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(宝石箱みたいだね/幸村•柳)
「うわぁ、ここからもう綺麗だね」
ゆめみはバスを降りてすぐに歓声をあげた。ゆめみに続いてバスを降りた柳と幸村はキラキラとした表情をしているゆめみを見て、微笑んだ。
「昨日は強風でどうなるかと思ったけど」
「ああ、晴れて良かった」
11月の第3日曜日。ゆめみ、幸村、柳の3人は、鎌倉に紅葉狩りに来ていた。全員登山用の格好をしている。
ことのきっかけは、いつものメンツ(ゆめみ、柳、幸村、真田)でお昼を食べていた時に、ゆめみが「なんで紅葉狩りって言うんだろうね」と呟いたことだ。
何の脈絡も無くそう言い出したゆめみに、他の3人はきょとんとしたが、ゆめみは続けて「だって紅葉を刈り取るわけではないでしょう?」と言う。そう言われて見るとそうだな、と思った幸村だったが、その隣で柳がいつもの調子で解説を始めた。
「狩りには、狩猟の意味以外に山野で植物を観賞することという意味がある」
「辞書を見ればわかることだ」と付け加えた柳に、ゆめみは「全然わかんないよ、何で狩りにそんな意味があるの?」と聞いた。「それにはいろんな説があるが有力なのは」と柳が言いかけた時、真田が口を開いたのだ。
「それは体と心で感じるものだ!故人が何を想い、言葉に託したのか、それを感じてこそ日本語の深みを知ることとなる!」
そうして真田の提案で今日の紅葉狩りが決まったのだった。しかし、言い出しっぺの真田は、この日に甥と遊ぶ約束をしていたらしく、来ることは出来なかった。
「真田くん残念だったね、葉っぱ一枚お土産に持ってってあげようかな」
「弦一郎は写真を見せれば充分ではないか」
「真田は話をするだけで満足すると思うよ」
ゆめみの提案にそう返す柳と幸村。男の子ってドライだなと思うが、仲良しゆえかなとゆめみは思う。
3人は他愛ない話に花を咲かせながら、色付いた森の中へと入って行った。幸村が小さい頃に行ったという『獅子舞の谷』へと向かっていた。そこがとても幻想的で感動的だったよと話した幸村に、ゆめみも柳も行ったことがなかったので、すぐに賛成したのだった。
「ゆめみ、上ばかり見ていると転んでしまうぞ」
歩き始めると、思った以上に急な山道で、柳は心配してゆめみに声をかけた。ゆめみは「大丈夫だよ」と言ったが、言い終わらないうちに足を滑られた。そこを危機一髪で前を歩いていた幸村が腕を掴んで支えた。
「ゆめみ、おんぶしてあげようか?」
幸村は本気でそう提案したが、ゆめみはまた「大丈夫だよー」と笑って返した。山道にはたくさんの落ち葉が落ちていて綺麗な反面、とても滑る。その後も、何度も足を滑らせそうになるゆめみに、幸村と柳ははらはらと手を貸すのだった。
2人の心配をよそに、ゆめみはその大きな瞳で木や花を見つけては、「綺麗だね」と嬉しそうに笑う。秋の山にはたくさんの花も咲いていて、道中の変化を楽しませてくれる。
その笑顔が幸村と柳にも伝染して、表情を緩ませた。
程なくして、山頂に到着した。山頂付近には紅葉は無かったが、目下に広がる森は見事に色付いていた。
遠くには街も見える。
3人は初め言葉もなく、その景色を眺めていた。最初に声を出したのは、やはりゆめみだった。
「宝石箱みたいだね」
『宝石箱みたい』その言葉を聞いて、もう一度景色を見ると、また違ったものに見えるから不思議だ。
「いろんな赤といろんな黄色が鮮やかに混ざり合って、世界はこんなに美しい」
ゆめみが歌うようにそう言った。幸村は「はは、ゆめみは詩人だな」と笑ったが、すぐに真剣な顔をして。
「この色、この時、季節は巡る儚さを残して」
と言った。そうして、2人でクスクスと笑いながら柳を見た。柳は視線を感じながらも「俺はやらないぞ」と言った。しかし少し考えてから、口を開いた。
「山の神 紅葉かつ散る 静かさよ」
ゆめみも幸村もそれを聞いて、少し目を瞑って感じた後、にっこりと笑った。
「蓮二らしい」
「俳句とは風情があるね」
3人はまた目的地目指して歩き始めた。すると、少し行ったところに『天の峠茶屋』という店を見つけた。木造りの簡素な建物だったが、ほっとするような雰囲気の休憩所だ。
「少し休んで行こうか」と幸村は提案した。つねに鍛えている幸村と柳は平気だったが、ゆめみは疲れが溜まってきたところだったので、嬉しそうに頷いた。
店内はまだお昼には早い時間ということもあって空いており、ゆめみ達は1番景色のいいところに座った。お店のおばちゃんがニコニコしながら注文を聞きに来る。
「坊ちゃん、両手に花でいいわねー」
おそらく柳のおかっぱ頭が後ろから見たら女の子に見えたのだろう。おばちゃんはそう言いながらテーブルにきた。しかし、近くで幸村を見ると「ごめんなさいね、女の子3人だったわね、見間違えちゃって」と訂正した。
どうやら幸村を近くで見て女の子だと認識したらしい。
これには、ゆめみと柳はぷぷぷと吹き出した。幸村は少し機嫌悪そうに「男です」と言った。ついでにゆめみが柳も男だと説明すると、おばちゃんは話好きなのだろう「中学生?」「どこからきたの?」「どこの学校?」といろんなことを聞いてくる。そして、立海大だと知ると、嬉しそうに「うちの親戚の子も立海大付属の1年生なのよー」と言った。
これは立海大あるあるであるが、立海はマンモス校で大学まであるため、近所の人や遠い親戚まで合わせると、知り合いの誰かしらは立海なのだ。そして「〇〇って言うんだけど、知ってる?」と聞かれるが、大抵の場合は知らなくて気まずい思いをする。
今回のケースもそうなるだろうな、と3人は密かに思っていた。
「あれ?ゆめみちゃん?」
しかし、聞こえてきた声はよく知ったものだった。駆け寄ってきた女の子の肩を抱いて、おばちゃんは嬉しそうに笑う。「この子がその親戚の子でね、毎年この時期だけ手伝ってもらってるの」
「真冬ちゃん!?」
ゆめみと幸村と同じクラス、柳とは同じ小学校出身の真冬だった。真冬はゆめみと同じ席に座っている柳と幸村を確認して、更に驚いた顔をする。
「柳くんと幸村くん」
複雑そうな顔をして「トライアングラー」と呟いたのを柳は聞き逃さなかった。しかし、ゆめみは思わぬところで友人に会えたのが嬉しかったらしく、「真冬ちゃん、お手伝いして偉いね」と声をかけた。いい気持ちになった真冬はコホンと咳払いをして、接客モードで「ご注文は何ですか?」と聞いてきた。
「緑茶」
「紅茶」
「私ココア」
3人は好き勝手に頼むが、真冬は「ドリンクはアルコール以外はラムネしかないわよ」と言ったので、3人はラムネを頼んだ。「かしこまりました!」と元気よく言うと、厨房に戻っていったが、すぐに引き返してきた。
「おばさんがゆめみちゃんにソフトクリームプレゼントするって」
「えっ、いいの?嬉しい」
ソフトクリームの機械を使わせてくれると言うので、ゆめみは嬉しそうに真冬に続いて厨房へと入って行った。
普段は仲の良い幸村と柳だが、2人きりになるのは珍しく、沈黙になった。
その沈黙はなぜか居心地の悪いもので、幸村は何か話題は無いかと思考を巡らせる。
「ゆめみが笑うと嬉しくなるよね」「ゆめみは登山服が意外と似合っているよね」「ゆめみは・・・」
思い付く話題がすべてゆめみに繋がってしまう。
柳は俺の口からゆめみの話題が出ることを好まないだろう、そうわかっているのに、他のことが何も浮かばない。
考えているうちに、これはチャンスなのではないか、と幸村は思った。柳の気持ちを知った上で好きになってしまったことに罪悪感を覚えていた。だから。
「俺、ゆめみのこと好きみたいだ」
小さな声で、しかしはっきりと幸村は言った。柳は眉1つ動かさず「知っていたさ」と言った。その言葉には、ある種の諦めが含まれていた。
ふぅと幸村は息を吐いた。背負っていた重たい荷物を降ろした感覚だった。
「柳の気持ちを知った上でそうなってしまった、すまない」
幸村は「そうなってはいけないと何度も思った、でも出来なかった」と付け加えた。柳は幸村の告白を静かに聞いていた。
「俺は抜けがけするつもりは無い、告白はしない、だから俺たちの友情は変わらない、そうだろう?」
しかし、幸村がそう言った瞬間、柳は初めて少し目を見開いて、眉を下げて悲しい顔をした。
「柳?」
「見て見て、上手に出来たんだよ」
幸村が追求しようとした瞬間、ゆめみがソフトクリームを持って帰ってきた。その瞳はキラキラしていた。「上手に出来たな」と言って、ゆめみの頭を撫でる柳は、さっきのことが嘘のように微笑んでいる。
友情は壊れるということなのだろうか?幸村は不安を感じたが、この場でそれ以上追求することも出来なかった。
3人は茶屋を出て、目的地である『獅子舞の谷』目指して歩き始めた。
「小さいあき」「小さいあき」
「小さいあきみーつけた」
ゆめみと柳が『ちいさい秋みつけた』を歌いながら歩く。2人はいつも通りだが、幸村は少し元気が無さそうだった。それに気づいたゆめみは「精市、あと少しだよ」と声をかける。幸村は力なく笑って「大丈夫、疲れてないよ」と言った。
そしてついに『獅子舞の谷』と呼ばれるエリアに入った。森の中だ。
山道には真っ黄色の銀杏の葉が敷き詰めてあり、上には真っ赤紅葉がその美しい葉を誇っているようだった。
3人はその幻想的な光景にため息をついて。足を止めて見入っていた。
少しして、ゆめみが「休憩しよ」と言い出して、少し道から外れたところにシートを引いた。3人はゆめみを挟むように座った。
誰も通らなかった。
静かだった。
ゆめみが最初に後ろに倒れて、寝転がる形になる。シートは少し小さく、髪に葉っぱがたくさんついたが、ゆめみは気にならないみたいだった。うふふと笑って
「世界が真っ赤だよ」
と幸せそうに言った。幸村と柳は2人で顔を見合わせたが、ゆめみに倣って寝転がった。視界がすべて紅葉色に染まる。
絶景だった。
ひらり、と紅葉の葉が落ちてきて、ゆめみの額に落ちた。その葉を目で追いかけた幸村と柳は、その落ちたところを見て、同時に笑った。
ゆめみは目を閉じて眠っていた。
「はしゃぎ過ぎたようだな」
「少し寝かせてあげようか」
すぅすぅと規則正しい寝息を立てて眠るゆめみ。しばらくその寝顔を見ていたが、柳が先に切り出した。
「先ほどは精市の問いに即答出来ずにすまなかった」
幸村はゆめみ越しに柳の顔を見る。柳は柔らかい表情を浮かべていた。
「俺たちの友情に一点の曇りもない、この柳蓮二が保障しよう」
幸村は心の底からほっとした。しかし、その後に続いた言葉に目を見開く。
「精市が告白する、しないに関わらずだ」
「それは」
「告白してもいいってことかい?キミはそれでいいのかい?何年も想い続けた果てに誰かに奪われても?」幸村の感情的な言葉に、柳はまた悲しそうな顔をした。
「男はお前だけではない」
柳の言葉が幸村の胸に刺さる。
「精市が遠慮してくれたところで、ゆめみが俺に振り向いてくれる訳ではない」
幸村はハッとした。「ゆめみのことを好きな男が他にもいるんだね?」柳はその問いには答えなかった。ただただ悲しい顔を浮かべていた。
「それは嫌だな」
幸村の瞳には強い光が宿っていた。
「ゆめみと付き合うのは、柳か俺のどちらかだけだよ」
『柳か俺』とはっきりとそう言った幸村に、はて?俺に譲ってくれるのではなかったか?と柳は思ったが、幸村の瞳に紅葉のように真っ赤な情熱を見て「そうだな」と同意した。
(180420/小牧)→50
真っ赤な誓い