027
(ここで応援してる/白石・仁王・丸井)
翌日。
アラームの音で起こされたゆめことゆめみは眠そうな目を擦って布団から出た。
大阪でお泊まりということもあってウキウキしていた彼女たちは昨日夜通しおしゃべりをしていたのだ。
もちろん園ヶ崎家には迷惑が掛からないよう極力小声で話したが、それがなんだか小学生の時の修学旅行みたいで余計楽しく感じられ、二人が眠りについた時には既に丑三つ時を過ぎていた。
寝不足を感じたままリビングに行き、深智子の作った朝食をありがたく頂戴すると、二人は荷造りを始めた。
帰りの新幹線の時間を考慮すると、応援に行った後園ヶ崎家に荷物を取りに来る余裕は無さそうだったので、ゆめこ達は全ての荷物を持って出ることにしたのだ。
とは言えたった一泊二日の滞在なので、そこまで邪魔になるような荷物はない。
本当は「帰りはうちのバスに乗ったらどうだ?」と柳に立海テニス部のバスに乗ることを提案されたのだが、無関係の人間が部員に混ざるのはさすがに憚られて、ゆめこ達は新幹線で帰ることに決めたのだった。
荷造りを終えると、ゆめこは大介の部屋に乗り込み「大ちゃん」とまだ夢の中にいる彼の身体をゆさゆさと揺らした。
「ん?あー、ゆめこ?」
「うん。私達もう行くね。お邪魔しました」
とゆめこが言うと、大介はわずかに目を大きくして「おー、また正月会おな」と笑った。
そしてすぐに再び目を閉じた。
昨日もお昼頃まで寝てたし、大丈夫かこの人?
とゆめこは呆れたように目を細くする。
「バスケ部ってあんまり練習ハードじゃないのかな」
「昨日と今日はたまたまや」
「あ、起きてる」
まさか返事がくるとは思わずゆめこが驚いたように言うと、次はすぐに寝息が聞こえてきた。
やっぱ寝てるんじゃん、と心の中でツッコみながらゆめこは静かに大介の部屋の扉を閉めた。
それから下まで送るという深智子の申し出を丁重に断り、お世話になったお礼を告げるとゆめことゆめみはマンションを出た。
外に出ると、既に白石が迎えに来ていた。
昨日の内にスマホでやり取りをして、この時間に迎えに来てくれることに決まっていたのだ。
「おはよーさん」
「おはよう白石くん」
ゆめこから白石が会場まで連れて行ってくれると聞いていたゆめみは、二人が挨拶を交わしたことを確認すると「今日はよろしくお願いします」と小さく頭を下げた。
ゆめみが敬語だったからか、白石は「こちらこそよろしくお願いします」と堅苦しい返事をして、そんな二人を見たゆめこは思わずぷっと笑ってしまった。
それから三人は白石を先頭に、最寄りの駅までやってきた。
会場にはこの駅から乗り換え無しで行けるらしい。
ここまでやってくる途中「二人とも荷物重ないか?」と気遣ってくれたり、会話が途切れないようさりげなく話題を振ってくれたりする白石に、ゆめことゆめみは揃って "良い人だな" という印象を受けた。
電車は少し混みあっていたが、二駅目が乗換路線の多い駅だったのかどっと人が降りて、三人は目の前の空いた座席に腰を下ろした。
しばらくたわいもない話で盛り上がっていたが、座席に座れたこともあり、ゆめこは次第に瞼が重くなっていくのを感じた。
昨日ゆめみと夜更かしし過ぎたかなぁ。
などと考えている内にあっという間にうとうとしてきて、ゆめこはそのまま眠りについてしまった。
真ん中に座っていたゆめこが急におとなしくなって、ゆめみと白石はきょとんと顔を見合わせる。
そしてなんとも気まずい空気になり、二人は苦笑を浮かべた。
なんとなくゆめこが間に入って会話をしているような雰囲気だったので、急に二人きりにされて困ってしまったのだ。
空気を読んだ白石は
「ゆめださんも寝てええで?近くなったら起こしたる」
とゆめみに声を掛けた。
ゆめみはちらりと車内のモニターに目を向ける。
停車駅の案内とそれぞれの駅への所要時間を見て、会場の最寄り駅まではあと20分程乗りっぱなしだということを確認したゆめみは「うん、ありがとう」と返事をした。
すぐ到着するならまだしも、20分以上二人だけで話を続ける自信が無かったゆめみは、それほど眠気を感じていた訳ではなかったが、そっと目を瞑っておいた。
二人が目を閉じたのを確認して、白石はふぅと一息吐く。
急に話し相手がいなくなった白石はとくにやる事も無く、ただじっと自分の足元を見つめていた。
昨日の今日で余韻に浸る暇がなかったが、昨日の試合で四天宝寺は負けたのだ。
三年の先輩たちは一、二年に「来年は優勝せぇよ」と明るく声を掛けたが、それが彼らの精一杯の強がりだということも白石は理解していた。
お門違いだと分かっていても、立海の応援に来た彼女たちを羨ましく思ってしまう。
そうして白石がうつろな表情で考え事をしていると、ふいに隣にいたゆめこが「ん」と小さく声を漏らした。
起きたんか?と思った白石が彼女の顔を覗き込もうとしたその時。
身じろぎしたゆめこが白石の腕にぎゅうと抱き着くようにしがみついた。
すぅすぅと規則正しい寝息を立てている彼女は、どうやらまだ眠っているらしい。
思いもよらない密着に、白石はぴしりと体を固くする。
まいったな、抱き枕かなんかと思っとんのか?と白石は思ったが、ゆめこがあまりにも気持ちよさそうに眠っているので、無理に引き離すことができなかった。
「どないしよ」
と小さく呟いて、白石はゆめこを見る。
すぐそばにゆめこの頭があって、香水とは違うシャンプーの良い香りが鼻を掠めた。
その匂いに誘われるように、白石はまじまじとゆめこの顔を見た。
長いまつ毛に、ぽってりとした桜色の唇、真っ白な頬っぺたはまるでお餅のようだった。
ふと、柔らかそやな。と出来心が芽生え、空いている方の手でゆめこの頬に触ると、本当につきたてのお餅の様な感触で白石は息を呑んだ。
あかん、俺何やってんねやろ。
と、彼がハッと我に返った時だった。
「白石?」
と上から声を掛けられ、白石はびくりと大きく体を揺らした。
そこにはチームメイトである忍足謙也が立っていて、彼は白石の腕にしがみつくゆめこの存在に気付くと「おま、は!?え!?」と焦ったような声を出した。
「白石彼女おったんか?!」
「いや、これは、その・・・ちゃうねん」
と否定したが、内心今の見られてたか?と気が気じゃなかった。
するとその騒ぎで起きたのか、ゆめこが目を擦りながら「あれ?」と寝ぼけた声を出した。
「あ、起こしてもうた」と白石が言うと、ゆめこは辺りをきょろきょろと見渡しながら「ここどこだっけ?」と言った。ゆめこが離れてしまったことで右腕が寂しくなり白石はわずかに名残惜しさを感じた。
そこでやっと謙也の存在に気付いたゆめこは
「あれ?おともだち?」
と白石の前に立っている人物に目を向けた。
先程の自分の行動を謙也が見ていたとしたらまずいな。と思った白石は、早く話題を変えたくて「同級生でテニス部の忍足謙也や」と少し早口でゆめこに紹介した。
謙也にも、ゆめこが立海の応援で大阪に来たこと、そして大介の従妹ということで成り行きで一緒に会場に向かうことになった経緯を説明した。
大介は二人共通の友人だったようで、
「えっ!大ちゃんの従妹?ほんまか!」
と謙也は興味津々でゆめこを見た。
謙也の意識が "大介の従妹" というワードに向いたことにホッと胸を撫で下ろし、白石はこれみよがしに「せやねん。びっくりやろ」と話を盛り上げるのだった。
それから数分の間三人で会話を交えていると、あっという間に目的の駅に着いた。
ゆめこはゆめみに一声掛けると、四人で電車を降りた。
実は起きていたゆめみだったが、なんとなく目を開けるタイミングを見失って今まで寝たふりを続けていたのだった。
そうして会場の入り口まで案内してもらうと、白石と謙也とはそこで別れた。
彼らは会場で四天宝寺テニス部のみんなと待ち合わせをしてるとのことだったので、入り口までの案内でいいと最初から約束していたのである。
白石たちも決勝戦を観るのが目的なので目指すコートは一緒なのだが、四天宝寺のテニス部員達に囲まれていくのは気が引けたし、そこは白石も考慮してくれたようだった。
「さっき蓮二からメッセージきてたね」
二人きりになり、スマホを見ながらゆめみが口を開いた。
柳は二人が迷子にならないよう、会場マップを一斉送信で送ってくれていたのだ。
ゆめこもゆめみも方向感覚が優れている方ではないので柳なりの気遣いだった。
そのおかげで、二人は迷うことなく決勝戦の舞台でもあるセンターコートへと辿り着いた。
試合までまだ時間があるのか、コートの横では選手たちがアップをしたり、作戦を練ったりと試合に向けて様々な準備をしていた。
その中に柳の姿も見つけたが、彼は先輩レギュラーに囲まれて何やら話し込んでいて、とてもじゃないが声を掛けられる雰囲気ではなかった。
まぁその内こちらの存在に気付くだろう。
とゆめこが思っていると、見慣れた二人組を見つけてゆめこは「あ」と声を漏らした。
ゆめみに目配せをしてその二人に近付く。
「ブン太くん、ジャッカルくん」
と後ろから声を掛けると、二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「おおー!まじで来てくれたんだな!」と目を輝かせた。
柳情報でゆめこ達が応援に来ることを知っていたようだ。
「なんかゆめこに会うのすっげー久しぶりな感じがする」
「林間学校以来だから、三週間ぶりくらい?」
などと丸井とゆめこが会話をしていると、二人の呼び名が変わっていることに気が付いたのか、ゆめみは物珍しそうに目をぱちくりさせた。
丸井がゆめこに好意を抱いていることは、以前ケーキバイキングで鉢合わせた時からなんとなく気付いていたゆめみだったが、こうして呼び方が変わっただけで二人の距離がぐっと近くなったような感じがしたのだ。
しかしわざわざ話の腰を折ってまで言及するのも変な気がして、後でゆめこに聞けばいいか、とゆめみは流すことにした。
「今日ついたのか?大阪」
「ううん、昨日だよ。串カツとお好み焼き食べた」
そう言って昨日スマホで撮った写真をゆめこが見せると、丸井は「うまそー!」と言ってその画面を覗き込んだ。
それから昨日回った観光スポットでの写真やゆめみとのツーショット写真を二人で順番に見ていると、コンッと誰かに優しく頭をノックされゆめこは振り返った。
「わ、仁王くん!」
どうやらゆめこを見つけた仁王が彼女の頭を手の甲で小突いたようだった。
仁王には彼が大阪に向かう直前に、ゆめこが回覧板を持って行ったタイミングで会っていたので、最終日だけ応援に行く旨を直接伝えていたのだ。
「ちゃんと迷わず来れたみたいやの。いい子いい子」
と言ってふざけてゆめこの頭を撫でる仁王に、ゆめこは「私には柳蓮二というグー○ルマップより強い味方がいるからね」とふふんと鼻を鳴らした。
そんな二人のやり取りを見た丸井は、
「前から思ってたんだけどゆめこと仁王って仲良いの?」
と尋ねた。
家が隣同士であることは県大会の時にゆめこに聞いて知っていたし、ゼリーを差し入れする約束をするくらいだからそれなりに交流はあると認識していたが、それも全て分かった上で、丸井はあえてこの質問をぶつけた。
というのも、今でこそ仁王とはよく話すようになった丸井だったが、それでも彼はどこか一匹狼の印象が強いし、自分からこうして誰かに絡んでいくのは稀有なことだったので、この質問を投げかけられた時の仁王の反応が見たかったのだ。
しかし先に反応したのはゆめこで、
「そりゃあもうマブダチだよ、マブいダチ。ねっ、仁王くん」
と死語を連発してふざける彼女に、仁王はにやりと笑うと「だ、そうだ」と言って丸井を見た。
思うような反応が見られずちょっとムッとした丸井だったが、その時部長の「集合!」という掛け声が聞こえてきて、話はそこで途切れた。
コートの方へ向かう丸井と仁王に
「じゃあね、ここで応援してる」
とゆめこが声を掛けると、二人は振り返って片手を上げた。
部員達はいつもベンチのすぐ後ろで立って応援しているので、一緒に観戦は出来ないのだ。
ゆめことゆめみは一般席に腰を下ろすと、二人でセンターコートを見下ろした。
関東大会は用事があって応援に行けなかったゆめこにとって、テニスの試合を見るのは6月の県大会以来だった。
その時に比べて随分仰々しい雰囲気だな、とゆめこは思う。
これが全国大会かぁ。とその差に驚きはしたものの、心のどこかでは当たり前のように立海が勝ってくれると信じてる自分がいて、ゆめこは安心して試合を見ることが出来た。
その年の全国大会は立海の優勝で幕を閉じた。
(180406/由氣)→28(夢主1&夢主2共通のおはなし)
久しぶりに聞いたなマブダチ←
白石のゆめこちゃんゆめださんの呼び分けに深い意味はありません。大介が「ゆめこゆめこ」と連呼していたので移っちゃっただけです。