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(いい女は笑ってMerciよ/幸村)
花の都、パリ。
第5区にある立海大の姉妹大学、パリ第5大学の一画を借りて、立海のフランス研修は行われていた。
幸村は薄い肩がけのカバンとスケッチブックだけを持って、エコール通りを北上する。
颯爽と歩くその姿は、洗練されたパリの街並みによく似合っており、道行くパリジェンヌ達が美少年に口を鳴らしてからかった。
幸村は曖昧に笑い返した後、その向こう側にいる少女を見て駆け出した。
「幸村くん」
パリで最も有名なテイクアウトのお店『Le Creperie du Comptoir(リュ・クレープリー・デュ・コントワー)』そのテラス席でゆめみが手を振っていた。リュカとマノンも同じテーブルに座っている。
「パニーニで良かった?」
「買っててくれたんだ、ありがとう」
「グレッグ味だよ、リュカおすすめの」
幸村はそのチーズとチキンとラタトゥーユがたっぷり入ったパニーニにかぶりついて、「美味しい」と笑った。
10月中旬。ゆめみと幸村はパリでのフランス研修を満喫していた。基本午前中は語学の授業で、午後からは文化的な講座を選択する形式だ。10日間ある研修も、すでに7日目、あと残すところ午後の授業と明日の1日の自由観光だけとなった。
午前中の語学学習はもちろんのこと、午後の選択授業では、フランスの社会問題である移民や格差を学ぶ内容からフランスの伝統的なお菓子カヌレを作るという内容まで多岐に渡っており、知的好奇心を十分に満たしてくれた。
「今日の午後の授業どうする?って聞くまでも無さそうだけど」
マノンがニヤリと笑いながらゆめみと幸村を交互に見る。2人は「フラワーアレンジメントかな」と声を揃えて言った。1週間も一緒にいたため、マノンもリュカもゆめみと幸村の趣味嗜好を理解しつつあった。
基本班行動のため、授業も4人揃ってが基本だ。マノンとリュカはおっけーの意味の「D'accord」と言った。
「ゆめださん、午後の授業までまだ時間あるよね?セーヌ川まで散歩しようよ」
「Oui」
パニーニを食べ終わるとすぐに幸村はゆめみに声をかける。ゆめみも笑って返事をして、立ち上がろうとした。しかし腕をマノンに掴まれていて、ストンと座り込む。
「精市ばっかりズルい、私もゆめみとガールズトークしたいのに」
「悪いけど、譲れないな」
幸村とマノンによるゆめみの取り合いは最近お決まりの行動となりつつあった。2人は少し睨み合った後、マノンが諦めたようにぱっと手を離した。
「でも授業の後はゆめみは私とショッピングだからね」
ゆめみは「マノンも来る?」と誘ったが、マノンは首を軽く振った。ゆめみと幸村はダントン通りをセーヌ川に向けて歩いていく。
「何を買うんだい?」
幸村がそう聞けば、ゆめみは「髪飾り」と答えた。幸村は意外そうな顔をする。マノンはサラサラのロングヘアで髪を留めているところを見たことが無かったからだ。そんな幸村の反応を見て、ゆめみは「マノンには内緒ね」と前置きした後口を開いた。
「レスリーズドゥマルスっていうパリで有名なアクセサリー屋さんがあってね、パリジェンヌは失恋するとそこで新しい髪飾りを買うらしいよ」
「マノン、失恋したんだ?」
ゆめみは小さく頷いた。そして「パリに彼氏がいるからこの研修に参加したらしいんだけど、昨日喧嘩したんだって」と付け加えた。
「それは一緒に行ってあげないとね」
授業の後は学生寮の門限10時を守りさえすれば、比較的自由に行動できた。幸村の言葉にゆめみは微笑んだ。
セーヌ川に到着して、川沿いの階段を降りると、幸村は端に座り込んで、スケッチブックを開く。いくつものデッサンをめくって、新しいページを開いた。
指で四角を作り、サン・ミッシェル橋の方に合わせると、シャッシャッと鉛筆で下書きを始めた。
幸村は1日の中で、このゆめみとセーヌ川で過ごす短い時間をとても楽しみにしていた。
ゆめみはそんな幸村の絵を最初は楽しそうに眺めていたが、途中で川の方へ歩いて行き、ノートを広げてフランス語を口ずさみ始めた。
初めはゆめみも幸村に倣ってデッサンをしていたのだが、2日目の午後にフランス語で詩を作るという授業を受けてから、ゆめみはフランスの詩に夢中になった。
『Vienne la nuit sonne l'heure
Les jours s'en vont je demeure』
ゆめみの滑らかなフランス語が風に乗って、歌を歌っているようだと幸村は思った。
美しいセーヌ川の前で歌うゆめみもまた美しい。
気づけば、ゆめみに見惚れていた。集中しないと。スケッチブックを見て、幸村は驚いた。風景画を描いていたはずなのに、真ん中に風と戯れるゆめみが描かれていたのだ。
すぐに消そうと消しゴムを取り出すが、なぜか手が動かない。
幸村は諦めて、消しゴムもスケッチブックも置くと、ゆめみをまっすぐに見つめた。
綺麗だ。触れたいと思う。
幸村はそんなことを考えてしまったことを恥じて、またスケッチブックでゆめみとの距離をとった。
日本に居た時は、良くも悪くも柳という防波堤があった。しかし、ここではそれがない。
今ゆめみとの距離はとても近い。感動や知識を共有するたびにゆめみの考え方や性格に惹かれていっている自分がいることにも気付いていた。
困ったな。気をつけないと。
でも後2日だけだから。
幸村はまたスケッチブックを下ろして、ゆめみを見つめた。ゆめみはセーヌ川を渡る船から手を振る小さな男の子に手を振り返していた。
その顔は満面の笑顔で。幸村はこっそりスケッチブックにゆめみの絵の続きを描いた。
その日の夕方、モンマルトルの丘に4人はいた。マノンの髪だけでは無く、ゆめみの髪にも金色のパレッタが輝いていた。
植物をモチーフとした小ぶりのもので、繊細な金で出来たパレッタはゆめみの優しい雰囲気によく似合っていた。
「幸村くん、なんかごめんね」
「ふふ、気にしないで」
パレッタは幸村がゆめみに贈ったものだった。パリジェンヌ御用達の髪飾りのお店レスリーズドゥマルスでゆめみがパレッタを買おうとすると、店員が「自分で買っていいのは失恋した時だけ、そうじゃなかったら男が贈るべきよ」と言ったのだ。
店員の冗談かもしれないが、それで隣にいた幸村がじゃあ俺が贈るよと申し出たのだった。
例えばそれが数百円のものだとしたら、ゆめみも笑ってありがとうと言えたのかもしれないが、パレッタは軽く日本円で1万円を超えるもので、ゆめみはすっかり恐縮してしまっていた。
「ゆめみ、いい女は笑ってMerciよ」
「マノン、たまにはいいこと言うね」
幸村は本当はゆめみに何か贈りたいと思っていたのだが、理由が無く言い出すことが出来ずにいたので、この出来事に感謝していた。ちなみに幸村は女の子の髪飾りって意外と安いんだなと思っていた。
「Merci」
続けて「大切にするね」とはにかんだ笑顔を見せたゆめみ。幸村は心から嬉しそうに笑った。
さて、モンマントルは芸術家達が愛してやまない下町だが、彼らの目的もまた芸術だった。既に時刻は6時を過ぎていたが、7時半くらいまで明るいパリでは、十分に楽しむことが出来た。
様々な場所で見つかる壁画や、オブジェを探しながら、絵を描く人々や音楽を奏でる人々を楽しみながら歩く。
愛してるの壁で日本語を探したり、壁抜け男のオブジェの前でリュカが真似をしたりした。
4人はテルトル広場へと出た。たくさんの画家達が絵を描きながら、出来上がった作品を売るために飾っていた。
幸村とゆめみはキラキラした瞳でそれを見たが、リュカとマノンは興味なさそうだ。
早々に踵を返すと、「先にLe Consulatに行ってるね」と手を軽く上げて広場から出て行った。ル・コンシュラはルノワールを始めとする印象派の巨匠たちが集ったカフェでここも幸村とゆめみのリクエストだった。
「俺たちは少し見ていこうか」
「えびだもん」
幸村とゆめみは笑い合って、広場中を見て回った。1人1人に個性があって、1つとして同じ絵はない。そんな当たり前のことが、素敵だなとゆめみは思った。
ゆめみは一周回った後、「さっきの絵『ジヴェルニーのモネの庭』に雰囲気が似ていて素敵だったな、もう一回見てもいい?」と言った。幸村は頷いて、一緒に行こうと歩き出す。
すると、1人の画家が幸村の肩を叩いた。幸村は振り返る。中年の画家だった。眼鏡の奥は何を考えているのか読み取れない。
押し売りも多いとガイドブックに書いてあったので、幸村は「Non, merci」と言った。
しかし、画家は無言で一枚の絵を幸村に見せた。
幸村はその絵を見て、目を大きく見開く。ドクンドクンと心臓の音が早くなっていくのを感じた。変な汗が出てくる。
そこに描かれていたのは、幸村とゆめみだった。
描かれた自分がゆめみを見つめる姿が、どう見ても恋をしているそれだった。愛おしくて、愛おしくて、仕方がないといった表情を浮かべている。
ぐらり、と足元が歪む感覚がした。
俺は、彼女を好きになってしまったのか?
遠くでゆめみが画家と話しているのが見える。ゆめみが話し終わって、こっちを見た。
幸村は焦って画家に50ユーロ札を渡して、絵を引き取った。画家はお札を確認すると、立ち去っていった。
「すごく素敵な絵だったけど、300ユーロだって、買ったらさすがに怒られちゃうよね」
ゆめみは残念そうにそう言って、幸村に駆け寄る。そして、幸村の手に握られた絵を見た。
「幸村くんはどんな絵を買ったの?」
この絵だけは、ゆめみには見せられない。幸村は曖昧に笑って「秘密だよ」と言った。
ゆめみは不思議そうな顔をしたが、それ以上追求しなかった。
「ル・コンシュラ、楽しみだね」
楽しそうに笑うゆめみを見て、幸村はこれ以上近付いちゃいけないと自分に言い聞かせた。
好きになっちゃいけない、好きになっちゃいけない。
それはまるで呪いのように、幸村の心にずっしりとのしかかるのだった。
もうこれ以上近付いてはいけないのに。
翌日。最終日前日、1日自由観光の日。
幸村が寮の待合室で待っていると、現れたのはゆめみただ1人だった。
「あれ?リュカとマノンは?」
幸村の問いにゆめみはにこっと笑った。どうやら昨晩の内にマノンと彼氏は仲直りしたらしく、リュカを引き連れて今日一日デートするんだそうだ。
「マノンってばね、彼氏に『Je ne peux pas vivre sans toi』って言われたんだって」
「君なしでは生きていけない」と言う意味だ。よくプロポーズとかで聞く有名な愛の言葉でもある。ゆめみは「素敵だよね」とうっとりする。
普段の幸村なら、ゆめみと2人きりの方がいろいろと都合よく、喜んでいるはずだった。しかし、昨日あの絵見てから、出来るだけゆめみと距離を取ろうと決めていた。それだけに、複雑な表情をする。
「幸村くん?」
幸村はハッと顔を上げた。敏感に感じ取ったゆめみが心配そうな顔をしていたのだ。
「ごめん、考えごとをしていてね」
幸村は外に出た。晴れ渡った綺麗な秋空だった。エッフェル塔が光に輝いてキラキラして見えた。
今この瞬間を楽しまないなんて、嘘だな。
自分のこの自分勝手な事情にゆめださんを巻き込みたくはない。俺が好きにならなければいい、それだけの話なのだから。
自分でそう完結させて、幸村は笑顔で振り返った。
「On y va」
「Oui」
幸村が「行こうか」とフランス語で言って、ゆめみもそれに答えた。2人を纏う穏やかな雰囲気はいつもと変わらないものに思えた。
2人は気ままに散歩しながら街角アートを探してたり、気になった美術館に入ったり、可愛い雑貨屋さんに足を止めたりして贅沢な時間を過ごした。その後、セーヌ川を渡る舟上カフェでランチタイムを過ごした。
「Tres bien」
舟の上からセーヌ川を見渡して、その素晴らしい景色にゆめみはうっとりとトレビアンと呟いた。そして、「こんなにこの言葉が自然に出てきたの始めて」と笑う。
「セーヌ川が詩人や画家、音楽家達に愛される理由がわかるよね」
「綺麗過ぎて泣きそう」
「泣いていいよ、その涙はセーヌの美しさの一粒となるだろう」
わざとらしくそう言う幸村に、ゆめみは「幸村くんは詩人だなぁ」とうふふと笑う。
ポロン、ポロロンと楽器の音が聴こえ始めて、カフェの音楽家達が素晴らしい音楽を披露する。
素晴らしい景色に抱かれて、素晴らしい音楽を聴きながら、この貴重な時間をキミと過ごしている。
幸村はそっと隣で瞳を潤ませているゆめみを見つめる。『この景色が色褪せるほどに、キミは美しい』そんな言葉が浮かんで、幸村は急いでゆめみから目を離した。
その後は2区の歴史ある大型本屋であるジベール・ジューヌでゆめみは数冊の詩集を選んだ。幸村もそれに倣って同じものを購入した。
そうして、2人は本日のメインであるオルセー美術館へと足を向けた。
「またあの子に逢えるんだね」
ゆめみが嬉しそうに笑う。幸村はフフと笑って「あの子もゆめださんに逢えるのを待ちわびてるよ」と言った。
ルノワールの最高傑作『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』
幸村とゆめみは言葉も無く、その素晴らしい絵画を見上げていた。
今日も6月に国立新美術館で見た時と全く同じ感動を伝えてくれている。
流れる音楽、人びとの笑い声、息遣いまでもが聴こえてくる。その躍動感は、いつでもその時代、その場所へと誘ってくれる。
ゆめみはまた幸村と踊っているような、そんな幸せな気持ちになるのだった。
この作品があったから、私達は今ここに居る。2人同時にそんなことを思った。
あの時、もしも音声ガイドが壊れていなかったら?この絵の前で足を止めていなかったら?幸村くんが絵の前にいなかったら?
この瞬間は訪れなかったのだ。
ゆめみはそっと目を瞑った。6月にこの絵の前で幸村と出逢ってからのことを思い出した。ルノワールを始めとする印象派の画家の本を読んだ。水彩画を幸村くんと一緒に描いて。フランス研修への参加を決めてフランス語を勉強した。そして、今の私がここにいる。
ゆめみの目にうるうると涙が溜まっていった。
幸村はそれを見て、そっとゆめみの顔を覗き込んだ。
ゆめみは微笑んで。その涙が一粒頬を伝う。
「ありがとう、私の人生を変えてくれて」
その涙はあまりにも綺麗で、幸村は目を離すことが出来なかった。
抱きしめたい。
心が悲鳴をあげる。このままではだめだ。
幸村はやっとの想いで俯いた。そして小さな声で「俺は何もしていないよ」と呟いた。
幸村はこれ以上、ゆめみの顔を見る勇気が無かった。感情が溢れ出しそうで、我慢するのに必死だった。オルセー美術館を出た後、ゆめみはエッフェル塔を指差して、「エッフェル塔まで歩いてみようよ」と言うと、幸村は言葉だけで「ああ、そうだね」と同意した。
それまでは隣を歩いていた2人だったが、いつのまにか幸村がすたすたと前を歩き、ゆめみがついていく形になっていた。
幸村は、頭の中で何度も自分はゆめみが好きでは無いと呟いた。そうしている内に、それが本当になればいいと思った。
オルセー通りをセーヌ川沿いにまっすぐ歩いたところにエッフェル塔はある。迷いようが無い。そう思い込んでいた。
「ゆめださん?」
アンヴァリッドの公園を過ぎたところで振り返ると、そこには誰もいなかった。
血の気が引いた。
幸村は急いで来た道を戻り始める。
「王子の白馬が失礼した」
その時、ゆめみはアンヴァリッドの公園の入り口で尻もちを着いていた。目の前には、真っ白な大きな馬。その上にまたがる金髪のフランス人から聞こえた声は日本語だった。
ゆめみはどこから突っ込んでいいものか迷った果てに、「王子様?」と聞くことにした。
自称王子は、どうやらそれが嬉しかったようで、軽やかに白馬から降りると、ゆめみに恭しく手を差し伸べる。その頬は赤みがかっている。
「立てるか?プランセス」
ゆめみは一瞬手を掴むべきか迷った。しかし、好意を無下に断るのもな、と思い直し、その大きな白い手に手を重ねた。
同時刻、幸村はアンヴァリッドの公園をエッフェル塔に背を向けて走っていた。ゆめみがいない。何かあったのだろうか。最悪な事態が頭を過る。頼む、無事でいてくれ。
「ヒヒィーン」
1匹の白馬とすれ違った。こんなところに馬!?と思って視線を向け、幸村は目を大きく見開くこととなる。
ゆめみがその馬に怪しい男と乗っていたのだ。
ゆめみは「下ろしてください」と言ったが、男は「はっ!」と馬に喝を入れるとさらに加速した。
幸村は足の速さには自信があったが、馬の方が圧倒的に速く、すぐに見えなくなる。しかし、幸村は見えなくなっても全力疾走で馬を追いかけた。
幸村がエッフェル塔へと走っていくと、ゆめみが入り口のところで1人でぽつんと立っているのが見えた。
幸村は息を切らして、ゆめみへと駆け寄る。そして、その体を自分へと引き寄せた。力強く抱きしめる。
はぁはぁという荒い息遣いがゆめみの耳へと届いて、変な気持ちになった。
「ゆめみ、よかった」
幸村はそう言って、ゆめみを少し離す。幸村の額には汗が浮き出ていた。テニスの練習でもめったに汗をかかない幸村がここまで取り乱しているのをゆめみは初めてみた。
そして名前で呼ばれたのも初めてだった。
ゆめみはそっとハンカチで幸村の汗を拭う。
幸村は呼吸を整えると、「ヤツは何者だい?」と聞いた。
「王子様だって、親切に送ってくれただけだったみたい」
「ごめんね」とゆめみが言うと、幸村はもう一度ゆめみを抱きしめて「俺こそごめん」と言った。ゆめみは何がごめんなのかわからなかったが、幸村を控えめに抱きしめ返した。
「走って来てくれてありがとう、精市」
幸村はその響きに、少し驚いて目を見開いたが、すぐに泣きそうに笑った。
2人は顔を見合わせて、ふふと笑う。
「せっかくだから、エッフェル塔に登って見ない?」
「そうだね、行ってみようか」
2人は手を繋いで、エッフェル塔の入り口へと歩いて行く。
357段の階段を登ると、目の前にはこの世のものとは思えない絶景が広がっていた。
言葉では表せないほどの感動とはこういうことを言うのだろう。
ゆめみは「Tres bien」と呟いて、柵まで走って行った。
風が吹いて、雲が流れて、パリの街並みに落ちた影がゆっくりと姿を変える。
その時、幸村は全てを理解した。
雲が流れるように
鳥が空を舞うように
葉が地面に落ちるように
季節が巡るように
俺はゆめみに恋をしている。
それはもう意思で止められる類いのものではないことを、幸村が受け入れた瞬間だった。
「ゆめみ」
幸村が名前を呼ぶと、ゆめみは振り返る。その瞳には星が宿っていた。
『Je t’aime』
ザアァァァと風が吹いた。幸村はその風に合わせて小さい声で囁く。ゆめみは強い風に小さく体を震えながら、「なぁに?」と不思議そうな目を幸村に向けた。
幸村はふふと笑って、自分の羽織りを脱ぐと、ゆめみの肩にかけた。
「帰ろうか」
こうして、幸村とゆめみのフランス研修は幕を閉じた。
(180417/小牧)→44
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