園管理班の委員会後の衣服の汚れについて、学校の模範にそぐわないと指摘されたが、決して一方的では無かった。
こちらの意見や、学校を良くしたいという気持ちを受け取ってもらえたとゆめみは感じていた。

それに柳生くんは別に不純な男女交際をしたい訳ではない。
ただ純粋に、彼女に尊敬と感謝の意を伝えたいだけなのだ。
たぶん。

芳醇なお抹茶の香りがして、ゆめみはゆっくりと目を開けた。
柳がちょうどお抹茶をゆめみの前に置いたところだった。

お作法通りに、真田に「お先に」と声をかけてから「お点前頂戴いたします」と柳に頭を軽く下げた。

神仏に感謝の意を示す気持ちで軽く茶碗を持ち上げると、ゆめみの頭の中に先程の真田のフレーズがリフレインした。

『この俺でさえ、彼女の厳しさには度が過ぎていると感じることがあるのも事実』

これは人の心理では無いのか。

ゆめみは茶碗を左手に乗せて、右手で少し正面をずらした。
そして、3口半で飲み切って、茶碗の正面を柳に向けて、丁寧に置いた。

「蓮二、私試してみたいことがあるの」

柳は満足気に笑う。

「ああ、俺もちょうど考えがまとまったところだ、答え合わせと行こうか」





そして時間は進み、ゆめみにとっての2年生最後の授業が終了した。

本当ならば、柳とクラスメイトである最期の授業だとセンチメンタルな気分になるところではあるが、今はそれどころでは無い。

ゆめみと柳は終礼をすると、すぐさま海友会館3階の生徒会室の方へと足を進める。

卒業式が先週に終わり、この春休みまでの期間、3年生は自由登校扱いだ。
最悪元風紀委員長が学校に来ていないということも考えられたが、真田から「風紀委員長の引き継ぎで確認したいことがある」とメッセージを送ってもらうと、登校していたようで放課後の時間を割いてもらうことができた。

ゆめみと柳はきょろきょろしながら、生徒会室の隣の小会議室の、更に隣の進路資料室に入った。
そしてわざと少しだけ教室のドアを開けておく。
ここならば、作戦遂行に最適だろう。
ちなみに元風紀委員長の先輩は小会議室で真田と会うことになっている。小会議室は普段風紀委員が使っている教室だ。

「蓮二、もう少し小さくなれない?」
「それは無理な話だな」
「じゃあ蓮二はここに座るのはどう?」
「ゆめみは窓の方を向いて振り向かないようにな」
「ふふ、失礼すぎない?」
「そのくらい傲慢な方が分かりやすいだろう」

廊下から見た時に2人だとバレないアングルを探していた。
2人はこれから、3年生になりきって演技をすることになっているのだ。

それこそが元風紀委員長通称『鉄の女』の心を変える作戦だった。

真田が元風紀委員長の振る舞いを見て、度が過ぎていると感じたように、ゆめみが更に極端な形でボタンをもらうことを拒否すれば、同様のことをし辛くなるのではという考えの下の作戦だ。

通称『他人のフリ見て我がフリ直せ心理応用作戦』である。

ゆめみは窓の方を向きながら、胸をぎゅっと押さえた。ドキドキする。

「上手くいくかな・・・?」

その肩にふわりと柳の手が乗せられた。

「全て上手く行くさ、この柳蓮二とゆめだゆめみのコンビに死角はない」

普段は冷静に確率計算ばかりしているのに、こういう時は確率の話はせず、励ましてくれる。そんな柳にゆめみは信頼を寄せていた。
柳が大丈夫と言えば絶対大丈夫と思える。

と、その時ドアの前に人影が。
2人に緊張が走るが、そのドアの隙間から見えたのは柳生であった。彼はテンション高めだ。

「しっかり任務を全うしたまえ」

柳生は海軍本部長官のような、完璧な敬礼をした。ゆめみもつられて敬礼したが、柳はなぜそんなに上からなのだろうとまた眉をひくつかせる。
柳生にも作戦内容は共有しており、柳生には小会議室で待機してもらう予定だ。
作戦失敗の場合には、真田に遅れて来てもらうことになっている。

「なぜここまでアイツのためにやらねばならないのかという疑問は付き纏うがな」
「蓮二ってちょっぴり柳生くんに厳しめだよね」

『ゆめみが甘すぎる』と言いたかったが、言えなかった。
生徒会室とは反対側のドアの窓から元風紀委員長が歩いて来るのが見えたからである。

柳は慌ててゆめみを見たが、ゆめみは落ち着いていた。柳を見てこくんも頷いた後、窓の方を見る。

演技開始だ。






その時、彼女元風紀委員長は少し落ち込んでいた。
自由登校になっても、彼女は生徒の模範でいるべく、毎日登校していた。
しかし、聞いてしまったのだ。

『あの鉄の女、今日も登校かよ、補講で毎日来ないといけない俺たちと違って自由登校なのに』
『本当にいるだけで息苦しくなるよな』

成績が悪く、毎日登校しなければならない男子生徒達の不満の声。

自分がそう言う立場になることは、風紀委員長を引き受けた時に覚悟したはずであった。
憎まれ役であることは百も承知の上で、それでも誰かがやらなければならない役回りなのだとしたら、学校のため、生徒のために自分がなろうとそう決意した。

だけど、中等部を卒業した今、自分のこの3年間は何だったのだろうと空虚な気持ちになることも確かであった。

弱気になったことに気づいた彼女は、パチンと自分の頬を叩く。
これから会うのは例え鉄の男と呼ばれてもその呼び名すら誇れるような男、真田だ。
彼に弱さを見せたくはない。

「3年間ずっと慕っていた、この俺の第二ボタンを受け取ってはくれないか」

その時、普段は空き教室のはずの進路資料室から声が聞こえて、彼女はドアの隙間から中を覗き込んだ。

密室に男女が2人きり。
男の方は跪いている。求愛だろうか。
どう考えても彼女の中の『不純異性交遊』に抵触する。

叱咤のため、声をかけようした。しかし、中の女の子がハッキリと「迷惑千万極まりない!」と言ったので、何も言えなかった。

「貴方と付き合いたいと考えているのでは無い、ただただこの気持ちを受け取って欲しいだけだ」
「その気持ちは学生には不要なものよ、我々は何のために3年間学校に通っていたの?勉学のためよ」
「その勉学の中で、輝く貴女を見つけた、この気持ちを知って欲しいと思うことがそんなに罪なのか」
「罪深いことです、立海生の清らかな生徒像に泥を塗ることになりかねないわ」

必死な男子生徒に対して、女子生徒は取り付く島も無いと言った様子だ。
まるで自分を見ているような嫌悪感と、そこまで言う必要があるのかという同情心が元生徒会長の彼女の心に広がる。

「俺の気持ちは純粋で清らかだ」
「それでも」

「お前が好きだ」

柳の言葉に、ゆめみは思わず振り返ってしまった。

柳の揺れる瞳を覗いてしまった瞬間、ゆめみは風紀に厳しい3年生女子から、等身大の女の子へ戻ってしまう。
演技だとわかっているのに、柳の瞳は真っ直ぐで誠実で、ゆめみの心臓がドキリと跳ねる。

なんと返していいのか分からず、固まってしまう。

「先輩」

とその時、小会議室から柳生が出てきた。

「お話したいことがあります、こちらで聞いて頂けませんか」

柳生が元風紀委員長の先輩を小会議室へリードした。ドアが閉まる音がした。

「助かった・・・」

ゆめみはへなへなと座り込んだ。
その顔は真っ赤である。
そして、跪いている柳と同じ目線になる。

柳は冷静でクールで、いつもと変わらない表情に見えた。しかしゆめみと目が合うと、フッと笑う。

「振り向いてはいけないと言っていただろう」
「だって、蓮二があんなこと、言うから」

ゆめみは思い出してしまっていた。
限りなく広がる青い海と、青い空。
沖縄の恐ろしく美しい景色の中、『好きだ』と言われた時のことを。
幼馴染として、好きでいてくれている、それはわかっているものの、恥ずかしくて仕方がない。

柳は立ち上がって、そっとゆめみに手を差し伸べた。

「手を」

ゆめみが手を出して、立たせてもらう。
向き合う形になる。

「あれ、蓮二また背が伸びた?」
「先日180の大台に乗ったな」
「そんなに大きくならなくてもいいのに」

ゆめみは頑張って手を伸ばして、柳の頭を撫でた。柳はされるがままだ。

「まだ届くから良いけどさ」

ゆめみはそう言って、柳の頭から手を離すと、進路資料室の生徒会室とは逆の方の出口のドアの方へと歩き出す。
ふてくされた様子が可愛いと柳はその後ろ姿を見ていた。

「あ、蓮二」

ゆめみはドアを開けて、振り返る。
その顔はまだ赤いままだ。

「もう私に好きって言うの禁止ね」

そう言ったその顔は、完全に照れていて、可愛すぎる。
柳は思わず口に手を当ててクククと笑った。

「自分は好き好き言っているだろう」
「私はいいの」
「それは暴君すぎるのではないか?」
「だって恥ずかしいんだもん」

2人は小声で話しながら、海友会館の階段を降りた。

外へ出ると、青空が広がっていた。
清々しい気持ちだ。

ちょうど真田がこちら側に向かって来ているのが見えた。
ゆめみと柳の晴れやかな姿を確認すると、「上手くいったようだな!」と言った。

実際に上手く行ったかはまだ分からないが、ゆめみも柳もやれることはやったという満足感があった。
そしてここからは柳生と先輩の問題なので、後追いするような野暮な真似をするつもりも無かった。

「弦一郎、ありがとうね、結局いつも巻き込んでる気がするけど助けてくれて」
「ゆめみにお礼を言われる筋合いは無いだろう、俺達は友人なのだぞ」
「でも嘘の理由で先輩を呼び出したりするのは、弦一郎の武士道に反する気がして・・・」

真田は「いや、反しはせん!」と言い切った。

「人助けに通じる行為だ、ゆめみと蓮二の成さんとすることに間違いはないだろう!」

真田の言葉には、ゆめみも柳も嬉しくなって笑う。彼のまっすぐなところがとても好きだ。

3人で笑っていると、海友会館の入り口から、元風紀委員長の先輩と柳生が出てきた。
元風紀委員長の先輩が前を歩いている。
その表情はキリッとしており、厳しそうだ。

ゆめみ、柳、真田の3人は海友会館の裏に隠れた。隠れる必要があるのか分からないが、気まず過ぎる。

先輩と柳生はズンズン進む。西門へと向かっているようだ。
西門はキャンパスの入り口の中で一番人気のない出入口で、今は2人以外は誰もいない。
ゆめみ達の隠れた校舎の影から良く見えた。
盗み見するつもりは無かったが、見えてしまう。

ついに先輩は西門の外に出た。
学校の敷地の外だ。

くるりと学校側を向いた。
そして、彼女は固く1つに結ばれていた髪を解いた。
長い髪が風に揺れる。

「柳生くん、ありがたくいただくことにするわ」

にこっと笑った彼女の顔を、ゆめみも柳も、真田さえも初めてみたと思った。
きっと彼女は学校の外に出ることで、自分の信念との折り合いを付けたのだろうなと思った。

ものすごく良いシーンだとゆめみは思った。

ゆめみはきゅっと手を握り締めると、その後振り返って柳を見た。
柳は優しくゆめみを見守っている。
ゆめみが手を広げると、柳も同じようにその手に手を重ねた。

これがミッション完了の合図である。

「これにて一件落着、任務完了だね、蓮二」
「ああ」
「また1人迷える立海生を救ってしまいましたね、名探偵!」

ゆめみの弾けるような笑顔が眩しいと思う。

この笑顔見たさに、自分は何度でも探偵ごっこに付き合ってしまうだろうと思う。

ゆめみと柳は見つめ合って微笑み合っていた。


「ちょっと仁王先輩押さないでくださいよっ」

その次の瞬間、ガサガサッと音がして男子生徒が向かい側の草むらから飛び出して来た。
海友会館から見てちょうど向かい側で、ゆめみと柳、真田がそちらへ目を向けると、あちら側もこちらを向いて完全に目が合う。

飛び出して来たのは後輩の切原赤也であり、その後ろには、丸井、ゆめこ、仁王、ジャッカルがいた。ゆめみ達と目が合うと楽しそうに手を振って来た。ゆめみも手を振り返す。
ゆめみがゆめこに帰るのちょっと待っててと連絡をしていたので、皆集まって来たのだろう。

「みなさん、見せ物ではありませんよ」

そっちに気を取られていると、柳生が1人で西門から学校の敷地内へと戻ってきた。
どうやら先輩はそのままに西門を出て帰宅したようだ。

全員わっと柳生に駆け寄った。
そして全員同じポーズをする。
右手を前に出して、親指を立てるグッドポーズだ。

それを見て、柳生は上を向いた。

青春だなぁと皆思って何も言わなかったが、空気の読めない切原だけが「柳生先輩、泣いてるんスか?」と言い、真田に小突かれていた。

いつも通りすぎるくらいいつも通りだ。

「またこのメンバーかよ」

ジャッカルの突っ込みに皆笑った。

「しかしこの学年でこうして全員揃うのは今が最後だ」

柳の言葉に、一瞬沈黙が訪れた。
なんだか寂しい、なんて。

「そうだよね、ゆめみが明日から東京のおじいちゃんの家に行くんだもんね」

ゆめこがゆめみの手をぎゅっと握る。

終業式は来週の火曜日で、本来なら春休みまであと2日登校しないと行けないのだが、ゆめみは家の都合で明日から東京の祖父の家に行くことになっているのだった。
家の都合とは、ちょっと、いやかなり特殊な事情なのだが、スポーツ医学界の魔導士と呼ばれた祖父が孫娘であるゆめみにその医学を伝授すると言い出したことであった。

2月末にほぼ騙されるような形でそれを発表され、断る権利も無く、流されている状態だ。
第一弾として、この春休みに集中して基本的なことを教えてもらえるらしい。
とりあえず1週間とは言われているが、覚えが悪いと春休み中かかると今から脅されており、憂鬱の極みであった。

ゆめみはゆめこと柳、真田、柳生にしか詳細を話した覚えは無かったが、医学好きの柳生がまるで自分のことのように皆に自慢したため、このメンバーは皆そのことを承知していた。

「寂しすぎるー!ゆめみと1週間も会えないなんて」
「私もだよー、ハワイに行っても私のことたまに思い出してね」
「もちろん!写真も送り合おうね」

ゆめこも春休みに入ってすぐに5日間のハワイ旅行の予定が既に入っていた。

「我らのダブルヒロインが揃って不在とは、何の楽しみもない春休み前半となりそうですね」

まるで誰かさんと誰かさんと誰かさんの心の中を読んだような柳生の言葉に仁王、丸井、柳は苦笑いをした。

「だが、ゆめみにとってもゆめのにとっても貴重な良き経験となるだろう!俺たちも2人に恥じないよう、鍛錬を積み重ねねばな!」
「ああ、そうだな弦一郎、4月になれば精市も一緒だ」
「それは楽しみだろぃ」

真田、柳、丸井の言葉に皆頷いた。

「ゆめみ、成長する時というのは壁にぶち当たるものだ!だがお前なら出来る!俺はそう信じているぞ!」

真田はゆめみに激励を送る。
「父親スか・・・」と切原が小声で突っ込みを入れる。
次に真田はゆめこを見た。

「ゆめの、異国でも達者でな!特に不埒な異国人に用心するように!なんとしても節操を守り抜くのだぞ!」

「バカンスに行く人に贈る言葉じゃねぇだろ」とジャッカルがつぶやいた。

「2人の健闘を祈る!」と言った後、突然真田が走り出した。

「レギュラーミーティングは予定通り3時50分スタートだ!何があろうと立海大付属テニス部レギュラーたる者、遅刻することは許さん!!」

今日は木曜日であるが、明日が祝日なのでレギュラーミーティングが行われる予定だった。ゆめみがチラリとスマホを見ると、すでに3時48分だ。

予知していたのか、柳、仁王、丸井、ジャッカル、柳生の5人はすでに走り出していて、後には切原だけが取り残されていた。

「っはー?!ずっりー!待ってくださいよぉ!」

憤慨しながら追いかけていく切原を、ゆめみとゆめこはヒラヒラと手を振って見送った。

「ゆめこ、今日はいーっぱい遊ぼうね!」
「もちろん、今日も、でしょ?」

2人はこれから2年生最後の放課後の楽しみで藤沢に繰り出す予定なのだ。

2人は笑いながら、手を繋いで走り出した。


こうして、ゆめみの2年生は終わりを告げた。





(221023/小牧)→176

少年少女の3年生の春がもうすぐそこまで来ていた

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