048
(彼女とでも行ってきたら?/仁王)
ゆめの家のリビングのソファーに座っている少女が一人。ゆめこだ。
放課後にゆめみと商店街をぶらぶらしたりして、今日も一日充実してたぁ。なんて思いながら、彼女は夕食後の時間をテレビを観ながら過ごしていた。
ちょうど大好きな芸人さんが出ていて、それを見てげらげらと手を叩いて笑っていると、
「そういえば今日、雅治くんの誕生日なんだって〜」
と母親に話しかけられ、ゆめこは顔を上げた。
昼間にスーパーに行った時に仁王ママとばったり会って、その時に聞いた情報らしい。
「おめでとうって言った?」
「言ってない。知らなかったもん」
「あら、冷たい」
なんて会話をしていると、食卓で食後のお茶を飲んでいた父親が「そうだそうだ!必要ないぞ」とあっはっはと大声で笑っていて、相変わらず大人げないなこの人、とゆめこはドン引きした。
それから少しの間テレビを見続けていたゆめこだったが、なんだか内容が頭に入って来ず、全然集中できていないことに気が付いた。
彼女は先程の母親の話をずっと気にしていたのだ。
知らなかったんだし別にいいよね?なんて自分に言い聞かせてみるも、
いや、でも今聞いちゃったしな。
と思い直し、ゆめこは重い腰を上げると階段をのぼって自分の部屋へと向かった。
机に置きっぱなしにしていたスマホを手に取り、 "仁王くん" の文字を探す。
なんて送ろ?と一瞬ぴたりと指を止めたが、ゆめこは「誕生日おめでとう」とだけ打って送信した。
こういう時はシンプルイズベストだ、という結論に達したのである。
すると、1分もしない内に仁王から変なスタンプが送られてきた。
気持ち悪い生き物がうねうね動きながら「ありがとう」と言っている。
えっ、これわざわざ買ったの?とゆめこは仁王のそのセンスを疑ったが、押してみると無料で配布されているものだったのでちょっと安心した。
すぐに返事が来たということは今暇なのだろうか。
そう思ったゆめこは、おもいきって電話をかけてみた。
「もしもし」といつも通りテンションの低い声が電話の向こうから聞こえる。
「仁王くん、誕生日おめでとう」
「それ、さっきも聞いたダニ」
「文字で言われるのと、直接言われるのってなんか違うでしょ?」
と言うと、仁王は少し沈黙した後「まぁ」と曖昧な返事をした。
しかし実際は嬉しかった。
どうせ母親あたりから仕入れた情報なのだろう、と思いつつも、こうしてわざわざ電話をかけてきてくれたことに変わりはないし、どうでもいいと思っている相手なら普通はスルーするだろう。
ゆめこから電話がきたことで、彼女が自分のことを僅かなりとも気にかけてくれているという裏付けが取れた気がしたのだ。
電話越しに「仁王くんも13歳かぁ」としみじみ言うゆめこ。
「ケーキ食べた?」
「いいや」
「パーティーとかしてないの?」
「しとらん」
仁王の返答に、ゆめこは「えっ」と言葉を詰まらせる。
途端に静かになったと思いきや、控えめに「・・・ごめん」とまるで腫れ物に触るようなテンションになったゆめこに、仁王は余計なお世話だな、と思った。
どんちゃん騒ぎが苦手な仁王は、家族に特別なパーティーはしなくていいとむしろ自ら頼んでいたのだ。
代わりに大好物の焼肉にも連れていってもらったし、彼としては大満足していたのだが、ゆめこは何を勘違いしたのか
「えっと、うん。なんて言うか・・・その内良いことあるよ」
などと深刻なトーンでフォローをするのだった。
そんな彼女の発言に仁王が電話の向こう側で白い目をしていると、ゆめこは「あ、そだ!」と何か思いついたように声を上げた。
「ちょっと今外出てきてよ」
「なして?」
「いいからいいから」
むふふと笑い「門の前で待ってるからね」と言って一方的に電話を切ったゆめこに、仁王はめんどくさ、と一人息を吐く。
しかし仮にも相手は自分が好意を寄せている女の子だ。
無視する訳にはいかないだろう。
ゆめこへの気持ちを自覚してから早一ヶ月。
あれから何度かゆめこのすっとぼけた発言やアホらしい一面を見る度に、あれ?ほんとにこいつのこと好きなんだっけ?何でだっけ?どこがいいんだっけ?と迷走状態に入ることもあった仁王だったが、なんだかんだ言っても結局はゆめこのことが好きだった。
仁王はアウターを羽織ると、やれやれといった感じで家を出た。
門の前に行くと、にこにこしたゆめこが立っていた。
その笑顔を見て少しでも "かわいい" などと思ってしまった仁王は、やっぱりこの少女のことが好きなんだなと改めて思い知らされた。
仁王がそばにやってくるなりゆめこは、
「はい、プレゼント」
と言って、薄い封筒を手渡した。
仁王が中を覗くと、そこには新江ノ島水族館のペアチケットが入っていた。
「今日ゆめみと商店街行ったんだけどさ、そこの福引で当てたの」
「相変わらずラッキーガールやのう」
「えへへ、まぁね」
「せっかく当てたのに、もらってええんか?」
「うん、もちろん!彼女とでも行ってきたら?」
「・・・彼女なんておらんよ」
「えっ、そうなの?」
「見たことないじゃろ」
「うん、言われてみたらそうかも」
たしかに仁王が彼女らしき女の子と一緒にいるところは一度も見たことないな。
とゆめこは今までの記憶を辿る。
立海テニス部の練習はハードで、毎日朝練もあるし休みも月に2日しかない。
その休日でさえ、彼が庭で素振りをしたり、走り込みに出かけたりしているのを見かけていたゆめこは、そんな暇ないか。と、納得した。
仁王は飄々としていてどことなくミステリアスなので、そのイメージだけでなんとなく彼女が居そうな気がしていたのだ。
「お前さんはおらんの?彼氏」
「彼氏ー?いるように見える?」
「見えん」
「でしょ」
ゆめこに彼氏がいないことは分かっていたが、ゆめこの答えを聞いて仁王は少しほっとした。
そしてこういう話題が出たので今がチャンスだと思ったのか、「じゃあ好きなタイプは?」と仁王はゆめこに尋ねた。
ゆめこは「そんなの決まってるじゃん」と言ってにやにやと笑う。
「ウィル・ス○ス一択だね」
「参考にならん」
「えー、なんでよ。超まじだよ、これ」
それからゆめこはウィル・ス○スがいかにかっこいいかや、彼が出演しているおススメの映画などについてペラペラと話し始めた。
熱を込めて語るゆめことは対照的に仁王はぼんやりとその話を聞いていたが、ふと近場だったらジャッカルが一番理想に近いんじゃないか?などと思い、複雑な気持ちになるのだった。
それから話したい事を話してすっきりしたのか、ゆめこは仁王の手にあるチケットを指差すと、
「まぁ、まだ有効期限あるし。それまで彼女できたら一緒に行きなよ」
などと言った。
「出来んかったら?」
「柳生くんとでも行けば?」
「男二人でえのすい。気持ちわる」
仁王が思ったままのことを言うと、ゆめこは仁王と柳生が二人で "えのすい" に行っている様子を想像したのか「あはは!ほんとだ」と声を出して笑った。
他人事のように「まぁそれでもいいんじゃない?」なんて付け足すゆめこに、仁王はむっとする。
そして、よしそれならば。と意を決すると
「じゃあもしそれまでに彼女出来んかったら、お前さんに付き合ってもらおうかの」
と、提案した。
予想外の誘いに、ゆめこはわずかに目を丸くする。
内心ゆめこの反応が気になっていた仁王はそわそわして彼女の顔色を窺っていたが、すぐに
「しょうがないなぁ。まぁいいでしょう!」
と上から目線の返事が来て、仁王は不服そうに「なんじゃその言い方」とツッコんだ。
(180415/由氣)→49
お互い素直じゃないなぁ