049
(ええやん、そう思わせとこや/毛利)

冬休みを間近に控えた12月の半ば。

放課後の教室にはゆめこの姿があった。
日直の仕事が残っていたのである。

ちなみにもう一人の日直は、どうしても今日の練習は外せないと言ってゆめこに日誌を丸投げすると部活に行ってしまった。
サッカー部ちくしょうめなどと思いながら、ゆめこは一人で日誌を書き上げた。

そしてそのまま鞄と日誌を持って職員室へと向かった。
担任の先生に提出して帰ろうとすると、「あ、そうだ」と呼び止められ、ゆめこは足を止める。

「ゆめの、お前確か桑原と仲良かったよな?」

桑原?誰だっけ?
とゆめこはピンと来ていないようだったが「これ届けてくれないか?」と渡されたプリントの氏名欄に "ジャッカル桑原" という名前が書いてあって、ああ、我らがジャッカルくんのことね。と理解した。

ゆめこの返事も聞かず「頼んだぞ」とにっこり笑う先生に、ゆめこは内心めんどくさと思った。

しかし頼まれたからには届けない訳にはいかない。
そうしてテニスコートにやってくると、ゆめこはお目当ての人物を探した。

「お、いたいた」

すぐにジャッカルの姿を見つけ、ゆめこはフェンスの近くまでやって来る。

少し離れたところで素振りをしている彼にぶんぶんと手を振りアピールすると、ジャッカルよりも先に隣の丸井がゆめこに気付き手を振り返した。
そのことでやっとジャッカルもゆめこの姿を認識し、彼女に手招きされていることに気付いたジャッカルは「俺?」と自分に人差し指を向けた。

素振りの列から抜け出しそそくさとやって来たジャッカルに、ゆめこは「これ、先生に頼まれた」と言ってプリントを差し出す。

「わざわざすまねぇ。助かるぜ」
「そんな、お礼は高級握り寿司でいいよ」
「要求がエグいな」
「あはは、うそうそ」

なんて軽口を叩くゆめこ。
そんな彼女はどうやら一人のようで、珍しく思ったジャッカルは「今日はゆめだと一緒じゃねぇんだな」と尋ねた。

「ゆめみは用事があるって先帰ったよ。私はまだ日誌が残ってたから」

とゆめこが言うと、ジャッカルは納得したように「ああ」と言った。
今日一日彼女がせっせと黒板消しなどの仕事をしていたのは見ていたので、そういえば今日の日直はゆめのだったな、と思い出したのだ。

「日誌終わったなら部活見てくか?」
「ううん。見たいドラマの再放送があるから私も早く帰らなきゃ」

ゆめこはそう言って断ると、「また明日ね」とジャッカルに別れを告げテニスコートに背を向けて歩き出した。

すると少し歩いたところで「ねぇねぇ、そこの君」と話しかけられて、ゆめこは振り返った。

テニス部のジャージを着ている彼は、どうやらゆめこを追いかけて来たようだった。
見た感じ先輩だろうか?とゆめこは予想する。

「君ってもしかして毛利の彼女?」
「・・・はい?」

突拍子もない質問に、ゆめこは聞き間違いか?と顔をひきつらせる。
彼の勘違いに驚きで固まっていると「これから試合形式の練習なのにあいつまたどっか行っちゃってさー、呼んできてくんね?」と頼まれた。

いろいろと思うところはあるが、とりあえず彼女ということを否定して、話はそれからだな。と思ったゆめこは、

「私彼女じゃありません」

ときっぱり言った。

「あ、そうなの?この前仲良さそうに話してたからてっきり彼女かと思った」

悪びれなく言う先輩に、ゆめこはこの前?と首を捻ったが、そういえば先日ゆめみとお菓子の差し入れに来た時にえらく毛利に絡まれたので、きっとそれを見ていたのだろう、とゆめこは思った。

むしろ部活の練習にはその一回しか来ていないので他は考えられない。

彼女という誤解も解けたことだしもういいか。
そう思ったゆめこが「それでは」と言って帰ろうとすると、先輩は「待って」と言ってゆめこの腕を掴んだ。

「彼女じゃないけど、お友達だよね?」
「・・・」
「あー、じゃあ顔見知りではあるよね?」

毛利と友達かどうかを考えて沈黙していると、畳み掛けるように言われてゆめこはこくんと首を縦に振った。

「俺練習抜けらんねーし、探してきて欲しいんだけど」という先輩に、ゆめこはえー、とあからさまな迷惑顔をする。
しかしそんな彼女の精一杯の訴えは一切通用せず、結局は押しに負けて引き受けることになってしまった。


ご丁寧に毛利の電話番号まで教えてもらったので、ゆめこは校舎の方に向かいながら電話をかけてみた。

こんなだだっ広い敷地からたった一人の人間を見つけ出すなんてはっきり言って不可能だ。
絶対見つからないと思うけどなぁ、なんて思いながら、ゆめこはピッと電話を切った。
案の定出なかったのだ。

サボるとしたら一体どこだろうか。
ゆめこは自分に置き換えていろいろと考えを巡らす。

また屋上か?でもこの季節寒いし。
となると、室内の線が濃厚になってくるが、もし自分だったらもう一度部活に戻ることも考えて、テニスコートからそんなに遠くない場所を選ぶだろう。

校舎は上履きに履き替えなきゃいけない手間があるので、 "立海ホール" 辺りが怪しいな。などと推理したゆめこは、とりあえずそこに行ってみることにした。

着いたらもう一回電話してみよう、と思いながら立海ホールのエントランスに足を踏み入れる。

すると、スマホを取り出すよりも先に、ホールの入り口に続く通路のベンチソファーの上に、見慣れた芥子色ジャージを着た人が横たわっているのを見つけた。

まさかな?と思い近寄ってみるとそれは紛れもなく毛利で、ゆめこは「私ってば名探偵過ぎでしょ」などと自画自賛するのだった。
見つかったなら話は早い。

「せんぱーい。毛利せんぱーい。起きてください」

と、ぽんぽんと肩を叩き声を掛ける。
しかし全く起きる気配がなかったので、ゆめこはゆさゆさと彼の体を揺らした。

すると、割と激しく揺らした甲斐もあって毛利は「ん・・・?あれ?」と目を覚ました。
寝ぼけ眼のまま辺りを確認し、毛利はゆめこの存在に気付く。

「ゆめこちゃん?」
「そうです、ゆめこちゃんです」

ゆめこがそう答えると、彼は徐々に意識がはっきりしてきたのかわずかに目を丸くした。
なんでここに?と言いだけな毛利を見て、ゆめこは事の経緯を話す。

「電話にも出ないし」とぶつくさ文句を言うと、毛利はポケットからスマホを取り出して画面を見ると「ほんまや」と言った。

「起きたならコートに戻ってくださいね」
「ゆめこちゃん、連れてってぇや」
「嫌ですよ。また彼女だって誤解されちゃうじゃないですか」
「あっはは!ええやん。そう思わせとこや」
「良くないです」
「なんで?テニス部に勘違いされたくない人でもおるんけ?」

からかい半分のつもりで言った毛利の言葉に、ゆめこはぴたりと動きを止める。
その反応に毛利は、なんやビンゴかいや。と内心思ったが、ゆめこはすぐにハッとして「そんな人いないですけど、そういう問題じゃなくて」と続けた。

別に好きな人がいるという訳ではないのだが、テニス部には仲の良い友人も何人かいるので余計な誤解を生みたくなかったのだ。

「とにかく、見たいドラマの再放送があるので私帰りますね」
「・・・薄情なやっちゃ」
「なに言ってるんですか、わざわざ起こしに来たんですよ。めちゃくちゃ親切だと思いません?私」

と、まるで自分に酔いしれる様にうっとりとして言うゆめこに、毛利はけたけたと笑う。

「じゃあその親切なゆめこちゃんはまた起こしに来てくれるんけ?」と毛利が尋ねると、ゆめこは途端に真顔になって「それはないですね」ときっぱり断った。

「じゃあ私はこれで」
「ほな、俺も一緒に行こかや」

とうとうゆめこが去ろうとすると、毛利はこきこきと首を鳴らしながら立ち上がった。

二人は一緒にホールを出て、そのままテニスコートに向かって歩き出す。

ゆめことしては毛利と一緒に戻るつもりはなかったのだが、帰宅するにしても北門から出た方が最寄りのバス停に近く、どのみちテニスコートの前を通らなければならなかった。

毛利はそんなゆめこの歩幅に合わせるようにゆっくりと歩みを進める。
背の高い彼は歩幅も広く、本来ならもっと早く歩けるはずなのだが、彼は意図してそれをしなかった。
女の子、それも年下にしてはゆめこはとても話しやすい相手で、今も道すがらにしているたわいもない話が、毛利には心地よくそして楽しく感じられたのだ。
ころころと変わる表情も見ていて飽きない。
話をする時の身振り手振りも無邪気で、ブレザーから出ている華奢な指先がかわいいな、と毛利は思った。

しかし、彼には疑問もあった。
それは、先程から一度もゆめこが自分に対して何の非難もしてこない、ということだった。
今まではサボる度に「練習しなきゃダメだろ」と部活の仲間や先輩達に小言を言われてきたので、それを聞かされるのが当たり前になっていたのだ。

毛利はその度に、どうにもやる気になれない日だってあるだろ、と思っていたが、そういう彼の気紛れな部分は特に体育会系の世界では理解されにくいところでもあった。

何も言ってこないゆめこに違和感を覚えた毛利は、思いきって本人に聞いてみた。
すると彼女はきょとんとして「まぁ、私には関係ないですし」と言った。

「つめたっ」
「なにか言われたかったんですか?」
「いや、そういう訳ちゃうけど」

あまりにもあっさりした返事が来たから、思わずそういうリアクションをしてしまっただけである。

くどくど言われることに慣れ過ぎていた毛利にとって、ゆめこの言葉はそのくらい新鮮だったのだ。
そんな毛利の様子見たゆめこは、うーんと首を捻ると、

「人に言われてやることでもないですしね。それに、そういう力加減は本人が一番分かってたりするじゃないですか」

と付け足した。
実はゆめこにも似たような経験があった。

記憶力の良い彼女は、特に勉強なんかはそこまで必死にならずとも十分な成績をキープ出来るのだが、そういったゆめこの一面を知らない人からは怠惰だの不熱心だのと言われることもあった。

それとは逆に、人より何倍も努力しなきゃ追いつけない分野だってある。
全て同じ力加減で取り組んだからと言って、同じ結果が返ってくるとは限らないし、ましてや他人と比べるなんてナンセンスだな、とゆめこは常々思っていたのだ。

最後に「まぁ、それで試合負けたりしても自業自得なので励ましたりしませんけどね」とゆめこが締め括ると、毛利は「そりゃそやな」と苦笑を浮かべた。

そんな話をしているとあっという間にテニスコートに到着した。

「じゃあ私行きますね」
「ああ。ゆめこちゃんおおきに」

と、別れの挨拶を交わしていると、「おーい」と呼ばれて二人は同時に声のした方へ顔を向けた。

コートの方から毛利とゆめこの姿を見つけた先輩が駆け寄ってくる。
ゆめこに毛利を探すよう頼んだ張本人だ。
先輩は毛利になにやらごちゃごちゃと文句を垂れた後、くるりとゆめこの方を向くと、

「いや〜、君にお願いして正解だったよ。ありがとう!またよろしくね」

と言った。その言葉にゆめこはぎくりとして「え」と小さく声を漏らす。

さっきは練習に出る出ないは自由だ、みたいなことを偉そうに説いてしまったが、自分が巻き込まれるとなると話は別だ。

「毛利先輩、練習サボっちゃダメですよ、絶対」

手のひら返しでゆめこがそう言うと、毛利は「そりゃないわ〜」と言いながらも心底楽しそうに笑っていた。




(180416/由氣)→51

余談ですがゆめこと毛利先輩が一緒に戻ってきたのをいつメンの7人はしっかり目撃してます。



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