037
(Shall we dance?/柳•幸村•真田)
海原祭1日目の夜。柳は机に向かって珍しく思い悩んだ表情を浮かべていた。
目の前にはスマホ。ゆめみ宛のメッセージ作成画面に文字を入力しては消していく。
『明日のお前を予約させて欲しい』
『ダンスの相手が俺の確率100%』
『Shall we dance?』
要するに、後夜祭でのダンスにゆめみを誘いたいのだが、誘えないでいるのだった。
恐らく、正確に言えば87.6%の確率で誘えば快諾してもらえるだろうと思っていた。かなり可能性は高いと言える。
しかし、頭でそう理解していても、言えないものは言えないのだ。夏休み明けから毎日のように今日こそはと思っていたが、結局言えないまま、前日まで来てしまった。
直接言えないのなら、メッセージを送るしかないと思い、柳は先ほどから同じ動作を繰り返していた。
『後夜祭で俺と踊らないか?』
また入力した文章を消した。柳はスマホを放置したまま、机に顔を埋める。顔は赤くなっている。恥ずかし過ぎる。
「不可能だ」
柳蓮二のキャラではない。やはり明日会った時にさらりと誘うことにしようと決めて、柳は布団に入った。
1ヶ月近く言えなかったのに、明日自分は言うことが出来るのか、と不安になって眠れなかった。
海原祭2日目の朝が来た。
1年M組は早朝ミーティングをしていた。全員真剣な目をしている。黒板には昨日の模擬店毎のランキングが張り出されていた。
海原祭の模擬店表彰制度は、売上げ部門、利益部門、来店客数部門と3つに分かれており、それぞれ上位5位までが表彰される。そして、我が1年M組は売上げ部門で昨日2位を獲得したらしい。
ちなみに賞品は金一封。順位によって金額が変わるため、打ち上げで行ける店が変わるということになる。
元々は利益も売上げも気にしておらず、のんびりカフェでもやるか的なノリで決まった花喫茶だったが、1日目2位という結果を見てしまうと、優勝したくなるのが人情だ。
学級委員の春巻と真冬が前に立ち、更に売上げを伸ばすためのアイディアを取りまとめていた。クラスの前での花クッキーの販売、休憩時間中の客引き、14時半以降は装飾用の花をミニブーケにして販売する、等の案が可決された。
「よし!行けるぞM組、絶対優勝するぞ!」
おおー!とクラスメイト達が声を上げて盛り上げる。「最後にフラワーリーダーから一言!」と春巻は幸村の腕を引っ張って、前に立たせた。幸村は最初少し戸惑いの色を見せたが、前に立つと堂々とした表情に変わる。
「みんな、昨日はたくさんのトラブルを一緒に解決してくれてありがとう。昨日2位という結果は、俺たちの努力の成果だと思っている」
幸村の言葉に周りが引き込まれていくのをゆめみは感じた。幸村くんはあの場所が似合うな、と思う。
「今日は2日目、気温も高い。花の鮮度管理には昨日以上に気を使って欲しい、部活の模擬店や海原祭特有の仕事で忙しいメンバーも多いだろうと思う、助けあっていこう」
幸村はクラスを見渡した。全員の心が1つになっていることを確認する。そして最後にゆめみを見た。ゆめみはうん、と頷いた。
「俺たちM組優勝に死角は無いよ」
おおー!!と今までで一番の声が上がった。
午前中があっという間に過ぎ去り、12時を15分過ぎていた。柳はメインステージの席を確保しながら、何度も時計を確認する。12時から休憩を合わせていたゆめみと待ち合わせをしていた。普段めったに時間に遅れないゆめみが遅れるのは珍しい。
(俺と踊らないか?、いや踊りませんか?)
今日こそゆめみをダンスに誘うと心に決めていた柳は、会った瞬間に言おうと決めていた。
「れーんじっ」
ゆめみは後ろから柳に抱きついた。柳はギョッとして振り返る。珍しくオーバーリアクションな柳に、ゆめみは「えへへ、びっくりした?」と喜んだ。
そう言って笑うゆめみは可愛いが、柳はまた言えなかった、と内心ため息を吐く。
「今ね、たこ焼きを買って来たの」
テンションが高いゆめみに何かいいことがあったな、と予測しながら、柳はとりあえずゆめみを自分の隣に座らせた。ゆめみはジャーン!と言いながら、買って来たばかりだと言うたこ焼きを柳の前に出す。
「蓮二食べて食べて」
ゆめみが促すので、柳はつまようじに刺さった1つを口に運ぶ。食べた瞬間、幸福感を感じる。たこが2つ入っていたのだ。
柳がポッと幸せそうな顔をすると、ゆめみも嬉しそうに笑った。
「ゆめこがサービスしてくれたのー、たこが2つ入ってるだけで、どうしてこんなに幸せな気持ちになれるのでしょう」
ゆめみは機嫌良く、そのまま「教えてーアルプスのもみの木よ」と歌い出した。それがなんとも言えず可笑しくて、柳はくくと笑った。
なかなか良いムードではないか。今ならば確実に言える、と柳は思った。
「ゆめみ」
ドクドクと心臓の音が聞こえる気がした。「ん?なぁに?」とゆめみが柳の瞳を覗き込む。
「俺と踊ら」
「はぁぁー!!!」
とその時、会場中に野太い声が響き渡った。ゆめみの視線がステージへと移る。
ステージでは真田が特技の居合いを披露していた。日本刀で、巻き藁を斜めに1回、水平に2回切り、四つにする。
斬られた巻き藁が宙を舞う。斬撃が目に見えるようだった。見事に成功を収めた真田は、ご満悦気味な表情を浮かべていた。
柳はそんな真田を見ながら、これを見るためにメインステージに来ていたことを今更ながら思い出した。「真田くんすごいね」と素直に感心するゆめみ。
その後もタイミングを掴めず、柳は結局ダンスに誘うことが出来ないまま、ゆめみは「蓮二またね」と笑顔でクラスに戻っていった。
俺は意気地無しだな。
はぁ、とため息が口から漏れる。
思い返せば、いつも俺はゆめみに言葉をかけてやれていない。ゆめみはよく俺のことを「カッコいい」と言ってくれるが、俺はゆめみに「可愛い」と言えたことがない。
入学式の日も、夏祭りの日も。
ジョシュアなら、幸村精市なら、息をするように、ゆめみをダンスに誘えるのだろう。
そして、ゆめみもそんな男の方が好ましく思うに違いない。
柳はまたはぁ、とため息をついて、とぼとぼと隣のクラスに戻っていった。
「お花クッキー、終了です!」
「生花付きハーブティー、完売!」
「ミニブーケも完売しましたぁ!」
「おおー!」
1年M組からはそんな喜びの声が次々と響いて来る。柳は淡々と受付をしながら、隣のクラスの盛り上がりを眺めていた。
M組の優勝は確定的だな、と柳は思った。柳のいる場所から教室の中までは見えないが、おそらくクラスの中心には幸村とゆめみがいるのだろう。想像して、またため息が漏れる。
もしかすると、もうゆめみと話すチャンスは無いかもしれないな、と柳は思った。
このまま閉会式、後夜祭、打ち上げと続くため、クラスメイトと一緒にいるのが自然だろう。
柳は何度目かわからないため息を吐いた。
柳の予測通り、1年M組が売り上げ部門優勝を飾った。閉会式で呼ばれた時には、大歓声と共に、学級委員の春巻と真冬が記念品を取りに前に出た。そして2人がクラスに戻るとすぐに胴上げが始まり、最初に胴上げされた人物は幸村だった。次はゆめみ。
ゆめみは本当に嬉しそうに笑っていた。
柳はその笑顔を見て、「良かったな」と呟いた。しかしその顔には寂しさが滲み出ていた。
後夜祭が始まった。
もうすっかり暗くなっており、照明がぼんやりと辺りを照らしている。
ロマンティックな雰囲気に耐えきれ無くなって、柳はそっとその場を離れた。
遠くで音楽が流れ始める。今頃ゆめみは誰かと踊っているのだろうかと柳は思った。
相手は精市の可能性が高いだろう。
「柳?」
ちょうど考えていた人物が目の前にいて、柳は目を見開いた。幸村と真田がいた。無意識にテニスコートまで来ていたらしい。
「なぜ精市がここに?」
幸村は柳以上に驚いていた。
「柳こそ、行かなくていいのかい?」
「何の話だ?」
「後夜祭のダンスだよ!」
幸村が珍しく大きな声を出した。幸村自身も叫ぶ形になってしまったことを恥じたのか、うつむくと「ゆめださんが柳と踊るんだって楽しみにしていたよ」と小さな声で言った。
まさか。
柳はハッとして、走り出した。自分から誘うことにばかりこだわって、ゆめみがどう考えているかを失念していた。ゆめみも俺と踊るつもりでいてくれたとは。
会場に戻ると、ゆめみが端っこで寂しそうにしているのが見えた。近くでは何人かの男子生徒がゆめみに声をかけようと機会を伺っている。
柳は大股で会場を横切って、ゆめみの前に立つ。
「蓮二」
ゆめみは顔を上げた。
「待たせてすまない」
やっとの想いでそう言うと、ゆめみの頬がバラ色に染まった。ゆめみは遅くなったことを全く責めなかった。代わりにとびきり嬉しそうに微笑む。
「蓮二、リードしてね」
「ああ」
きっとここで言うべきなのだろう、と思った。
『Shall we dance?My fair lady』
当然言えないがな。代わりにそっとゆめみの両手を掴んで、次の曲の始まりと同時に会場の真ん中へと誘う。
ゆめみは柳だけを見つめて、柳はゆめみだけを見つめていた。
体が触れ合って、離れる。
くるくると回る度に楽しそうに笑う。
柳は確信していた。この日のことは生涯の宝物になるだろうと。
(180413/小牧)→38
よかったね蓮二