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(さすがはフラワーコンビ/幸村)

海原祭1日目。午後1時。ゆめみはゆめこと他のクラスの模擬店を満喫した後、またクラスへと戻って来た。
1年M組のドアの前には何組かのカップルが用意された椅子に座って待ってる。
FLOWER GARDENと書かれた看板をくぐり抜けて中に入ると、綺麗な花々が迎え入れてくれた。

「いらっしゃいませ」

真っ先にそう言ってくれたのは、ウエイター姿の幸村だった。真っ白いシャツにシックな黒いエプロンをつけている。ゆめみの姿を確認すると、ニコッと笑って「おかえり」と言った。
1年M組の催し物は花喫茶だった。

ゆめみは急いでパーテーションの裏に入り、ウエイトレスの格好に着替えて、次に休憩を取る生徒と入れ替わりでホールに入った。
各テーブルにはコスモス、ナデシコ、桔梗、リンドウ、薔薇などの秋の花が1種類ずつ飾られている。そこでハーブティーやフルーツティーなどの飲み物を頼むと、テーブルのモチーフに合わせた一輪の花が花言葉とセットでプレゼントされる仕組みだ。
更に、出される食事のほとんどがエディブルフラワー(食用花)で作られており、見た目も華やかだった。
それがなかなかにロマンティックで、SNS映えするとの事前情報が広がり、始まりと同時に大盛況を収めていた。

発案者は幸村で、インテリアや料理の企画のほとんどをゆめみと2人で考えた。元々花好きの2人ならではの細やかな工夫が散りばめられ、訪れた人々を笑顔にしてくれる。

「幸村くん、ゆめみちゃん、ちょっと」

幸村とゆめみが忙しく動き回っている中、パーテーションから春巻が顔を出して、2人に声をかけた。ゆめみと幸村が裏に戻ると、春巻は泣きそうな顔をして「このままだと花の数が足りなくなりそうなんだ」と言った。水の入ったバケツに挿してある花の数を確認すると、すでに3分の1以上の花が無くなっていた。2日目のことも考えると、明らかに数が足りない。

「生花は単価が高いから今から調達出来る花じゃ赤字になってしまう」

春巻は電卓を叩きながら頭を抱える。今用意している生花は1ヶ月前から交渉に交渉を重ね、かなり安く仕入れたものだった。材料費が高く、文化祭にしては高めの料金設定にせざるを得なかったため、まさかここまで客が入るとは考えていなかったのだ。
困り顔のクラスメイト達に対して、ゆめみと幸村はお互いの顔を見て、うんと頷きあった。

「話は分かったよ、この件は俺とゆめださんに任せてくれないか?」

わっとその場に小さな歓声が起こる。「よっ、さすがはフラワーコンビ!」「頼りにしてるぜ」とクラスメイト達に言われ、幸村はちょっと照れ臭そうに笑った。
ゆめみはキッチンからエディブルフラワー入りのクッキーを数枚透明な袋に詰めて、エプロンのポケットに忍ばせる。
そして、2人はウエイター&ウエイトレスの姿のまま、教室を出て行った。

「今同じ方向に歩いているけど、俺たち同じことを考えていると思う?」

幸村は穏やかにそんなことを言う。ゆめみはにっこりと笑って「えびだもん」と答えた。
Evidemmentとはフランス語で「もちろん」と言う意味である。幸村はその回答を聞くと、「Moi aussi」と笑う。
予想通り、2人の足取りは止まることなく屋上庭園へと向かった。

屋上庭園は、海原祭期間中も生徒達の憩いの場になっており、ちらほらとカップルやグループが寛いでいた。
2人はそれを通り過ぎて、奥へと進んでいく。麦わら帽子を被った初老の男性が熱心に草むしりをしていた。

「泰永さん」

幸村が声をかけると、泰永さんと呼ばれた男性は顔を上げた。そして幸村とゆめみの姿を確認すると、立ち上がって温かみのある笑顔を向けた。

「幸村くん、ゆめみちゃん、よく似合っていますねー」

この泰永という男性は、立海大附属専属の庭師である。この屋上庭園や中庭だけでなく、立海大の庭園もほぼ1人で管理しているスーパー庭師だ。
花喫茶のイメージが湧きやすいだろうと言う理由で、よくここで模擬店の打ち合わせをしており、その時に泰永にいろいろとアドバイスをもらったのだった。
今では会うと必ず世間話をするくらい、幸村とゆめみと仲良くなっていた。

「泰永さん、実はご相談がありまして」

ゆめみは泰永に丁寧に順を追って、生花が足りなくなった経緯を説明した。その後で幸村が具体的に何本生花が必要なのか、予算はどのくらいかということを補足した。
泰永さんはうんうん、と頷きながら話を聞いた後、少し考えてそれからにっこりと笑った。

「ちょうど今朝大学のナデシコを間引いたばかりでね、それから中庭のコスモスが咲き過ぎているからこれから整えようと思っておったところです」

「良かったら差し上げますよ」と言う無料で提供してくれるという申し出に、幸村とゆめみは手を取り合って喜んだ。

「「ありがとうございます」」

「これで予算を残りの花に使えるね」と微笑むゆめみ。幸村は手早く行きつけの花屋に電話をして、残りの花を確保した。
泰永さんは「すぐ持ってきてあげますよ」とナデシコを取りに行った。幸村とゆめみは自分たちで取りに行きますと申し出たが、泰永さんが頑なに「大丈夫ですから」と言ったので、2人は屋上庭園のちょうど真ん中にある屋根付きのベンチに座って待つことにした。

天気も良く、水がまかれたばかりの植物達はキラキラと輝いて見えた。2人はしばらくの間、飽きずにガーデニングの話をしていたが、ふと思い出したようにゆめみが切り出した。

「幸村くんって人気者だよね、かっこいいもんね」

幸村の心臓がドキ、と跳ねる。
どういうことかと聞けば、ウエイターの格好がとても似合っているとゆめみは答えた。

「女の子達、幸村くんを見て騒いでたよ」

うふふと笑うゆめみに、幸村はそれはゆめみの方だろうと思った。
今回のコンセプトは花がメインのため、衣装はシックに行こうと決めた。男子は白いシャツに黒いズボンに黒いエプロン、女子は白いブラウスに黒い長めのスカートに黒いエプロン。
何の変哲も無いただの白ブラウスなのに、ゆめみの上品な印象を更に引き上げているよつに思えた。
純粋に綺麗で可愛いと思う。男子生徒がゆめみを見てニヤついていたことにばかり目が行っていた幸村は、ゆめみの発言を不思議に思ったのだった。
「ゆめださんこそ綺麗だよ」素直にそう口に出来ればいいのに、と幸村は思った。
でもそんな言葉を言う勇気は無くて、代わりに「それは気が付かなかったな」と返事をした。

ゆめみは「幸村くんは意外とそういうところに疎いよね」と笑う。そして、ポケットに手を入れると、クッキーを1枚幸村の前に出した。

「幸村くん、お腹空いてるでしょ?」

そう言われると、お腹が空いてくるから不思議だ。本来ならば幸村の休憩時間は2時からだった。それがこの一件で遅くなってしまっていた。

「ありがとう」

疲れていたのだろう。幸村はそのままクッキーに顔を近づけて、半分食べた。「美味しい」幸村はそう呟いた。
しかしゆめみの顔が赤くなっていることに気が付いて、動きを止める。無意識だったが、直接手から食べる形になってしまっていた。幸村の顔もほんのり赤く染まる。
慌てて「ごめん」と言おうとした幸村の口にゆめみは残りのクッキーを押し込んだ。
もぐもぐと幸村の口が動く。飲み込むと、ゆめみはえへへと笑って、「美味しいでしょ」と言った。そして、自然に視線を外して前を見る。
気まずい空気になりかけたところを、気付かないフリをして流したゆめみ。前を向いていても、まだほんのり赤い頬が可愛いと思ってしまう。
甘いムードに惑わされて、その時の俺はどうかしていたのかも知れない。

「明日の後夜祭、ゆめださんは誰と踊るの?」

聞いてしまった後で押し寄せる後悔。答えは分かりきっていた、なのになぜ聞いてしまったのか。

「蓮二と踊るよ」

ゆめみは少し照れたように笑った。




(180412/小牧)→37

キミの口からその名前を聞きたく無かったのに




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