022
(じゃあ俺も行く!/丸井)

「ゆめのさん、それ重いだろい?持つの代わるぜ。ジャッカルが」
「おい!俺かよ」

そう言ってゆめこの後を追いかけて来たのは丸井とジャッカルだった。
二人はゆめこが両手いっぱいに持っていた食材を受け取ると、彼女と横並びになって歩き出した。

7月末。
夏休み期間真っ只中の今日、ゆめこたちは立海の学校行事として一泊二日で行われている林間学校に参加していた。

六人一組となり、それぞれが何かしらの役割を担うことになっていて、ゆめこは炊事係だった。
そのためみんなで作るカレーライスの材料を先生のところに取りに行っていたのだが、心配した丸井がジャッカルを強制的に引っ張って後を追いかけてきたのだ。

一気に手ぶらになったゆめこは一瞬きょとんとしたが、せっかくの好意だと思ったのか「ありがとう」と言って笑った。

立海の林間学校は、毎年2クラスずつに別れて別々の場所で開催される。

A組とB組は合同クラスで、班分けもクラスを跨いで自由に決めてよかったので、丸井はすぐにゆめこに声をかけた。
ゆめこはせっかくの林間学校だしゆめみと一緒が良かったなぁと落ち込んだが、あいにく立海の一学年全員を収容できる施設などどこにも無いのでこればかりは仕方がない。

ゆめこ達が戻ると、すでに鍋やおたまなど必要な調理器具を準備し終えていたのか、ももが「おかえり〜!」と三人に声をかけた。

「ももちゃん、竹嶋くんとるっちゃんもありがとう」

ゆめこがお礼を言った"竹嶋くん"と"るっちゃん"は同じ班のメンバーだ。
二人ともA組の生徒だが、丸井達とは同小らしく班決めの際に丸井が呼んできたのだ。
二人ともノリの良いタイプの人間で、ゆめこやももともすぐに打ち解けた。

「早速手分けして始めようか」

と班長でもある竹嶋が言うと、丸井は「はいはい!オレゆめのさんと野菜切るー!」と元気よく名乗りを上げた。
丸井がゆめこを気に入っていることは、彼の分かりやすい、というより隠す気の無い言動のおかげで班の全員が知っているので、竹嶋は「おう、じゃあよろしく」とあっさり返事をした。

「ゆめのさん、野菜洗おうぜ」
「うん」

特にこだわりのないゆめこは、丸井に誘われるがまま水道と向き合う。
二人で並んで野菜を洗っていると、丸井がうきうきとした表情で口を開いた。

「カレー楽しみだよな」
「だね。成功するといいなぁ」
「ゆめのさんがいれば大丈夫だろい」

以前ゆめこの手作りゼリーを食べたことのある丸井は、安心したようにそう言った。

「でも丸井くんも料理できるって聞いたよ」
「え、誰に?」
「ジャッカルくんに。弟くんにもよくお菓子作ってあげてるんだって?」

「すごいね」とゆめこが言うと、丸井は「まぁな」と照れ臭そうに頬をかいた。
常日頃丸井は見かけによらず面倒見がいいな、なんて思っていたゆめこは、彼に小さい弟が二人もいるという話を聞いて納得がいったのだ。

「ゆめのさんは兄弟いんの?」
「えと、お兄ちゃんが一人いるよ。あ、そういえば夜はキャンプファイヤーがあるね」

あまり深く兄のことを聞かれたくないゆめこはそう言って咄嗟に話題を変える。
かなり不自然だったが、丸井は特に気にならなかったようで「だな!」と無邪気な笑顔で相槌を打った。

キャンプファイヤーはこの林間学校のメインイベントと言ってもいい。

林間学校で一緒にキャンプファイヤーを見ながら手を繋いだカップルは別れないとか、炎の見えるところで想いを伝えると成功率が上がるなど、年頃の学生が好きそうな都市伝説まがいのおまじないがたくさんある。
ただでさえ夏休み期間中ということで浮かれている学生たちにとっては、欠かせないイベントなのだ。

そのことを知っているのかいないのか、ゆめこが「楽しみだよね〜」と言うので、丸井は野菜を洗っている手を止めて彼女を見た。
その視線に気付いたゆめこは「ん?」と首を傾げる。

「ゆめのさんは誰と見たいの?キャンプファイヤー」
「え?」
「あ、わりぃ!急に」

きょとんとしたゆめこに、丸井は目に見えておろおろする。
この質問は直球過ぎたか?と反省する丸井の横で、誰と見たいってどういう意味だろう?などとゆめこは思っていた。

そう、彼女はキャンプファイヤーにまつわる噂の類を一切知らなかったのだ。
班のみんなと見るんじゃないのかな?と思ったゆめこは、

「丸井くん一緒に見ないの?」

とこてんと首を横に倒した。
その発言に丸井は「えっ・・・!」と目を瞠る。
もしかして俺、誘われてる?などと勘違いをする丸井をよそに、ゆめこは

「あ、もしかしてもう誰かと約束しちゃってた?」

と続けた。
丸井はぶんぶんと大袈裟に首を横に振ると、

「してない!一緒に見よう!」

と言って、ゆめこの手をがしりと取った。
突然手を掴まれたゆめこはその衝撃から玉ねぎを落としてしまい「あ」と声を漏らしたが、丸井があまりにも真剣な目で自分を見下ろしているので、それを拾うことはできなかった。

シャーと水が流れる音だけが聞こえ、
そんなにキャンプファイヤー楽しみだったのかな?
などとゆめこは余計に疑問を抱くのだった。



それから無事にカレーを作り終え、みんなで楽しく食事を済ませたゆめこ達は分担して後片付けをしていた。

その最中、

「7班の生徒達、ちょっといいか?」

と先生に呼ばれ、全員が怪訝な顔を見合わせる。
7班というのは間違いなく自分たちのことであるが、先生に呼び出される理由に心当たりがなかったのだ。

「なんだ?改まって」
「ジャッカルくんなんかやらかしちゃったんじゃない?」
「ちげーよ」

などとゆめことジャッカルが会話をしていると、「あれ?るっちゃんがいないよ」とももがきょろきょろと辺りを見回しながら言った。

「そういえばいないね。いつからだっけ?」

とゆめこが言うと全員が「さぁ」と首を傾げた。
食後の後片付けの分担をする時までたしかにいたはずなのに。
と思いながら彼女が担当していた辺りを見たが、そこにるっちゃんの姿はなく、彼女が洗うはずだった鍋だけが置いてあった。

「トイレかな?」
「とりあえず先生にはそう言っておこっか」

などと話しながら先生の待つロッジのロビーに向かうと、

「あ」

そこには探していたはずの彼女がいて、ゆめこは思わず声を漏らした。
ゆめこ達が呼ばれる少し前に、彼女は既に先生に呼ばれていたようだ。
先生の前に立って俯いている彼女は、ずずっと鼻をすすりながら手の甲で目元を拭っていて、誰が見ても泣いているのが分かった。

「え、ちょ、なにごと?」

とゆめこが隣にいた丸井にひそひそと話しかけると、丸井も「わかんね」と小声で返事をした。

「ちょっとお前たち、こっちに来てくれ」

と、先生に呼ばれ全員で小走りで駆け寄った。
二人に近付けば近付くほどその物々しい雰囲気が伝わって来て、ゆめこ達も努めて真面目な顔をした。

聞くところによると、カレー作りをサボって何人かの生徒が隠れてゲームをしていたのを先生が発見したらしく、「他にゲーム機を持ってきてるやつはいないか?」と問い質したところ、るっちゃんの名前が上がったらしい。
彼女はカレー作りをサボっていた訳ではないが、そもそもゲーム機を持ってきていること自体が問題で、そこを咎められていたのだ。

それでもなぜ自分たちまで呼び出されているのか分からず、みんなでこっそり顔を見合わせていると、

「林間学校は集団行動を学ぶ場でもある。こんなことは言いたくないが、7班の生徒は連帯責任で、キャンプファイヤーの間ロッジの掃除をしなさい」

などと言われてしまい、全員が「え」と顔を引きつらせた。
ゆめこ達が来る前にるっちゃんへの説教はある程度済んでいたのか、先生はそれだけ言うとさっさと持ち場に帰っていってしまった。
残された六人の間に微妙な空気が流れる。

「と、とりあえず座る?」

るっちゃんがまだ泣いてることもあり、ももはそう言ってロビーのベンチを指差した。
ベンチは一つしか置いてなかったので、泣いてるるっちゃんをゆめことももが挟み、その前に男子三人が立つ形となった。

るっちゃんは「ひっく」と嗚咽を漏らしながら「ごめんね、私のせいで」と繰り返しているが、キャンプファイヤーに参加できなくなった事実は変わらない。

しばらくの間、重々しい空気が六人の間に流れていたが、

「るっちゃんさぁ」

とゆめこが徐に口を開いたことで、その沈黙は破られた。

「それなんてゲーム?」
「え・・・」
「どんなゲームやりたかったの?」
「あ、えっと。学校で起こる怪事件を推理していくやつなんだけど・・・」
「あ!それって最近CMでやってるやつじゃない?いいなー、私もやりたかったんだぁ」

その場に似つかわしくないのんきな声に、話しかけられたるっちゃんだけでなく、他の四人も呆気に取られてゆめこを見る。
しかし彼女はそんな視線は気にもせず、「いいなぁ」とか「もう買ったんだ〜」と繰り返していた。

そんなゆめこの様子に、るっちゃんはたまらず「怒ってないの?」と恐る恐る話しかけた。
自分のせいで、この林間学校のメインイベントであるキャンプファイヤーに参加できなくなったのだ。
もっと責められることを覚悟していたるっちゃんは、びくびくと怯えた表情で隣にいるゆめこを見た。
ゆめこは目をぱちくりさせた後、

「え、なんで?怒ってる訳なくない?」

と平然とした顔で言った。

「まぁさ、バレちゃったのはアンラッキーだったけど。こうして同じ班になったのも何かの縁だし、せっかくの林間学校だよ?るっちゃんだけ嫌な思い出にすることないじゃん」

そう言ってゆめこがるっちゃんの背中をパシンと軽く叩くと、彼女はさらに瞳を潤わせ、わっと泣き出してしまった。
自分が泣かせてしまったと思ったゆめこは「え、あ、ごめん!痛かった?」などと声を掛けたが、るっちゃんはすぐに首を横にふるふると振った。

「ありがとうゆめこちゃん・・・!みんなも、本当にごめんなさい」

と、反省を露わにする彼女に、他のみんなもゆめこにつられるように「まっ、しょうがねぇか」「団体行動上等!」などと途端に明るく騒ぎ出した。
きっと一番後悔してるのも、反省してるのも彼女自身だ。
最初こそ何やってんだよ、という空気が漂っていたが、ゆめこの能天気な一言でがらりとそれは変わった。

「そうと決まれば、後片付けさっさと終わらせてロッジの掃除しちゃおうよ」

と笑うゆめこに続き、全員が「おー」と拳を宙に突き出した。



それから後片付けを終えた六人は、掃除するように言われていたロッジの一室にやってきた。
昼間オリエンテーションをやった時にみんなで使った大部屋だった。

遠くの方でキャンプファイヤーの音楽が聞こえてくる中、六人はせっせと掃除に励む。

陽気な音楽や笑い声を聞きながら、自分たちは雑巾や箒を持っているという現状に最初こそ少ししんみりした雰囲気にもなったが、掃除をしながら丸井がふざけたり、竹嶋がボケたり、ゆめこが大声で歌ったりして、そこには結局なんだかんだ楽しい時間が流れていた。

「私バケツの水交換してくる」
「あ、じゃあ俺も行く!」

ゆめこが両手にバケツを持って出て行こうとすると、すかさず丸井がその後を追った。
「それ持つぜ」と声を掛けられたゆめこは、「なら一つだけお願い」と言って片方のバケツを丸井に渡した。

みんなキャンプファイヤーで出払ってしまっているので、ロッジの廊下は全く人気が無い。
わずかに聞こえてくる外の音楽にゆめこが耳を澄ましながら歩いていると、

「ゆめのさんってすげーよな」

と丸井が徐に口を開いた。
なんのことを言われてるのか分からなかったゆめこは「なにが?」と首を傾げる。

「普通はあんな風に言ってやれないぜ?そもそもゲーム機持ってきてる奴が悪いんだしさ」

と丸井が言うと、さっきのるっちゃんのことだ。
と気付いたゆめこは「あぁ、それか」と納得したように声を漏らした。

「だってさ、あれでうちらまで怒っちゃったらきっと嫌な思い出として一生るっちゃんの中に残っちゃうでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「私だって自分のミスで他人を巻き込んじゃったことあるし。きっとこれからだってあると思う。だからお互い様だよ」

そう言ってゆめこはにこりと笑った。
その笑顔がとても綺麗で、丸井はぐっと息を呑む。

表向きは明るく振舞っていた丸井だったが、内心はせっかくゆめことキャンプファイヤーを見る約束をしていたのに。などと思っていたので、そんなことを考えていた自分がなんともちっぽけな存在に思えてきたのだ。
そう思わせるくらいの影響力が、ゆめこの笑顔にはあった。

入学式の日にゆめこを一目見た時から気に入って、あの時から今まで、なんとなく目で追っては、なんとなく話しかけて、なんとなく友達関係を築いてきた。
ゆめこを思う気持ちは、例えるなら憧れのアイドルを追いかけるような、そんな感情に近かったのかもしれない。

でも、今抱いているこの感情は違う。

「丸井くん?」

なにも言わない丸井を不思議に思ったゆめこがゆっくりと顔を覗き込んできて、丸井は無意識の内に彼女の腕を掴んでいた。
触れたい。
そう思ったのだ。
それはまさに、丸井が恋に落ちた瞬間だった。

「どしたの?」
「あ、いや!悪ぃ!」

きょとんとした顔で聞かれ、丸井は慌ててパッと手を離した。
何やってんだ俺、と頭の中で思いながら丸井は気まずさから俯く。

と、その時。
何かに気付いたゆめこは突然「あ」と声を上げると、持っていたバケツをその場に置き去りにし、ぱたぱたと窓際に走っていった。
遠のいていくゆめこに少しがっかりした丸井だったが、

「丸井くん!来て来て」

と満面の笑みで手招きされ、丸井は疑問に思いながらも彼女の側まで歩み寄った。

「ほら、あそこ!」
「あ」

ゆめこが指差した先にはキャンプファイヤーがあった。
掃除をしていた大部屋からは一切見れなかったが、ここが二階という事もあり、廊下のこの窓からはちょうどみんながキャンプファイヤーをしている様子が俯瞰できた。
「ラッキー!」と言いながらスマホを構え、写真を撮るゆめこ。

「結構離れてるけど、十分キレイだね」
「そうだな」

カシャカシャと音を立てて写真を撮るゆめこの横で、丸井はぼんやりと燃え盛る炎を見つめる。

絶対無理だと思っていたのに、こうしてゆめことキャンプファイヤーが見れている。
今なら運が味方している、そんな気がした丸井は「よし」と心の中で決意を固めると、窓から身を乗り出してキャンプファイヤーを見ているゆめこに声をかけた。

「あのさ、ゆめのさん」
「ん?なに?」
「その・・・ゆめこって呼んでもええ?」

突然の丸井のお願いに、ゆめこは目をぱちくりとさせる。
その間丸井はぐっと唇を結んでゆめこの返答を待っていたが、

「じゃあ私もブン太くんって呼んじゃう。いい?」

という斜め上の提案がきて、丸井はくらりと眩暈を覚えた。
キャンプファイヤーのおまじない効き過ぎだろい?なんて思いながら、丸井は「もちろん!」とにっこりと笑った。


それからゆめこ達は大部屋に戻ると「良いもの見れるよ」と言って班のみんなを廊下に連れ出した。
みんなで見たキャンプファイヤーはちょっと遠かったけど、忘れられない夏の思い出になった。



(180405/由氣)→26

こ〜いにお〜ち〜る音がした〜(大熱唱)
でもゲーム機持ってくるのはダメだよるっちゃん




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