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(・・・におうくんですか?/仁王)

トラックから次々と荷物が運び出される様子を、少女は二階の窓からじっと眺めていた。

少女の名前はゆめのゆめこ。

一週間前小学校を卒業したばかりの彼女は、四月から中学生になる。
先日のうちに制服を仕立て、教科書を受け取り、入学式前のオリエンテーションにも参加したというのに、彼女はまだ自分が中学生になる実感がわかなかった。

小学生と中学生の狭間であるこの微妙な期間を、何をするでもなく毎日自宅でだらだらと過ごしていた彼女は、今日も今日とて自分の部屋で惰眠を貪っていたが、なにやら朝から外が騒がしいことに気が付いて窓を開けて顔をのぞかせた。

しばらく空き家だった隣の家に、誰かが引っ越してきたらしい。

大手引っ越し業者の制服に身を包んだガタイのいい大男たちが、手際よく家具や家電を家の中へと運んでいく。

うわぁ、あんなのまで二人で運んじゃうの?あれテレビだよね、でかっ!何インチかな。などと人様の家のものを物色するのはなかなかに楽しく、ゆめこは飽きもせずしばらく外を見ていた。


するとその時、ピンポンと家のインターホンが鳴った。
ゆめこはその音に反応して振り返ったが、すぐに自分には関係のないことだと思い、また視線を窓の外へと戻した。

ゆめこの母親は専業主婦なので、基本的にはいつも家に居る。
そのため今のように誰かが来ても母が対応することがほとんどだった。
ゆめこが一階のリビングに居る時は、「ゆめこちゃん、代わりに出てちょうだい」などとキッチンにいる母に頼まれることもあったが、今ゆめこは二階の自室に居る。

しかも起床してから一度も下に降りていないので、きっとまだ寝ていると思われていることだろう。
なので自分が出る必要もないと、ゆめこは知らんぷりを決めていた。


しかししばらくして、母親の楽しそうな笑い声が聞こえてきてゆめこは少し気になりだした。

知り合いだろうか?
別に人見知りという訳ではないが母は友達が少ないので、こんな風にはしゃいだ声を出すのはゆめみママか蓮二ママと話している時くらいだった。
ちなみにゆめみママというのは文字通りゆめみの母親で、蓮二ママというのは蓮二の母親のことをさす。

ゆめだゆめみと柳蓮二はゆめこの幼馴染だ。
三人とも家が近く、小さい頃からずっと一緒のため兄妹のように仲が良い。

四月から入学する中学校も三人とも同じだ。
というより、いわゆる "いいとこの子" のゆめみと蓮二とは違い、ゆめこはとくに進学先にこだわりがなかったので、二人が立海大付属中学校を受験すると聞いて慌てて真似っこ受験したのだ。

幸いゆめこの家も貧乏という訳ではないので、突然娘が私立の中学校に進みたいと言い出しても反対する理由もなく、彼女の希望はすんなり通った。
その後ゆめこは見事立海大の受験を突破し、今に至る。

ゆめみママはお医者さんだから休日もお仕事で忙しいはずだし、蓮二ママかな?
と結論づけると、ゆめこはそろりと部屋を出て階段から顔だけ出して玄関の様子を窺った。
何もこそこそする必要はないのだが、彼女も一応年頃の娘なので寝癖ぼさぼさなパジャマ姿を他人に見られたくなかったのだ。

見ると、母親と話していたのは知らない女性だった。

綺麗な人だなぁ。あんな人知り合いにいたっけ?
とゆめこが考えていると、急に母親が「あ、そうだ!」と思いついたようにくるりと振り返ったので、ゆめこは慌ててその場にしゃがみこんで身を隠した。

母親はぱたぱたとスリッパの音を鳴らしながら階段を上がってくると、

「・・・ゆめこちゃん、こんなところで何してるの?」

階段の真ん中で丸くなっている娘に不思議そうに尋ねた。
ゆめこはあははと乾いた笑いを浮かべながら「ママ、おはよう」と挨拶をした。

「起きてたならちょうど良かった!ちょっと来てちょうだい」
「えぇー、私まだパジャマだもん」
「大丈夫よ。誰も気にしないわ」
「私がするよ」

とやり取りをしていると、玄関先にいた女性が「あ、無理なさらないでくださいね」と二人に声をかけた。
どうやら自分のせいでゆめこたちが揉めていると思ったらしい。
それを聞いたゆめこは逆に申し訳ないなと思ってしまい、母親にだけ聞こえる声で「もう」と文句を言うと、

「こんにちは〜」

とぎこちない笑顔をはりつけて階段を下りていった。
その後ろをついてきた母親は、

「さっき話した娘のゆめこです。こちらお隣に引っ越してきた仁王さん。わざわざご挨拶にいらしてくれたの」

と、双方に説明をした。
におうさん?なにそれ名前?とゆめこは聞き慣れない名字に戸惑ったが、すぐ目の前に本人がいるので「はじめまして」と軽く会釈をしておいた。

その "におうさん" のお宅にも子供達がいるらしく、しかも真ん中の子はゆめこと同い年という事もあり、それで意気投合した母親同士はすっかり打ち解けているようだった。
ゆめこを呼んでおきながら彼女の存在は二の次で、お構いなしにマシンガントークをする母親たちを横目で見ながら、これ私いる意味ないじゃん。とゆめこが思っていると、

「ゆめこちゃん、仁王さんの息子さんたちに町案内でもしてさしあげたら?」
「へ?」

母親が急に話を振ってきて、ゆめこは素っ頓狂な声を出した。

全然話聞いてなかったけど、いつのまにそういう流れになったんだ?と疑問に思っていると、仁王ママが「あら、それは助かります」と嬉しそうに言った。
マイペースでまったく手伝おうとしない息子二人に「何もしないなら町散策にでも出たら?」と小言を言っていたところだったので、連れ出してもらえるのは好都合なのだとか。

ちなみに高校生の長女もいるそうなのだが、彼女は春から全寮制の高校に通うことになっていてすでにここにはいないらしい。
うちと一緒だな、なんて同じく寮暮らしの4歳上の兄をゆめこが思い浮かべていると、にんまりと笑った母親にポンと肩を叩かれた。

「決まりね」
「え、でも」
「ありがとうゆめこちゃん」
「あっ、はい」

・・・じゃなくて!
何か分かんないけど引き受けちゃった!とゆめこはあわわと口元を抑える。

しかしそんなことをしても時すでに遅しで、ゆめこに町案内を引き受けてもらった仁王ママは「息子たち呼んでくるわ」と嬉々として出ていってしまった。

バタンと玄関が閉まったことを確認して、ゆめこは母親にむかってぶすっと下唇を突き出す。

「ママってば、勝手に話進めないでよ」
「あら良いじゃない。今日はゆめみちゃんとも蓮二くんとも遊ぶ予定ないでしょ」
「うーん、そうだけどさ。おうちでごろごろしたかった」
「毎日してるくせに。あんまり家にこもってると苔生えちゃうわよ」

あははと高笑いをしてリビングに去って行く母親の後姿を、ゆめこはそんな訳ないじゃん。と恨めしそうに見送る。
そして彼女はぶつくさ文句を言いながら、顔を洗うために洗面所へと向かった。
引き受けてしまったからには準備をしなければならない。

それから部屋で薄手のニットとサロペットスカートに着替えると、小さめのショルダーバッグに必要最低限のものだけ入れて家を出た。
家を出る間際「夕飯までには帰ってきてね〜」と母親に声をかけられ、ゆめこは心配しなくてもそんなに遅くならないよ、と心の中で思いながらも「はーい」と返事をした。


キィと音を立てて門を出ると、家の前に知らない男の子が一人で立っていた。
銀髪で目つきが悪く、無表情でこちらを見ている彼にゆめこは一瞬たじろいだが、もしかしてと思い、

「・・・におうくんですか?」

と声をかけた。
彼はこくりと頷いた。

そっか、彼がにおうくんか。
あれ?でも弟もいるって言ってなかったけ?と思っていると、ゆめこの考えてることが分かったのか、彼は「弟は寝とる」と短く口にした。
その方言訛りの話し方が気になったが、それよりも弟がいないことの方がゆめこは気になった。

「寝てるってなに?」
「そのまんまの意味じゃよ。長距離の移動で疲れて寝てしもうた」
「へぇ」
「だから俺だけ行ってこいって、おかんが」

そう言った仁王の顔は明らかに乗り気ではなかった。
めんどくさいと顔に書いてある。

ゆめこも負けじと面倒だと思っているが、だからと言って町案内をしないとなるとまた母親にネチネチ言われかねないので、ゆめこは渋々歩き出した。
「お互い母親には逆らえませんねぇ」とゆめこが言うと、その言い方がやけにばばくさくて面白かったのか、無表情だった仁王が少しだけ口角を上げた。

「弟くんってまだ小さいの?」

歩きながら、ゆめこは自分の半歩後ろをついてくる仁王に話しかけた。
長距離の移動で疲れてしまうほどなので、そうなんじゃないかと思ったのだ。

「雅信はまだ8歳じゃ」
「ふぅん」

じゃあ寝ちゃうのも無理ないか。とゆめこは思った。
それにしても雅信というのは弟くんの名前だろうか。
そういえば自己紹介も何もしてないな、と思ったゆめこは「私ゆめのゆめこ。きみは?」と尋ねた。

「仁王雅治」
「へぇ、すごい名前だね。強そう」
「・・・何が?」
「えっとー、それは分からないけど」

自分で言っておいて分からないとはなんだ、と仁王は少し呆れた顔でゆめこを見る。
しかし彼女の意識は「おなか空いたね。お昼食べた?」とすでに別のことに向けられていた。
そういえば朝一の飛行機に乗る前にとった軽食以来何も口にしていないな、と思った仁王はゆめこの質問に首を横に振った。

「じゃあさ、この近くに美味しいクレープ屋さんがあるからそこでランチがてら作戦会議しようよ」
「クレープ、ねぇ」
「あ、甘いの苦手?大丈夫安心して。そこおかずクレープもあるから」

ゆめこはそのクレープ屋がいかに美味しいか、店に着くまでずっと熱弁していた。
変な奴。と思いつつも、一人でぺらぺら喋ってくれるゆめこのおかげで気まずい空気にはならず、その達弁ぶりが仁王は少しだけありがたかった。



「んー、これこれ」

いちごカスタードクレープを頬張りながら、ゆめこは満足そうに声を上げた。
本当はアイスクリームもトッピングしたかったが、この春休みでゆめみと柳と外食やらショッピングやらで散財してしまっており、お小遣いが足りなくてやむを得ず諦めた。

クレープ屋にやって来たゆめこと仁王は、各々の注文を済ませカウンターでクレープを受け取ると、テラス席に向かい合って腰を下ろしていた。
ゆめこが言った通りおかずクレープもあったので、仁王はそれを注文した。
ゆめこがべた褒めするだけあって、たしかに美味しい。と彼は口にこそ出さなかったが心の中で思った。

「でさ、この後どうする?どこか行きたいとこある?」

もごもごと口をリスのように動かしゆめこが尋ねる。
初めは乗り気でなかった道案内も、クレープを食べたおかげですっかり機嫌が良くなっているようだ。

行きたい所はないかと聞かれた仁王は、口元に手をあて少し考える素振りをした後、小さく口を開いた。

「テニスコート」
「え?」
「テニスできるとこ知らん?」

あまりにもピンポイントな要求に、ゆめこは目をぱちくりさせる。
「テニスやってるの?」と聞けば彼はこくんと頷いた。

幸いゆめこは近所にあるテニスコートの場所を大方把握していた。
幼馴染の柳が幼い頃からテニスをしていて、ゆめみと一緒に何度か練習に付き合ったことがあるのだ。
付き合う、と言っても彼女たちは観ているだけだが。

スポーツ施設の中にあるテニスコートやストリートテニス場など、近所でテニスが出来るところはある程度案内できそうだ。
そのことを伝えると、仁王は不思議そうにゆめこを見つめたので、その視線に気付いたゆめこは

「私の幼馴染もテニスやってるんだよー!」

と得意げに言った。

「お前さんはしてないんか?」
「うーん、私どちらかと言うとインドア派だからなぁ」
「なんじゃ引きこもりか」
「その言い方やめてよ。ほら私ってば温室育ちのお嬢様だからさ」
「ほぅ。そのお嬢様とやら、口の周りにクリーム付いとるぜよ」
「えっ!」

お嬢様のふりをしてファサッと髪をかき上げたところでそんな事を言われ、ゆめこはバッと慌てて口元を抑えた。
しかしその瞬間、仁王はにやりと笑って「冗談じゃき」と言った。

からかわれたことに気付いたゆめこはむぅと頬を膨らませる。
しかしふと、あれ?なんか今まともに話せてる?とゆめこは思った。

悪い子ではないのだろうが、仁王は表情も乏しく口数も少ないので、うまくコミュニケーションが取れているか分からなかったのだ。
冗談を言うということはそれなりに肩の力が抜けてきた証拠だろう。

加えて彼が幼馴染と同じくテニスをしていることを知って、ゆめこは少しばかり親近感を覚えた。
初対面における共通の話題ほど心強いものは無い。

「中学ではテニス部に入るの?」
「そのつもりじゃ」
「ふーん。あっ、仁王くんってどこの中学入る予定?」
「立海」
「なんだ、一緒じゃん」

「4月から同級生だねぇ」とゆめこが言うと仁王は興味なさそうに「そうやね」と相槌を打った。
その手元からはすでにクレープが無くなっていて、ゆめこは早っ!と思った。

「立海のテニス部ってめっちゃ強いらしいよ」

蓮二が確かそんなこと言ってたなぁ。と思い出しながら言うと、仁王はすでに知っていたようで「そうじゃなきゃつまらん」としれっと言ってのけた。
これまでの言動で勝手に仁王のことを、淡々とした感じの人なのかな。と思っていたゆめこは、彼のその強気な発言を聞いてきょとんと目を丸くした。

「なんじゃその顔は」
「いや、まさか仁王くんの口からそんなスポ根漫画の主人公みたいなセリフが聞けると思ってなかったから。でも良いと思う。そう言うの」

取って付けたように言われ、仁王は眉根を寄せてゆめこを見た。
そんな仁王の表情を見たゆめこは「いや、ほんとだって。ほんとほんと」と慌てて付け足したが言えば言うほど嘘くさくなっていく気がして、最終的には黙ってクレープに噛み付いた。

それから二人は様々なテニスコートをまわって、夕方には帰宅した。



(180318/由氣)→02
仁王姉(寮暮らし)・弟(名前、年齢)は捏造です。




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