025
(能力使えなくなっちゃったの?/柳)
「ゆめみちゃんどこに行くの?」
ゆめみは自分を呼ぶ声が聞こえて、振り返った。柳の家を見ると2階の窓が開いていて、そこから一風(いちか)が顔を出していた。
「神社だよ」
道路からゆめみがそう返事をすると、一風はちょいちょいと手招きして「ちょっとおいでよ」と笑った。
柳はその時、自室で全国大会のオーダーを考えていた。時計の時刻は午後5時を少し過ぎたところで、全国大会まであと2日と迫っていた。今年の会場は大阪のため、明日東京を出発する。出来れば今日中に原案だけでも考えてしまいたいと書き綴った他校のデータを見直していたが、これがなかなか大変な作業だ。
関東大会までは、長年培って来たデータにある程度頼ることが出来たが、全国ではそうはいかない。南は沖縄、北は北海道までの学校が集まるため、データ収集の方法は限られる。限られたデータの中で、いかに勝率を上げられるか。
流石の柳も長時間のデータ分析に疲れが溜まっていた。頭が痛い気さえする。
「ゆめみ・・・いない、か」
隣で刺繍をしていたはずのゆめみに声をかけるも、返事はない。少し前に帰ったことを思い出す。俺としたことが、なんて様だ。
ふと、今日はもうゆめみに会えないのだろうか、という不安が込み上げてきた。
全国大会は1週間の日程で行われる。ゆめみとゆめこは最終日のみ応援に行くことになっていた。明日も朝早いため、今日会えないということは、1週間近く会えないということだ。
最後に交わした会話は何だったかと思考を巡らせるも、情けないことに思い出せなかった。柳はそっと障子を開けてゆめみの部屋を覗く。
ゆめみの部屋は無防備にカーテンが開けられ、その隙間から見ることが出来た。可愛らしいデザインで統一されたゆめみらしい部屋だが、その部屋主はいない。
どこに行ったんだ・・・?
今日が一緒に過ごせる最後の日なのに。ゆめみは寂しくは無いのだろうか。
「蓮二、ちょっと来て」
とその時、一風の声が聞こえた。柳は即座に障子を閉めて、机の前で正座し直す。
「すまないが今は忙しい」
「いいから来い」
姉の言うことは絶対、そのように育った柳は、ため息を1つ付いてドアを開けた。
「蓮二、忙しいところごめんね」
柳は目を見開いた。ゆめみが浴衣を着て立っていたのだ。「一風ちゃんの浴衣借りたの」とはにかんだ笑顔で言うゆめみ。
可愛いと思った。一風の着物のデザインはゆめみが持っているものよりも大人びていて、いつもとは違う印象にドキッとさせられる。
柳があまりの感動に言葉を失っていると、隣で一風がにんまりと笑った。
「2人でお祭りに行って来たら?」
柳も男物の浴衣を着て、2人で神社への道を歩いていた。ゆめみの下駄がカランコロンという音を響かせる。柳はその音に、夏だなと思うのだった。部活が無かった去年までは、こうして浴衣を着て、ゆめこと3人で祭りに行ったものだ。今日も昼間にゆめみとゆめこは2人で祭りに行っているはず。
そこまで考えて、辻褄があっていないことに今更気が付いた。姉の話では、神社に向かう途中のゆめみを捕まえたと言っていた。昼間祭りに行っているのなら、なぜこの時間に神社に向かう必要がある?柳は答えが出せず、苦しい表情を浮かべた。
「なぜ神社に向かっていた?」
ゆめみはキョトンとして、爪先立ちをして、柳の顔を優しく引っ張る。柳はされるがままになっていた。
「本物の蓮二?」
「ああ、そうだが」
「今日の蓮二、普通の男の子みたい」
ゆめみはクスクスと笑った。「どういう意味だ?」と柳が問えば、「いつもは言わなくても全部知ってるのに」、「さっきも私が蓮二の家にいたこと、びっくりしてたよね?」という返答が返ってきた。
やはり今日の俺はおかしいようだ。
「可愛いよ、蓮二、もう少しだけそんな感じでいて」
ゆめみは最初の『なぜ神社に向かっていた?』という質問に答える気はないらしい。少しモヤっとしたが、ゆめみのえへへと笑う顔が可愛いすぎて、そんなことはどうでもいいな、と柳は思った。
神社の中に入ると、途端に人が多くなる。お祭りらしい活気で溢れていた。はぐれては困る、とゆめみの手を掴もうとしたが、それよりも早くゆめみに手を掴まれた。
「蓮二迷子になっちゃダメだよ」
柳はいつも迷子になるのはゆめみの方だろう、と心の中で突っ込むが、まるで姉のようにリードするゆめみが新鮮で、疲れていたこともあり、されるがままに手を引っ張ってもらう。
少し先を歩くゆめみのまとめられた髪の下にうなじが見えた。
ゆめみと手を繋ぐこと自体は慣れているが、今日は浴衣を着ているからだろうか、ゆめみがとても綺麗に見えてドキドキと胸が高鳴った。
柳は屋台の中に何か目当てのモノがあるのだろうと予想していたが、ゆめみは全ての屋台を通り過ぎて、まっすぐ神殿へと歩いて来た。
多くの人は屋台エリアに集中しており、神殿前には誰もいなかった。
雑踏が遠ざかり、急に2人きりになったような感覚に陥る。
「蓮二に付き合わせちゃって、なんか恥ずかしいんだけど」
ゆめみはそう言って少し赤くなった後、お賽銭箱の前に立った。
いつもの柳ならばありえないことだが、今はゆめみの行動の意味が本気で分からなかった。毎年この神社の祭りには来ているが、ゆめみが参拝したデータは無い。
ゆめみは流れるような動きで参拝をする。ゆめみは長い時間手を合わせていた。手にはお守りのような小さな袋が握られていた。
参拝を終えた後、ゆめみと柳は境内にあるベンチに座った。屋台がある場所とは離れており、静かな場所だった。
遠くに見える屋台の光がキラキラ光り、綺麗だとゆめみは思った。
「何を願っていたんだ?」
柳の口から出た言葉に、ゆめみはまた目を見開く。そして、よしよしと頭を撫でた。整えられたおかっぱが乱れる。いつもは嫌がる柳だが、この時はゆめみのされるがままになっていた。
「今日の蓮二はなんだか犬みたい。心を読む能力使えなくなっちゃったの?」
失礼な奴だ。データ分析を何か勘違いしているのではないか?しかし、すぐにゆめみは「嘘だよ」と言って柳の髪を整えた。
「明日から蓮二の頭脳フル稼働だもんね、今日ぐらい休めないとね」
試合は明後日からのはずだが?と疑問に思うと、ゆめみはくすくすと笑って「柳蓮二がデータ収集を明日から行う確率100%」と柳の口マネをして言う。
あぁそうか、と柳はなんだか肩の荷が降りたような感覚に襲われた。
明日からいくらでもデータが集められる、そしてそのデータの方がずっと正確だ。オーダーは直前の提出で間に合うのだから、今無理に決めなくても良いのだ。中途半端な先入観はむしろ邪魔になる。
「はぁ」
柳は空を仰いで大きなため息を吐いた。こんな初歩的なことを見落としていたとは。柳は頭の痛みがすぅっと消えたのを感じた。この俺も初めての全国大会でそれなりに緊張していたようだな。
とその時、ふわ、と木の香りがして、柳はゆめみを見た。ゆめみは柳の手を取って、その上に小さな袋を置いた。和柄な生地に、蓮の花の刺繍がしてある。
「これは?」
「匂い袋って言うんだよ」
柳は先程自分の部屋でゆめみが一生懸命作っていたのを思い出した。
「明日からの試合、全部は応援出来ないから、勝利のお守り」
ゆめみはにこっと笑って、匂い袋の上から柳の手にそっと自分の手を重ねる。
『なぜ神社に向かっていた?』と『何を願っていたんだ?』の答えが出た。
全て俺のためだったのか。
目の奥がグッと熱くなる。気を抜くと、泣いてしまいそうだと思った。
「蓮二の好きな木の香り、ゆめみオリジナルブレンドだよ」
ゆめみはそんな柳には気が付かず、機嫌よく匂い袋の話をし続ける。
「勝利とか縁起の良い花言葉を持つウッドチップをね」
涙を堪え切れなくなって、柳はゆめみの肩に顔を伏せた。「蓮二?」とゆめみは不思議そうな顔をする。柳は小刻みに震えていた。
ゆめみは何かを感じとったのか、そっと柳の背中を撫でた。
「どこにいても蓮二のこと応援してるからね」
どのくらいそうしていただろうか。ずいぶんと長い時間が経ったような気もするし、一瞬だった気もする。
柳はゆっくりと顔をあげて、ゆめみをまっすぐに見た。
「ありがとう」
その顔はすっきりとしていて、いつもの柳に戻ったようだった。ゆめみはにっこり笑って「どういたしまして」と言った。
ゆめみと柳はまた手を繋いで来た道を歩く。さっきよりは人が減って歩きやすくなっていた。
「りんご飴を買ってやろう」
柳の口から出た言葉に、ゆめみは少し首を傾げる。
「ゆめみは今お好み焼き、たこ焼き、わたあめ、りんご飴の順に食べたいと思っている、違うか?」
「うん?」
「お好み焼きとたこ焼きは夕食前なので却下、わたあめは長時間の保存には不適切、よってりんご飴を買ってやろう」
「ふふ、うん、ありがとう」
ゆめみはそっと柳の顔を見上げた。満足気にしている顔を見て、よかった、と思うのだった。
(180406/小牧)→28
弱ってるキミも可愛いけどね