033
(ボクと友達になろうよ/不二・千石)
「周助、今日大会でしょう?」
新人戦当日。不二は朝食の食パンに母親特製の激辛カレーソースをかけながら、姉由美子を見上げた。休日なのにこんなに早く起きてくるのは珍しいな、と思いながら。
「また姉さんお得意の占いかな」
大会の話をした覚えが無い不二はそう返す。由美子はクスリと笑って、となりに座って興味深そうに不二の顔を覗き込む。
「あの子に会えるわよ」
「あの子ってあの子?」
「そう、あの子」
訳のわからない会話に、不二の目の前に座っていた弟裕太は「何の話だよ?」と突っ込むが、不二には聴こえていないようで、その瞳を大きく開けた。
少し考えた後、にっこりと微笑んで「それは楽しみかな」と呟いた。
「ほどほどにしておきなさいよ」
「何のことかな?」
「周助は好きな子に意地悪しちゃうクセがあるから」
「クス、心配いらないよ」
「だって好きじゃないから」と続いた言葉に、由美子はため息を吐いた。
好きじゃないのなら、その執着ぶりは何なのかと。ゴールデンウィークでゆめみを見かけてからと言うもの、不二は姉に何度か占って欲しいと頼んでいた。不二から女の子の話が出たのは初めてだったため、由美子も出来る限り力になりたいと思ったのだった。
由美子は興味があるものと無いものが明確に分かれている弟の性格を十分に理解していた。響かないと知りつつも「女の子には優しくしないとダメよ」と由美子はもう一度不二に言い聞かせるのだった。
そして、時間は進み、大会の会場である総合スポーツ施設。ゆめみは一緒に来ていたゆめこと別れて、5番コートへと急いでいた。しかし、この総合スポーツ施設はとても広大で、テニスコートも数カ所に分かれているようだった。テニスコートを目指して来たはずなのに、いつの間にか休息スペースに紛れてしまったようで、屋根付きのベンチの下で各学校毎の選手達がまとまって陣取っている。
一体5番コートがどっちなのか検討もつかないゆめみは柳に助けを求めようと、鞄の中に手を入れる。そこで初めてスマホを家に忘れて来たことに気が付いた。さっきまでゆめこと一緒にいたために、気がつかなかったのだ。
一気に不安になる。
誰かに道を聞こうと、立海の辛子色ジャージを探してみるも、見つけられなかった。
「可愛いお嬢さん、もしかして迷い子かい?」
と、その時、親切な人に話しかけられた。ゆめみは嬉しくて、その人を見上げる。
緑色のジャージを着た少年は、髪の色素が薄いのか、オレンジがかっていて、友好的な笑顔を浮かべていた。新人戦に出る選手のようだし、おそらく同い年だろうとゆめみは思った。
本当に困っていたゆめみは、ほっと息を吐く。
「ありがとう、困っていたの、5番コートってどこだか知ってる?」
「もちろん、良かったら案内するよ」
「ここはウチの学校の近くでね」と爽やかに笑う少年を、ゆめみはすっかり信用した。
「俺は山吹中1年千石清純」
「私はゆめだゆめみ、立海の同じ1年生だよ」
「こんな可愛い女の子と知り合えるなんて、俺ってラッキー」
デレッとした笑顔を見せる千石に、ゆめみは曖昧に笑った。ちょっとだけ嫌な予感がした。
「ゆめみちゃんって呼んでもいいかな?俺のことはキヨって呼んでくれたら嬉しいなぁ」
「ゆめみちゃんって本当可愛いね!カレシとかいるのかな?」
「初めてゆめみちゃんと目が合った時、ビビビと来たんだよね、ほら、運命ってヤツがさ」
よくもまぁ次から次へとそんな言葉が出てくるなとゆめみは逆に関心しながら、早く着かないかな、と無心で歩いていた。5番コートには少なくとも幸村がいるはずだった。昨日蓮二の試合の時、幸村は出番が無いと聞いていたため、一緒に応援しようと約束していたのだ。
「ゆめみちゃん?こっちを見てよー、照れてるのかな?」
幸村くんじゃなくてもいい。もう真田くんでもジャッカルくんでも、柳生くんでもいいから誰か来て、と心の中で願っていると、視界が青に染まった。このジャージには見覚えがある。
ゆめみはある人物を思い浮かべて、顔を上げた。しかし、そこに立っていたのは、思い浮かべた手塚国光本人では無かった。柔らかい笑みを浮かべた、優しそうな少年だった。ゆめみの手をそっと掴むと、親しげに笑う。
「ゆめみちゃん、待っていたよ」
これには千石もゆめみも何のことだか分からずポカーンとしたが、先に反応したのは千石だった。
「なーんだ、カレシがいたのかぁ」
と残念そうに呟くと、ゆめみに目線を合わせて「また迷子になったら会おうね」とウインクして去っていった。
おそらく困っていたのを見抜いて助けてくれたんだろうな、と思ったゆめみは、その人物に向き直る。
「あの、助けてくれてありがとう」
「気にしなくていいよ、友達の友達はボクにとっても友達だから」
パッとゆめみの手を離した彼は、にこっと笑う。友達の友達、と彼は言った。それってつまり。
「国光くんのお友達?」
彼はうん、と頷いて、「ボクは不二、よろしく」と手を出した。「ゆめだゆめみ、よろしくね」ゆめみもつられて手を出して、握手をする。知り合いでは無いとはいえ、あの真面目な手塚の友達なのだから、変な人では無いだろうとゆめみはほっとしていた。これでようやく5番コートに辿り着けそうだ。迷っていたところに、千石に声をかけられたことを話すと、不二は不思議そうな顔をする。
「おかしいね、ここは5番コートとは逆方向だよ」
「え、そうなの?」
ゆめみは目に見えてどうしよう、と困った顔をした。不二はそんなゆめみにクスリと笑って、「ボクが案内してあげようか?」と提案した。試合は大丈夫なのかと聞くと、既に第1試合は終えたようで、次の試合まで時間があると言われたので、ゆめみはその好意に甘えることにした。
彼はにこにこしたまま、スタスタと軽やかに隣を歩く。歩く度に揺れる髪が綺麗だと思った。幸村くんとも国光くんとも違う、独特な雰囲気をまとっているように感じた。
どこか人とは違う場所を見ているような、そんな感じ。顔は笑っているのに、本当は誰にも心を許していない、そんな感じ。
このまま付いて行くのが少し不安になって、ゆめみは足を止めた。
辺りを見渡すと、なぜか丘への坂道を登っていた。明らかにテニスコートから遠ざかっている。
「どうしたの?こっちだよ」
不二はゆめみの顔を覗き込んでにこっと笑った。一瞬でゆめみの頭の中をいろんな可能性が駆け巡る。
本当にこの坂の上にテニスコートがあるの?それともこの坂を通るのが近道なの?もしくは不二くん自身が勘違いをしている?
ぐるぐると回る思考に、ゆめみが百面相をしていると、不二はクスクスと楽しそうに笑った。
突然笑い出した不二に、ゆめみはクエスチョンマークを頭の上に浮かべて、首を傾げる。
「ごめんごめん、あんまり簡単に信用するものだから、ついどこまでついてくるか試したくなっちゃって」
不二の言葉をゆめみはすぐに理解出来なかった。手塚の友達である不二がまさか自分を騙すとは、想像も付かなかったのだ。
「でもこんなところまでついて来ちゃうなんて、ふふ」
笑い続ける不二に、ゆめみはようやく事態を理解した。からかわれたのだ。ゆめみの顔が見る見るうちに赤くなる。
「なっ」
文句を言おうと口を開くものの、元はと言えば自分が悪いのだ。それなのに、一応困っていたところを助けてくれた人を恨むのは間違っているような気がした。
ゆめみは口を閉じて、少し呼吸を整えた。
「お手間をおかけしました」
ゆめみは深々とお辞儀をした。その仕草は美しかった。怒鳴られるか、泣かれるかすると思っていた不二は意外そうにじっとゆめみを見た。
ゆめみは顔をあげて一瞬不二を見てから、立ち去ろうと後ろを向く。
「ねぇ、ボクと友達になろうよ」
ゆめみは聞こえてきた言葉に、不可解な顔をして振り返る。今、この人なんて言った?今意地悪をしたばかりなのに。自分が気に入らないから意地悪をしたわけではないのか。
しかし、不二は親しげな笑みを浮かべていた。その瞳には、罪悪感のカケラも見えない。本心でそう言っている、とゆめみは感じた。不二は「今携帯持ってないんだ」と言って、ゆめみに紙とペンを渡してきた。
「連絡先を書いてよ、連絡するから」
呆気に取られてしまう。ゆめみは戸惑いながらもう一度不二を見上げた。にこにこと笑う、その笑顔に悪意はなさそうだ。
ゆめみもスマホを持っておらず、自分のIDを覚えていなかったが、まぁいいかと思ってスラスラと連絡先を書いた。
不二はそれを受け取ろうと手を伸ばしたが、それよりも早くゆめみがメモを上に上げた。
「友達なら、5番コートがどこか教えてくれるよね?」
不二はサッと上げられたメモをゆめみの手から奪うと、「もちろんだよ」と笑った。
5番コートは、先ほど千石が案内してくれた場所のすぐ近くだった。ゆめみはそれを知ると少し不二を睨んだが、すぐに「困った人ね」と小さく笑った。
遠くに見えた辛子色ジャージに、目を輝かせる。そして「ありがとう」と笑った。その笑顔は、不二が今日出会ってから一番いい笑顔だった。不二の目が大きく見開かれる。
ゆめみは走っていく。すでに柳の試合は終了しており、5番コートの前では柳と幸村が現れないゆめみを心配して待っていた。
「蓮二、幸村くん」
ゆめみを見つけると、柳と幸村はすぐにゆめみに駆け寄った。少しゆめみを叱りつけて、そのあと安心したように笑う。
愛されているんだね。不二は少し離れた場所からその光景を眺めていた。
ふと思い出して、不二は握りしめていたメモを開いた。それを見て驚いた顔をした後、ふふっと笑う。
メモには、ゆめみの綺麗な文字で『住所』が書かれていた。
「遠いなぁ」
そう呟いた不二の表情はどことなく寂しそうだった。
(180411/小牧)
やっとキミにたどり着いた
→34(夢主1&夢主2共通のおはなし)
後半部分、夢主1と仁王の絡みがありますが、ご一読いただけますと設定把握にもなるかと思います。別にいいや、な方は適宜スクロールで。