046
(毛利先輩と知り合いだったのか/毛利・仁王)
体育祭から約二週間が経った11月の下旬。
この日の放課後。
テニスコートの前に二人の少女の姿があった。
ゆめことゆめみである。
今日は水曜日なので、テニス部の練習メニューは基礎練と練習試合だ。
練習試合の前に長めの休憩があると柳から前情報をもらっていたゆめことゆめみは、ちょうどその時間に着くようにテニスコートへとやってきた。
彼女たちがここに来たのは、昨日二人で協力して作ったダックワーズやフロランタン、フィナンシェなどのお菓子を、テニス部のいつものメンバーに差し入れするためだ。
元を辿ると、ハロウィンの前日にゆめこが丸井にかぼちゃタルトをおねだりしたのが始まりで、後日約束通りにかぼちゃタルトを作ってきてくれた丸井に、何かお返しを、と考えたのがきかっけだった。
タルトはゆめみと一緒にご馳走になったので、彼女にもお菓子作りに協力してもらったのだが、ついつい作り過ぎてしまい、「せっかくだしみんなにもあげよっか」という流れになったのである。
そうなるとみんなが揃っている部活の時間がベストだったので、ゆめことゆめみはこのタイミングを狙ってやってきたのだ。
二人がテニスコートに顔を覗かせると、柳の情報通り部員たちは各々で休憩を取っているところだった。
そこでまずは柳に話しかけ、他のみんなも呼んでもらった。
事前にグループチャットでゆめことゆめみに事情を聞いていたので、待ってましたと言わんばかりに丸井、ジャッカル、幸村、真田、柳生、仁王の6人が次々と集まってくる。
「うわ!うまそー!」
「ちょうど腹減ってたから助かったぜ」
「私たちまでいただいてしまってよろしいのでしょうか?」
丸井、ジャッカルが真っ先に手を伸ばし、その後ろから柳生が控えめに聞いてきたので、ゆめこはお菓子を入れていた箱を差し出すと、
「うん、もちろんだよ。みんなで食べて」
と言った。
お昼から時間も経っているし、ハードな練習でお腹が減っていたのか、みな次々とお菓子に手を伸ばす。
元々個々では仲の良かった彼らだが、8月末に柳のペンションで休暇を共にしてからというもの、9人の絆はより一層深いものになっていた。
ペンションでの写真をシェアするためにとグループチャットを作ったことがきっかけになったのか、最近では全員で連絡を取り合って昼休みに集まったり、休日にはみんなで予定を合わせて遊びに行ったこともあった。
そんな気心の知れたメンバーが集まったこともあり、全員で和気あいあいと話に花を咲かせていると、
「美味そなもん持っとるやん」
と後ろから声を掛けられた。
同時にずしりと肩に重みを感じて、ゆめこは驚いて顔を上げる。
するとすぐ真横に毛利の顔があって、ゆめこは「わっ」と声を漏らした。
ゆめこも決して人見知りをするようなタイプではないし、むしろ誰とでもすぐに仲良くなれるような性格なのだが、自分の肩に手を回し「久しぶりやんね」と笑う毛利を見て、この人距離の詰め方ハンパないな。などとゆめこは思った。
「で、俺の分は無いんけ?」
と、にこにこして聞いてくる毛利に、ゆめこはわざと哀愁漂う表情を作ると「残念ながら・・・」と答えた。
数はたくさんあるのでゆめこはおふざけのつもりで言ったのだが、それを聞いた毛利は「ひどっ、俺とゆめこちゃんの仲やんかー」と言ってけらけら笑うと、肩に回していた腕を今度はヘッドロックするようにゆめこの首に回してきた。
全く力が入っていないので痛くはないのだが、少々スキンシップが過剰な気がする。
みんなの視線も恥ずかしくて、
「苦しいです、離してくださいよ〜」
とゆめこは抗議した。
そもそも屋上で会った時に一度話したことがあるだけなのに、変な誤解を招くような言い回しだな。と、ゆめこは思った。
そうしてしばらく毛利に絡まれていたゆめこだったが、「おーい毛利」と他の部員に呼ばれると、彼はあっさり去っていった。
そのことでやっと解放されたゆめこが「助かった・・・!」と一息吐いたのも束の間。
顔を上げた瞬間、みんながぽかんとして自分を見つめていて、ゆめこは気まずさからうっと肩を竦めた。
そんな中、真っ先に口を開いたのは柳だった。
「毛利先輩と知り合いっだのか?」
「俺のデータにはなかった情報だな」と意外そうな顔をする柳。
知り合いという程でもないのでゆめこは事情を話そうと口を開いたが、彼と出会った経緯を話すということは、連鎖的に遅刻したことも話さなければいけなくなってしまうので、
「あー、ちょっと・・・ね」
と、ゆめこはお茶を濁すような返事をした。
真面目な柳のことだ。
遅刻したことがバレたら何か小言を言われ兼ねない。
もしかしたらその日の内にゆめみに聞いて知っていたかもしれないが、今は柳に加え優等生の真田や柳生もいるので、どちらにせよこの話題はタブーだろう。
三人がかりで咎められるなんてごめんだ。とゆめこは思った。
そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、付き合いの長い柳は、ゆめこがこういう言い方をする時はこれ以上詮索をしても無駄だということを知っていたので、「そうか」とだけ言って流してくれた。
しかし、事の一部始終を見ていた丸井は納得していないようだった。
「随分馴れ馴れしくねぇ?」
と眉を顰めて、遠くで先輩たちと話している毛利を見ている。
その意見に内心同意していた仁王は、誰にも聞こえないくらい小さな声で「プリッ」と言った。
そうこうしている内にあっという間に休憩は終わってしまい、部員たちによる練習試合が始まった。
公式戦は何度か観たことがあるゆめことゆめみだったが、実は部活の様子を観るのはこれが初めてだったので、二人はせっかくだからと少し見学していくことにした。
三面あるテニスコートの真ん中と左側でレギュラーによる試合、右側でそれ以外の人達による試合が行われるようだ。
真ん中のテニスコートでちょうど柳の試合が始まりそうだったので、ゆめことゆめみもその正面の芝生にハンドタオルをひいて腰を下ろした。
芝生は坂になっているので、ここに座るとコートが見下ろせるのだ。
「わぁ!蓮二またうまくなってるね」
練習試合が始まって少し経った頃。
柳のショットが決まったタイミングでゆめみは嬉しそうに声を上げた。
それは隣にいるゆめこに言ったつもりだったのだが、いつまで経っても彼女の同意を得られず、ゆめみは不思議に思ってゆめこを見た。
ゆめこは真ん中のコートではなく、左側のコートを見ているようだった。
左側のコートでは先程ゆめこに絡んでいた毛利が試合をしていて、ゆめこの視線が彼に向けられていることに気付いたゆめみは
「毛利先輩、だっけ?確か全国大会も出てたよね?」
と話しかけた。
そのことでハッとしたのか、ゆめこはすぐにゆめみを見ると「うん、出てた」とだけ返事をした。
そしてそのまま視線を正面にいる柳に移す。
「蓮二またうまくなってるね」と先程自分が言った台詞と全く同じことを言うゆめこに、ゆめみは、やっぱりさっきの聞いてなかったんだな、と思った。
それからしばらく柳の試合を見ていたゆめこだったが、「ゲーム3−0毛利!」と審判のコールが聞こえてきて、彼女はまた左のコートに目を向けた。
ちょうどチェンジコートのタイミングなのか、向こう側から毛利が歩いてくる。
その時ばちりと目が合って、毛利は小さくゆめこに手を振った。
そんな毛利に、ゆめこはきょろきょろと辺りを見渡し後ろに誰もいないことを確認すると、ぺこりと小さく会釈を返すのだった。
チェンジコートのあとも、毛利は立て続けにゲームを取っていく。
それを観ていたゆめこは、やっぱりうまいなぁ。としみじみ思った。
柳の影響で小学生の頃から色んな人のテニスを観てきたゆめこだったが、毛利寿三郎という男のテニスはその中でもずば抜けて目を引くものがあった。
目立った必殺技がある訳ではないのだが、きっと彼は天才肌なのだろう。
天性のテニスセンスというか、人とは違う何かが彼にはあった。
今行われていた練習試合も、あっという間に毛利が勝ってしまった。
試合が終わり毛利がフェンスの外に出てくるのが見えたが、柳の試合はまだ途中だったので、ゆめこは真ん中のコートを見ていた。
どんどんこちらに近付いてきている毛利に、ゆめこはしばらく気付かないふりをする。
しかし、とうとう彼はゆめこの隣に腰を下した。
そんな毛利にゆめみも「あ」と声を漏らしたので、さすがにこの状況で無視する訳にもいかず、ゆめこは
「お疲れさまです」
と声をかけた。
スポドリを飲みながら「おー」とだけ返事をした彼を、ゆめこはちらりと横目で見る。
屋上で会った時とは違い、ジャージ姿で汗を流している毛利がゆめこにはなんだか別人に見えた。
半袖のジャージから見える腕はがっしりと筋肉がついていて逞しく、同学年の男子とは違うそれに、たった一年の差だけでこんなにも違うのか。とゆめこは思った。
年上男性と言えば、身近なところに兄(しかも無駄にイケメン)がいるのだが、拓哉はどちらかと言うとモデル体型で細身なので、筋肉質でがっしりしている毛利とはまた異なる。
なんとなく目のやり場に困って、ゆめこが視線をさ迷わせていると、
「今までも練習観に来とった?」
と聞かれ、ゆめこは「初めてです」と返事をした。
「ほうかぁ」と相槌を打った毛利は、少しの沈黙の後「また来よる?」とゆめこに尋ねた。
特に観に来る予定はないのだが、まったく来ないとも言い切れないな。と思ったゆめこはこくんと首を縦に振る。
そんなゆめこの反応を見た毛利は、
「ふーん、ほならあんましサボれぇへんね」
と言って立ち上がると、ズボンをパタパタとはたいてコートの中に戻っていった。
「今のどういう意味だろう?」とゆめこが隣にいるゆめみに聞くと、彼女も「なんだろうね」と不思議そうに首を傾げた。
すると、
「あの先輩、あんま練習来ん」
と仁王に後ろから話しかけられ、ゆめこはバッと顔を上げた。
「あ、そうなんだ」
「今日みたく試合形式の練習ある時は別やけど」
「サボり魔なの?」
「そうみたいじゃの」
「仁王くんと一緒じゃん」
と言うと、仁王は不服そうに眉根を寄せたので、ゆめこはへらりと頬を緩めると「うそうそ」と言って笑った。
仁王が誰よりもテニスに真摯に取り組んでいることは知っていたし、彼がサボるのは専ら学校行事だけなのも分かっていたので、ゆめこは右手を顔の横で前に倒すと「冗談だよ」と言った。
からかわれたことに気付いた仁王は無言でゆめこの頭をわしゃわしゃとかき乱す。
ゆめこはたまらず「助けて―、仁王くんがいじめる」と隣のゆめみに泣きつき、そんな二人のやり取りにゆめみはあははと楽しそうに笑った。
(180414/由氣)→48
先輩ってかっこよく見えちゃうよねー!