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(刺激が足りんのかもしれんの/仁王・丸井)
柳の叔父が経営するペンションに来て二日目の夜。
今日も一日中遊び回っていたゆめことゆめみは温泉にやって来ていた。
ペンションにもお風呂はあるのだが、敷地内に天然温泉付きの旅館があり、入湯税さえ払えば宿泊していない人でも利用できるとのことだったので、ゆめこ達は二日連続でこの温泉を利用した。
露天風呂やサウナを満喫した二人は、ルームウェアに着替えて脱衣所を出る。
ルームウェアと言っても、コットン素材のワンピースなのでそのまま出歩いても問題無さそうなものだ。
化粧水や下着などが入ったスパバックを抱え旅館の中を歩いていると、ゆめこはふと気になるものを見つけて足を止めた。
「ゆめこどうしたの?」
「マッサージチェアがあるよ」
ゆめこの視線の先に目を向けると、そこには数台のマッサージチェアがあってゆめみは「ほんとだ」と声を漏らした。
小説家であるゆめこの父親は職業上とくに肩凝りがひどく、彼の自室にはマッサージチェアが置いてある。
いつも「ああああ」と振動に乗せて気持ちよさそうな声を出している父を見て、ゆめこは常々「私もやってみたい」と思っていたのだ。
一度貸して欲しいとお願いしたことがあったのだが、「ゆめこちゃんにはまだ早いよ〜」と軽くあしらわれ、その時は座らせてもらえなかった。
今なら誰も邪魔する者はいない。
と目を光らせたゆめこは「やってもいい?」とゆめみに聞いた。
しかしちょうどその時。
「ゆめみ、ゆめこ」
と耳馴染みのある声に名前を呼ばれ、二人は同時に振り向いた。
そこには柳、幸村、真田の三人が立っていた。
昨日ゆめこ達が温泉を絶賛していたのを聞いて、早速彼らも利用してみたのだと言う。
柳はちょうどゆめみに用があったらしく「後で少し時間あるか?」と声を掛けていたので、それに気付いたゆめこはゆめみの背中をぽんと押して口を開いた。
「ゆめみは先に蓮二たちとペンション戻ってていいよ」
「ゆめこ、おまえはどうするんだ?」
「私はあれ、あれやりたいの」
とわくわくしてマッサージチェアを指差すゆめこに、柳は納得したように「なるほどな」と言った。
幸村は「ゆめのさん肩なんて凝ってるの?」と不思議そうに尋ねたが、ゆめこは「多分凝ってないけどやる」と返事をした。
ゆめみ達を見送り一人になると、ゆめこは早速マッサージチェアに腰かけた。
無料で利用できるものだったのでとりあえず "全身コース" と書かれたボタンを押す。
ウィンウィンと音を立てて動きだし、ゆめこの身長や体重を自動で認識するとすぐにマッサージが始まった。
初めてということでパワーは最弱を選択しておいたが、そのせいかなんだかちょっとくすぐったい。ゆめこは思わず「ふふっ」と小さく笑ってしまった。
「ゆめのさんじゃないですか」
「何しとん?」
すると、目の前を通り掛かった柳生と仁王がそんなゆめこに声を掛けた。
「あれ?仁王くんと柳生くん、二人も温泉?」
「ええ。ゆめのさん達に昨日教えていただいたので、今日はみんなで来たんですよ」
「そうだったんだ。ジャッカルくんとブン太くんは?」
先程柳達には遭遇したし、 "みんな" というくらいだからジャッカル達もいるはずだ、とゆめこは思ったのだ。
すると柳生は「売店でフルーツ牛乳を買ってくると言っていました」と教えてくれた。
それを聞いて、
「いいなぁフルーツ牛乳」
とぼやいた彼女は、すでにマッサージチェアからフルーツ牛乳に興味が移っているようにも見える。
後で買いに行こうかな、なんてゆめこが思っていると、辺りをきょろきょろと見回した仁王に「ゆめださんは?」と聞かれた。
「蓮二に取られたー」
「あぁ、そういうことか」
そういえば自分達よりも先に柳達が脱衣所を出て行ってたな、と仁王は思い出す。
「それ気持ちええか?」
「うーん、どうだろ。よくわかんないや」
「ゆめのさんはあまり凝っていない方なのかもしれませんね」
「そうみたい。私もパパみたいな声出してみたかったのに」
「なんじゃ?それ」
「 "ああああ" ってやつ」
とゆめこが普段目にしている自分の父親の真似をすると、仁王と柳生は「ああ」と理解したように声をハモらせた。
これの何が気持ちいいんだろう?
と思う彼女に、マッサージチェアは少々早かったようだ。若さ故である。
つまらなそうに「早く終わらないかなー」なんて言うゆめこに、仁王はにやりと笑みを浮かべる。
「ちぃと刺激が足りんのかもしれんの」
「え、ちょ、なにっ?」
突然にやにやしたかと思うと、マッサージチェアのリモコンを手に取り、勝手に操作を始める仁王。
そんな彼に嫌な予感しかしなかったゆめこは、焦ったように声を掛けた。
が、次の瞬間。
味わったことのない振動が背中を襲い、ゆめこは「うわぁっ!」と体を跳ねあがらせた。
彼はマッサージのパワーを最大にしたのだ。
仁王はゆめこの前に対面で立つと、今にも立ち上がって逃げそうな彼女の肩を両手で押さえ固定した。
「ちょ、いたいいたいいたい!」というゆめこの反応を見てけらけらと笑う仁王に、そばにいた柳生は「遊び過ぎです!仁王くん」とたまらず止めに入る。
「もー、ほんっと意地悪。鬼畜」
むすっと眉根を寄せ自分を睨みつけるゆめこに、仁王は「すまんすまん」と謝ったが、その顔はとても愉しそうで全然反省などしていないのが見て取れた。
「大丈夫ですか?ゆめのさん」
と眉尻を下げ、心底心配したように手を差し伸べてきた柳生に、ゆめこは「ううっ、柳生くーん」と軽く泣き真似をしてその手を取った。
いまだにくつくつと笑っている仁王に、「まったくあなたという人は」と柳生は小言を漏らしたが、そう言いかけた所で、わずかばかり違和感を覚えた。
まだ出会って4ヶ月、とりわけプライベートな事を知っている訳でもないので断定はできないが、仁王がこんな風に他人に対して壁を作らずに接している様子を、柳生は初めて見たのだ。
ゆめこはいまだぷりぷり怒っているようだったが、柳生はそんな二人を見て、
「お二人は仲が宜しいのですね」
と無意識の内に声を掛けていた。
「えっ、柳生くん?今の見てた?私いじめられてたんだよ」
とゆめこが仁王を指差して言うと、仁王は彼女の人差し指をぎゅうっと握り力を込めた。
「細っこくてすぐ折れそうやのう」とふざける仁王に、ゆめこは再び「ひー!いたいいたい!」と声を上げ、そんな二人を見た柳生はやっぱり仲良しだな、という感想を抱くのだった。
三人がそんなやり取りをしていると、そこへ丸井とジャッカルが通りかかった。
少し離れた所からでも仁王とゆめこがじゃれ合っているのが見えて、
「何やってんだ?あいつら」
とジャッカルは少し呆れた顔をしたが、丸井は特に返事もせず、じっと仁王達を見ていた。
いつもなら「ゆめこー!」と真っ先に駆け寄るはずなので、ジャッカルは不思議に思って丸井の顔を覗き込んだが、その表情はいつになく真剣でジャッカルは少しどきりとした。
そして、そういえば昨日の夜も変だったな。と記憶を辿る。
仁王発案のゲームで「今好きな人、もしくは気になる人がいるか?」という質問が出た時だ。
表、つまり "イエス" を出したのは、一人は柳であることは本人も自白したので間違いないし、もう一人は場を掻き乱すために仁王が出したようだった。
となると丸井は裏を出したことになる。
今までの言動でてっきり丸井はゆめこを気に入っていると思い込んでいたジャッカルは、内心とても驚いたのだ。
それは丸井の心境に変化があったためなのだが、ジャッカルはそれを知らない。
ゆめこのことを憧れではなく本気で好きだと気付いてしまた丸井は、もし表を出してみんなに言及されてしまったらどうしよう。と思っていたのだ。
以前の丸井ならば「だってゆめこってかわいいだろい?」とさらりと言えていたかもしれないが、今となってはそれも少々気恥ずかしい。
きっとしどろもどろになって、みんなにからかわれていたことだろう。
本気だからこそ、気持ちを前面に出せなくなることだってあるのだ。
しかしいつまでも仁王とじゃれ合っているところを見せつけられるのも、決して気分の良いものではないので、丸井は「よし」と気合いを入れると
「ゆめこー!」
といつものテンションで駆け寄っていった。
その後ろ姿を見たジャッカルは、「俺の考え過ぎか?」と一人首を捻るのだった。
(180409/由氣)→31
アオハルかよっ