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(ボクの思い通りになったのに/不二•手塚•柳)

11月第1日曜日。
ゆめみ、ゆめこ、柳の幼馴染3人組は、東京にいた。目の前の門に設置されたアーチの上には『青学祭』の文字。
彼らは青学の学園祭に来ていた。

「なんか3人で遊ぶの久しぶりだねー」
「蓮二がいつも部活だからね」
「すまないな」
「でも月2回しか休みないのに来てくれて嬉しいよ」

ゆめみがにこにことそう言えば、柳はぽんとゆめみの頭に手を置いた。ゆめこがニヤリと笑って「じゃあ今日は蓮二のおごりね」と言えば、柳は「なぜそうなる」と淡々と突っ込んだ。
ゆめみはそのやり取りを見て、あははと笑う。そして入り口でもらったパンフレットを見て「何から食べようか」と言った。「まだお昼には早いし、甘い系かな」と返したゆめこに、柳は「食べ物限定か」とまた淡々と突っ込んだ。

「ところで、友人に挨拶をしなくてもいいのか?」

今日3人がここに集まった理由。それはゆめみがフランスから戻ってすぐの10月下旬にまで遡る。
不二からの定期便に、テニス部でやる『眠り姫』の王子様役に手塚が抜擢されたと書いてあったのだ。
それを知ってからと言うもの、ゆめみは、毎日のようにそのことについて考えた。
あの基本無表情な国光くんの王子様ってどんな感じなんだろう。演技とかできるのかな?でも綺麗な顔をしているから、きっと衣装は似合うだろう。
そんな風に物想いにふけるゆめみは側から見たら恋する乙女で、ゆめこは「そんなに気になるなら観に行けばいいんじゃない」と当たり前のことを言ったのだった。
手塚のことも不二のこともデータにない柳には、「友達が劇に出るから観に行こうよ」とだけ言われていた。そんな柳の真っ当な問い『挨拶をしないのか?』に、ゆめみは「えっと」と言葉を濁した。

「うーん、実は招待された訳じゃないんだよね」

ゆめみは本当のところ、手塚にも不二にも会いたくなかった。手塚に対しては、本人から誘われた訳じゃないのに、こうして観に来てしまった気恥ずかしさがあったし、不二に対しては意地悪された経験から、直接会うのには抵抗があったのだ。
特に柳に隠す必要もないのだが、正直一からこの複雑な事情を話すのは面倒だ。ゆめみが目線を泳がせていると、全てを察したゆめこが柳の肩をぽんと叩いて「クレープ屋に決めたよ」と笑った。ゆめみは『さすがゆめこ』とウインクして、「私いちごとアイス入ってるのにする」と言って、ゆめこの手を取って走り出す。
残された柳は不可解な顔をしたが、それ以上は追求せずに、2人の後を追いかけた。

「みんなで違う味にして、3人でシェアしようねっ」
「ああ」
「蓮二薄味指定すんのやめてね」

海原祭も十分に満喫した彼らだったが、他校の学園祭というのは、また別の気楽な楽しさがあった。海原祭では最後まで入らなかったおばけ屋敷に入ったり、輪投げゲームで高得点を狙ったり、後は食べてばっかりいた。

一通り見て回った後、3人は場所取りのために少し早めに体育館に向かった。
ちょうど入れ替わりの時間だったため、後ろの方の席を並んで取ることが出来た。
ステージの横に設置された演目に『男子テニス部による眠り姫』と書かれているのを見て、柳が目を開いたのをゆめこは見逃さなかった。

「始まる前にゴミ捨てて来ちゃうね」

ゆめみは食べ終わったゴミを持って、パタパタと体育館の外へと走っていった。残された柳とゆめこ。「ゆめみの友人は男なんだな」と呻いた柳を、ゆめこは気の毒に思った。

ゆめみは体育館の外にあったゴミ箱にゴミを捨てて、戻ろうと左の方に視線を移す。ふとテニスコートが目に入った。テニスコートエリアでは模擬店は無いようで、静けさに包まれていた。

(国光くん、あそこでテニスしてるんだ)

ゆめみはまだチャンスが無くて一度も手塚がテニスをしているところを見たことが無かった。それでもなぜかそのテニスコートでテニスをしている手塚が目に浮かぶようだと思った。

「青学の人はいつでも国光くんのテニスが見れるんだ」

そんな当たり前のことをゆめみは呟いていた。それがなんだか羨ましいと思った。

『まもなく体育館にて男子テニス部による眠り姫を開演いたします』

アナウンスが流れて、ゆめみは慌てて体育館へ戻ろうと、後ろを向いた。とその時、どんと人とぶつかった。ゆめみは体勢を崩してしまい、その人物を押し倒す形になってしまった。「ごめんなさい」とゆめみは反射的に謝った。

「そんなにボクに会いたかったの?」

聞き覚えのある声に、ゆめみはハッと顔を上げた。そして微妙な顔をする。

「不二くん」

ゆめみの押し倒してしまった相手は、ゆめみの文通相手の不二周助だった。不二はクスっと笑って、「意外と積極的なんだね、ゆめみちゃん」と言った。ゆめみは慌てて立ち上がると、「ごめんね」と謝って、体育館に戻ろうとした。しかし、不二に手を掴まれる。

「濡れてるよ」

え、とゆめみは自分の体を見ると、制服のブラウスの肩の部分が茶色く濡れて染みになっていた。近くに紙コップが落ちており、おそらく不二が麦茶を持っていたところに倒れこんだのだろうと推察される。

「早く対処しないと染みになってしまうよ」
「でも、私」
「わかってるよ、手塚くんに会いたいんだよね?ボクに任せて」

不二は爽やかにそう言った。その瞳には人を惹きつける何かがあり、ゆめみはまた不二を信じてしまう。「どうするの?」と聞いていた。不二は嬉しそうに笑って「こっちだよ」とゆめみの手を引いて、体育館横の廊下を走る。体育館からは劇の始まりの音楽が聞こえて来た。

不二はゆめみを体育準備室へと連れて行った。そこは更衣室として利用していたようで、数人のテニス部部員が準備をしていた。不二は奥にあるカーテンで仕切られた場所にゆめみを入れてカーテンを閉めると、「とりあえず制服脱いで」と言い放った。
ゆめみは迷ったが、このままでは染みになってしまうのも確かだ。きちんとカーテンが閉まっていることを確認して、ブラウスを脱いで、恐る恐るカーテンの間からそれを外に出した。するとすぐにブラウスを引き取られて、代わりに何かを握らされた。

「とりあえずこれに着替えてね」

手に掴んだ何かをカーテンの中に引き入れると、それはドレスだった。淡いピンク色の可愛いドレス。
外では何か非難するような声も聞こえたが、厚いカーテンのせいでよく聞こえない。

とりあえず、このままの姿では外に出ることも出来ないため、そのドレスに着替えることにした。


その時、体育館では、この舞台を楽しみにしていた張本人不在の中、物語は確実にフィナーレへと向かっていた。
柳とゆめこは、始まってすぐにゆめみを探しに外まで行ってみたが見つけられず、携帯も繋がらないため、とりあえず席に座って劇を見ていた。
衣装や演出のレベルが高く、ストーリーもオリジナル要素が加わっており、なかなかに面白い。それだけに、準主役である手塚の大根役者ぶりが気になって仕方がなかった。手塚はどこまでも無表情で、どんなシーンでも全くブレない。
ある意味そこが面白く、笑いを誘うシーンもあったのだが。

ゆめみもきっと見たかっただろうな、とゆめこは思った。柳は何を考えているのか全く読めない表情をしていた。

ついにドラゴンを倒し終えた手塚は、剣を振り上げた。あとはキスで姫を眠りから目覚めさせるだけだ。

「待っていろ、姫。油断せず行こう」

そして、階段のセットを登る演技をする。照明と音楽が変わり、ベットの上に横たわる姫がベットごと舞台の袖から現れた。

最初は暗くてよく分からなかった。しかし、照明がその姫を捉えた瞬間。柳がガタッと立ち上がる。

ゆめみだった。

金のウィッグを被り、ドレスを着たゆめみがそこにはいた。
手塚がそれに驚いたかどうかはわからない。少なくとも、見た目は全く変わらなかった。

感動的な音楽が流れて、手塚がゆめみにキスをしようと近付いていく。
観客席では、乱入しようとする柳をゆめこが驚きながらも止めていた。その口元は笑っている。

手塚はキスする直前で止めた。
しかし、ゆめみはタイミングが分からず目を覚まさない。手塚は小さくため息をついて。額に触れるだけのキスを落とした。

ゆめみは驚いて、目を覚ます。
手塚の唇が当たったところが、腫れたように熱かった。目の前にいる手塚を見て、不二の『手塚に会わせてあげる』の意味を理解した。また騙されたのだ。

ゆめみは劇の途中であることを忘れてはいなかった。手塚の顔にそっと手を添えて微笑む。

「あなただったのね」

その頬は赤く染まっていて、見るものを惹きつけた。手塚のエスコートで立ち上がり、そのままワルツが流れる。ゆめみと手塚はワルツを踊る演技を始めた。
2人は遠くから見てもお似合いのカップルに見えた。

その光景を舞台袖から不二が見ていた。その表情は険しい。横から大石が「不二くん、頼むからこういうことはこれっきりにしてくれよ」と声をかけた。
本来なら姫役は不二だった。それが時間ギリギリに連れてきた女の子にその衣装を着せてしまい、着替えが間に合わなくなったため、ゆめみが代役として舞台に出る羽目になったのだった。胃の痛い想いをした大石の当然の抗議だが、不二は不愉快そうな顔のままだ。

「ボクの思い通りになったのに」

続く言葉は「どうしてムカついてるんだろう?」だった。ゆめみを見つけて嬉しかった。嬉しくて、ドレスを着せたら可愛いだろうと思った。
それなのに。目に映るゆめみは可愛いと思ったが、全然ちっとも楽しくない。
不二は苦々しい顔のまま、舞台を見続けた。

ワルツが終わって、手塚とゆめみはお辞儀をした。拍手と歓声が客席から沸き起こる。
幕が降りる。

「恥ずかしい」

ゆめみがドサっと舞台に倒れた。顔は真っ赤だった。キスをされた額を両手で抑える。それが突然劇に出させられた恥ずかしさなのか、手塚にキスをされた恥ずかしさなのかゆめみは分からなかった。

手塚はそっとゆめみに手を出した。その瞳には優しい光が宿っている。ゆめみは深呼吸を一回すると、その手を掴もうと手を伸ばした。

「ゆめみに触れないでくれ」

しかしその手が手塚の手を掴むことは無かった。ゆめみの手は柳によって掴まれて、気がつけばゆめみは柳に抱き上げられていた。

「蓮二」

柳は怒っていた。滅多に変わることがないその顔にはありありと怒りの感情が浮かんでいた。

「すまなかった」

手塚はそう言って頭を下げた。ゆめみは「国光くんのせいじゃないの」と言う。

「そう、ボクのせいだよ」

反対側の舞台袖から不二が現れる。にっこり笑って「でもほらキミのブラウスは綺麗になったよ」と紙袋に入った制服一式を持っていた。
柳はゆめみをお姫様抱っこしたまま、無言でそれを掴んだ。そして、くるりと後ろを向いて歩き出した。
ゆめみは無表情の手塚とニコニコしている不二を見て、怒ってる柳を見て、最後に出口のところで手を振るゆめこを見た。
ゆめこは小さく笑っていて、それを見たゆめみの表情も少し和らいだ。




(180418/小牧)→45

この俺でもキスをしたことがないのに。




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