042
(兄ちゃんのかのじょー?/丸井)
10月末の土曜日。
その日、一日中ゆめみの家で遊んでいたゆめこは自転車で帰路についていた。
ゆめみの家で食べた有名スイーツ店のマカロンがとても美味しかったので、ゆめこはいつにも増して上機嫌だった。
割と大きめの鼻歌を歌いながらリズムよく自転車を漕いでいると、ふと前方に見慣れた後ろ姿を見つけてゆめこは歌うのをやめた。
そして、にやりと笑ってチリンチリンと自転車のベルを鳴らしながら近付くと、
「そこの赤髪の少年、止まりなさい」
とおまわりさんみたいな口調で話しかけた。
その瞬間びくりと肩を揺らした少年、もとい丸井ブン太は、振り返ってゆめこの顔を見るなり「ゆめこ!?」と驚いた声を上げた。
自転車に跨ったまま「ブン太くん何してんの?」とけらけら笑って聞いてくるゆめこに、丸井は「驚かせんなよー!」と言ったがその表情はとても嬉しそうだった。
想いを寄せている少女に道端で偶然会えたのだ、当然の反応だろう。
丸井は両手のビニール袋を少し高い位置に持ち上げると、買い物帰りだということをアピールした。
袋は二つともぱんぱんである。
「えらいねー、おつかい?」
「いや、明日のハロウィンパーティーの買い出しってところだな」
「そっか、もうすぐ31日だっけ」
ハロウィンというものに疎く馴染みが無いゆめこは、言われて初めて、そういえばもうそんな季節だな。と頭の中にカレンダーを思い浮かべる。ハロウィン当日の31日は平日なので、フライングで日曜の明日にパーティーをするのだと丸井は説明した。
そもそもハロウィンがどういうことをやる日なのかいまいち分かっていないのに、横文字の響きがかっこいいという理由だけで「ハロウィンパーティーなんてやってるんだ。オシャレだね」とゆめこは付け足した。
「かぼちゃタルト作ってやるって弟達と約束しちまってよ」
「へぇ」
丸井の言葉を聞いてゆめこが袋を覗くと、確かに中にはかぼちゃやタルトの材料、他にも市販のお菓子なんかがぎっしり入っていた。
彼に6歳と3歳という歳の離れた弟が二人もいることはゆめこも知っているので、あいかわらず "良いお兄ちゃん" してるんだなぁ、と感心した。
私もブン太くんみたいなお兄ちゃんが良かったな。
などとゆめこが思っていると、「ところでゆめこは?」と聞かれて彼女は顔を上げた。
「私はゆめみと遊んでたの」
と答えると、丸井はすぐに納得したような顔をした。
ゆめことゆめみの家はとても近く、平日の放課後に加え、土日も毎週のように遊んでいるという話を、以前本人達から聞いたことがあったのだ。
「仲良すぎだろい」と笑う丸井に、ゆめこは「ほんとだよねー」と相槌を打った。
それからゆめこは丸井のスピードに合わせるために自転車を降りると、横に並んで歩き出した。
そして丸井の荷物を指差すと、
「ブン太くん、それカゴに入れなよ」
と声を掛けた。
「重いでしょ?」
「大丈夫だって」
「えいっ」
遠慮する丸井をよそに、ゆめこは片方の袋を強引に奪うとカゴの中に入れた。
「頑張れば2ついけそう。そっちも貸して」
「いやさすがに重いだろい?」
「全然!お家まで送るよ」
当然のようにそう提案するゆめこに、丸井は内心「まじか」とガッツポーズをする。
しかし女の子に「送るよ」なんて言われたのは初めてだったので、丸井は少々戸惑った。
本来なら自分がゆめこを送るべき立場なのでは?と丸井は一人首を捻っていたが、
「ブン太くんちの場所知りたいし」
とゆめこに何気なしに言われ、丸井は「え」と顔を上げた。
彼女のことだ。
きっと深い意味など無いのだろう。
そう頭では分かっていても、自分に興味を持ってもらえたということが純粋に嬉しかった。
そして「そうだ!」と名案を思いついたように口を開くと、「俺が漕ぐから、ゆめこ後ろ乗れよ」と言った。
「えっ、ニケツ?」
「おお。良い考えだろい?」
体も密着するし。と多少の下心を抱きつつ、丸井はゆめこから自転車を奪ってサドルに跨る。
ゆめこの自転車はママチャリで荷台も付いてるものだったので、二人乗りにはもってこいだった。
「えー、でも私重いもん」
「そんなことねーって!それに俺こう見えて力あるんだぜ」
躊躇うゆめこをよそに、丸井は得意げに笑う。
毎日立海テニス部のハードな練習をこなしているので、筋力も体力も、同年代の男の子達よりは優れていると丸井は自負していた。
ゆめこは
「言ったね?知らないよ?」
と強気な口調で脅したが、恐る恐る荷台に座った彼女は口とは裏腹に完全に腰が引けていた。
おまけに「最近甘いもの食べ過ぎちゃってるし」と、ここ最近の食生活を省みて一人でなにやらブツブツ呟いていて、丸井は思わず噴き出しそうになった。
「心配し過ぎだろい」
「だって」
「むしろ痩せすぎだぜ」
丸井の言う通り、実際彼女は全然太っていないしむしろ平均より痩せ気味なのだが、自分の体重が気になるのは乙女の性だろう。
「ちゃんとつかまっとけよ」なんて言われたゆめこは、観念したように丸井の背中にしがみついた。
控えめに自分の服を掴むゆめこに、丸井は口元をにやつかせながらペダルを漕ぐ。
最初こそ、本当に大丈夫かな?
とそわそわしていたゆめこだったが、自分で漕いでいないのに前に進んでいる感じがなんとも不思議で、その浮遊感にも似た独特の乗り心地に「わぁ〜」と声を漏らした。
実はゆめこにとってこれが初めての二人乗りだったのだ。
「すごい!ブン太くんこれ楽しい!」
そう言って後ろではしゃぐゆめこに、「なんだよニケツ初めてか?」と丸井は意外そうに尋ねる。
「うん!初めて!」とゆめこが返事をすると、ちょうどその時目の前に急な下り坂が見えてきた。
「行くぞー!」
「えっ、えっ?これ下るの?」
「もちろんだろい!振り落とされんなよ」
と悪戯っ子のような口調で言う丸井に、ゆめこは慌てて丸井の腰に手を回す。
背中の服を掴んでいるだけでは心許なかったのだ。
突然身体が密着して丸井は一瞬ドキッとしたが、悟られないように「ビビり過ぎだろい」とからかうようなことを言った。
そしてグンッとペダルを踏み込むと、あとは自分たちの体重に任せるように両足を伸ばして、そのまま一気に下り坂を駆け抜けた。
坂の麓に着くと、まるでジェットコースターみたいで楽しかったのか、
「ブン太くん、今の!今のもう一回!」
とゆめこは子供のようにリクエストしたが、もう一回下るにはこの坂を登らなければいけないということなので、丸井は「それはちょっと勘弁」と顔を引きつらせるのだった。
それから二人で会話をしながら自転車を進めると、あっという間に丸井の家の前に着いた。
「ゆめこ、さんきゅーな」
「ううん!お安い御用だよ」
「荷物置いたら、ゆめこんちまで送ってやるぜ」
カゴから袋を取り出しながら丸井がそんなことを言うので、ゆめこはぶんぶんと首を横に振った。
一人で帰れる。というゆめこに丸井はしぶとく食い下がったが、
「その代わり、また後ろ乗せてよ」
なんてゆめこが満面の笑みで言うので、結局は丸井の方が折れてしまった。
そんなやり取りをしていると「兄ちゃん!」と家の方から声が聞こえて来て、二人は同時にそちらを見た。
話し声で兄の帰宅に気付いた弟が、家の窓から顔を覗かせてこちらを見ている。
「かわっ・・・!上の子?」
まるで子役モデルのように可愛らしいその姿に、ゆめこはきゅんきゅんして尋ねる。
背格好や見た感じの印象ですぐに次男の方だと分かったのだ。
丸井は「おう」とゆめこに返事をした後、次は弟に向かって「ただいま!」と声を掛けた。
すると弟はにこにこと無垢な笑顔のまま
「兄ちゃんのかのじょー?」
とゆめこを見て聞いてきた。
この質問に、ゆめこと丸井は同時にブッと噴き出す。
丸井は完全に照れによるものだったが、ゆめこは最近の子ってませてる?!という驚きによるものだった。
「あ、えっと、いや・・・」と途端にしどろもどろになる丸井に、弟は「兄ちゃん顔まっか」とトドメを刺すのだった。
「なんかワリィな、弟が変な勘違いして」
「ううん。むしろごめんね。こんなんが彼女なんて思われたらブン太くんも嫌でしょー?」
とゆめこが困り顔で言うと、丸井は「えっ」と動きを止めた。
そしてはっきりと「そんなことない」と口にすると、真剣な表情でゆめこを見つめた。
いつものお調子者の彼とはかけ離れたその表情に、ゆめこは自分の心臓がどきりと鳴った気がして「あ、うん。・・・ありがとう?」とあやふやな返事をした。
なんとなく二人の間に気まずい空気が流れる。
その空気に耐え兼ねたのか、ゆめこが
「もう行くね」
と声を掛けると、丸井はハッとしたように「おう」と返事をした。
「明日、ハロウィンパーティー楽しんでね」
「うん。ゆめこも来るか?」
「私は明日用事があるから」
「そっか」
少し残念そうな顔をする丸井。
しかしゆめこが自転車に跨りながら「でもブン太くんのかぼちゃタルトは食べてみたいから今度ご馳走してね」と言うと、彼は目に見えてぱぁっと顔色を明るくさせた。
「とっておきのやつ作ってやるから、楽しみにしてろよな!」
と自信満々に言う丸井を見て、ゆめこもにこりと笑みを返すと、そのまま自転車で走り去っていった。
(180412/由氣)→43
アオハルかよっ(<しつこい)