053
(いかがお過ごしですか?/仁王)
「ゆめこちゃん、お箸並べて」
キッチンにいた母親にそう声を掛けられ、ゆめこは「はーい」とソファーから立ち上がった。
冬休みはまだ10日程残っているが、部活動にも入っておらず毎日暇を持て余していたゆめこは早くも全ての課題を終えていて、彼女は今日一日ずっと家でごろごろと過ごしていた。
ゆめこがインドア派なのは今に始まったことではないのだが、今日が大晦日ということもあって輪をかけて彼女はぐうたらしていた。
特に年末年始は特番なども増えいつも以上にテレビが面白くなるので、テレビっ子のゆめこは朝起きてからずっとかじりつく様にテレビを観ていた。
むしろそのために課題を早く終わらせたと言っても過言ではない。
やる事はきちんとやっているので、そんな彼女に両親も特に口出しはしていないようだったが、夕飯が出来そうなタイミングで母は冒頭のようにゆめこに声を掛けたのだった。
「お箸並べて」ということはそろそろ夕飯が出来るんだな、と思いゆめこは素直にキッチンへと向かう。
リビングにいた時からお出汁の良い匂いがしていたが、キッチンに行くとよりその匂いが強くなった。
大晦日の夕食と言えば定番の、年越し蕎麦だ。
プレースマットや箸、それから出来上がった副菜などを並べるために、ゆめこが何度かキッチンと食卓を往復していると、
「雅治くん、本当によかったのかしら」
とおたまを回しながら母親がぽつりと呟いて、ゆめこは振り返った。
独り言にしてはやや大きいボリュームだったので、ゆめこは「何かあったの?」と聞き返す。
「いやね、一人で年越しするなんて聞いたからちょっと心配で」
「一人?なんで?」
ゆめこが質問をすると、母は先日仁王ママに聞いた話をそっくりそのままゆめこにも説明した。
どうやら今仁王家のみんなは父親の実家に帰省しているらしく、彼だけ昨日まで部活があったこともあり一人自宅に残っているのだとか。
無理すれば一緒に行けなくも無かったのだが、仁王は自宅でゆっくり過ごすことを選んだのだ。
それを聞いたゆめこは、仁王くんってほんと大人びてるなぁ、などという感想を抱いた。
「私だったら一人だけ置いていかれたらキレるわ」
「まぁゆめこちゃんはそうでしょうね。でも雅治くんは残りたかったんだって」
「ふぅん。寂しくないのかな?」
「本人は平気だって言ってるらしいけど、ちょっと心配よね」
今頃一人でいるであろう仁王を思って、母は不安そうに眉尻を下げる。
あれはゴールデウィークの最中だったか、ゆめこの母は仁王を夕飯に誘ったことがあったが、一応今回も同じように声は掛けていた。
しかし、年の瀬の忙しい時期に、しかも家族団欒の時間を邪魔できないからと、恐縮した仁王ママに断られてしまったらしい。
「いくらなんでもそこまでお世話になる訳にはいきませんから」と言われゆめこの母は一度は身を引いたが、やはり心配であることに変わりはない。
彼女達の会話を聞いていたのか、ゆめこの男友達に厳しいあの父親でさえ「まだ13歳なのになぁ」と同情を含んで言う程だ。
たしかに年が変わる瞬間一人でいるのはかわいそうだな。と思ったゆめこは、
「ちょっと電話してみる。お蕎麦まだ茹でてないよね?」
と母親に尋ねた。
「まだ大丈夫。声掛けてみて」という返事を聞いて、ゆめこは部屋に置きっぱなしにしていたスマホを取りに行った。
本人が一人で過ごすことを選んだのだから、ともすれば余計なお世話になってしまうかもしれない。
しかし、ゆめこはなんとなく放っておくことが出来なかったのだ。
"仁王くん" の名前を引っ張り出し、電話をかける。
すると、数回コール音が鳴った後、彼は「もしもし」と電話に出た。
「仁王くん、私だよ。いかがお過ごしですか?」
「・・・なんじゃ、そのテンション」
なんて切り出していいか分からず変な話し出しになってしまったゆめこに、仁王は静かにツッコむ。
ゆめこはゴホンと咳払いをすると「あのさ」と口を開いた。
「今、暇?あ、てか夕飯食べた?」
「まだ」
「一緒に食べよ。うち来て」
「え」
唐突なゆめこの誘いに、仁王は思わず小さく声を漏らす。
年末の忙しい時期にゆめの家に頼むのも申し訳ないからと、「お誘い断っちゃったけど大丈夫よね?」などと母親に聞かされていた仁王は、今回は誘われることはないだろうと思っていただけに驚いた。
そしてまんま受売り言葉のように「家族水入らずの時間の邪魔はできん」と断った。
「えー、遠慮しなくていいのに」
「別にしとらん」
「ガ○使観ながらそば食べよ!」
「ええって」
と、仁王は頑なに断っていたが、ふと「もしかして迷惑?」とゆめこが少し落ち込んだような声で聞いてきて返事に困った。
別に迷惑ではない。
むしろありがたいと思っているし、滅多にない好きな女の子と一緒に過ごせる機会なので本当は行きたいと思っているくらいだ。
ただ単に遠慮しているだけなので、変な勘違いをされるのも嫌だと思った仁王は「そんなことなか」と答えた。
しかしその返事を聞いた途端、
「そう?じゃあ待ってるからね」
と、ゆめこはけろりとして明るい声で言った。
「お蕎麦茹でちゃうから早く来てよ〜」と一方的に言いたい事を言って電話を切ってしまった彼女に、意外にも駆け引き上手なやつだな、などと思う仁王であった。
それから仁王がやってきて、四人で蕎麦を食べた。
ちなみに兄の拓哉は、年末年始の特番の収録が立て込んでいて帰省は難しいようだった。
本人は帰ってきたがっていたが、クリスマスにも会ったばかりでうんざりしていたゆめことしては万々歳である。
これで平和なお正月が約束された、とゆめこは一人喜んだ。
蕎麦を食べた後は、ゆめこは仁王をリビングのソファーへと案内した。
食卓に座っていた時から観ていた番組の続きを観るべく、ゆめこは目の前のテーブルにジュースとお菓子を広げた。
そうして本腰を入れて観始めたゆめこに、仁王は内心帰るタイミング見失った、などと思っていた。
ゆめこはいつもと変わらない様子でげらげらと笑いながらテレビに夢中になっていて、時折「ちょっと、ねぇ!今のみた?」と隣にいる仁王の肩をパシパシと叩いて半泣きになっている。
バラエティ番組一つでここまで笑える彼女は幸せ者だな、なんて皮肉めいたことを思いつつも、そんな彼女の態度に仁王は安心感のようなものを覚えた。
他人の家で過ごす年末は気も遣うし、正直最初は息苦しいとさえ思っていた仁王だったが、ゆめこを見ているとそんな考えはどこかに吹き飛んでしまった。
ゆめこだけじゃない。
彼女の家族までもがいつも通りに過ごしていて、いつのまにか居心地の良い空間に変わっていたのだ。
部外者の自分に壁を作らず、普段通り接してくれるゆめの家のみんなが仁王にはありがたかった。
そうしてなんだかんだ仁王も夢中になってテレビを観ていると、「あっ!」とゆめこは思い出したように声を発した。
「なんじゃ?」
「い、いま何時?!」
と焦って聞いてくるゆめこに、仁王も「あ」と声を漏らして、二人同時に時計に目を向ける。
すると時刻は23時55分で、二人は「ふぅ」と安堵の息を漏らした。
あまりにもテレビに夢中になっていて、すっかりカウントダウンのことを忘れてしまっていた。
年末は生放送が多いため普通は気付くのだが、二人が見ているバラエティ番組は事前に収録されたものなので、カウントダウンは自分たちでしなければいけないのだ。
しかし幸いにも年を越す5分前に気が付いたので、ギリギリセーフだった。
「良かった」と声を揃えるゆめこと仁王に、彼女達の後方にある食卓で寛いでいた両親達はくすくす笑いながら、
「ちゃんと見てたから大丈夫よ」
と声を掛けた。
どうやら寸前になったらゆめこ達に教えてあげるつもりでいたらしい。
程なくして年越しの瞬間はやって来た。
四人で5秒前からカウントダウンをして「0!」の声の後に、
「明けましておめでとうございます」
と、それぞれがぺこりと頭を下げる。
そうして和やかに挨拶を済ませると、ゆめこの両親達は二階にある寝室へと消えていった。
彼らは夜更かしが苦手で、こうして年を越して挨拶を済ませたらすぐに寝てしまうのだ。
毎年のことでもう慣れているゆめこは、「おやすみ〜」と声を掛けて二人を見送った。
そしてそのまま何事もなかったかのように再びテレビを観始めるゆめこに、
「お前さんは寝なくてええんか?」
と仁王は声を掛けた。
「えー、まだ終わってないもん。仁王くんも最後まで観ていったら?あと30分くらいで終わるし」
目線はテレビに向けたまま、「どうせなら泊まっていけば?」なんて付け足すゆめこに、仁王はすぐさま「いや、これ終わったら帰るぜよ」と返事をした。
泊まっていけだなんて、本当にこの少女は自分のことを意識してしていないんだな、と仁王は人知れず落ち込む。
今もやっと二人きりになれたというのに、色気もなくテレビを観てげらげらと笑っていて、これは少々茨の道だな、と仁王は思った。
もちろんこの自然体な振る舞いが彼女の魅力でもあるのだが。
そうして少しの間二人でテレビを観ていると、CMのタイミングでゆめこが口を開いた。
「そういえばご家族はいつ戻ってくるの?」
「二日の夕方って言っとった」
「えー、じゃあ初詣も一人?」
「さぁ」
首を傾げて誤魔化す仁王に、ゆめこはうーんと唸る。
そして「よし!」と思いついたように手を叩いた。
「初詣、二人で一緒に行こ」
にっこりと笑って、ゆめこはそう言った。
しかし、仁王は "二人で" というワードに少々違和感を覚えた。
「柳とゆめださんは?」
仲の良い三人のことだ。
てっきり初詣も一緒に行くものだと思っていたのでそう尋ねると、ゆめこは少し困ったように笑って、
「んー、それがさぁ。今年は遠慮しようと思って」
と言った。
たったそれだけで、仁王はゆめこの言わんとすることが分かった。
夏休みにペンションで休暇を共にした際、柳本人から聞いた彼の想い。
彼はゆめだゆめみが好きなのだ。
ずっと前からそのことを知っていたゆめこは、柳に協力しようと企てていたようだ。
中学に入り、ゆめみの交友関係はどんどん広がっているので、そろそろ手助けをしてあげないと柳が遅れをとってしまうかも。と、ゆめこなりに気を回しているらしい。
「だからさ、私一人なの。仁王くん一緒に行こうよ」
「そういうことなら付き合ってやるぜよ」
仁王の返事を聞いて、ゆめこは嬉しそうに頬を緩める。
協力すると決めたのは他の誰でもないゆめこ自身なのだが、それはつまり親友のゆめみとの時間が減ることを意味している。
ちょっと寂しいな、なんて思っていたので、仁王が一緒に行ってくれるのは純粋に嬉しかった。
しかしそんなゆめこに反し、仁王はまたしても素直になれなかった自分を歯痒く思っていた。
"俺もゆめのと行きたいと思っとった"
たった一言、そう伝えれば良かっただけなのに。
どうしてあんな言い方しか出来なかったのか、と彼は人知れずため息を吐いた。
ただでさえ鈍いゆめこの事だ。
彼女相手なら少々ストレート過ぎるくらいがちょうどいいと、頭では分かっているのに。
いざ口を開くと捻くれた言葉しか出てこない。
ペテン師が聞いて呆れるな、と仁王は思った。
「じゃあのんびり寝て、14時におうちの前集合ね」
と言うゆめこに、仁王はこくりと頷いた。
(180420/由氣)→54
観てたのは笑っちゃいけないアレです。