019
(愛されとる証拠やね/仁王)

早いものでもうすぐ期末考査の時期がやって来る。

この前中間考査やったばっかりじゃない?
などと思いながらも、ゆめこは帰宅するなり部屋にこもって勉強をしていた。

記憶力が良い彼女はそれなりに努力さえすれば結果を残せるので、そこまで躍起になる必要もないのだが、ゆめこが部屋にこもりたい理由はまた別のところにあった。

「ゆめこ、分からないところはないか?教えてやろうか?」

と、さっきからドア一枚隔てた向こう側で、何度もしつこく語りかけてくる人物にゆめこは「はぁ」と大きな溜め息をついた。
のんきな彼女がここまで不快感を顔に出すのも珍しい。
ゆめこはしばらく無視していたが、

「なぁ、ゆめこ!聞いてるか?はっ・・・!もしかして中で倒れてるんじゃ・・・!」

という独り言が聞こえてきて、たまらずドアを開けた。

「もう!お兄ちゃん、うるさい、なんなの」

とゆめこが文句を言うと、そんなことよりも部屋から出てきてくれたことが嬉しかったのか "お兄ちゃん" と呼ばれた青年は感激したようにゆめこを抱きしめた。

ゆめこの抗議は一切無視ですりすりと頬擦りをする彼の名はゆめの拓哉。
ゆめこの実の兄である。

普段は東京の寮で暮らしている彼がなぜ自宅に帰ってきているのか。
そのことをゆめこが問い質すと、

「たまたまこの近くで撮影があってな。今日は実家に泊まれることになったんだ」

とうっとりした表情で言われ、ゆめこは絶望した。
彼がいる限り、我が家に安息の地はない。

ゆめの拓哉、彼はいわゆるシスコンであった。
四つ下の妹が可愛くて可愛くてたまらないのだ。

そんな彼は、二年ほど前から芸能の仕事をしている。

いわゆるイケメン俳優と称される彼は、そのルックスと実力から雑誌にCM、ドラマや映画にまで引っ張りだこであった。
都内にある事務所の寮からトレイトコースのある高校に通っている彼が、こうして実家に帰ってくるのは実に半年ぶりである。

それだけ売れっ子で忙しいということなので、ミーハーな両親は拓哉の活躍を手放しで喜んでいるが、ゆめこはあまり目立ちたくないのか周囲に兄の存在をひた隠しにしていた。
ゆめこの周りで知っているのは柳とゆめみくらいである。

ゆめこは先程から過剰にスキンシップをしてくる兄を引きはがすと、すたすたと階段を下りていった。

「ゆめこ、どこに行くんだ?!」
「ちょっと外の空気吸ってくる」

これ以上この家にいてはノイローゼになりそうだ、とゆめこが玄関で靴を履いていると

「なら俺も行く!こんな時間に女の子が、しかもゆめこみたいに可愛い子が一人で外をうろついてみろ。変質者につかまるぞ!」

と兄も靴を履き始めたので、ゆめこは変質者はお前だよ、と心の中で毒吐きながら「ついてこないで」とぴしゃりと言った。

たしかに兄の言う通り時刻は18時を回っている。
7月に入り日が伸びたとはいえ、中学生の少女が一人で出歩くには少々暗いし安全とは言えない。
しかしゆめこは

「ついてきたら兄妹の縁切るよ」

と捨て台詞を言うと、バタンと玄関を出て行ってしまった。
別に兄のことが嫌いな訳ではない。
ただゆめこも年頃の女の子であるので、兄の過剰な愛情表現に敏感になっているのだ。

「縁を切る」などと言われた拓哉はまるでこの世の終わりとでもいうような顔で玄関に崩れ落ちていたが、そんなことはゆめこが知る訳もなく、彼女はずんずんと大股で家から遠ざかっていった。

お兄ちゃんはまぁ良しとして、ママには心配かけられないな。
と思ったゆめこは、ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出すと「晩ご飯、ゆめみの家で食べる」とだけメッセージを送った。
いつも飛び入りでお邪魔しても何かとご馳走してくれるので、彼女は完全にそれにあやかろうとしていた。

しかし送った後で、
そういえばゆめみ、今日家族で外食するって言ってたっけ?
と思い出して、ゆめこはぴたりと立ち止まった。

もう一人の幼馴染の顔を思い浮かべてみるも、いや、蓮二はダメだな。とすぐに思い直す。
真面目で律儀な彼のことだ。
「ご家族が心配するだろう」と言って帰らされるのが関の山だ。

ももちゃんの家はそんなに近くないし。
などと手当たり次第友人の顔を思い浮かべたが、元々交友関係が広くないゆめこは早々に諦めた。

仕方がない、一人で時間を潰そう。
とゆめこは近所にある公園に足を踏み入れた。

時間が遅いということもあり子供達の姿もなく、どの遊具もがら空きだった。
ゆめこはその中でもうさぎをモチーフにしたスプリング遊具に跨ると、ゆっくりと体を前後に揺らした。静かな公園にギィギィという音が響く。

昔はよくお兄ちゃんとも遊びに来たのになぁ。
と、ゆめこは幼少期を振り返った。
お兄ちゃんってばいつからあんな感じになっちゃったんだっけ?と思い返すも、いや物心ついた時からあんな感じだな。と気付いて、ゆめこはうんざりとした顔になった。

と、その時。
見慣れた人影が公園の前の道を歩いてるのを見つけて、ゆめこは遊具に跨りながら

「おーい!」

と片手をあげてその人物を呼び止めた。
呼ばれた人物はきょろきょろと声の主を探していたが「こっちこっち」とゆめこに声を掛けられ、目線を公園の中へと向けた。
誰もいない公園でたった一人、うさぎの遊具に跨って遊んでいるゆめこを見て、

「・・・そんなとこで何しとるん」

と、呼び止められた人物、もとい仁王雅治は呆れたように呟いた。

呼ばれたからには無視する訳にもいかず、仁王はやれやれと肩を竦めながらゆめこのそばまでやって来た。

「仁王くん、部活帰り?」
「おん」
「遅くまで大変だねぇ」
「そういうゆめのはこんなとこで何しとん?」
「ん?遊んでるんだよ」
「一人でか?」
「大勢に見える?」

とゆめこはにこにこと笑いながら言った。
そんなゆめこに仁王はわずかに首を傾げる。
常々掴みどころのないやつだと思ってはいたが、今日はいつにもまして変だ。

大体こんな時間に公園で一人で遊んでるなんて普通じゃない。
そう思った仁王は、「家帰らんのか?」と尋ねたか、その瞬間ゆめこは体を揺らすのをやめると、

「おうち帰りたくない」

と蚊の鳴くような声で答えた。
ゆめこの家族はみなとても仲の良い印象を持っていた仁王は、わずかばかりその答えに驚いた。

「喧嘩でもしたか?」
「ううん」
「じゃあ、夕飯に嫌いなものでも出されたか?」
「ううん」

ゆめこは仁王の質問に立て続けに首を振ると「そういう気分なだけ」と言った。
しかし目線はじっと地面に向けられていて、仁王はすぐに何かあったな、と察した。

「親御さん心配しとるんやなか?」
「大丈夫だよ。ゆめみとご飯食べるって言った」
「え」

目を丸くする仁王に、ゆめこは「あ、言っちゃった」と言わんばかりに、咄嗟に口元を手で押さえた。
現にゆめこはここにいる。
ゆめみとご飯を食べてなんかいないので、親に嘘をついて出てきたことは火を見るよりも明らかだった。

仁王はふぅと一つ息を吐くと、持っていたラケットバックを無造作に地面に置き、ゆめこの隣の遊具に腰を下ろした。
ゆめこと同じくスプリング遊具の、こちらは鹿をモチーフにしたものだった。

仁王はしばらく無言でギィギィと遊具を揺らしていたが「よし」と小さく呟くと、

「一緒に晩飯食いに行くか?」

とゆめこを見た。
その誘いにゆめこは目をぱちくりさせる。

「帰りとうないんじゃろ?仕方ないから付き合ってやるきに」
「え、でもご家族心配するんじゃない?」
「うちは放任主義やからの。平気じゃ」

仁王はそう言うと「よっ」っと言って遊具を飛び降り、すたすたと歩き出した。
そんな彼に、ゆめこも慌てて遊具を降りると早歩きであとを追った。

一緒にご飯を食べてくれるというのは純粋に嬉しいが、行き成りに出てきてしまったゆめこはスマホ以外に何も持っていない。
「私、お財布持ってないよ」と申告すると、仁王はまじかという目でゆめこを見たが、少し考えた後「奢ってやるぜよ」と言った。

「えっ、いいの?」
「球技大会で優勝できんかったし」

そう言うと、ゆめこは目に見えて頭上にクエスチョンマークを浮かべた。
「優勝できんかったら何か奢って言うたんはお前さんじゃろ」と仁王に言われると、ゆめこは思い出したように「あぁ」と声を漏らした。

「そうそう、そうだよ。なんか奢って」

と思い出した途端に強気になるゆめこに、仁王は忘れてたなら言うんじゃなかった、と後悔するのだった。



それから二人は駅前近くまでやってくると、全国チェーンの牛丼屋に入った。
ゆめこはおしゃれなイタリアンのお店を指差して「あそこがいい。あそこにしようよ」と言ったが、仁王に「贅沢言うな」と却下されたのだ。

カウンターでメニューを見ながら、

「仁王くん、女の子を口説くときはお店考えないと」

と、ゆめこは店員さんに聞こえないようひそひそと仁王に耳打ちしたが、「アホなこと言っとらんではよ決めんしゃい」と仁王に冷たくあしらわれ、ゆめこは再びメニューと睨めっこした。

先程まではそんなに空腹を感じていなかったゆめこだったが、メニューを前にしたらお腹の虫がぐうと鳴った。

「私スタミナ丼で。お味噌汁とミニサラダと、あとオレンジジュースもつけて下さい」と店員に注文するゆめこに、こいつまじで容赦ないな、と仁王はドン引きした。

「で?」

しばらくして注文したものが運ばれてくると、仁王は食べながらゆめこに話を振る。
その後に続く話題に心当たりがあったゆめこは一瞬話すのを躊躇ったが、食事を奢ってもらっておきながらだんまりというのも気が引けて「実はさぁ」と事の顛末を語り出した。

話を聞いた仁王はそもそもゆめこに兄がいたということが何より驚きだった。
どうりで男子に対する態度が自然体というか、こなれている訳だと今更ながら合点がいく。

「へぇ、お前さん兄貴おったんか」

と言うと、ゆめこは仁王の方言を真似して「おったんよ」と返事をしたが、そのイントネーションが "ぴったんこ" と同じで仁王は笑いそうになった。
しかしゆめこが珍しく「はぁ」と大きなため息を吐いたので、茶化すのはやめておいた。
「愛されとる証拠やね」と仁王はフォローしたが、ゆめこは「ただの変態だよ」と返した。

「うちの姉貴よりマシじゃよ」
「そう言えば仁王くんもお姉さんいるんだったね」
「おん。今は寮住まいだから良いが昔はよくこき使われて大変じゃった」
「へぇ」

昔のことを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔で話す仁王にゆめこは人それぞれ悩みがあるんだなぁ、と思った。

ゆめこは兄にこき使われるようなことは無かったが、逆に甲斐甲斐しく何かと世話を焼いてくる兄が煙たい存在であった。

見た目も雰囲気も華やかなゆめこの兄はいつも注目の的で、そのせいで自分まで目立ってしまうのがゆめこは嫌だったのだ。
事なかれ主義な彼女はただただ平凡に生きたかったのである。


それからしばらく兄と姉の愚痴をお互い吐き出したところで、二人はすっきりした顔で店を出た。
誰かに話すことでこんなにも気が楽になることもあるんだな、と思ったゆめこは、

「仁王くん、今日はありがとう」

と真っ直ぐ仁王の顔を見て言った。
素直にお礼を言われた仁王はわずかに目を丸くしたが、すぐに「大したことじゃなか」と笑った。
その笑顔がゆめこにはなんだかとても綺麗に見えた。

家までの道のりを足並み揃えて歩いていると、

「ゆめこ!」

と、一人の青年が駆け寄ってきた。
ゆめこは無意識に「げ」と小さく声を漏らす。

駆け寄ってきたのはゆめこが家を飛び出す原因ともなった兄の拓哉だった。
彼はゆめこの隣にいる仁王の存在に気が付くと「誰だ貴様は」とまるで殺し屋の様な瞳を仁王に向けた。
しかしすぐに、

「お兄ちゃんやめて」

とゆめこに止められ、拓哉はハッとしてゆめこを見た。

「まままままさかゆめこ・・・!か、彼氏とかじゃないよな・・・?」
「違うよ」
「そ、そっか。そうだよな!ゆめこは俺と結婚するって言ってたもんな」

そう言って胸を撫で下ろす兄に、ゆめこは「いつの話してるの」と冷めた目を向ける。

あれはゆめこがまだ五歳だった頃、当時はまだ彼女も兄のことを慕っていたので「わたし大きくなったらお兄ちゃんとけっこんする」などと言っていたのだ。
まさか彼がここまでシスコンを拗らせるとは、誰が予想できただろうか。

二人のやり取りを見ていた仁王は、先程ゆめこが「ただの変態だよ」と称していたのを今更になって理解した。
しかし、それよりももっと気になる事があった。
さらさらの金髪に目鼻立ちの整った端麗な顔つき、そして人目を引くスタイルの良さと洗練されたオーラ。目の前にいるこの人物に、仁王は見覚えがあったのだ。

「ゆめの拓哉・・・」

そう思いついた名前を呟くと、ゆめこがバッと勢いよく振り返った。

「だ、誰にも言わないでね・・・」

そう言ったゆめこの声は震えていた。
それが、今目の前にいる人物が "あの" ゆめの拓哉だというなによりの証拠である。

CMやドラマで毎日のように見かけるし、何よりゆめの拓哉は仁王が美容院に行った時唯一見る雑誌 "メンズノンノン" の専属モデルであった。
とりわけミーハーという訳ではない仁王でも、不意な芸能人との邂逅にわずかばかり感動を覚えた。

そんな仁王に反し、拓哉は毛を逆立てる獣のようなオーラを纏って仁王を見ていた。

「ところでいつまでついて来る気だ?」

しばらく三人で家の方に向かって歩いていると、拓哉は痺れを切らしたようにそう言った。
その不躾な態度に、ゆめこはムッとして兄を見る。

「あのね、仁王くんはお隣さんなの。方向が一緒なのは当然でしょ」
「隣?!」
「学校も学年も一緒だし、仲良くしてもらってるの」
「な、仲良く・・・」

ゆめこの "仲良く" というワードに、拓哉はまるで魂が抜けたような顔をする。

「だからあんまり仁王くんに失礼なこと言わないでね、嫌いになるよ」

脅しと言わんばかりに畳み掛けるゆめこに、隣で聞いていた仁王は「その辺にしといた方が、」とライフ0になっている拓哉を見て思わず口を挟んだ。
このままでは彼は灰になって消えてしまう、そう思ったのだ。

「うーん、まぁ。仁王くんが言うなら」

と、ゆめこは渋々口を噤んだがその表情は不満そうだ。

数年前、柳が引っ越してきた時も兄はこんな感じだったので、少し強めに言うくらいがちょうどいいとゆめこは思っていた。
「嫌いになる」という言葉が余程堪えたのか拓哉が大人しくなっている隙に、ゆめこは「ごめんね」と仁王に謝った。

「別によかよ」
「でもお兄ちゃんったら失礼な態度ばっかり」
「気にしとらん。ゆめのの意外な一面も見れたしな」
「え?」

普段マイペースなゆめこがこんなにあくせくしている様子はなかなかレアな光景であったため、仁王はにやりと笑ってそう言った。
一体なんのこと言われているのかいまいちピンときていないゆめこはこてんと首を傾げる。

しかしそうこうしている内に家の前に着いてしまい、「んじゃ、またな」と言うと仁王はさっさと自分の家の門をくぐって行ってしまった。

「またね!」

とゆめこが慌てて声をかけると、仁王は前を向いたまま片手を上げて手を振った。

それを見送り自分も家に入ろうとしたところで、ゆめこはじっとりとした視線を感じてたまらず「なに?」と尋ねた。

視線の正体は言わずもがな拓哉のものである。
彼は何か言いたそうに口をまごつかせていたが、先程ゆめこに釘を刺されたばかりだったのでどうにか我慢しているようだった。

しばらく小難しい顔で葛藤している兄を無視していたゆめこだったが、ふと「愛されとる証拠やね」という仁王の言葉が頭を過り、ゆめこは「ふぅ」と小さく息を吐くと、

「ねぇお兄ちゃん、宿題見てよ」

と声を掛けた。
その瞬間、息を吹き返したようにぱぁっと顔を明るくさせ「ゆめこー!」とすり寄ってくる兄に、ゆめこは「あ、やっぱ今の無し」と吐き捨てるのだった。



(180331/由氣)→22

メンズノンノン(笑)完全なるフラグですね。はい。




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