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(秘宝財宝この手に掴まん!/3強)

「・・・どうしよう」

ゆめみは鏡の中の自分を見て、そう呟いた。

昨日は少しばかり非日常であった。
乱暴をされた訳ではないが、軟禁状態にあったわけで、そこに迎えに来てくれた彼が少し・・・いやかなりかっこよく見えたとしても、仕方がないだろう。

だから、好きって勘違いしても仕方がない状況だったとゆめみは自分なりに結論付けて眠った・・・つもりだった。

しかし、一晩ゆっくりして、また朝になっても、ゆめみのこの気持ちは消えることが無かった。

何をしても彼のことを考えてしまう。

その彼とは、幸村精市のことだった。


「ゆめこ・・・はまだハワイか・・・」


こんな時に一番に相談に乗ってくれる親友に連絡出来ずに、ゆめみははぁと何度目かのため息を吐いた。
心からゆめこに会いたい・・・誰か早くどこでもドアを開発して!ドラえもん!!

リビングをスキップしながらエアロビのようなダンスして、違うことを考えようとしてみたが、結局上手く行かなかった。

今度はリビングに倒れて、足を上げる体操をしてみる。
体に負荷を与えれば、何も考えられないのではという思いつきだ。

ジャーン!とバレエのワンシーンのようにポーズを決めてみる。

それでもやっぱり幸村の笑った顔を思い出してしまって、ますます落ち込んだ。

「不毛だよね・・・」

ひとしきり奇行に出て、結局は大の字で寝転びながらそんなことを言い出すゆめみに、母親は少し怪しんでキッチンから顔を出した。
しかし、結局いつものことのようにも思えて、家事へと戻る。

乙女とは悩み多き生き物なのだ。


幸村精市に恋をすること、

それはゆめみが思い付く限り一番最悪の事態だと思った。


ゆめみが恋をしたくない理由、それは手塚との恋が終わった時に、辛くて悲しかったからだ。

こんなに辛くて悲しいことなら、もうしたくないと思った。


それなのに。

「・・・はぁ」

ゆめみはまたため息を吐いた。

「一番辛い恋になるわ」

もうすでに泣きそうだと思った。

幸村はとにかくモテる。
バレンタインのチョコレートの数は毎年伝説級であるし、球技大会や体育祭、海原祭で女の子達にキャーキャー言われているのも知っていた。

「それに・・・精市は、私のこと好きじゃないのよね」

その根拠は、ゆめみは幸村のことを知りすぎていることだった。
幸村のまっすぐな男気ある性格をよくわかっていた。

それ故に、幸村に好きな人が出来たのなら、きっとすぐに教えてくれるだろうとゆめみは思い込んでいた。


『・・・もう絶対に離さないよ』


思い出したくないのに、油断すると昨日の幸村が優しく抱きしめて言った言葉がリフレインする。

そうでなくても、幸村は普段から甘め男子だ。
年明け以降特に酷い気がする。

『ゆめみがいたら俺は安心できるよ』
『食べさせてくれないかい?』
『大丈夫、俺がゆめみを守るよ』
『ゆめみと2人だけで出かけたい』

『天女みたいにかわいいよ』

そんな今まで友達だからとスルーして来た言葉達が、幸村のかっこいい表情と共に思い出して、ゆめみは1人でかぁぁと顔を赤くした。

よく考えると、すごいことばかり言われて来た気がする。
よく今まで普通に接して来れたな、と過去の自分に驚いた。

そればかりか、勢い余って・・・

ゆめみは幸村に自分からキスしたことを思い出して、もうダメだ、過去の自分勇者すぎる・・・とソファーに倒れ込んだ。

恥ずかしすぎる。


と、その時インターフォンが鳴って、ゆめみはギクリと肩を震わせた。

幸村、柳、真田がゆめみの家に遊びにくる予定になっていたことを思い出す。
今日は第5日曜日でテニス部は臨時オフらしい。

母親が画面で確認して「ゆめみ、お友達が来たわよ」と声をかけてくれたが、ゆめみは今それどころじゃ無い。

幸村のことが頭から離れないし、顔は赤いし、この状態でその張本人と会うとか、完全に自分のキャパを超えていると思った。

「ママ・・・、ごめん、今日は会えないって伝えて・・・」

ゆめみは重病人のようにか弱い声でそう言った。
そして、「パタッ」と丁寧に効果音まで言って倒れたフリをした。









「真田、もしかして緊張しているのかい?」

インターフォンを押したのは、幸村だった。
なぜか動きがカチコチでさっきから押し黙っている真田に声をかける。

「すまん・・・おなごの家は初体験でな」

真田の告白に、柳と幸村はクスクスと笑った。
いつも遊ぶ時は柳の家だったため、真田がゆめみの家に来るのは初めてだったのだ。

「データより遅いな、いつもはすぐに開けてくれるのだが」

柳の言葉に、幸村は確かにと思った。
気づいていないのだろうか、もう一度押した方が良いのかと迷っていると、玄関のドアがゆっくりと開いた。

しかし、そこに出て来たのは、3人が求めていたゆめみ本人では無く、その母親だった。

「いらっしゃい、よく来てくれたわね」

ゆめみの母親はニコニコしながら、玄関から出て来て、門を開けてくれた。

それぞれが「お邪魔します」と言いながら、中に入る。

「あの、ゆめみさんは・・・?」

幸村の疑問に、ゆめみの母親は優しく「あの子ったら、今日は誰にも会いたくないなんて冗談を言うのよ、でも気にしなくていいからね」と言う。

幸村と柳は顔を見合わせた。
どう言う状況なのだろうか・・・?

とりあえずゆめみの母親はリビングのドアを開けて、中に幸村、柳、真田を誘導した。
恐る恐る中を見ると・・・マカロンがドレスを着ていた。

正確に言えば、ゆめみが顔を隠すようにマカロンのクッションを置いていたのだ。

「みんな、いらっしゃい」

とマカロンが言う。

どう反応を返していいか分からない幸村、柳、真田は、一瞬の沈黙ののちに、吹き出した。
もしかしたらゆめみの渾身のギャグのつもりなのかもしれない。

3人があまりに笑うので、ゆめみはみんなの様子が気になって、そっとマカロンを下にずらして顔を出した。

おずおずと顔を出したゆめみは、誰の目から見ても可愛いと感じさせるものだった。

総レースの薄ピンクのワンピースに、同じ色のリボンでゆるりと三つ編みに結ばれた髪。
その瞳は潤んでおり、頬は自然なピンク色だ。

ゆめみは徳川の姉マリカの手によって物理的に可愛くなった上に、幸村への恋心に気がついた美ことで、さらに魅力的に映った。
恋する乙女は可愛く見えるものだ。

14歳の男の子達には少し刺激が強すぎたかも知れない。
幸村、柳、真田とも気の利いた言葉は出て来ず、固まった。

ゆめみはなぜか固まった3人を不思議そうに見つめながら「玄関まで迎えに行けなくてごめんね」と言った。

ゆめみの言葉にはっとした3人は、全員照れて顔を背けながら、柳と幸村がゆめみが座るソファーとは反対側のソファーに座り、真田はゆめみが座る斜め隣の1人がけソファーに座った。

3人が座ったのを見計らって、ゆめみの母親がエッグタルトとジュースをそれぞれの前に置いた。

「ママの手作りだよ、良かったら食べてね」と言うゆめみに、真田が「いただきます!」と手を合わせて食べた。

つられて幸村と柳とお菓子に手をつける。

美味しいお菓子とゆめみの楽しそうな笑顔に、緊張が解けていつもの雰囲気が戻ってきた。
昨日も1週間ぶりに会ってはいたが、誘拐疑惑でゆめみが消耗していたためにほとんど話が出来なかった。
それを取り戻すように、幸村、柳、真田はゆめみのいなかった1週間の話をしてくれた。
終業式で先生に何を言われたかとか、先週の練習試合の結果とか、そんな話だ。

それを楽しく聞いた後、今度は私の番とばかりにゆめみが話出す。

「それでね、弓弦に先を越されちゃってどうしようって思ったんだけど、次の日には分かるようになったんだよ」

『天彩葉の目』の話も、見えると言う話は出来なかったが、それ以外は概ね説明した。

「ほう!筋肉の状態が分かると言うのか!」

真田が驚き、柳が「すごいぞ、よく頑張ったな」とゆめみの頭を撫でた。
ゆめみは得意げに「えっへん」と笑う。

「精市のリハビリの役にも立つと思うの!」

それが本当は一番言いたかったことだったが、思わず幸村を見つめてしまったゆめみは、後悔した。

幸村が「へぇ、それは楽しみだ」と微笑んだからだった。
好きな人の笑顔の殺傷能力が高すぎて、ゆめみはまたマカロンで顔を隠した。
そして仕方なしにそのまま「キタイシテテネ」とカタコトで言う。

今日のゆめみは少しおかしい。

でも昨日誘拐事件があったので、そのせいかなと幸村は思うことにした。


「まだゆめみは本調子では無いかも知れないけど・・・」

幸村がゆめみの体調を気遣うようにそう言ったので、ゆめみは「えっ全然元気だよ?」とまたマカロンの下から少しだけ顔を出した。

本当にただ恥ずかしいだけなのだ。

『精市のかっこいい笑顔に照れちゃうだけなの』と言いそうになって、そんなことを言ったら好きだと告白するようなものだと、慌てて口を閉じた。

「ゆめみ、顔色が悪いようだ」

まだ火照ってるゆめみを心配するように、柳がゆめみの隣の席に移動した。
そして、その額に手を当てる。

良い感じに柳が幸村を隠してくれて、ゆめみはホッとした。

「ありがとう蓮二」
「無理をさせたい訳ではないが」
「蓮二が隣にいてくれたら、大丈夫そうよ」

幸村との防波堤的な意味だったが、柳は嬉しそうにゆめみの頭を撫でた。
そんな幼馴染の2人の光景は日常ではあるが、幸村にとっては面白くない。
咳払いを1つして、「ゆめみの好きそうなものを持って来たんだ」と話を続けた。

ゆめみの興味がまた幸村に移り、真田がカバンから1つの巻物を出して、その場に広げた。

「真田家に伝わる由緒正しい宝の地図だ!」

ゆめみが立ち上がった。
そして、その瞳を真田へと向ける。

「すごい!宝の地図!?生まれて初めて見たわ!」

ゆめみは意外と冒険好きなのだ。
探偵ごっこに付き合っている柳と真田もそれを知っていたし、ゆめみの口癖が「冒険みたいでワクワクするね」なので、幸村も勘づいていた。

キラキラした瞳で「宝物って何なのかしら?」と言うゆめみに、幸村は楽しそうに笑う。

「行ってみるかい?」

ゆめみは少し迷ったように「真田家の宝物なのにいいの・・・?」と真田の反応を見る。

真田が大きく頷いて「ああ、皆で探しに行こう!」と言ったので、ゆめみは大喜びで「ありがとう弦一郎、私着替えてくる!!」とかけ足で部屋を飛び出して行った。

そんなゆめみの無邪気な反応に、残された3人は顔を見合わせて可愛いなぁと笑った。








「いざ行かん!秘宝財宝この手に掴まん!」

真田の掛け声に楽しそうに「えいえいおー!」と手を上げたのはゆめみだ。

総レースのドレスから、ズボンとパーカー姿に着替えたゆめみ。
一見地味な格好になったものの、その瞳はキラキラしており、輝きは増していた。

真田とゆめみが大盛り上がりで楽しそうに先頭を歩き、そこまで乗り切れない幸村と柳が無邪気な2人の様子にくすくすと笑いながらついていくという構図だ。
純粋な真田とゆめみは意外と息が合うのだ。

地図の印がついた場所は、真田の家から鎌倉よりに進んだ山の中だった。

ゆめみの家の最寄駅から、真田の家の最寄駅で降りて、地図を眺めながら歩く。

その地図は筆で描かれており、距離が分からないため、地図アプリの大きさを同じにして、大体の位置を掴み、4人でわいわい言いながら、目的地を目指した。

途中でお昼休憩で蕎麦をすすり、さらに山奥へと進んでいく。

「どうやらこの先のようだな」

柳が地図アプリと紙の地図を見比べながらそう言うと、そこにはほぼ崖のような坂道があるだけだった。

「ゆめみ、おぶってあげようか?」

幸村にそう提案され、ゆめみは「大丈夫!湘南のムササビとは私のことよ!」と全力で首を横に振った。
幸村への気持ちに気づく前なら、快諾したかも知れないが、今はそんな恥ずかしいことは出来ないと思った。
恥ずかし死にしてしまう!

本心では柳におんぶしてほしいなぁと思ったが、幸村の提案を全力で断った手前、それも言い出せなかった。

先に真田と柳が急な崖を斜めに進むことで比較的簡単そうに登って行った。

登った先の木を掴むと、柳がゆめみの方に手を差し伸べて「ここまでくれば引っ張ってやろう」と言ってくれた。

柳の手があるところまでは数歩である。
行ける気がする・・・!

ゆめみが慎重に一歩ずつ登って行くのを、3人が一心に見守ってくれていた。
あと一歩というところで、足を踏み外した。
ズル、と落ちそうになるところを、やはりというべきか後ろで構えていた幸村にキャッチされる。

「ありがとう」

ゆめみはまたまたやってはいけないことを、つまり幸村の方を振り返るというタブーを犯してしまう。

幸村は至極楽しそうに「むささびも木から落ちることもあるだろうね」と言った。猿も木から落ちるということわざの皮肉だとわかっていたが、その表情がかっこよくて、ゆめみは何も言えなかった。

幸村に支えられて、なんとか柳の手を掴めたゆめみ。その後は赤くなって脱力するゆめみを、柳が抱き上げて上まで連れて行ってくれた。

さすがはアスリートである。

上に辿り着いて、その景色を確認すると、ゆめみは「わぁ」と小さく歓声をあげた。

そこは少し開けた場所で、大きな桜の木が1本、その空間の王のように君臨していた。

ちょうど満開である。
風に揺られて、その花盛りで重くなった枝の先からヒラヒラと花吹雪が舞っている。

なんて綺麗なんだろうとゆめみは思った。

ゆめみは少し走って行って、嬉しそうに3人に振り返った。

満開の桜をバックに微笑む美少女。

幸村、柳、真田はその絶景に思わず見惚れる。
時が止まるほどの美しさだとさえ思う。



「これが、この景色が真田家の秘宝なんだね!」


ゆめみの言葉に、幸村、柳、真田は一瞬考えるように固まった。
そして、そうかも知れないと思った。
そんな考えもあるなと新鮮な発見があった。

「種明かしと行こうか」

柳はゆめみに近づきながら、そう言い出した。

この地図は、昨年の9月にレギュラーで真田家の書庫を掃除していた時に見つけたらしい。
そして、その日の内にみんなで宝探しをして、この場所までたどり着いたと柳は話してくれた。

「その時は、宝物が地面に埋まっているのではと皆で木の下を掘り返したりしたのだが、何も見つからなかった」
「うむ!だが、ゆめみの言う通りかも知れんな!確かにこの絶景は秘宝と呼ぶに相応しい!」

妙に納得した柳と真田に、幸村も頷いた。

「あの時は赤也が宝が無かったことに憤慨していたよね、フフ、ゆめみのような心の綺麗な人はいなかったからね」

ゆめみはその話を聞いて、嬉しい気持ちになる。
みんなゆめみを元気づけるために、ここまで知らないフリをして連れて来てくれたのだと分かったからだ。

「ありがとう、私にとってはここに皆で来れたことが一番の宝物だよ」

ゆめみは躊躇なく、そう言って笑った。

「待て、本番はこれからだぞ」

柳がにやりと笑って、背負っていたリュックからスコップを出す。
真田も同じように「全力でいくぞ!」とスコップを取り出した。
幸村はそっとゆめみの肩に手を当てて、木の下へと誘導する。

「皆で作る思い出ならこれからだよ」

どういうことだろうか?
何も埋まっていなかったと言っていたのに。

桜の木の下を、柳と真田が交互に掘り返す。
少しして、柳は幸村に、真田はゆめみへとスコップを渡した。

「もしかして、何か埋めたの?」

ゆめみがワクワクしながら穴を覗き込むと、3人はにやにやとゆめみの反応を楽しむように笑った。

「さぁて、それはお楽しみだよ」

掘り始める幸村に負けじと、ゆめみも掘り返す。
何かが埋まっているかもと思って掘るのは、想像よりもずっと楽しい。
交互にスコップを交換しあって、掘っていくとみんな見る見る内に泥だけになった。

カツン、と何かがスコップに当たる。

「なんか当たったよ?」

ゆめみが穴を覗き込むと、そこには銀色のロケット型のボールのようなものが埋まっているのが見えた。

「タイムカプセル・・・?」

ドラマとかで見たことがあった。
幸村が手が汚れるのも構わず、拾い上げゆめみに手渡した。

「ゆめみが開けて」

ゆめみはドキドキしながら、その端の蓋をクルクルと回して開ける。
こんな盛大な仕掛けをしてまで、私に見せたかったことはなんだろう。

中に入っていたのは、たった一枚の紙だった。

ゆめみはそれを出して広げた。


『テニス部のマネージャーになってくれないか?』


ゆめみは数秒動きを止めて。
その後は、大きな口で笑ってしまった。

「ちょっと待って、みんなこんな下心あったの?」

さっきまで、私を元気づけようとして、いろいろやってくれたんだなって嬉しかったのに、この一言で全部台無しになった気がした。

でもそれさえも可笑しくて、ゆめみは「嘘でしょう」と言いながら、あははと笑う。

ひとしきり笑ったゆめみにつられて、真田も柳も幸村もみんな笑った。

泥だけになって、掘り出した先の言葉がこれだったなんて。
みんなが笑っていることもなんだか可笑しくて、ゆめみはついに笑いすぎて涙が出て来た。

「もう、みんなったら」

ゆめみは、その場に倒れた。
柔らかい草が少しだけチクチクしたけど、なんだか気持ちがいい。

ゆめみは覗き込む3人をゆっくり1人ずつ眺めて、また笑った。

もちろん、嬉しかった。
みんなの仲間にしたいと思ってくれていること。

私だってみんなの力になりたいと、強く願う。

幸村が「答えを聞かせてもらえるかな?」と催促して手を差し伸べてくる。

『テニス部のマネージャーになってくれないか?』の答えだ。

ゆめみは幸村の手を取って、勢いよく立ち上がった。


「いいよ、私の中学校3年生の青春全部、キミたちにあげるねっ」


最初は大げさだなと感じた幸村だったが、そうでもないかと思いなおす。
ほぼ毎日朝から晩まで部活に明け暮れる日々だ。
その生活に巻き込もうとしている、俺たちはある意味酷いことをしているような気もした。


ゆめみが手を上げた。
真田がすかさずハイタッチする、その後は柳が手を合わせ、最後は幸村だ。

「でも私は精市の専属マネージャーは辞めないからね」

そういうゆめみの手に手を重ねた。
パン!といい音がする。

マネージャーになってくれた、その喜びがじわじわと幸村の胸に込み上げる。

頭のてっぺんから、足の先まで、全部がまるで自分のモノになったかのような、そんな錯覚が起こる。

ゆめみも今日から立海大付属テニス部の一員だ。
つまり、正式な仲間だ。

今までとは比べ物にならないくらいの独占欲を幸村は感じた。





「これどうするの?」


ゆめみが楽しそうにタイムカプセルの中を覗き込みながら言った。

「特に考えてはいなかった!ゆめみの好きなようにしていいぞ」

真田の許可をもらい、ゆめみは「じゃあ私も何か入れたい!」と言った。
タイムカプセルをやってみたかったと言い出したゆめみ。全員が巻き込まれる形となり、本格的なタイムカプセルをやることになった。

入るサイズの紙を持っていたのが柳だけで、それは俳句用の短冊だった。
何となく秘密にしようという流れになり、それぞれが散らばってこっそりと短冊に一言書く。

ゆめみも木の影に隠れながら、何を書こうかと考える。
自分でやりたいと言い出したことなのに、なんて書いていいのか全く検討もつかなかった。

『未来の自分へ・・・』

そんな書き出しで考えてみる。

『精市のことがまだ好きですか?』

開けた時に気まず過ぎる。

『精市の彼女は美人ですか?』

これもどう言う意図かと聞かれてしまう。
違う言葉を、と考えてみるも、またまた幸村のことばかりが頭に浮かんだ。

今日の私は完全に変だ。

これもこれも精市のせいなのに。

恨めしく思って、幸村を目で探して見るも、見つけられなかった。
真田と柳は、遠くの木の下でまだ何か書いている姿が見えたが、幸村はいない。

不思議に思って首を傾げると、頭がコツンと何かに当たった。
見上げた先にいたのが、探していた幸村だったので、ゆめみはパニックに陥りそうになる。

幸村はそっと後ろからゆめみの短冊を見て、「まだだったんだね、残念」と微笑む。

わざとこっそり近づいて、盗み見する魂胆だったことを知り、ゆめみは「もう精市ったら」と非難の目を向けた。

危機一髪である。
さっき思いついたことを書いていなくて良かった。

ゆめみは恥ずかしくなったが、今度は幸村が何を書いたのか気になって、手を伸ばして幸村の短冊を取ろうとした。
しかし、背が高く運動神経もいい幸村に勝てる訳もなく、見ることは出来なかった。
幸村は頬を膨らますゆめみにフフと笑って「タイムカプセルを開けた時に1番に見せてあげるよ」と言った。

ゆめみは諦めたのか、にこと笑って「約束よ?」という。
その頬は、満開の桜の一番濃い色よりも深いピンク色だ。

今日はやけに可愛く見えるな、と幸村は思った。

いつも可愛い可愛いと思っていたが、今日はいつもと違うと幸村も気付いていた。
恥じらうような表情の笑みが、幸村の独占欲を刺激する。

気付けば、幸村はゆめみを桜の木に閉じ込めていた。

壁ドンならぬ幹ドンと言うべきか。
ゆめみの頬はピンクを越えて赤く染まる。

このまま捕まえてしまいたい。

幸村は欲に任せて、その耳を甘噛みした。

「ひゃっ」

ゆめみは驚いてビクッと体を震わせた。
幸村のSっ気のある顔がどうしようもなくかっこいい。

またその顔が近づいてくる。

「精市、あまりいじめてくれるな」

とその時、柳が暴走する幸村の肩を掴んだ。

ゆめみは真っ赤の顔のまま、少し脱力したが、すぐに柳の後ろに隠れた。
そこから幸村をそっと伺うように見つめると、幸村はフフと楽しそうに笑う。

「すまない、なんだか今日はいつもよりからかいたくなってね」

全く心臓に悪い。
しかしゆめみはからかわれただけだと分かって安心した。

「嫌だったかい?」

幸村が柳の後ろに隠れるゆめみを覗きながらそう聞けば、ゆめみは思わず「好きだよ」と言ってしまう。
これには、さすがの幸村も赤くなった。

「えっと、その・・・」

失言に気づいたゆめみはなんとかごまかそうと思ったが、言葉が出てこない。
なぜなら、そんな幸村もかっこいいし好きだと心から思ってしまっているのだ。

「精市、あまりいじめてくれるな」

見かねた柳が助け船を出した。
本日2回目である。

その後、みんなでタイムカプセルに短冊を入れて、また土に埋めた。
いつ掘り返すかはあえて決めなかった。

いつでも掘り返せると思った。
4人はずっと仲良しでいられると、根拠のない自信があったからだ。


それは、3月の終わりのことだった。





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湘南にて
すぐに大人になるなんて知らなかった春のこと。





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