003
(中学校入学おめでとうとお前は言う/柳)
チュンチュン、チュンチュン
柔らかなベットの上で、女の子と男の子が手を繋いで眠っていた。暖かな春の日差しが降り注ぐ。
ピクリ、と男の子の長いまつ毛が動き、先に目を開けた。隣で天使のように眠る女の子を見て、少し驚いた後、困ったように眉を下げる。そして小さなため息を吐くと、愛おしそうに目を細めた。
「ゆめみ、朝だ」
男の子柳蓮二は、ゆめみと呼んだ女の子の柔らかな髪をそっと撫でる。普段は一般的な黒に見えるゆめみの髪は太陽の光を受けて、茶色にも金色にも見えた。
「んー」
「ゆめみが一度で起きない確率95.4パーセント」
ゆめみは眠そうに目をこすった後、再び瞼を閉じて眠り始める。
「ゆめみ、遅刻するぞ」
『遅刻』と言う言葉に反応したように、ゆめみはバッと勢いよく起き上がった。そして、隣で呆れ顔の柳をその瞳に映すと、顔いっぱいで笑う。大輪の花が咲いたようだと柳は思った。
「中学校入学おめでとう、蓮二」
ゆめみの笑顔につられて、柳も口元を緩ませた。
「とゆめみは言う」
「こら蓮二、またゆめみちゃんを部屋に連れ込んだの?」
ガチャと言うドアを開ける音と同時に女性が顔を出す。真新しいセーラー服を身に纏っている。
柳の姉の一風(いちか)だ。この春から、東京の高校への進学が決まっていた。その姿を目にすると、ゆめみは瞳を輝かせた。
「セーラー服可愛いー!一風ちゃん似合ってるー!」
ゆめみの素直な感想に、一風はまんざらでもなさそうにターンして見せた。
「まぁね、私はもう出ちゃうけど、ゆめみちゃん朝ごはん食べて行ったら?」
「ありがとう、でも、今日はママもパパも休んでくれたの」
一風の提案を嬉しそうに受けながらも、ゆめみはふるふると首を振った。
「よかったな」
ぽん、と柳がゆめみの頭を撫でる。うん!と嬉しそうに顔をほころばせるゆめみ。
「じゃあ私帰るね、蓮二また後でね」
ゆめみはそう言い残すと、部屋の窓を開けて、その後隣の家の窓を開けて、器用に自分の部屋へと戻って行った。
ゆめみと柳の家は隣同士で、柳とゆめみの部屋の窓が重なっており、こうして行き来出来るのだった。昨晩もなかなか寝付けないからという理由で、ゆめみは柳の部屋を訪れており、そのまま朝になってしまったという訳だ。
ゆめみは隣の部屋に完全に移ってから、もう一度柳を見て手を振った。柳もつられて手を振る。
『ゆめみ、起きてる?』
優しい声が聞こえて、ゆめみは振り返る。ドアが開くと、そこには笑顔の両親が立っていて、ゆめみは2人目掛けて走っていった。
その様子を最後まで見届けた後、柳はゆっくりとカーテンを閉める。隣にはにやにやした表情の一風が。
「「まだいたのか」と蓮二は言う」
柳と一風の声が重なり、完全に言い当てられた柳は不服そうに片眉を上げる。対照に一風は可笑しそうにくすくすと笑った。
「ゆめみちゃん、どんどん可愛くなっていくね」
一風は、4年前のことを思い出しながらそう口にした。
ゆめみの両親は共に医者で多忙な生活を送っており、ここに引越したばかりの頃は、部屋で1人きりでいるゆめみを見ては、気になったものだ。その後柳とゆめみが仲良くなり、1人の日は柳の家でご飯を食べたりしていた。
「うかうかしてると他の男に取られちゃうよ」
柳の表情は変わらない。
しかし、そこに不安や寂しさのようなものを感じて、一風はぎゅっと柳の頭を押さえた。
「冗談よ、そんな顔しないで蓮二」
「離してくれないか」
コツコツと慣れないローファーの音を立てて、少女が駅前に続く道を歩いていた。揃えられたさらさらの髪が規則正しく揺れる。ゆめこだ。
向かう駅の前で、楽しそうに話している男女が目に入り、ゆめこは少し早歩きになった。
おかっぱ頭の柳と柔らかなふわふわの髪をハーフアップにしているゆめみだ。
約束している時間より2分も早いのに、既に余裕で到着している2人に、おかっぱ頭の自分の幼馴染が時間に細かいタイプだったことを思い出す。
「ゆめこー!」
ゆめこの姿を見つけるや否やぶんぶんと嬉しそうに手を振るゆめみ。そんなゆめみにつられてゆめこも駆け寄った。
「「可愛い!」」
お互いを見た第一声がそれだった。
ゆめみとゆめこは楽しそうにキョロキョロとお互いの新しいブレザー姿を見回しては、お互いを褒め合う。柳にスマホを預けてツーショットを撮ってもらって、やっと落ち着いた。
無邪気な幼馴染達の様子に制服を着ても中身はまだまだ子供だな、と柳は小さく笑う。
「ゆめみにちゃんと可愛いって言った?」
ゆめこに耳打ちされる柳。
柳はゆめみの方を見て、ゆめみがゆめことのツーショット写真を加工するのに夢中になっていることを確認した。
「まだだが?」
柳の反応に、おもむろにため息を吐くゆめこ。
「うかうかしてると他の男にとられちゃうよ」
デジャヴだな、と柳は思った。
俺だって、素直に可愛いと言いたかった。しかし、家から真新しい制服を着て小走りで出てきたゆめみは初々しくて。あまりにも可愛かったのだから。気の利いたセリフの1つも出てこなくても仕方ないだろう。
「ねぇゆめみ、ここに立って」
「うん?」
柳が考え込んでいると、ゆめこがゆめみを無理矢理柳の隣に並ばせた。
「はい、チーズ!」
パシャと効果音がして、ゆめこがゆめみと柳のツーショットを撮影した。「ありがとう」と微笑むゆめみ。
柳は珍しくボーっとそこに立っていた。バイブ音が鳴って、スマホに目を通すと、ゆめこからのツーショット写真が送られてきていた。
開いた画面に映るゆめみは突然のことだったのに満面の笑みで、とても良い写真だと思った。あまりの嬉しさに目の奥がぐっと熱くなる。
「感謝する」
涙目で感激する柳に、ゆめみが絡むと途端に人間らしくなるんだから。と、ゆめこは必死に笑いを堪えた。
「ゆめこ、蓮二っ!」
明るい掛け声と共に、ゆめみが2人の間に駆け込んでくる。そして、ぎゅっと両腕で2人に抱きついた。
「大好き!絶対おんなじクラスになろうね!」
途端に柳もゆめこも表情が緩む。
「もちろん、そうなるといいね!」
「3人が同じクラスになる確率は0.01%にも満たないが」
「奇跡を起こそう!私たちなら出来るよ!」
「ゆめみのその自信どこからくるのー?」
3人は楽しそうにおしゃべりをしながら、駅のホームへと入って行った。
『これより立海大学附属中等部の入学式を始めます』
アナウンスが立海ホールに響く。
人、人、人。見渡す限り人で覆い尽くされている。ホールには新入生が、観客席にはその父兄がひしめき合う。
「すごい人の数・・・」
「マンモス校だとは知ってたけど、ここまでとはね〜」
「新入生って何人くらいいるのかな?」
ゆめみとゆめこが同時に柳を見ると、柳は即座に「891人だ」と答えた。周りを見渡すと、奇抜な髪色の生徒が何人か目に留まり、意外と自由な校風なんだなとゆめみは思った。
人の多さに戸惑っている内に、入学式が始まり、理事長を始めとする代表者の挨拶が続く。
退屈で同じような話が続き、ゆめみに眠気が襲ってくる。
ふと右隣を見るとゆめこが目を瞑っていた。
姿勢を正したまま器用に眠るゆめこは美しく、さすがだな、とゆめみは感心する。
彼女はそこまで器用に出来ず、ウトウトと頭が落ちそうになった。
「数を数えるといい」
耳元で聞きなれた低い声が聞こえて、ゆめみは左隣の柳に視線を送る。柳は小さく笑って「例えば今のスピーカーだが、現在ハンカチで額を拭った回数は12回だ」と囁いた。
ゆめみはパッと講壇に目を移すと、小太りのPTA会長はブルーのハンカチで汗を拭ったところだった。
『今のが13回目?』と柳に視線を送ると、『そうだ』と頷いた。
ゆめみは嬉々として講壇をまっすぐに見て、回数を数え始めた。柳はそんな素直なゆめみが可愛いと思うのだった。
『以上で入学式を閉会致します』
アナウンスが流れて、ゆめこが目を覚ます。
『保護者の皆様は懇親会がございますので、この場に留まりください。
新入生の皆さんはオリエンテーションとなります。中庭に張り出されているクラスを確認の上、教室に入ってください』
アナウンスに、ゆめみとゆめこは顔を見合わせた。先程もらった資料によれば、クラスの数が多いため、同じ学年でもフロアが違うなんてこともあるようだ。
「いよいよだね!」
「ドキドキするっ!!」
期待に瞳を輝かせる2人。しかしその輝きは長くは続かなかった。
「ひっく・・・」
「こんなの酷すぎる」
初めはテンション高くA組から見て行った3人だったが、早々にゆめこがB組と分かり、ゆめみが同じクラスでは無かったことが分かってからは無言になった。
そして、なかなかゆめみと柳の名前が見つからず空気は重くなっていった。やっと柳がL組、ゆめみがM組とわかった時には、ゆめみの目から涙が溢れ落ちていた。
柳はそっとゆめみの涙をハンカチで拭う。
「元気を出せ、クラス替えは毎年行われる」
「・・・来年は同じクラスになれるかなぁ?」
「3人のうち2人が同じクラスになる確率は4.4%と低いが、3年間で一度でも同じクラスになる確率は12.6%にまで上がる」
柳の説明にゆめこは「逆に落ち込むわ」と暗い顔をする。しかし、ゆめみには効果があったようで、「じゃあ来年は一緒のクラスだね」と涙を拭った。
「では、そろそろ行こうかゆめみ」
「ちょっと待って」
ゆめみだけを連れて行こうとする柳の肩をゆめこがギュッと掴んだ。
「まだ何か?B組はそこの入り口から入ったらすぐだろう」
「やっぱりやだ。なんで私だけ違うフロアなの」
L組以降は2階になるため、ゆめみと柳は2階、ゆめこは1階と階が別れてしまったのだ。
「仕方が無いだろう」
眉1つ動かさない柳の首に腕を回すゆめこ。そして柳にしか聞こえないボリュームで抗議をする。
「冷たすぎる!蓮二はゆめみの隣のクラスで万々歳なんでしょうけど」
「そうでもない」
意外にもきっぱりとそう答えた柳に、ゆめこは少し驚いて距離を取る。
柳は1年M組のクラス表を横目で見た。ゆめみの名前の隣に『幸村精市』と言う名前が印字されている。
「杞憂だといいが」
いつも冷静な柳の瞳が揺れているのを感じとって、ゆめこは抗議していた口を閉じた。そこに、納得したはずのゆめみがまた瞳に涙を溜めていた。
「やっぱり私もヤダ・・・ゆめこがいてくれなきゃ、寂しいもん」
「ゆめみ!」
「ゆめこ!」
抱きしめ合うゆめみとゆめこ。柳は小さなため息を付いた。
「ゆめみ、同じ学校であることには変わりないだろう?お昼や放課後はゆめこと過ごせる」
「でも」
「M組には神奈川第二出身の女子もいる」
「でも」
「俺が隣のクラスにいる、いつでも頼ってくれていい」
「・・・蓮二っ!」
最終的にはゆめみの扱いに慣れている柳が勝利し、駆け寄って来たゆめみの頭を優しく撫でる。それをゆめこがにやにやしながら見ていた。
表情は変わらないまでも、気恥ずかしいと思ったのか、柳はさっとゆめみの背中を押して立ち去ろうとした。
「では」
「ちょっと待って、私は?」
「ジャッカル桑原というクラスメイトといい友達になれる確率は85.7%だ」
柳は捨て台詞のようにそう言った。ゆめみが柳に促されながらゆめこに手を振る。
「ゆめこー!オリエンテーション終わったら一緒に帰ろうねー!!」
後にはゆめこだけが取り残された。
「ジャッカル・・・って誰よ!?」
ゆめこの声が中庭に響いた。
ゆめみは背中に柳の手のひらの体温を感じながら、階段を上っていた。階段を上りきったところで、ふと自然に足が止まる。
「ゆめみ?」
柳はゆめみの顔を覗き込む。ゆめみの瞳にはテニスコートが映っていた。階段突き当たりの窓からはテニスコートが見えた。柳もゆめみの隣に立って、テニスコートを眺める。他の生徒は皆教室に入ってしまったのだろう、シンと静まり返り、ゆめみと柳だけがそこにいた。
「蓮二」
「ああ」
ゆめみはテニスコートから目を離さずにそう言った。柳はその後に続くゆめみの言葉を既に知っていた。
「私、1人でも大丈夫だから」
声が僅かに震えている。
「さっき、いつでも頼れって言ってくれたけど、私は大丈夫だから」
ゆめみはゆっくりと柳を見上げた。
「だから、蓮二は夢を叶えて」
ゆめみなら、そう言うだろうと予想出来ていた。テニス強豪校である立海でテニスをすることの意味を理解して、自分に構っている時間などないとそう思ってくれたのだろう。優しい言葉だ、しかし、ズン、と柳の心に重くのしかかる。
「・・・」
口を開いて、何も言葉が見つからずに閉じた。そんな寂しいこと言うな、頼ってもらえると嬉しい、どんな言葉もゆめみの想いに背く気がして。ぽん、とゆめみの頭を軽く叩く。ゆめみは認めてもらえたと思ったのか、ぱっと頬がバラ色に染まって、顔いっぱいに笑う。
「応援してるからね」
この愛おしい子をどこかに閉じ込めてしまいたい、このまま連れ去ってしまいたい、『彼』に出逢って欲しくない。そんな感情を心の奥底にしまい込んで、柳はそっとゆめみの背中を押した。
「間もなくオリエンテーションが始まるぞ」
ゆめみは小さく頷いて、M組へと続く廊下を歩き出した。1人きりで。
物語は始まったばかり。
(180318/小牧)
人との出逢いが物語の始まり。
ゆめこはゆめみと柳の恋を応援してます。
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