016
(嘘はいかんぜよ/仁王・丸井)

「もうすぐ県大会だねぇ」

頬杖をつきながらそう思い出したように口を開いたのはゆめこだった。

地区予選を無事に勝ち進んだ立海テニス部は、今週末に県大会を控えていた。
話を振られた仁王は、目線は机の上に広げた宿題に向けたまま「そうやの」と返事をした。

今ゆめこと仁王は、ゆめこの部屋で一緒に英語の宿題をやっている。
クラスは違うが担当教員が同じなので、出された宿題も同じものだったのだ。

なぜゆめこの部屋で仁王が宿題をしているのか。

今までのことを考えると母親たちの付き合いの関係で成り行きで、と考えるのが普通だが今日は違った。
学校から帰ると、珍しく仁王自らゆめこを訪ねてきたのである。

これまでに無い彼の行動にゆめこは少なからず驚いたが、先日廊下に貼り出された中間考査の順位を見たという話を聞いて、彼女はなるほどと納得した。

中間考査以降、普段一緒にいるジャッカルやももだけでなく、今まで話したことのなかったクラスメイト達にも何かと勉強を教えて欲しいと頼まれるようになっていたので、仁王もそうなのだろうとゆめこは結論付けた。

キリの良い所まで書き進めたのか、仁王はそのプリントを無言でゆめこに差し出した。
見てくれ、という意味だ。

ゆめこは仁王からプリントを受け取ると、シャープペンをくるりと回しながら目を通し始めた。シャープペンに付いている小さなマスコットが、ゆめこの手の動きに合わせてかちゃかちゃと揺れている。

ちなみに今回の課題は英語で自己紹介をしてみようというものである。
ゆめこが添削をしている間、仁王は手持ち無沙汰になったのか、出されていたアイスティーとゼリーに手を付けた。
透明の容器に入ったゼリーは、グレープフルーツとライチを使ったさっぱりした後味のゼリーで、思ったより美味しかったのかぱくぱくとテンポよく食べる仁王に、ゆめこはプリントから視線を外して彼を見た。

心なしかにやにやしている気がして、仁王は「なんじゃ」とたまらずゆめこに声をかける。

「ゼリー、美味しい?」
「ん?あぁ、まぁな」
「ふふ、それ私が作ったんだよ」
「お前さん、嘘はいかんぜよ」

決めつけたように言う仁王にゆめこは「ひどっ」とリアクションしたが、すぐに冗談だと分かり「素直じゃないなぁ、もう」と小言を漏らした。

仁王にはまだ数回しか会ったことがないが、彼は人をからかうとき片方の口の端がわずかに上がる癖があるようだ。
見抜かれた仁王は口では「つまらん」と言っていたが表情は楽しそうだった。

「あ、そだ。県大会で差し入れに持っていこうか?」
「・・・県大会観に来るんか?」
「うん、まぁね。花粉も落ち着いてきたし、一緒に観に行こうってゆめみと約束してるの」

「ちなみにゆめみっていうのは入学式の日家の前に一緒にいた子だよ」とゆめこが補足すると、仁王は記憶を辿るように視線を上に向けた後、思い出したように「あぁ」と小さく声を漏らした。

「試合前にゼリー持っていくね」
「別に無理せんでもよかよ。俺どうせ試合出んし」
「何言ってるの。応援も十分体力使うし立派な戦力だよ」

ゆめこはスポーツをしないので分からなかったが、前に柳が「ゆめみとゆめこの応援のおかげで頑張れた」と言ってくれたことがあり、ゆめこはそれを覚えていた。
応援は選手にとって必要なものなのだとその時気付いたのだ。

試合に出れないということでほんの少し不貞腐れていた仁王は、ゆめこのこの言葉にハッとして顔を上げたが、

「よって私も立派な戦力です」

とふざけてキメ顔をするゆめこに一気に肩の力が抜け、仁王は呆れた笑いを浮かべた。



それから時は過ぎ週末。
早いもので県大会当日となった。

待ち合わせをして一緒に会場入りしたゆめことゆめみは、早速立海テニス部が練習しているコートへと向かっていた。
それぞれの学校にコートが割り振られ、試合が始まる前までそこで練習できることになっているらしい。

柳から前情報をもらっていたゆめことゆめみは迷うことなくそのコートへとやってきた。

するとちょうど休憩中だったのか、二人の姿を見つけた柳が近付いてきた。
少しの間三人で談笑をしていたが、他に約束があったゆめこは「ちょっと二人でお話してて」と声をかけるといそいそとその場から立ち去る。

数日前、県大会に手作りゼリーを差し入れすると仁王と約束していたゆめこは、昨日の内に作って冷蔵庫で冷やしておいたものを、小さなクーラーボックスに入れて持ってきていた。

ゆめみと柳と離れたゆめこはきょろきょろと仁王の姿を探す。
新入生が加わったことで男子テニス部員は50名を超えている。
その全員があちこちで休憩をとっているためなかなか仁王の姿を見つけられないでいると、

「あれ?ゆめのさん?」

と声を掛けられゆめこは振り返った。
そこにはジャージ姿の丸井とジャッカルが立っていた。

「やっぱりゆめのさんだ!」
「丸井くん。ジャッカルくんも、こんにちは」
「なんだゆめの、柳の応援か?」

ゆめこが柳の幼馴染であることを知っているジャッカルが当たり前のようにそう尋ねると、丸井は「え!」と大袈裟に反応した。
それに気付いたジャッカルが「二人は幼馴染なんだとよ」と補足すると、丸井は目をぱちくりさせた。

「そうだったのか・・・」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「初耳だろい」

すっかりゆめこが探しているのは柳だと思い込んでいるのか、ジャッカルは「柳ならあそこにいるぜ」とゆめみと話している彼を指差した。
むしろ先程までゆめこもあそこにいたのだが、それは見ていなかったようだ。
ゆめこはふるふると首を横に振ると、

「仁王くんどこにいるか知らない?」

と、尋ねた。
予想外の人物の名前に、丸井とジャッカルは揃ってきょとんとする。

同じ部員なので存在は知っているが、あまり話したことがない。
というより、仁王は無口で人見知りするタイプなのか、自分たちだけでなく他の部員とも交流しているところを彼らは見たことがなかった。

そんな仁王にゆめこが用があるというのが信じられず、丸井は「仁王ってあの仁王だよな?」とジャッカルに耳打ちした。
ゆめこはヒソヒソと話す二人をとくに気にも留めず、「ゼリー渡したいんだよね」とクーラーボックスの蓋を開けてみせた。

「うわっ!うまそー!」
「持ってくる約束してたんだけど、さっきから見当たらなくてさぁ」

と、ゆめこは再び辺りをきょろきょろと見渡す。

ゆめこが仁王を探しているということだけでも驚きなのに、ゼリーを渡したいだなんて、それなりに仲良くなければそんな約束はしないだろう。
同じクラスなのに、ゆめこの口から仁王の名前を聞いたことは今まで一度もなかったはずだが、とジャッカルが思っていると、

「なぁなぁ!それ、俺にもくれよ」

と丸井が身を乗り出した。

ゼリーは全部で三つある。
さすがに仁王が一人で三つも食べるとは思っていないが、一つだけ持ってくるというのもなんだか味気なくて、いらないと言われればゆめみと柳にあげようと思って少し多めに持ってきていたのだ。

いずれにせよ仁王くんに確認してからじゃないとなぁ。なんて思い、ゆめこが返答に困っていると、

「残念だが、それは俺のじゃき」

と後ろから声が聞こえてきて、ゆめこ達はパッと振り返った。
そこには涼しい顔をした仁王が立っていた。

仁王はゆめこの隣までやってくると、「ありがとさん」と言って彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
彼にしては珍しいスキンシップにゆめこが呆けていると、仁王は「まさか柳以外にもテニス部に知り合いがいたとはのう」と言って丸井とジャッカルを見た。
物言いたげなその視線が気に入らなかったのか、

「仁王もゆめのさんと知り合いだったんだな」

と、丸井は少しむっとした表情で言った。
「おい、ブン太」とジャッカルが間に入ろうとした時、「あ、そっか。言ってなかったよね!」とゆめこの明るい声が響いた。

「仁王くんとは家がお隣さんなの。で、ジャッカルくんとはクラスが一緒で、丸井くんとはその繋がりでお友達になったんだよ」

前半は丸井とジャッカルに向けて、後半は仁王に向けて説明すると、ゆめこは「世間ってせまいねぇ」としみじみと言った。
そののんきな態度に仁王はやれやれと肩を竦めると、ゆめこの手からクーラーボックスを奪った。

「三つあるし、丸井と桑原にも分けてよか?」
「え・・・」

仁王の提案に丸井はぽかんと口をあける。
ゆめこは「もちろんいいよ!」と言うとにっこりと微笑んだ。
柳とゆめみにはいくらでもあげる機会があるし、仁王がそうしたいならそれでいいと思ったのだ。

仁王にゼリーを渡された丸井は「さんきゅ」と言いつつも少し複雑そうな顔をしていたが、一口食べた瞬間「うまっ!」と嬉しそうに声を上げた。

「ゆめのの手作りなんじゃと」
「へー!ゆめのさんって料理出来るんだ」

目を輝かせて喜ぶ丸井に、ゆめこも満更でもなさそうに頬を緩める。

「もっと食いてぇ」
「一つで我慢しんしゃい」

と会話を交える丸井と仁王は、話してみると案外いい奴かも?なんてお互い思い直していた。

そんな中、ゆめこが料理も出来ると知ったジャッカルは「おまえ逆に何ができねぇんだよ」と驚いていた。
先日の中間考査で驚かされたばかりだと言うのに、と言いたげな彼にゆめこはうーんと少し考えた後、「私泳げないよ」と答えた。

「小学生の頃クロールのテストで25メートルも泳げなかった」
「まじかよ」
「でも犬かきなら50メートル泳げる」
「逆にそれすごくねぇか?」

と話す二人に、隣にいた丸井と仁王はプッと小さく笑うのだった。



(180330/由氣)→18

頭ぽんぽんは牽制です。VSっぽくなってきた(どきどき)




未完成のエトワールtopへ

hangloose