023
(愚問だったな/柳・幸村)
「カロットゥ、オニョン、あれ、これは何だっけ?ポタージュ?」
夏休み中の林間学校で、ゆめこ達がカレー作りに奮闘する中、ゆめみ達もカレー作りを開始しようとしていた。ゆめみは並んだ人参と玉ねぎを見て覚えたばかりのフランス語を披露するが、じゃがいもの前で止まってしまう。
「Pomme de Terre」
幸村がさっとじゃがいもを持ち上げてそう言った。耳元で囁かれた発音の良い言葉に、ゆめみはくすぐったそうに笑う。
「そうだったね、じゃがいもだけ英語とスペルが全然違うんだよね」
「なるほど、ポムドテール、りんごの根という意味か、フランス人の感性とは興味深いものだな」
反対側の横から柳が顔を出し、幸村と同じようにじゃがいもを手に取った。「味も食感も全く異なるのにな」と付け加える柳に、ゆめみも同じようにじゃがいもを持ち上げてみる。
「私はなんとなくわかるなぁ、ほらどっちも生で食べるなら食感も色も似ているでしょ?」
「ふ、なるほどな」
「俺もそれを聞いて納得したよ、他にもりんごを使った単語があるよね、例えばPomme de Pinとか」
ゆめみ、柳、幸村がフランス語で盛り上がる中、隣では真田が黙々とにんじんを剥き続けていた。聞こえてくる横文字に、うんざりした表情をする。
「その辺にしてくれないか・・・夢に出て来そうだ」
絞り出すようにそう言った真田に、3人は思わず顔を見合わせて笑った。
フランス研修に行くと決めてから、フランス語の勉強を始めた幸村は部活の空き時間はほとんどフランス語の勉強に費やしており、仲がいい柳と真田もそれに巻き込まれる形となっていた。新しいことを覚えるのが嫌いでは無い柳はそれなりに楽しんでいたが、真田には苦痛のようだ。
林間学校のゆめみ達の班はLとM組の合同で、ゆめみ、幸村、柳、真田、そしてゆめみ、柳と同じ小学校出身の真冬と春巻だったのだが、真冬春巻カップルは学級委員としての役割で忙しく、班活動はほぼ4人でしていた。
すでに火は起こされており、そこには飯ごうが置かれていた。しかし残りの薪はほとんど無く、カレーを作る分は足りなそうだ。
「薪を取りに行く必要があるな」
柳が薪を取りに行こうとすると、真田も「1人では大変だろう」と立ち上がった。ゆめみと幸村はありがとうと2人を見送る。
「特に何もする必要は無いと思うが、飯ごうを見ていてくれるか」
柳の指示に幸村は「任されたよ」と言った。
幸村は椅子を火の前に置いて、そこに座った。そして飯ごうの様子を確認しながら、野菜を切っているゆめみに話しかけた。
「ゆめださん、一昨日のグループレッスンでフランスではカレーライスのような食べ物はあまり食べないと言う話をしていたよね」
「うん、びっくりした、辛いモノが苦手な人が多いとか」
「あの後、クロード先生との個人レッスンの時に聞いたんだけどね」
柳たちが離れるとすぐにフランスの話で盛り上がる幸村とゆめみ。2人は一緒にオンラインのフランス語教室に登録し始め、夏休みに入ってからはほぼ毎晩のようにパソコンでフランス語レッスンを受けていた。グループレッスンもあり、時間を合わせて同じクラスを受講したりもしているようだ。
そんな幸村とゆめみに、また顔をしかめる真田。「日本人としての誇りが足らん!」とぼやく真田に、柳は苦笑いをする。
「まぁ、何事も学び始めというのは楽しくて仕方がないものさ、今だけと思えば我慢できるのでは無いか?」
「そうだろうか?このままではじきにフランス語で会話をし始めそうだ」
真田の返答に、「たしかにそれは時間の問題だろうな」と思うが、更に暗くなる友人を前に柳は何も言わなかった。
柳と真田が新しい薪を持って戻ると、幸村が火をうちわで仰いでいるのが見えた。
飯ごうにはそんなに火力は必要ではないはずだが、と思った柳が駆け寄ろうとした瞬間のことだった。
ボカーン!というおおよそこの場にはふさわしくない音がして。
煙がもくもくと広がった。
「ゆめださん!」
反射神経のいい幸村はとっさにゆめみを包み込むように抱きしめる。
辺りは騒然とした。
煙が落ち着くと、状況が見えてきた。
どうやら幸村の見ていた飯ごうが爆発したようであった。
幸いにも、爆発した飯ごうは数メートル空を飛び、落下してしまったが、そこから火事になることはなかった。
幸村とゆめみは素早く距離を取ったので、怪我は無い。幸村とゆめみは顔を見合わせた。
「うふふ」
最初に笑ったのはゆめみだった。
「もー、幸村くん、びっくりした、火を起こしすぎたのかな?まさか爆発するなんて」
ゆめみは幸村に抱かれたまま、ずっと笑っていた。笑いすぎてその目には涙が溜まっている。
「そんなに笑わなくても」と幸村は言った。
真田と柳が「大丈夫か!?」と2人に駆け寄ると、幸村は振り向いてぺろりと舌を出した。
「すまない、飯ごうを爆発させてしまったようだ」
「ああ、そのようだな」と柳が言うと、付き合いの長い真田が「あー、なんだ、幸村らしいと言えば幸村らしいな!」と言った。
どうやら幸村精市という男は、飯ごうを爆発させてしまう可能性を持った男だったらしい。
また新たなデータが、と柳は思ったが、まだゆめみの肩に乗せられた幸村の手が気になっていた。
ゆめみは笑いのツボに入ってしまったようで、まだ肩を震わせてくすくすと笑っていた。
笑うゆめみの肩を抱いている幸村。
おそらく怖い思いをさせてしまった償いのようなものだろうと思った。
「あの2人、誰?すごいお似合いだな」
「M組の幸村くんとゆめださん、2人が一緒にいると目の保養になるよね」
薪を持って班に戻る生徒がゆめみたちを見てそう言った。
ふと柳は客観的な視点に立った。自分を含むこの場面を上から見下ろしているような感覚だ。
密着している幸村とゆめみ。クスクスと笑い合う姿は、確かにお似合いだ。付き合えば学校一の美男美女カップルになれるだろう。
「蓮二、お前に用があるらしいぞ」
ここに居たくない、柳がそう思った瞬間、真田の声で現実に引き戻された。真田が示す方を見ると、同じクラスの女子生徒が立っていた。
ゆめみは幸村の補佐もあり、なんとか落ち着くことが出来た。
米は予備の分を分けてもらえることになり、一安心である。
パチパチ、と言う火が燃える音が聞こえて、ゆめみは真田が更に薪を足してくれたことに気付いた。「真田くん、薪ありがとう」と言うと、真田は「問題ない」と答える。真田の顔がちょっと赤い。ゆめみはきょろきょろしながら「あれ?蓮二は?」と聞いた。幸村がすかさず「カルガモの親子だなぁ」とからかった。ゆめみと幸村はじゃれあっていたために、最初は真田の小さな声を聞き取ることが出来なかった。
「え?真田、何か言った?」
「蓮二が女子生徒に告白されておった!」
真田の叫びに、幸村とゆめみは同時に目を見開いて。その後同時にニヤリと笑う。
「ふーん、柳もやるね」
「すごーい、さすがは林間学校だね、そういうイベントあるよって一風ちゃんが言ってた」
一風ちゃんというのは柳の高校生の姉である。「どんな子だった?」「どっちのクラス?」と好奇心から幸村とゆめみは楽しそうに真田に問いかけ、真田はその度に顔を見て真っ赤にして「うーむ」と唸った。
「あ、蓮二、おかえり」
そうしているうちに、柳が戻って来た。その後ろには、女の子が。「柳くん、返事待ってるから」と言って、一瞬だけゆめみを見て、走り去っていった。
初めてみる子だった。
ゆめみは『返事、待ってるから?』その言葉が引っかかった。でも胸の奥底にしまって、
いつも通りにニコニコと笑う。
「蓮二、告白されたんだってねー」
す、と柳がゆめみの隣を通り越した。柳は「持ち場を離れてしまって申し訳ない」と言って、すぐにカレーを煮込む作業に取り掛かった。柳の表情はいつもと変わらない淡々としたもので、それ以上の言及を受け付けない感じであった。
無視されたように感じたゆめみは、ぼーっと柳を見ていたが、やがてそれに気がついた柳が振り返る。
「ゆめみ、味付けを頼めるか?俺では薄味になる確率が高いのでな」
あまりにもいつも通りの柳過ぎて、ゆめみは思わず「うん、任せて」と言ったが、心の中のモヤモヤは晴れなかった。
その後も特に変わったところもなく、学級委員の仕事をしていた真冬春巻カップルが戻って来たために、それ以上柳の話は出なかった。
カレーは思った以上に美味しく出来たため、その後の班ごとの食事も盛り上がり、あっと言う間に夜になった。
林間学校恒例のキャンプファイヤーの点火式が行われ、その後全員で「もえろよもえろ」を歌った。そして、1日目の行事は全て終了になった。残ってキャンプファイヤーの周りでふざけて踊る生徒や、おしゃべりする生徒、思い思いに貴重な時間を楽しんでいた。
ゆめみは同じ班のメンバーと座っておしゃべりを楽しんでいたが、ふと柳がいないことに気づいた。もしかして。胸の中に抑え込んだモヤモヤがまた復活する。
ゆめみは立ち上がった。
幸村が「ゆめださん?」と声をかける。ゆめみは笑って「ちょっと、すぐ戻ってくるね」と言って歩き出した。自分でもなんでモヤモヤするのかわからない。モヤモヤを消したくて、人混みを避けて森の中へと入っていった。
蓮二は意外とモテる。
学年首席で、物腰も柔らか、テニス部1年生レギュラー、その上カッコいい。柳が告白されることは特に珍しいことでは無かった。
しかし、いつも柳はその場でキチンと断っていることをゆめみは知っていた。だから、柳が誰かと付き合うなんて、考えてみたことも無かった。
でも、今回は違った。女の子は『返事待ってるから』と言った。つまり、その場では保留にしたってことだ。
もしかして、付き合うのかな?
蓮二が他の女の子と付き合ったら。
ゆめみは気が付いたら誰もいない森の奥まで迷い込んでいた。
その時、柳は自己嫌悪に陥っていた。
柳蓮二、一生の不覚だ。
友人である精市に嫉妬して、このタイミングで女子の告白を受けてしまうなど。
柳は当然付き合う気など無く、その場で断っていた。しかし、気の強いタイプで何度も夕方まで考えてくれと頼まれてしまい、ついには押し切られてしまったのだ。
相手に無意味な期待を持たせた挙句、自分も時間を無駄にしてしまった、何をやっているのか。
柳が再度断ると、女子は今だけでいいから一緒にいて欲しいと懇願してきた。おそらくキャンプファイヤーにまつわる恋愛成就のジンクスに頼ってのことだろう。柳はそれをバッサリ断って、ゆめみ達のいる場所へと早足で戻っていた。予想以上に時間を浪費してしまった。
「あれ?柳が先に帰って来たね」
息が上がらないギリギリのスピードで戻って来た柳は、そう言った幸村の言葉に辺りを見渡した。ゆめみがいない。すぐにそのことに気づく。
「ゆめみは?」
「柳を探しに行ったと思っていたけど」
嫌な予感がした。
柳は幸村の言葉を最後まで聞く前に、歩き出した。「柳?」幸村の声が聞こえるが、柳は足を止めなかった。森に入ると駆け足になる。
『ゆめみに嫉妬して欲しかった』その感情がゼロだったかと問われれば答えは否だ。
わかっていたのに。ゆめみが俺に恋心を抱いていないとしても、大切な存在だと思ってくれていることを。それだけで、満足すると決めていたはずだ。
柳は高速でゆめみがどちらに曲がるか、どう進むかを確率計算しながら走った。息が上がる。その時、茂みの中で体育座りをしているゆめみを見つけた。とても分かりにくい場所だった。
ゆめみは俺を見つけると、大きく目を見開いて、へにょと泣き笑いのような顔をした。
「蓮二、迷ったの」
「なんでこんな場所にいるんだ、かくれんぼではないのだから、分かりやすい場所がもっとあるだろう、俺じゃなかったら」
叱りつけるように、早口でそう言った柳だったが、途中で不自然に言葉を切った。
「愚問、だったな」
柳は息を整える。
「この柳蓮二がゆめみを見つけられない訳がない」
そう言い切る柳はいつもの涼しげな表情で。ゆめみはとても安心した。
「なんだか今日は調子がおかしくてな、すまない」
「いいよ、ってあれ?どうして私が迷子になって迎えに来てもらったのに蓮二が謝ってるんだろうね」
そんなことを言う柳に、ゆめみは不思議そうに首を傾げる。
「いつものことだろう」
柳は座り込んでいるゆめみに手を伸ばす。ゆめみは「それもそうだね」とその手を掴んだ。
柳の手は暖かくて、ゆめみはその心地よさににっこりと笑った。モヤモヤがすっかり消えて無くなっていることに気付いた。
「蓮二、ありがとうね」
「大したことではない、気にするな」
ゆめみはふと、柳に彼女と付き合ったのか聞くべきだろうかと思った。でも、すぐに聞く必要ないな、と思った。
そんなことを聞いたらきっと「愚問だな」と一蹴されてしまうだろう。
「歌でも歌おうかな」
「とお前は言う」
「何を歌うか当ててみて」
「もりのくまさんだろう?」
ゆめみはニッと笑って「もりのれんじ歌う」と言った。
「替え歌か、いいだろう」
「お嬢さんは私だよ」
柳とゆめみは歌を歌いながら森の中を歩き出した。
(180405/小牧)→24
蓮二ならすぐに迎えに来てくれるって思ってた