002
(テニスがんばって/仁王)
ゆめこはたいそううんざりした顔で溜め息を吐いた。
普通ならば、そんな態度を面と向かってまざまざと見せられたら及び腰になってもおかしくないはずなのだが、この男は違った。
「ゆめこちゃ〜ん、元気だったかい?はいこれお土産のTシャツだよ」
「え、ださ」
強引に押し付けられた "I LOVE LONDON" のTシャツを見るなり、ゆめこはドン引きしてそう言った。
よくもまぁこんなセンスのかけらもないTシャツを年頃の娘に買ってくるな。
と、ゆめこは配色もデザインも二重ペケなTシャツを持ったまま目を細めて自分の父親を見た。
そう。帰宅するなりハイテンションで娘に絡むこの男こそ、ゆめのゆめこの父親であった。
彼は巷では有名な売れっ子小説家だ。
ファンタジーのジャンルを得意とする彼は、自分の感性と想像を膨らませるためにとよく海外に飛んでいる。
今はヨーロッパを舞台にした作品を執筆中のためたまたまロンドンであったが、必要であれば地球の裏側にあるブラジルにも飛ぶような自由な人間だった。
そんな彼は自他共に認める愛妻家で、同じように娘のゆめこのことも溺愛していた。
今も娘の冷たい視線など物ともせず、仮に尻尾が生えていたならそれをブンブンと左右に振っているであろう勢いでゆめこにすり寄っている。
しかし、
「もう、パパったらはしゃいじゃって」
と妻に話しかけられた途端、その矛先は彼女へと向けられた。
「ママ!会いたかったよ!はい、これお土産」
「まぁ、綺麗なネックレス」
「ママに似合うと思ってさ」
と二人だけの世界に入る両親を見て「えー、私もそれが良かったんですけど」とゆめこはボヤいたが、それは見事にスルーされた。
なんだよもう、二人して。
と、ゆめこはテーブルの上に置いてあったお土産のクッキーに手を伸ばした。
ほんのりレモンの味がして見た目より美味しい。
一人でちゃっかりクッキーを食べているゆめこに気付いた父親は、ハッと目を見開いて話しかけた。
「ゆめこちゃん!食べるならそのTシャツを着てからにしなさい」
「いや、なんでよ」
訳が分からない。とゆめこは思ったが、すぐに母親に「せっかくのパパのお土産なんだから、着てるとこみせてあげたら?」と諭され、ゆめこは渋々Tシャツに着替えた。
よく見るとロゴの下にブサイクななんだかよくわからないゆるキャラが描いてあって余計げんなりしたが、着てしまったものは仕方がない。
「これでいい?」
「うんうん、似合うよ〜」
これが似合うってなんだ複雑過ぎるわ。と思いながら満足気な父親を一瞥して、ゆめこは再びクッキーに手を伸ばす。
そういえば紅茶のお土産もあったっけ?
と山積みになったお土産の箱を漁っていると、早速ネックレスを付けて上機嫌になっている母親が隣にやってきた。
そしてまだ手をつけていないクッキーと紅茶の箱を一つずつ手に取るとゆめこの前に差し出した。
「え、なに?」
「これ、仁王さんちに持っていってよ」
「え〜、ママが行ってよ!仁王ママと仲良しじゃん」
先日隣に引っ越して来た仁王家の母とゆめの家の母はよほど気が合うのか、二人はよく門の前で井戸端会議をしている。
その光景を何度か自室の窓から見かけたことがあったゆめこはすぐに反論したが、
「あれから、雅治くんにも会ってないでしょ?」
と言われ、ゆめこはぴたりと動きを止めた。
雅治?雅治って誰だっけ?と耳馴染みのない名前を聞いてそう思ったのだ。
しかしすぐに、あぁ "仁王くん" のことか。と気が付いた。
仁王家が隣に引っ越してきたその日に彼を町案内に連れていったことがあったが、それ以降はとくに会うこともなく、ゆめこの中ではまだ "お隣さんちの子" という認識で留まっていたので、下の名前だけ聞いてもいまいちピンと来なかった。
更に言えば、そういえばそんな名前だっけ?と母親に言われて気付くほど忘れかけていた。
ゆめこの中で "仁王くん" への関心はその程度であったが、二人の会話を聞いていた父親はそうは思わなかったようだ。
「雅治?!誰だそいつはぁああ!」
「ちょ、パパうるさ」
「父親がいない間に娘に近づくなんて!ゆめこちゃんはまだ中学生なんだから、男女交際など、」
「ねぇー、ちょっとほんとうるさい。ママー?」
耳元で興奮したように語りかけてくる父親に、ゆめこはたまらず母親に助けを求めた。
彼女は「はいはい」と困ったように返事をすると、頭に血が上ってしまっている旦那を宥めるようにポンポンと背中を叩き、横目でちらりとゆめこに視線を送った。
今のうちに行けってこと?と母親のアイコンタクトを察してしまったゆめこは、お土産の箱を二つ抱えると、そそくさと逃げるようにして家を出た。
まったく、なんで私がこんなこと。
と、玄関を出たゆめこはむっと眉を歪めたが、その時ひゅうと風が吹いてゆめこは身震いした。
四月上旬と言えど外はまだ肌寒い。
それなのにTシャツのまま出てきてしまったことに気付いたゆめこは、さっさとお土産渡しておうち帰ろ。と、足早に仁王家に向かった。
門の前でインターホンを押すと、ゆめこはそわそわとその場で待っていた。
しかしなかなか返事がない。留守なのだろうか。
ゆめこが諦めて帰ろうとすると、
「何しとん?」
「あ、仁王くん」
門から仁王がひょっこり顔を出した。
「誰もいないかと思った」とゆめこが言うと、彼は
「・・・両親は仕事。弟は遊びに行っとる」
と淡々と答えた。
それってつまり仁王くんしかいないってことか。とゆめこは思う。
聞くと彼は庭にいたらしく、その手にはラケットが握られていた。
「素振りでもしてたの?」
「おん」
前髪でよく見えないが、額にはうっすら汗が滲んでいる。
その姿に一瞬目を奪われるも、ゆめこはすぐにハッとして「これ、パパのロンドン土産。クッキーと紅茶。良かったら食べて」と箱を押し付けた。
そんなゆめこに仁王はわずかに目を丸くしたが、すぐに
「ほぉ、ありがとさん」
とお礼を言うと、きれいに口角を上げて笑った。
先日会った時は彼がこんな風に素直に笑うところを見たことがなかったゆめこは、クッキーそんなに嬉しいのかな?などと思ったが、よく見ると彼の視線が自分の胸元に注がれていることに気が付いて、ゆめこは「あ!」と声を出すと慌てて手のひらでTシャツをおさえた。
「なんじゃ、そのTシャツ」
「・・・それは聞かないで」
どうやら遅かったらしい。
ばっちり見られていた。とがっくりと肩を落とすゆめこを見て、仁王はにまにま笑いながら「ハイセンスやのう」と言った。
その皮肉がさらにゆめこを恥ずかしくさせ、彼女は「ろ、ロンドンではこれがおしゃれなんだよ」などと咄嗟にでまかせを言ってみせたが、それが余計ツボにはまったのか仁王は「ぶっ」とあからさまに噴き出した。
笑わないでよ。と抗議の一つでもしたいところだったが、ゆめこは自分でも分かっていた。
こんなTシャツを着ている私が悪い、と。
これ以上このTシャツ姿を見られているのは居た堪れなくて、ゆめこはくるりと背中を向けると「じゃあね!」と言って帰っていった。
が、それではあまりに素っ気なさすぎると思い直したのか、ゆっくり振り返ると、
「テニスがんばって」
と一言だけ声をかけた。
そんな彼女に仁王は何を言うでもなくラケットを振り上げると、ふりふりと左右に振ってみせた。
立海の入学式は、もう明後日に迫っていた。
(180318/由氣)
昔父親にグアム土産でくそださいTシャツもらったことがあります。秒でパジャマにしました。
→03(夢主1&夢主2共通のおはなし)
前半部分、夢主2と柳の絡みがありますが、ご一読いただけますと設定把握にもなるかと思います。別にいいや、な方は適宜スクロールで。