018
(テニス部の方ですよね?/仁王・丸井)
体育館の隅で、ちょこんと三角座りをしている少女が一人。
体操服姿のゆめこだった。
今日は立海大付属中学校の球技大会の日だ。
事前に希望種目にエントリーして、当日はトーナメント表通りに試合をする流れになっている。
ゆめこは卓球にエントリーしていた。
屋外の種目は暑いし日に焼けるという理由で除外、バレーやバスケは突き指がこわいという理由で除外、そうして嫌なものをどんどん除いていくと結果的に卓球が残った。
卓球の経験は家族で温泉旅行に行ったときに何度かやったことがある程度だったが、未経験よりはマシだろうとゆめこは思った。
負けた後は自由行動ができると聞いていたのでそこまで勝ち進む気はなかったが、あれよあれよと試合が進み、気付いた時にはゆめこは三連勝していた。
自分が所属する部活動には参加できないので相手が卓球部なんてこともなく、ゆめこが強いというよりは対戦相手に恵まれてるという感じだった。
勝っている以上抜け出す訳にもいかず、ゆめこは次の試合までの時間を体育館の隅で過ごしていた。
7月に入って気温は上がり、おまけに湿度も高くとてもじめじめしている。
体操服の胸元を掴んでぱたぱたと扇いでいると、すっと目の前に影が出来てゆめこは顔を上げた。
「そんな端っこで何しとるんじゃ」
そう声を掛けてきたのは友人の仁王だった。
「あれ、仁王くんだ。え、なんでここにいるの?」
ゆめこがそう尋ねると仁王は持っていたラケットを見せて「ん」と言った。
どうやら仁王も卓球を選択していたらしい。
なぜ卓球を選んだのか聞くと、彼は「屋外は暑いから嫌だ」と平然と言ってのけた。
「あれ、おたくテニス部の方ですよね?」
「プリッ」
ゆめこのツッコミに意味不明の返事をし、仁王は「しっかし暑いのう」と気だるい声を出しながらゆめこの隣に座り込んだ。
ゆめこはそんな仁王をまじまじと見つめる。
「・・・なんじゃ」
「いや、何気に仁王くんと学校で会うの初めてだなって思って」
「あー、言われてみたらそうやの」
マンモス校なので仕方がないが、入学してから三ヶ月も経つというのに仁王とゆめこは一度も学校で出くわしたことがなかった。
「あれ?そういえば仁王くんって何組だっけ?」
「何をいまさら。Iじゃよ」
「I・・・」
ゆめこは指折り数えると「遠っ」と口にした。
同じ一階ではあるがB組のゆめことはほぼ端と端だ。
そりゃ会わない訳だなぁ、とゆめこがぼんやり考えていると、
「お、もうすぐかの?」
と仁王が遠くを見ながら口を開いた。
仁王の視線の先を辿っていくと、今まで行われていた試合がそろそろ終わる雰囲気になっていた。
もうすぐ出番なのかな?と思ったゆめこは「頑張ってねー」と他人事のように声をかけたが、
「何言っとるんじゃ。お前さん、今からあっこで俺と試合ぜよ」
と言われ、ゆめこは「ええええええ!」と今日一番の大声を出した。
種目によっては男女混合で試合が組まれているのだ。
てっきりゆめこも知っているものだと思っていた仁王は「トーナメント表見てないんか」と呆れたように言った。
そもそも仁王がゆめこに声をかけたのは、次の対戦相手のところに "ゆめのゆめこ" と書いてあったからだった。
目標もなく参加していたゆめこは、試合直前の実行委員のアナウンスのみを頼りにしていたので、わざわざトーナメント表を見に行くことはしていなかった。
ちょうどその時、「1年I組仁王雅治くん、1年B組ゆめのゆめこさんは第8テーブルに来てください」という声が聞こえてきた。
こんな風に、自分の出番になると実行委員の人が呼んでくれるのである。
「うわぁ、まじだ」
とげんなりするゆめこを、仁王は「はよしんしゃい」とずるずる引っ張っていく。
思わぬ相手との対戦にゆめこは完全に腰が引けていたが、仁王は満更でもなさそうだ。
じゃんけんをして仁王からのサーブが決まると、彼は容赦なく打ち込んできた。
ぱらりと、仁王の方の得点がめくられる。
「ねぇちょっと!がちじゃん、がちのやつじゃん」
「いいから構えんしゃい」
「ていうか仁王くんって卓球できるんだね」
同じラケット競技だし、何か通じるものがあるのだろうか。とゆめこは思う。
しかし考え事をしていてはこのまま押し切られてしまうと、ゆめこも集中してラケットを構えた。
「もー、まじで負けたし」
十数分後、仁王との試合に敗北したゆめこはがっくりと肩を落としてそう言った。
正直勝敗にはそこまでこだわっていなかったゆめこだったが、仁王との試合はなかなかに白熱し最後の方は本当に負けたくないと思っていたのだ。
「お前さんもなかなかやるのう、びっくりしたきに」
「負けは負けだもん」
いくら接戦に持ち込んだとは言え結局は仁王の勝ちなので、ゆめこはむぅと頬をふくらませた。
「ゆめのの分は俺が勝ち進んでやるけぇ」
「言ったね。優勝してよ」
「さぁ、それはわからん」
「そこは言い切ってよね」
相変わらず飄々としている仁王にゆめこが軽く肩パンすると、仁王はおかしそうにくくっと笑った。
そこへ、
「ゆめのさーん!・・・あれ?仁王も一緒じゃん」
と丸井が駆け寄ってきた。
「あ、丸井くん。なんだか私丸井くんに呼ばれてばっかだね」
「そりゃあもちろん、俺がゆめのさんのこと探してるからだろい」
そう言って丸井はばちりとウインクをしてみせた。
「あはは、丸井くんおもしろい」と笑うゆめこは彼の真意には全く気付いていない。
ゆめこの手にラケットが握られていることに気付いたのか、丸井は「今から試合?」と声をかけた。
「たった今負けた、仁王くんに」
「まじかよ。仁王手加減してやれよな」
と眉を潜める丸井に、仁王は「無茶言うな」と返した。
結果は仁王の勝ちであったが、ゆめこもそこそこ強かったのは事実だ。
元々運動神経が良いのか、彼女は試合をしていく中でどんどんコツをつかんでいっていた。
だから手加減をしている余裕はなかったのだ。
「丸井くんは何にエントリーしてるの?」
「俺はサッカーだぜ。これから試合だから応援シクヨロ!」
「そうなんだ」
「そうか、サッカーかぁ。そうか」と繰り返すゆめこは内心、それって屋外ってことだよね、などと思っていた。
ゆめこの考えていることが分かった仁王は思わず笑いそうになったがなんとか堪えた。
「でも私これから仁王くんの応援しなきゃなんだ」
とゆめこが言うと、丸井は目をぱちくりさせた。
「私の分も勝ち進んで優勝してくれるんだって」としれっと言うゆめこに、仁王は「優勝とまでは言っとらんって」とすかさず訂正をした。
応援を断られた丸井は「ふーん、そっか」と少しつまらなそうに返事をすると、
「じゃあ仁王が負けたらこっち来いよ!」
と言って去っていった。
屋外に出たくないゆめこは丸井の背中を見送るやいなや「だってさ、負けられないね」と仁王に声をかけた。
「優勝できなかったらなんか奢ってよ」
「・・・それ、俺になんのメリットがあるんじゃ」
滅茶苦茶な要求をしてくるゆめこを、仁王は冷めた目で見つめ返した。
(180331/由氣)→19
仁王くんは決勝戦までいったけど惜しくも二位でした。丸井くんもっと頑張って!←