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(尾行なんて悪趣味じゃねぇか?/丸井)
冬休みに入り数日が経った。
今日は12月25日。つまり、クリスマスだ。
近年は12月に入るや否や街がクリスマス一色になるので、当日になったところであまり特別な感じもしない。
ゆめの家ももう一週間も前からノリノリでツリーを飾っていたので、ゆめこは今日がクリスマスだという実感が湧かなかった。
しかしゆめこ以外の家族は熱心にクリスマスパーティーの準備をしている。
母親はせっせとディナーの準備をしていて、父親は先程から部屋の装飾をしているが、二人とも既に頭にサンタ帽を乗せていてゆめこはちょっと引いていた。
そして極めつけはこの男。
「ゆめこ〜!こっちのサンタさんとこっちのトナカイさん、どっちがいい?」
と、ミニスカートのコスチュームを両手に持って近付いてくる兄に、ゆめこは「げー」と声を漏らした。
今日一日だけ奇跡的に休みが取れたという彼は、家族と、というよりゆめことクリスマスを過ごそうとわざわざ東京の寮から神奈川の実家へと帰ってきていたのだ。
サンタとトナカイがモチーフの、どちらも際どい丈のワンピースをぐいぐい押し付けてくる兄に、ゆめこは死んだ魚のような目を向けた。
ゆめこより四歳上の彼は現在17歳。
彼女がいてもおかしくない年頃なのだが、シスコンという致命的な短所により現在はシングルである。
「両方でもいいぞ」とキラキラの笑顔を見せる兄に、ファンが見たら泣くな、などと思うゆめこであった。
すると、事の一部始終を見ていた母親が「ゆめこちゃんも少しはパーティーの準備に協力してよ〜」と唇を尖らせた。
たしかにじっとしていると兄が構ってきてうざいので、ゆめこは「何すればいい?」とソファーから立ち上がった。
「ケーキ取りに行ってきて。これ引換券ね」
「分かった。駅前にあるケーキ屋さんだよね?」
「そうそう。大きいの予約してあるから」
にっこりと笑って言う母に、ゆめこも "大きい" というワードに反応して笑顔になる。
袖口とフードにファーのついた暖かそうなコートを羽織り、玄関先でブーツを履いていると、なぜか隣で兄もブーツを履いていて、ゆめこはまさかと思いつつも「どこ行くの?」と尋ねた。
案の定「一緒に行くに決まってるだろ」という答えが返って来て、ゆめこは聞くんじゃなかったと後悔した。
当然の様について来る兄。
ゆめこは渋々彼と一緒にケーキを取りにいくことにした。
そうしてゆめこと拓哉が予約していたケーキを受け取り、お店を出た頃。
時を同じくして丸井とジャッカルも駅前を歩いていた。
彼らはジャージ姿にラケットバックを背負っている。
冬休みだろうがクリスマスだろうが、立海テニス部には関係のないことなので、二人は今日も一日ハードな部活をこなしていたのだ。
しかしそうは言ってもせっかくのクリスマスなのでこのまま真っ直ぐ帰宅するのは惜しい。
そう思ってどこかに寄っていくか、なんて話をしていると、丸井とジャッカルは前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。ゆめこだ。
嬉しくなって「おーい」と丸井が声を掛けようとしたところを、ジャッカルが慌てて口を塞ぐ。
「バカ!隣見ろ、隣!」
「えっ・・・あ!」
ゆめこは男と一緒にいた。
サングラスにハットというスカした格好の男がゆめこの隣を歩いている。
それだけじゃない。男はゆめこの頭をポンポンと撫でたり、手を繋ごうとしたり、時には抱き着いたりもしていて、過剰なスキンシップを取っていた。
もちろん慣れているゆめこはそれらを巧みに避けているのだが、丸井達には見えていないようで、二人は衝撃を受けて石化した。
しかしすぐにハッと我に返った丸井が口を開いた。
「後つけようぜ!」
「まじかよ・・・」
ジャッカルはとんだクリスマスになりそうだな、などと思いながら渋々丸井についていく。
「尾行なんて悪趣味じゃねぇか?」
「何言ってんだよジャッカル。こんな太陽のたの字も出てない真冬の夕方に、あんなイカついサングラスかけてるような男だぜ?ぜってー怪しい!ゆめこに何かあってからじゃ遅いだろい!」
「いや、でも彼氏なら別に良いんじゃね?」
「うっ・・・」
ジャッカルにもっともなことを言われ、丸井は反論できず口を噤む。
しかし、ゆめこ達がどんどん住宅街の方に歩いて行ってることに気付いた丸井は、「もしかして!」と息を呑んだ。
この方向ってゆめこの家の方だよな?まさか家に上げるつもりか?
などとぐるぐると最悪のケースが頭を過る。
こんな状況でもやっぱり話しかける勇気はなくて、丸井はギリと拳を握った。
このままでは行ってしまう。
頭では分かっていても、もしここで飛び出していってゆめこに拒絶されたら、と考えただけで足が動いてくれない。
しかし、何もしないままただ見ているのはもっと苦痛だ。
丸井は「よし」と一つ大きな深呼吸をすると、スマホを取り出しゆめこに電話をかけた。
発信先が分からなかったジャッカルは「おまえ、まさか」と声を震わせて予想したが、少し先を歩いていたゆめこが「もしもし?」と電話に出たことで、それは確信へと変わった。
電話で声を聞きながら、電柱に隠れてゆめこの様子を窺う丸井。
「あー、ゆめこ?メ、メリークリスマス」
「あはは、メリークリスマス!」
急に電話をしてきて唐突にそんなことを言う丸井に、ゆめこは「それ言うためにわざわざ電話くれたの?」とくすくす笑う。
丸井は、落ち着け、いつも通りに、できるだけ自然体で・・・などと自身に言い聞かせ、意を決して核心を突く質問を投げかけた。
「今誰といる?」
「今?家族といるよ」
「え・・・」
「ん?」
急に言葉を失った丸井に、ゆめこは「ブン太くん?」と呼びかける。
ゆめこに嘘を吐かれた。
それは、丸井が絶望に陥るには十分すぎるほどショックな事であった。
先程まではあんなにゆめこに声をかけるのを躊躇っていたのに、かぁっと頭に血が上った丸井は、ピッと電話を切ると、次の瞬間にはゆめこの目の前に飛び出していた。
今の今まで電話をしていた丸井が急に現れて、ゆめこは「えっ、えっ?ブン太くん?」と目を白黒させる。
そのすぐ後にジャッカルも出てきて、ゆめこが目を丸くしたまま二人を交互に見ていると、
「なんで嘘つくんだよい」
と消え入りそうな声で話しかけられ、ゆめこはパッと丸井を見た。
丸井は怒っているような、でも今にも泣き出しそうな顔をしている。
ゆめこが「嘘?」と頭上にクエスチョンマークを浮かべながら丸井を見ると、彼は「家族といるって言ったのに」と呟いた。
するとその時、
「おい、そこのガキども、俺のゆめこに何か用か?」
と不機嫌を露わにした拓哉に話しかけられ、丸井は視線をゆめこから拓哉へと移した。
拓哉の喧嘩腰な物言いに丸井はむっと顔を顰める。
そんな二人を見比べて、修羅場だぞこれ、とジャッカルが一人おろおろしていると、
「もう!お兄ちゃん、やめてよ!」
とゆめこが間に割って入り、丸井とジャッカルは「・・・は?」と間抜けな顔をゆめこに向けた。
「二人ともごめんね!お兄ちゃん態度悪くて」
「妹を守ってるだけだ、何が悪い」
「あのね!二人は大事な友達なの」
丸井とジャッカルを庇うゆめこに、拓哉は「お前はなんでこう男の友人ばかり・・・」とぶつぶつ文句を言っている。
そんな二人のやり取りを見て段々状況を理解してきたのか、丸井は「おにい、さん?」と蚊の鳴くような声を発した。
そういえば以前、ゆめこに兄が一人いると聞いたことがある。
ぱちくりと瞬きをする丸井の横で、ゆめこは「ちゃんと挨拶してよ」と拓哉のわき腹を肘で小突く。
挨拶しろなどと言われた拓哉は渋々丸井達に向かって会釈をしたが、ポケットに両手を突っ込んだままそっぽを向いていて、はっきり言って態度は最悪だった。
ゆめこはごほんと咳払いをして冷たい目を向ける。
そんなゆめこの圧にぎくりとした拓哉は、ポケットから手を出しサングラスとハットを取ると
「ゆめこの兄の拓哉です。初めまして」
と言った。
驚くほど棒読みだったのが気になるが、まぁ彼にしては及第点だろう。とゆめこは思う。
吸い込まれるような美しい双眸、ハットに隠されていた金髪が靡きシルバーのピアスがきらりと光った。
拓哉の素顔見た二人は、その見覚えのある顔に「え」と動きを止める。
自分達の記憶にある人物と今目の前にいる人物がもしも同一人物ならば、確かにゆめこは同じ名字だし、心なしか顔のパーツも似ている気がする。
そして、
「お兄ちゃんなの。いつか話そうとは思ってたんだけど」
というゆめこの言葉に、丸井とジャッカルは時間差で全てを理解した。
「「えええええ!!」」
という二人の声が住宅街に響き渡る。
まさかあのゆめの拓哉とゆめこが兄妹だったとは。
雲の上の存在だと思っていた憧れの人物との邂逅に、丸井はふるふると体を震わせると、
「お、俺!拓哉さんのファンなんです!雑誌も買ってます!この前のスペシャルドラマも観ました!」
と興奮気味に詰め寄り、バッと拓哉の手を両手で包んだ。
そんな丸井に拓哉は「そ、そうか」と満更でもなさそうな顔をする。
彼は褒められるのにめっぽう弱く、丸井に "ファン" などと言われた拓哉は「なんだこいつ良い奴じゃないか」ところっと態度を変えるのだった。
それはまさにいつぞやの柳と父親のやり取りを見ているようで、ゆめこは血は争えないな。などと思うのだった。自分を慕ってくれる相手に対しては、父も兄もとことん甘くなるのだ。
それから、すっかり気を良くした拓哉は丸井とジャッカルをゆめの家のクリスマスパーティーに誘った。
「ごめん、無理しなくていいからね。クリスマスだし用事あったでしょ?」
意気揚々と前を歩く兄に聞こえないように、ゆめこはこそこそと丸井に話しかける。
すると彼は「全然!むしろ行きたい!」と瞳をきらきらと輝かせた。
もちろん憧れの拓哉に誘われたことも嬉しかったが、それよりもクリスマスという特別な日にゆめこと過ごせる事の方が丸井にとっては嬉しかった。
彼氏じゃないことも分かったし一安心だな。などと思いながら丸井がほくほくとした笑顔で歩いていると、
「そういえばさっきのあれなんだったの?」
とゆめこに聞かれて丸井はぎくりとした。
「電話で話してたと思ったら急に現れるからびっくりしちゃったよー」と言ってあははと笑うゆめこ。
「あ、えっと、それは・・・」
と口をまごつかせる丸井に、隣にいたジャッカルもどうにか助け舟を出そうと必死に頭を働かせる。
しかし良い言い訳が見つからない。
丸井はぎゅっと拳を握ると、覚悟を決めて口を開いた。
「たまたま駅でゆめこを見かけてさ、後つけたんだ。ごめん」
と眉尻を下げて謝罪する丸井に、ゆめこは「ん?」と首を傾げる。
謝るような事か?と疑問に思ったのだ。
いまいちピンと来ていない彼女に、丸井は拓哉を彼氏だと勘違いしたこと、真実が知りたくて後をつけたことを全て話した。
それはつまり、暗に "ゆめこのことが気になっている" と言っているようなものなので、ジャッカルは内心おいおい、まじかよ。とハラハラして丸井を見ていた。
これが親友の告白シーンになってしまうかもしれないので、当然の反応である。
しかしゆめこは「ウケる」と言ってけらけら笑っていた。
「たしかに気になっちゃうよね。私も蓮二が女の人と歩いてたら絶対後つけちゃうもん」
とおかしそうに話すゆめこは良かれ悪しかれ丸井の真意には全く気付いていないようだった。
そんなゆめこに、丸井はホッとしたような、でもどこかがっかりしたような表情になる。
ジャッカルは無言で丸井の肩に手を置いた。
その時ちょうど前方にゆめこの家が見えてきた。
丸井とジャッカルがゆめの宅に来るのは、夏休み以来で四ヶ月ぶりくらいだったが、その時とは大分イメージが違う。
庭まで電飾でクリスマス一色になっている自分の家を指差して「やり過ぎだよね〜」とゆめこは苦笑を浮かべた。
あまりにも本格的にパーティーをしようとしているゆめの家に、部活帰りのためジャージ姿のままだった丸井とジャッカルは、この格好は場違いじゃないか?と顔を見合わせる。
「ほんとにお邪魔していいのか?」
とジャッカルが不安気にゆめこに尋ねると、それに答えたのは意外にも拓哉で、彼は「楽しんでいけよ」と二人の背中をバシンと叩いてそう言った。
すぐ調子に乗って兄貴風吹かせるんだから。
とゆめこは少々呆れはしたものの、自分の友人達に優しくしてくれるならそれに越したことはないので、まぁ良しとした。
「楽しもうね、クリスマス。ケーキもあるよ」
と、ゆめこが声を掛けると二人は安心したように笑顔になった。
こうしてクリスマスパーティーは、ゆめの家、丸井、ジャッカルの六人というなんとも不思議なメンバーで行われたのだった。
(180416/由氣)→53
パーティーの様子は気が向いたら番外編かなんかで書きますね(訳:力尽きた)