045
(俺だけが悪いのかい?/幸村
11月中旬。立海大付属中学校では、校外学習の授業が行われていた。生徒数が多い立海では、初夏にあった芸術鑑賞会の時と同じように、クラス単位で研修先が異なる。我らが1年M組は神奈川県にある最近出来たばかりの人気のショッピングモールに来ていた。
見上げると吹き抜けが開放的で、ところどころに木のモチーフが使われており、居心地の良さが演出されている。
M組の生徒達はインフォメーション前の大きなイミテーションの木の下で、担当社員による流通の仕組みや、ショッピングモールが身近になったことによる社会の変化等の話を聞いていた。
「従来の買い物に大きなインパクトを与え、さらには地方活性化に寄与し・・・」
内容自体は大変興味深いのだが、担当の方は俗に言うオタク気質というのだろうか、ボソボソと喋り、猫背でガリガリの体型で、なんだかその姿は某妖怪漫画のねずみ男のように見えた。
さらにたまたまなのだろうが、ぶかぶかのグレーのパーカーを着用しており、それがまたねずみ男っぽさを醸し出していた。
「我々は各種社会問題にも真剣に対応しており、継続的な地域社会への貢献として・・・」
担当社員が一生懸命に話す度に、中学生集団特有のクスクスという忍笑いが幸村の耳に届いた。
「ヤバくない?」「話に集中出来ないよね」等の容姿に関する冷やかしの声。その手の陰口が大の苦手の幸村は、自然に眉が釣り上がっていく。注意するべきだろうかとも思ったが、ここで声を出すことは、授業の中断に繋がる。真剣に授業に参加している他の生徒にまで迷惑をかけてしまうことは避けたい。幸村はゆっくりと息を吐いて、隣を見た。
幸村の隣では、ゆめみが熱心にノートに社員の話をメモしていた。ゆめみは全く気にしている様子もない。ノートに綴られる綺麗な文字を見て、幸村は心が落ち着いていくのを感じた。
「では、以上で説明は終わりにします。説明してくれた根津尾(ねずお)さんにお礼を言いましょう」
M組担任の先生は、ピリッとした口調でそう言った。今日も下ろし立てのブランドものスーツで決めている。
その瞬間、誰かが「ぷ」と吹き出した。しかし、すぐに学級委員の真冬が「礼、ありがとうございました」と掛け声をしたため、その場は流れた。
先生から「この後は各自ショッピングモールを見学しながら、課題シートの設問を埋めるように」と指示があり、1人の生徒が「先生、歩きながらじゃ書けません」と声を上げた。
「そうだな、課題シートを挟むクリップボードを用意しよう、では学級委員と、それから」
先生は、たまたま真冬の隣にいたゆめみに視線を合わせた。
「目があったな、ではゆめだ、頼めるか?」
「はい」
ゆめみは一瞬ビクッとしたが、すぐに笑顔で返事をした。「ゆめみ、俺が行こうか?」と幸村は声をかけるが、ゆめみは「軽そうだから大丈夫、ありがとう」と返事をした。
ゆめみは真冬、春巻と一緒に社員と先生に続いて、関係者以外立ち入り禁止の事務室に向けて歩いて行く。
事務室のドアが閉じた瞬間だった。後ろの方で、女子2人が堪え切れないといった様子で笑い出した。
「あはは、おっかしー」
「あの見た目で名前もネズオだって」
「話し方もボソボソしててなに言ってるかわかんなかったし」
よくある女子中学生の会話だ。本人達には、深い意味は無く、真の意味で相手を貶めようという意図もない。頭の片隅では、そんなこと理解出来ていた、と思う。
「ほんとキモいよね」
しかしその一言で幸村の中でブレーキが外れた。
「一生懸命説明してくれた人を影でそんな風に言うのはどうなんだろう。生まれ持った名前について中傷することの重みを、キミたちは考えて見たことがあるのかい?」
ゆめみと真冬と春巻は、1人13個のクリップボードを持って、みんなが待っているであろうインフォメーションに向かっていた。担当社員と先生は打ち合わせがあると言い、そのまま事務室に残った。
春巻は事前に配布されていた課題の紙を見ながら歩く。課題の設問には「子連れ向けのサービスを探して記入しよう」や「多くのお店を見て頂けるように工夫している点はどこだろう」といったものが並んでいる。
「課題の設問20もあるぜ、結構頑張って回って調べないと時間内に終わらないかもよ」
「半分くらいはさっきの説明を聞いてれば答えられるみたいだったよ」
「ほんと?さすがはゆめみちゃん、後で教えて」
「いいよ、私メモ取ってたから」
春巻、ゆめみ、真冬が優等生な会話に花を咲かせていると、見えてきたクラスメイト達の様子がおかしいことに気がついた。
イミテーションの大きな木の下で女の子が2人顔を真っ赤にして泣いており、それを数人の女子が囲って慰め、隣で3人の男子がどうしていいかわからないという困惑の表情を浮かべていた。それ以外の生徒は少し離れたところから心配そうに見守っている。
「りっちゃん、ゆめちゃん、どうしたの?」
真冬は持っていたクリップボードを春巻に押し付けて、真っ先に駆け寄った。少女2人は咽び泣いており、全く話が出来ない。
困惑した真冬は、周りに群がる女子に視線を合わせるが、皆話したくないのか、俯いてしまう。
そんな中、ゆめみはきょろきょろと辺りを見渡して「あれ?精市は?」と呟いた。幸村がいなかったのだ。
その瞬間、少女達の泣き声が大きくなった。少女達の隣にいた3人の男子が困った顔のまま、春巻とゆめみを手招きして、輪の外に出るように指示する。その3人はクラスの中でも比較的幸村と仲が良い3人だった。
春巻とゆめみは一瞬顔を見合わせたが、クリップボードを木の下のベンチに置くと、彼らと一緒に少し離れた場所へと移動した。
幸村はショッピングモールの屋上庭園のベンチでため息を吐いた。目の前には、子供が自由に遊べる芝生が敷き詰めてあり、遊具も充実している。平日の昼間だと言うのに、子連れ家族で賑わっていた。
小さな子供がキャッキャと裸足で遊ぶ姿を見て、そのキラキラ感じに、幸村は更に落ち込むのだった。
「言わなきゃ良かったな」
後悔先に立たずとはこのことだ。ついいつもの調子で注意をしてしまい、結果クラスの雰囲気を壊してしまった。さらに女の子達が泣き出してしまい、怖くなって逃げ出した。
幸村の気持ちがこんなにも沈んでいるのは、そのクラスメイトを泣かせてしまったからじゃなかった。今までの幸村ならば、泣かれても自分の正義を貫くことにためらいなど無かっただろう。逃げ出すことなど思いつきもしなかっただろう。
(ゆめみはどう思うだろうか)
ゆめみに嫌われてしまったら、どうしよう。その感情が、幸村をこんなに臆病にさせていた。
幸村は俯いて地面を見つめていた。
「精市」
とその時、目の前に青のクリップボードが現れた。幸村は少し目を見開くが、クリップボードをずらしてゆめみが顔を出すと、泣きそうな顔をした。
「ゆめみ」
ゆめみはにこって笑って「隣に座ってもいい?」と聞いた。幸村は軽く頷く。ゆめみはゆっくりと幸村の隣に座った。
「聞いたのかい?」
「うん、聞いたよ」
「・・・軽蔑した?」
幸村の言葉に、ゆめみは驚いて幸村を見た。幸村の瞳は真剣だった。ゆめみははっきりと首を振った。そしてまっすぐに幸村を見つめる。
「私、精市のこと好きだよ」
一緒、時が止まった。幸村は驚いて大きく目を見開いて。じっと幸村を見ているゆめみを見つめ返すと、顔が赤くなった。
「それって」と口籠る幸村に、ゆめみはあれ?と首を傾げて、何事も無かったかのように言い直した。
「私、精市のそういうところ好きだよ」
ゆめみの瞳には、照れも恥ずかしさも無い。それは愛の告白とは別のものだと理解した。うっかり期待してしまった自分が恥ずかしいと幸村は思った。
「正義感が強くて、弱い人に優しい、精市のそういうところ、尊敬してる」
少しがっかりしてしまった幸村だったが、ゆめみがそう優しく続けて言ったので、安心することができた。少なくとも嫌われてはいないようだ。
「でも、精市はもっと自分の価値を知るべきだよ」
ゆめみは笑ってそう言った。どういうことかと聞けば、「精市みたいにカッコいい男の子から怒られたら、女の子はみんな泣きたくなっちゃうんだよ」と言った。だから、女の子には言っちゃダメだよ、と。
「俺だけが悪いのかい?」
なんだかゆめみにそんな風に言われるのは腑に落ちなくて、幸村は口を尖らせた。そんな子供っぽい幸村は珍しくて、ゆめみは優しく幸村の頭を撫でた。
「精市は悪くないよ」
その感覚が気持ちよくて、幸村は少し目を瞑った。
「ゆめみがいたらこんなことにはならなかったはずだよ」
一度甘えてしまったら、歯止めがかからなくなってしまう。幸村は「ゆめみがいたら俺を止めてくれたのに、いなかったせいだよ」と続けていった。ゆめみの反応を見るために、片目だけを開けると、ゆめみは可笑しそうにくすくすと笑っていた。
「そうだね、じゃあ私のせいだね」
ゆめみの優しさにいつも救われている。
幸村はいつのまにこんなにゆめみを必要とするようになってしまったのだろうか、と不思議に思った。いつもそばにいて欲しいと願う。ゆめみの前でしか、こんな自分は見せられない。
「気をつけてね」
ワガママを言って満足した幸村は、いつもの元気を取り戻していた。「さぁ、課題を始めようか」と立ち上がる幸村の瞳は自信に溢れていて、ゆめみは先ほど見た泣きそうな表情は見間違いだったのかもしれないと思った。
(180419/小牧)→47
もうキミ無しでは生きられそうにないよ