036
(また会いに来てもええか?/白石・丸井・仁王)
海原祭2日目。
ゆめこが自分の持ち場でせっせとたこ焼きを作っていると、少し離れたところで女の子たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「なんだー?」
「わかんない。あ、ちょ、たっちゃんそれ紅ショウガ入れ過ぎ」
一体なんの騒ぎなのか気になってはいるものの、手元から目が離せずゆめこは鉄板を見たまま首を傾げる。それよりもたっちゃんの紅ショウガの量の方が問題有りだとゆめこが彼の手を掴み上げていると、
「おおー、ほんまにおった。ゆめこちゃん」
と鉄板越しに話しかけられ、ゆめこは顔を上げた。そこには大阪で知り合った白石蔵ノ介が立っていて、ゆめこは「え」と目を見開くと、たっちゃんの手を掴んだまま固まった。白石を見てピクリとも動かなくなったゆめこに「ゆめのさん、焦げる焦げる」とたっちゃんは声を掛け、そこで初めてゆめこはハッとして手を離した。
「え、白石くん?え?なんで?え?」
と見るからにテンパっているゆめこに、白石は「ええリアクションやなぁ」とおかしそうに笑う。
後ろの方では白石を見た女子生徒達が色めき立っていて、ゆめこは先程の騒がしさの正体はこれか。と時間差で納得した。たしかに、白石は目を引くイケメンだ。そんな彼が一人で歩いていたら女の子達は放っておかないだろう。
しかしそんな女子生徒達の熱視線に気付いているのかいないのか、白石は「ゆめこちゃん、はっぴ似合うとるで」なんて言って、のんきににこにこと笑っている。
ゆめこはたっちゃんにたこ焼き作りを任せると、調理場から出て白石の隣までやって来た。
「びっくりしたよ。どうしてここに?」
「近くで練習試合があってな、時間出来たから遊びに来てん」
白石の話によると、今日はもうすでに練習試合も終わり帰りの新幹線の時間までフリーなのだとか。他の部員たちも各々の時間を過ごしているので、彼は数人の部員たちと共に海原祭にやって来たのだ。ゆめこのところに顔を出したかった白石は、色んな模擬店をみんなが見て回っている間に抜け出してきたらしい。
「どうりで事細かに海原祭のこと聞いてくるなぁって思った」
「ははっ、サプライズ大成功やな」
ちょうど一ヶ月程前に、ゆめこが全国大会の会場に行くのを白石に案内してもらってからというもの、二人はちょくちょく連絡を取り合っていた。
元を辿れば、立海の全国優勝が決まった時に、おめでとうという祝福のメッセージを白石がゆめこに送ったことが始まりだったのだが、どちらかが会話を途切れさせるということもなく、だらだらとやり取りが続いていたのだ。
そんな最中、ゆめこのクラスが海原祭でたこ焼き屋をやると決まったのでそれを白石に報告したところ、彼にやたらとブースにいる時間や模擬店の場所など詳しく聞かれたので、ゆめこは少々疑問に思っていたのだが、今日でその謎も解けた。
わざわざ会いに来てくれたのは素直に嬉しかったので、ゆめこは「来てくれてありがとう」とお礼を言った。
「ゆめこちゃん、次いつ休憩なん?」
「あー、それがさ。今日調理場担当の子が一人ダウンしちゃって、しばらく休憩取れそうにないんだよね〜。せっかく来てくれたし案内したかったんだけど」
とゆめこが言うと、白石は少し残念そうに「そうなんや」と言った。ゆめこが「ごめんね」と謝っていると、そんな二人の会話に聞き耳を立てていたのか、
「ゆめこちゃん!私代わるよ」
「そうそう、ちゃんと案内してあげなきゃだめだよ!」
とクラスメイトの女子生徒たちがわっとゆめこに詰め寄った。
その迫力にゆめこは思わず体をのけ反らせたが、「こんなイケメンを放置とか、ダメ!絶対!」「ほらほら、早くはっぴ脱いで」などと急かされ、ゆめこは顔をひきつらせながら「う、うん」と首を縦に振った。
「わ、私いつ戻ってくればいい?」
「戻ってこなくて良し!」
「ごゆっくり〜」
はっぴを脱ぎながら尋ねると、みんなにそう言われてゆめこは「ええええ〜」と声を漏らした。休憩をもらえるのはありがたいが、あんたなんていなくてもたこ焼き屋は十分回せるのよ。と、そう言われたような感じがして、実に複雑な気分になったのだ。みんなあんなに私のたこ焼きくるくるを褒めてくれていたのに。とゆめこは彼女たちの手のひら返しに軽くショックを受けた。
「もう。みんなイケメンに弱いんだから」
「なんかすまんなぁ、無理させてしもたみたいで」
「ううん!全然!白石くんはなにも悪くないからね」
申し訳なさそうな顔をする白石にゆめこは慌ててぶんぶんと首を振ると、「行こっか」と言って彼の背中を押した。パンフレットを広げ「どこがいいかなぁ〜」などと二人で話しながら歩いていると、周りの女の子たちが「ねぇ、なんかあの人かっこよくない?」などとひそひそ話しているのが聞こえてきて、ゆめこはぴたりと立ち止まると、きょろきょろと辺りの様子を窺った。
「白石くん、モテモテ」
「そんなことあらへんよ」
「いやだって女の子みんな白石くんのこと見てるよ?」
「みんなは言い過ぎやろ」
「いいや。白石くん狙われてるよ。私がボディガードしてあげるからね」
真顔でそんなことを言うゆめこに、白石は内心なんやそれ。と思ったが、ミッ○ョンイン○ッシブルのテーマを口ずさみながらノリノリで辺りを警戒するフリをするゆめこを見て、まぁ本人が楽しそうやしええか。と思い直した。
しかしゆめこはすぐに飽きてしまったのか、「お腹空いたね。おススメの喫茶店があるからそこ行く?」と言うと、白石の手を引いてゆめみのクラスがやっている喫茶店へと足を進めるのだった。
ちょうどその頃。テニス部の模擬店であるバーの当番を終えた丸井、ジャッカル、仁王は三人で廊下を歩いていた。
「腹減ったー。なぁ、このままなんか食いに行かねぇ?」
「いいけど、どこ行くんだ?」
「ジャッカルのクラス行こうぜい!サービスしてくれよ」
「確かB組はたこ焼き屋だったかのう」
と仁王が言うと、丸井は「たこ焼き食いてぇ!」と目を輝かせた。それにB組はゆめこのクラスでもある。あわよくば会えるかもしれないと思った丸井は、早く早くと二人の背中を押す。
そうしてB組の模擬店にやってくると、丸井はわくわくと辺りを見渡したがそこにゆめこの姿はなかった。しかしそれに気付いたのは丸井だけでなくジャッカルも同じで「あれ?ゆめの今当番じゃなかったか?」とポケットからごそごそとシフト表を出して確認した。彼の記憶は正しく、今の時間帯の当番のところにはゆめのゆめこという名前が記されている。
「サービスしてくれよ」なんて丸井に頼まれてしまったジャッカルは、調理担当のゆめこに頼めばなんとかなると思っていたばかりに、彼女の不在は想定外であった。
ちょうど売り子担当の皐月ももの姿を見つけ、ジャッカルはすかさず彼女を呼び止める。
「皐月、ゆめの見なかったか?」
と尋ねると、ももは珍しくにやぁっと怪しく口角を上げた。「な、なんだよ」と不気味がるジャッカルに、彼女はふふふと堪えきれず笑うと、
「ゆめこちゃん、今頃彼氏さんとその辺見て回ってると思うよ」
と言った。"彼氏"というワードに、丸井、ジャッカルは「は!?」と大声を上げ、仁王は彼にしては珍しく驚いたように目を見開いた。「か、彼氏?」と丸井が聞き返すと、ももは「やっぱり丸井くん達も知らなかったんだ」と言った。
彼女の話によると、関西弁のえらいイケメンが突然やって来て、ゆめこを白馬の王子様のごとくさらっていった(ももにはそう見えていた)らしい。
3人はしばらくぽかんと口を開けていたが、真っ先に我に返った丸井がハッとしたように口を開いた。
「いや、でもゆめこ彼氏いないって言ってたぜ」
「本人が言ってたから確かだよな?」
「それっていつの情報じゃ?」
「えーっと、確かケーキバイキングでばったり会った時だから・・・」
「三ヶ月前くらいじゃねーか?」
「そう!そのくらい!」
ジャッカルの記憶に、丸井はびしっと人差し指を立てる。
しかしそれを聞いた仁王は口元に手をあてながら、「その間にできたんじゃなか?」と冷静に言った。ぴしりとその場の温度が5℃くらい下がった気がして、ジャッカルは「まさかそんなすぐに出来るか?」とすかさずフォローしたが、丸井の耳には届いていないようだ。俯いて拳をわなわな震わせる丸井に「おい、ブン太・・・」とジャッカルが心配して手を伸ばしかけた時、丸井は「よし!」と大声を出すと勢いよく顔を上げた。
「真実かどうか、確かめに行こうぜい!」
「「・・・は?」」
真剣な表情でそう提案した丸井に、ジャッカルと仁王の間抜けな声が重なる。
「たこ焼きはいいのかよ」
「そんなの食ってる場合じゃねぇ!」
きっぱりと言い切る丸井に、あのブン太が食い気より色気だと?!と残りの二人は衝撃を受ける。走って飛び出していく彼に、仁王はやれやれと肩を竦めながらついていき、ジャッカル「まじかよ」と言うと渋々後を追った。
そうして3人のゆめこ探索は始まった訳だが、立海の校舎はかなり広い。そんなにすぐ見つけられる訳もなく、時間だけが過ぎていき、丸井のイライラは頂点に達していた。
ゆめこ本人にも何度か電話をかけたりメッセージを送ったりしたのだが、彼女はまったく気付いていない。クラスメイトの女の子達に、「戻ってこなくて良し!」などと言われていたゆめこは時間を気にする必要も、ましてや誰かと連絡を取る必要もないと思って、スマホの存在など完全に忘れ去っていたのだ。
しかしそんなことを3人は知る由もない。何人かに聞き込みもしてみたが有力な情報は一つも得られず、
「あー、もう!どこに行ったんだよ」
と途方に暮れた丸井が大声を出した時だった。
「おい!あれ・・・!」
とジャッカルが何かに気付き二人を呼び止めた。彼が見つけたのは、紛れもないゆめこと白石だった。丸井と仁王もそれに気づくや否や、咄嗟に物陰に身を隠して様子を窺った。
「ほぅ。まさか本当にゆめのに彼氏がおったとは」
「嘘だろい・・・!」
「あれ?あいつどこかで・・・」
ショックを受ける丸井の横で、ジャッカルは白石の顔を見て何かに気が付いた。彼は「あれは確か四天宝寺の・・・」と必死に新人戦の記憶を辿っているが、丸井はそれどころではなさそうだ。
まさか自分がそんな彼らに見られているなど思ってもみないゆめこは、
「今日は楽しかったね。来てくれてありがとう」
などと、のんきに白石と会話をしていた。
「こちらこそ、急に来たのに付き合ってくれておおきに」とお礼を口にする彼に、ゆめこはにっこりと笑顔を返す。そんな彼女を見た白石は、やっぱりかわいいな、などと思うのだった。
大阪で出会った時から彼女の飾らない性格と自然体な態度に好感を持っていた白石だったが、今日一日一緒にいたことで余計そう思うようになっていた。
こんなにも一緒にいて気楽で楽しい気分になれる女子は周りにはいない。それなのに時折見せる笑顔はとても女の子らしくて、そのギャップが白石にはとても魅力的に映っていた。
白石はぴたと立ち止まって体ごとゆめこに向き合うと、
「また会いに来てもええか?」
と尋ねた。ゆめこは「もちろんだよ!私もまた大阪に遊びにいくね」と答えた。その返事を聞いた白石は満足そうにふわりと笑みを浮かべた。
しかしその時。ふと射貫くような視線を感じて、白石はちらりと横目でそちらを見た。そして丸井達の存在に気付くと「・・・ゆめこちゃんもモテモテやな」と言って苦笑した。
昼間は「白石くん狙われてるよ」なんてゆめこは言っていたが、どうやらそれはお互い様だったらしい。
「え?」と訳が分からず首を傾げているゆめこは、丸井たちの存在には一切気付いていない。その表情があどけなくて、同時にとても危なっかしくて、白石はわずかに考える素振りを見せた後、ぐいとゆめこの手を引いて体を引き寄せると軽くハグをした。
突然のことに「おわっ?!」とゆめこが乙女らしからぬ声を出したのとほぼ同時。
「あーーーっ!!」
と背後から叫び声が聞こえてきて、ゆめこはびっくりして振り返った。
そこにはジャッカルと仁王に口元を押さえつけられじたばたしている丸井がいて、
「あれ?3人ともそんなとこで何してるの?」
とゆめこは目を丸くして聞いた。
「いや、これはその・・・」
「ピヨッ」
となんとか誤魔化そうとする彼らを尻目に、「じゃあゆめこちゃん、俺そろそろみんなと合流するわ」と言って白石は手を振った。
「うん、またね白石くん」
とゆめこも手を振り返し帰っていく白石の後ろ姿を見送っていると、
「今のがお前さんの彼氏か?随分男前を捕まえたのう」
と仁王に声を掛けられ、ゆめこは「へっ?」と素っ頓狂な声を出して振り向いた。そして仁王達が何か勘違いしていることを察すると、「やだなぁ、白石くんは彼氏なんかじゃないよ。ただの友達」と眉尻を下げ、困ったように笑った。
「彼氏じゃない・・・?」
「うん。白石くんは大阪にいる従兄の幼馴染でね。練習試合でたまたま近くに来てるから立ち寄ったんだって」
きょとんとして聞き返してきた丸井にゆめこがそう説明すると、3人はそういうことか。と一気に息を吐き出した。
「白石くんも四天宝寺中でテニスやってるんだよ。試合とかで会ったことない?」
ゆめこが尋ねると、ジャッカルは「やっぱりそうか」と完全に思い出したようなリアクションを見せた。
「安心したら腹減ってきた〜たこ焼き食いに行こうぜ!ジャッカルのおごりで」
「おい俺かよ」
「ねぇ、3人で何してたの?」
「あー、いや・・・別に」
「なにそれ!隠し事ー?」
「そんなんじゃねーって!ゆめこもたこ焼き食いに行くだろい?」
「それってうちのクラスじゃん」
などとわいわい会話をする3人の後ろを、仁王は黙ってついていく。
「ただの友達」と言うゆめこの言葉を思い出しながら、
「でもむこうはそう思ってなさそうやけど」
と仁王は一人呟いた。
こうして慌ただしい学園祭は幕を閉じたのだった。
(180409/由氣)→39
ちゃんちゃん。