034
(それは褒めているのか/仁王・丸井・柳)
9月末日。ここ立海大付属中学校は、一年で一番の盛り上がりを見せていた。海原祭が始まったのだ。
夏休みが終わり新学期が始まってからというもの、学生たちは約一ヶ月間放課後や休み時間を利用してこの日のために準備してきた。人によってはそれよりもさらに前から取り組んでいたことだろう。こうして無事に海原祭が幕を開け、各々クラスの模擬店や企画イベントなどに力を入れていた。
そんな中、たこ焼きを作りながらちらちらと壁掛けの時計を気にする少女が一人。制服の上にはっぴを羽織ったゆめこだった。彼女のクラスの模擬店はたこ焼き屋なのである。ゆめこは時計の長針がてっぺんを指し、時刻が11時を回ったことを確認すると、
「よし、たっちゃん。あとはお願い」
と言って、隣で一緒にたこ焼きを作っていたクラスメイトに声をかけた。彼が「ゆめのさん休憩?」と聞き返した時には既にそこにゆめこの姿はなく、足元にある備品入れのダンボールの中には一着のはっぴが脱ぎ捨てられていた。
なぜ彼女がそこまで急いでいるのか、それには理由がある。階段を駆け上がりM組の前まで行くと、既にゆめみは制服に着替えてそこに立っていた。
「ゆめみー!お待たせ」
とゆめこが声を掛けると、彼女は「私もちょうど今出てきたとこ」と言ってにこりと笑った。せっかくの海原祭だ。クラスは違えど一緒に見て回りたかったゆめことゆめみは休憩時間が同じになるように調整して待ち合わせをしていたのだ。
「まずどこ行く?」
「蓮二のところにでも顔出してあげる?L組って何やってるんだっけ」
「お化け屋敷って言ってたよ」
「あー、そういえばそんなこと言ってたね。微妙」
と、目に見えてテンションが低くなるゆめこ。彼女は別に怖いものが嫌いという訳ではないのだが、わざわざ足を運ぶほど好きという訳でもない。しかし柳のクラスはすぐ隣なので、通り過ぎるのもかわいそうだなと思ったゆめことゆめみは、とりあえず少しだけ寄ってみることにした。
すると受付のところに柳を見つけた。彼は白い着物に身を包み姿勢よくそこに座っていて、その格好はおかっぱ頭の彼によく似合っていた。いや、似合い過ぎていた。ゆめこが「座敷童だ」と言うと、隣にいたゆめみも同じことを考えていたのか肩を震わせて笑った。二人揃ってにやついた顔のまま柳に歩み寄ると、
「そろそろ来る頃かと思っていた」
と柳は涼しい顔で言った。
「ねーえ、蓮二似合い過ぎ!」
「でもとってもかわいいよ」
「それは褒めているのか?」
「褒めてる褒めてる。写真撮らせてよ」
ゆめこはそう言うと、柳の隣にゆめみを立たせた。そしてツーショット写真を撮った後、今度はインカメラに切り替えて三人で写真を撮った。ちょうどゆめことゆめみの真ん中で控えめにピースをする彼の姿に、写真をチェックしたゆめこは「うわ、背後霊みたいになった!」と言ってけらけら笑った。笑われた柳は少しむっとした顔をしたが、「まぁまぁ。今撮ったゆめみとのツーショ、後で送ってあげるから」とゆめこに耳打ちされると、すぐに納得したような表情になった。柳は一息つくと、
「で、入るのか?」
と二人に尋ねた。その問いに、ゆめことゆめみは顔を見合わせると、
「遠慮しとく」
「何か食べたいね〜って二人で話してたところだから」
とすぐに断った。お化け屋敷に興味が無いというのが本当の理由だが、何か食べたいと思っているも嘘ではない。ゆめみのクラスが喫茶店なのでそこで食べてもいいのだが、せっかくなので自分のクラスは避けたいなぁとゆめみが思っていると、そんな彼女の心情を読んだのか
「丸井のクラスが甘味処をやると言っていたぞ」
と柳は言った。
そういえばブン太くんそんなこと言ってたかも?とゆめこが思い返していると、ゆめみが「あんみつ食べたい!」と言ったので二人の次の目的地はA組となった。
「そういえばテニス部の模擬店はバーだっけ?あとで遊びに行くよ」
「そうだね、蓮二のマスター姿見たいもん」
ゆめこ達がそう言うと柳は「では俺が持ち場にいる時間を教えておこう」と頭の中に入っているシフト表をそのままゆめこ達に伝えた。
それから二人は柳に別れを告げA組のやっている甘味処へと向かうことにした。
A組の前まで行くと少しだけ列が出来ていた。
「いち、にー、さん・・・4番目か」
と並んでいる人達を数えてゆめこが言う。
「結構繁盛してるね」
「だねー。どうする?」
とゆめこが聞くと、ゆめみはちらりとスマホの時計を見て「少しだけ待ってみよっか」と言った。ゆめこはにこりと笑って「了解」と返事をすると、入り口のところまで行って中を覗き、すぐにゆめみの元へ帰ってきた。「回転率良さそう」とだけ言った彼女は、どうやら席数を数えていたらしい。思ったよりも席が多かったので、これならすぐ自分達の番になるだろうと踏んだのだ。
そうして少しの間二人で話しながら待っていると、大正浪漫風の衣装に身を包んだA組の女子生徒が、並んでいる人達にメニューを配り始めた。彼女はゆめこ達のところにやってくると、
「ゆめこちゃん!来てくれたの?嬉しい!」
と感激したように言った。ゆめこは「るっちゃん」と彼女に声を掛けると「あんみつ食べに来たの」とにんまり笑った。夏休み期間中に行われた林間学校で同じ班になってからというもの、るっちゃんはゆめこを慕うようになっていた。彼女はゆめこが来てくれたことをひとしきり喜んだ後、「そうだ!」と言ってぱたぱたと中へ消えていく。
代わりに丸井が出てきて、彼はゆめこの姿を見つけるなり笑顔で駆け寄ってきた。丸井の気持ちにほんのり気付いているるっちゃんが気を利かせたのだ。
「二人とも休憩中?」
「そうだよー。あんみつ食べたくて来ちゃった」
とゆめこが言うと、「じゃあ特別サービスしてやるぜ」と丸井がウィンクをして、ゆめことゆめみは顔を見合わせた。一体何をサービスしてくれるんだろう、なんて思いながら順番を待ち、しばらくして席に案内されるとゆめこ達はあんみつを二つ注文した。
そして運ばれてきた器の中を覗いて、二人は目を輝かせた。
「アイスだ!」
「丸井くん太っ腹だね」
抹茶アイスが添えられたことで、あんみつがクリームあんみつにグレードアップしている。ちらりと視線を感じてゆめこ達が顔を上げると、丸井が厨房スペースを仕切っているパーテーションからひょっこり頭だけ出してピースをしていた。嬉しくなった二人はにっこりと満面の笑みを浮かべると揃ってピースを返した。
それから丸井のおかげで大満足したゆめことゆめみは、丸井とるっちゃんに別れを告げて甘味処を後にした。
「これからどうする?」と言いながらゆめみがポケットに忍ばせていたパンフレットを広げると、ゆめこは「なんか体動かしたいなぁ」と言ってその場でぴょんぴょん跳ねた。
「んー、そうだなぁ。あっ、一番近い所でI組が射的とかやってるみたいだよ」
「おっ、いいじゃんそれ。いこいこ」
と、ゆめこはゆめみの手を引いて歩き出す。
そしてふと、あれ?I組ってことは・・・?と、ゆめこはとある人物の存在を思い出した。
「仁王くんのクラスだ」
「えっ、仁王くんってI組なんだ?」
「うん。何かサービスしてくれないかなぁ」
丸井の一件で味を占めたゆめこは、そう言ってにやりと笑った。
しかしI組に着き早速中に入ると、そこに仁王の姿はなく「なんだ、いないじゃん」とゆめこは少しがっかりしたような表情になった。その横でゆめみは物珍しそうにきょろきょろと辺りを見ると、射的の景品にある手のひらサイズのテディベアを見つけて「あ、あれ可愛い」と言った。
「挑戦してみる?」
「うーん、でも私こういうの苦手なんだよね」
と困ったように笑うゆめみに、ゆめこはうーんと少し考えた後「じゃあ私やってみる」と言った。射的なんて幼稚園ぶりくらいなので特別自信があった訳ではないのだが、ゆめこは昔から好奇心旺盛でとりあえずやってみようというきらいがあった。場当たり主義と言われてしまえばそれまでなのだが、ゆめこはふんふーんとご機嫌に鼻歌を歌うと、お金を払ってコルク銃を受け取った。
「チャンスは三回かぁ」
と言いながら、ゆめこは他に射的をやっている人達をちらりと盗み見る。ふむふむ、あんな感じね。などとそれとなく他人の真似をして構えると、躊躇いなく発砲する。しかし二発連続で外してしまった。
「なにこれ結構難しい!なめてた」
「ゆめこ頑張れ〜」
「もうラストチャンスだよ」
残念そうにそう言いながら、ゆめこは再びコルク銃を構える。するとその時、
「それじゃあ絶対当たらんぜよ」
と、突然後ろから声を掛けられ、ゆめこは驚いて振り返った。
そこには仁王が立っていて、彼は他のI組の生徒が縁日用のはっぴを来ているにも関わらず、一人だけいつもの制服姿のままだった。休憩から戻ってきたのかな?なんてゆめこは思ったが、射的係をしていた男子生徒に「仁王おまえどこほっつき歩いてんだよ」と言われていたので、あ、サボりか。とすぐに察した。仁王は「おー、宮治。便所じゃ便所」と答えていたが多分嘘だろう。
しかしそんなことよりも、"絶対"当たらないなどと言われたことの方が気になって、ゆめこは少しむっとした顔で仁王を見上げた。
「じゃあどうやったら当たるの?」
「そもそも構え方がなっとらん。ます脇を締めて肩と頬で銃を固定して、それから・・・」
「あー、もう!口で言われても全然分かんない」
ぺらぺらと説明を始める仁王に、ゆめこはたまらず待ったを入れる。
すると仁王はやれやれと肩を竦めると「ほら、構えんしゃい」と言ってゆめこに前を向かせた。
そして後ろから手を回すと「こっちの手はここ置いて。銃はこう向けて」と説明し出したが、その近すぎる距離と耳元で聞こえる仁王の声に、ゆめこは「えっ、ちょ、ちょっと!」と珍しくどもると、慌てたように振り向いた。
そんなゆめこに仁王は一瞬ぽかんと口を開けたが、彼女の顔が真っ赤になっているのを見ると「口で言われても分からん言うたんはお前さんじゃろ?」と言うとにやりと口の端を吊り上げた。すかさず宮治が「仁王セクハラー」と野次を飛ばすと、一部始終見ていたゆめみも「セクハラはんたーい」と一緒になって抗議したが、二人とも顔がにやついている。
「くまさん取りたいんじゃろ?」
「もう!分かったよ、分かりましたよ」
とゆめこが観念したように言うと、仁王は再びゆめこの後ろから手を回し指導を始めた。
全然集中できないんですけど、なんてゆめこが内心思っていると「上の方狙ってみんしゃい」とぼそりと囁かれて、ゆめこは「上?」と聞き返した。そういえば最初の二発は下の方狙ってたなぁ、とゆめこは上の方に狙いを定め、思い切って引き金を引いた。
ポンッとコルクが飛ぶ音がして、次にぼとりとテディベアが落ちる。
「あ」
「ほう、やれば出来るっちゃ」
「すごいゆめこ!ほんとに取っちゃった!」
呆然と立ち尽くすゆめこに、ゆめみは「すごいすごい」と興奮したように繰り返し、ぎゅうっと抱き着いた。まさか取れると思ってなかったゆめこは「まじか」と声を漏らしたが、段々嬉しさが込み上げてきたのか見る見るうちに笑顔になった。
そしてテディベアを受け取ると、ゆめみに渡した。
「はい、ゆめみ」
「うわー!嬉しい!ありがとう!大事にするね」
すると、そんな二人のやり取りを見た仁王は「自分のために取ったんじゃないんか?」とゆめこに尋ねた。「ん?違うよ。ゆめみのため」とにこにこして答えるゆめこに、仁王は少し考える素振りをすると、次にポケットからじゃらじゃらと小銭を取り出した。
「俺もやる」
と言ってコルク銃を構える仁王に、「いやお前は店側の人間だろ」と宮治はツッコんだが仁王はお構いなしだ。流れるような動きで三発連続で撃つと、狙ったものを全て撃ち落とした。
「「おお〜」」
その腕前に、ゆめことゆめみは感嘆の声をハモらせる。落としたものを全て回収すると、仁王は「ん」と言ってゆめこに渡した。
「お前さんは食いもんの方が嬉しいじゃろ?」
という言葉に、ゆめこが受け取ったものに目を向けると、それは三つともお菓子だった。
ゆめこはえ、くれるってこと?ていうか全部お菓子って私どんだけ食いしん坊キャラに思われてんの。と思ったが、もし自分のためにやるなら狙っていたであろうものばかりだったので、悲しいかな否定は出来なかった。
それにわざわざ自分のために取ってくれたことが嬉しくて、
「ありがとう、仁王くん」
とゆめこがお礼を言うと、仁王はフッと目を細めて笑った。その表情が相当レアだったのか、近くで見ていた宮治は「お前ほんとに仁王か?」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
(180409/由氣)
夢主1は→36 夢主2は→35
こーはんへつづくー(ち○まる子風)