031
(まじで隣なんだな/丸井・仁王)

夏休み最終日。
この日ほど学生が憂鬱になる日があるだろうか、いや無い。

幸い早々に夏休みの課題を済ませていたゆめこは最終日に追われるなんてこともなく、今日という日を何をするでもなく一日中家で過ごしていた。

自由気ままにだらだらできる生活とも今日でさよならだな。
なんて思いながら、ゆめこは夕食後すぐにリビングのソファーにうつ伏せで横たわっていた。

「ちょっとゆめこちゃん、そんな所で何してるの?」

すると、クッションに顔を埋め、屍のようにぴくりとも動かないゆめこを見た母親が、怪訝そうな顔で声を掛けた。

体はそのままで「うー」とだけ返事をしたゆめこの声は、そのままクッションに吸収される。
愛する我が子だから百歩譲って許せるが、普通に考えたらただのやばい奴だ。
そのくらい、ゆめこは憂鬱な気分になっていた。

母親は「はぁ」と困ったように息を吐くと、「アイスでも食べる?」とダメ元で声を掛けたが、その瞬間ゆめこはむくりと起き上がり「食べる」と返事をした。

食べるんかい。と驚いた母親だったが、そういえばこの子は父親に似て単純な子だったなと思い直すと、冷凍庫から棒アイスを一本取り出しゆめこに渡した。
当たり付きの、到底ホームランが打てそうにないバニラ味の例のアレである。

ゆめこがアイスを食べ始めたのを確認して、母親はごそごそと棚の中からあるものを取り出すと、ゆめこの目の前に差し出した。

「ゆめみちゃんと蓮二くんとでもやったら?」

それは家庭用の花火セットだった。
日中スーパーに行ったついでに買ってきていたらしくゆめこは「おお」と目を輝かせてそれを受け取った。

「やった!たこさんも入ってる!」
「ふふふ。夏休み最終日だからね、最後の思い出作るのよ」
「うん!ママありがとう」

袋の中を覗き込んではしゃぐゆめこに、母はくすりと笑みを浮かべる。
先程ソファーでうなだれていた人物とはまるで別人のようだ。

ちなみにゆめこの言う "たこさん" というのは、たこをモチーフにした花火のことで、先端に火を点けるとたこの足の部分がパッと開き、イラストのたこが踊るように動くのだ。

ゆめこは花火を持ったままドタドタと階段を駆け上がると、部屋にスマホを取りに行った。
わくわくした気持ちでゆめみに電話をかける。

「あ、もしもしゆめみ?」
「ゆめこ〜、どうしたの?」
「あのさ、これから花火やろ」

弾んだ声でゆめこが誘うと、ゆめみは「あ〜」と残念そうに声を漏らした。
どうやら彼女はこれから親戚の集まりに参加するらしい。

「そっかー、残念だけど仕方ないね。しょうがないから蓮二誘う」

ゆめこがそう言うとゆめみは "しょうがない" の部分に思わず笑いそうになったが、思い出したように「あ」と声を漏らした。

「蓮二も今晩は家族で外食に行くって言ってたよ」

と、今朝柳が部活に行く前に教えてくれた情報を思い出しながらゆめみが言うと、ゆめこは「まじか」とショックを露わにした。

しかし駄々をこねても現状は変わらないので、ゆめこは「また今度遊ぼうね」と声を掛けると電話を切った。

ゆめみと蓮二がだめでも花火がしたい。
そう思ったゆめこは次にクラスメイトのももに電話をかけたが、そもそも彼女の家はそんなに近くないし、母親がとても厳しい人で夜出歩くのはダメだと言われているらしく、断られてしまった。

スマホを持ちながら誰か暇そうな人いないかなぁ、とゆめこは数少ない友人たちの顔を頭に浮かべる。
そして、暇そうと言えばこの人だ!とかなり失礼なことを思うと、ゆめこはその人物に電話をかけた。

数回コール音があった後、「もしもし」と同年代の男の子達に比べて少し低い声が、受話器の向こうから聞こえてきた。

「あっ、ジャッカルくん?私だけどさ」
「おお、どうした?」
「これから一緒に花火やろうよ」
「花火って・・・ゆめのの家でか?」

ジャッカルの質問にゆめこが「そうそう、私の家の庭で」と答えていると、ふいに受話器の向こうが騒がしくなった。
誰かと一緒にいるのだろうか?とゆめこが疑問に思っていると、

「ゆめこ!」

と、ジャッカルとは違う声に名前を呼ばれた。

「その声はブン太くん?」
「ピンポーン!」

どうやらジャッカルが発した "ゆめの" というワードに反応した丸井が、無理矢理電話を奪い取ったらしい。

「ジャッカルと花火すんのか?」と尋ねる丸井の後ろから「おい、ブン太!」というジャッカルの抗議の声が聞こえてきて、ゆめこはそんな二人のやり取りにぷっと小さく笑ってしまった。

「そうそう。うちの庭で花火しようと思ってるんだけど、ゆめみも蓮二もダメでさ。ジャッカルくんなら暇かなぁと思って」
「なぁなぁ、それ俺も行ってもええ?」
「えっ、構わないけど」

とゆめこが言うと、丸井は「やりぃ!」と喜びの声を上げた。
彼らは部活帰りに立ち寄ったファーストフード店をちょうど今出たところだったらしく、まっすぐゆめこの家に来ることになった。
夏休み最終日まで部活だなんてハードだなぁと思いながら、ゆめこは「じゃあ住所送っておくね」と一声かけて電話を切った。

家が近所だということは以前話してお互い知っているのだが、さすがに住所までは伝えていなかったので、ゆめこは自分の住所を打ち込むと丸井とジャッカル宛に一斉送信した。

それからバケツに水を汲んだり、チャッ○マンを準備していると母親に「ゆめみちゃん達来るって?」と聞かれたので、ゆめこは「ううん」と首を振った後「別の子が来る」と答えた。

「別の子って?」
「ブン太くんとジャッカルくん」
「まぁ」

その二人の名前はゆめこの口から何度か聞いたことがあったが、まさか男の子を二人も呼び出すとは我が娘ながらなかなかやるな、と母は思った。
そして自室で執筆中の旦那を思い浮かべると「パパには内緒にしときましょ」と言った。
娘の交友関係(男のみ)にはめっぽう口煩いのだ。

集中している時はほとんど部屋から出てこないので大丈夫だとは思うが、ゆめこは真顔で「うん、そうして」と言った。

ゆめこが庭に出て花火の準備をしていると、程なくして丸井とジャッカルがやってきた。

「二人ともいらっしゃい」
「ここがゆめこの家かぁ」
「まじで結構近所だな」

ゆめこが門を開けると、二人は物珍しそうにきょろきょろと辺りを見ながら入ってきた。

「立派な家だな」と褒めてくれる二人に、ゆめこは「ゆめみの家と蓮二の家に比べたら犬小屋だよ」と建てた本人である父親が聞いたら涙しそうなことを言った。
それは言い過ぎなんじゃ、と丸井とジャッカルは苦笑を浮かべる。
ゆめこの父親がうん十年ローンという苦渋の選択をして建てた家だ。
二階建てしかも庭付き車庫付きの立派な家に間違いはないので、ゆめこは「冗談だよ」と言ってあははと笑った。

その時、娘の友人が気になったのか母親が玄関から顔を覗かせたので丸井とジャッカルは「お邪魔してます」とぺこりと頭を下げた。名前だけは聞いていたが思ったよりも男前な二人に、母はにまにまと笑って「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」と声を掛けた。
笑った顔と大きな瞳がゆめこそっくりだな、と丸井とジャッカルは思った。



それから3人で花火を広げ、「どれからやる?」「次はこれにしようよ」などわいわいはしゃぎながら花火を楽しんだ。

半分ほど花火を消費したところで、丸井が「次これにしようぜ」とねずみ花火を取り出す。

「お、いいな。俺それ好きだぜ」
「ねずみ花火かぁ。これ一斉に火点けると面白いんだよね」

動きが読めないねずみ花火をきゃいきゃい言いながらかわすのが楽しいんだよなぁ。
なんて思ってるゆめこは、ねずみ花火を一人一つずつ配り始めた。
しかしねずみ花火は全部で4つある。
一人が2つに火を点けるとなると、片手は着火で使えないので1つだけ遅れを取ってしまうことになる。

ゆめこはうーんと首を捻った後、「そうだ!」と思いついたようにポケットに忍ばせていたスマホを取り出した。

そんな彼女の様子を、丸井とジャッカルは首を傾げながら見守る。
ゆめこはお目当ての人物が電話に出たことを確認すると、

「ねぇねぇ、今部屋に居る?ちょっとカーテン開けてうちの庭見てよ」

と言った。
そして隣の家の二階に向かって手を振る。

そこにはゆめこの指示通りカーテンを開け、自室の窓からこちらを見下ろす仁王がいた。
仁王の部屋の窓からは、ちょうどゆめの家の庭が見下ろせるのだ。
仁王はゆめこ達の姿を確認すると、少し驚いたような顔をした。

「何しとん?」
「花火!仁王くんもきて」
「えー」
「早く早く!」

面倒だと言いたげな仁王をスルーし、ゆめこは早く来いと庭から手招きする。
二階からでも分かるほどゆめこの笑顔はきらきらしていて、これ断ったら後からねちねち言われそうじゃ。と思った仁王は渋々行くことにした。

電話を切った後で「まじで隣なんだな」と丸井は目を丸くしてそう呟いた。

以前から家が隣同士とは聞いていたのだが、聞くのと実際見るのとではなんとなく感じ方が違ったのだ。
いつもこんな風に交流しているのだろうか、と思うと丸井の胸がずきりと痛む。

そんな丸井の心情など知る由もないゆめこは、「ちょっとチャッ○マン取ってくるね」とうきうきした声で言うと、家の中へ入っていった。
同時に着火したいので4つ必要なのだ。
少しして、

「ライターしかなかったー」

と言いながらゆめこが戻ってくると、ちょうど仁王がやって来たところだった。
さすがに4つも家に無かったのか、ゆめこの手には代わりとなる使い捨てライターが握られていた。

ゆめこは仁王の存在に気付くと「お呼び立てして、すみませんねぇ」とおばさんのような口調で話しかけ、ねずみ花火とライターを手渡した。

来るや否やそれらを持たされた仁王は頭にクエスチョンマークを浮かべていたが、ゆめこが「せーので点けよう」と言ったことでなんとなく彼女が何をしたかったのか理解できた。

普通ならこんなことで呼ぶなよ、とも思えそうなことだが、ゆめこがあまりにも楽しそうにしているので、仁王はまぁいいかと素直に従う。

4人同時に着火して地に放り投げると、ねずみ花火はしゅんしゅんと音を立てて四方八方に動き出した。

「うわー!こっち来たよ!」
「逃げろ!」
「おいっ」

逃げ惑うゆめこと丸井はすかさずジャッカルの背後に回り彼を盾にする。
足元に迫るねずみ花火にその場で足踏みをしてあたふたするジャッカルを見て、残りの3人は腹を抱えて笑った。

しかしねずみ花火の寿命は短い。
その勢いはすぐに終息し、ゆめこは「はー、面白かった!」と満足そうに息を吐いた。


それから残りの花火も4人で楽しんで、最後に線香花火をやることになった。
楽しい時間はあっという間で、丸井は少し残念そうに「これが最後かぁ」と呟いた。

「誰が最初に落ちるか勝負しようよ」
「それ普通逆じゃねぇか」
「わざと早く落とそうとするのはナシだよ」

ジャッカルのツッコミを無視し、ゆめこはみんなに線香花火を配る。
4人で丸くなってしゃがみ込み一斉に火を点けると、少ししてパチパチと線香花火が音を立て始めた。

「綺麗だねぇ。あ、なんか仁王くんのだけ勢いすごくない?」
「ハンドパワーじゃ」

そう言って右手で花火にオーラを送るふりをしてふざける仁王に、丸井は「笑わせんなよ、落ちるだろ」とにやにやしながら言ったが、「いや、落ちたら勝ちなんだろ?」とすぐにジャッカルにツッコまれていた。
なぜかゆめこ発のへんてこなルールが採用されているようだ。
勢いがすごいだけあり、仁王の線香花火が一番最初に落ちた。

「一抜け」
「あ、私もそろそろ上がりそう」

まるでババ抜きみたいな言い方をするゆめこ。
すると本当にすぐに火の玉が地面に落ちた。

「丸井VSジャッカルじゃな」

と、残った二人を見て仁王が言う。
するとそれを聞いたゆめこは「ジャッカル呼びになってる」とすぐに指摘した。
自分の記憶が正しければ確か桑原って呼んでた気がする、とゆめこは思ったのだ。

仁王はそれを言うならゆめこだって丸井のことをいつの間にか "ブン太くん" と呼んでいるではないか。と思ったが、なんとなくそこに触れる気にはならなかった。
話を聞いていたジャッカルは、

「あぁ、桑原って言いにくいしジャッカルでいいって言ったんだよ」

と答えた。
それと同時に彼の線香花火がぽとりと落ちて、全員の「あ」という間抜けな声が揃う。

「俺の負けかよ!」

と言う丸井の線香花火はまだ落ちそうにない。

負けたからと言って何かある訳ではないので、丸井は別にいいけど。なんて内心思っていたが「で、罰ゲームはなんじゃ?」と仁王が言ったことで、丸井はぎくりと顔を上げた。

「そう言えば決めてなかったねぇ」
「学食奢るってのはどうだ?」

普段丸井に奢らされているジャッカルが腹いせと言わんばかりに提案する。
しかし3人分というのは中学一年生にしてはなかなかヘビーだ。
ゆめこは「うーん」と考え込むと、

「では、ブン太くん。あなたを来年の花火係に任命します」

と言った。
同時に丸井の線香花火も地面に落ちたが、それよりもゆめこの言ったことの方が気になって、丸井はきょとんとした顔で彼女を見た。

「来年はブン太くんが花火用意してね」

ゆめこはにこりと笑うと「あ、ねずみ花火入りのやつ希望」と補足した。
それってつまり、来年も一緒に花火しようって意味だよな?と思った丸井は、

「・・・おう!任せろい」

と言うと、嬉々として胸を叩くのだった。





(180407/由氣)→32

ねずみ花火eat!




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