054
(ねぇ雅治ってば〜/仁王・丸井)
翌日。
約束の時間に家の前で待っていた仁王は、玄関から出てきたゆめこを見て驚いた。
振袖を着て、髪もアップにしている。
「えへへ、どう?」
「馬子にも衣装やのう」
「なにそれ、どういう意味」
「・・・かわええよ」
仁王の第一声にむっとしたゆめこだったが、 "かわいい" と言われた瞬間彼女はにんまりと笑顔になる。
近くで見ると、少しだけ化粧も施しているようだった。
若さという武器があるので肌は何もしていないが、まつ毛がいつもより長く、唇もぷるんとしている。
まじまじと自分の顔を見ている仁王に気付いたのか、ゆめこは「着物が派手だからさ、すっぴんだとなんか変だった」と言った。
ゆめこの振袖はいわゆるレトロなデザインで、柄も帯も様々な色が組み合わせてあるカラフルなものだった。
それに合わせて、髪型も左右の低い位置にシニヨンを作っている。
たしかに彼女の言う通り、派手な着物や髪型に化粧はマッチしていて、特にオレンジの色味が強いグロスは元気な彼女のイメージにぴったりだった。
「それ買ったんか?」
「お兄ちゃんにもらった。だから後で写真送らなきゃ」
めんどくさそうに言うゆめこに、仁王はなるほどと納得する。
シスコンを拗らせた彼のことだ。
着物の一着や二着ゆめこにプレゼントしていてもおかしくない。
ゆめこの話によると、着付けやヘアアレンジ、メイクは全て母親がやってくれたらしい。
「器用やのう」と仁王が言うとゆめこは「自分じゃ絶対無理だわ〜」と言ってあははと笑った。
「で、初詣どこ行くんじゃ?」
「あっ、そっか。勝手にいつも行ってるとこに向かってた」
「それでええよ」
特にこだわりが無さそうな仁王に、ゆめこは「よかった」と安心したように言った。
生まれた時からここに住んでいる自分とは違い、仁王にとっては今日がこの地で初めての初詣になる。
どこか行きたい所があったなら優先してあげなきゃ、とも思ったがどうやらいらぬ気遣いだったようだ。
「ちょっとだけ混むんだけど、そこが一番近いからさ」
「どの辺じゃ?」
「ゆめみの家に行く道を右に曲がって、まっすぐ進んだところだよ」
「ゆめださんの家知らん」
「ん、あれ?そうだっけ?」
とゆめこはきょとんと目を丸くする。
「ゆめの以外家知っとる奴おらん」と言う仁王に、ゆめこは「ええー」と信じられないといった顔をする。
「仁王くん引っ越してきてもうすぐ一年経つよね」
「そうじゃの」
「友達の家とか行かないの?」
「行かん」
仁王がそうきっぱりと答えると、ゆめこは「ドライですなぁ」と少し哀れんだトーンで言った。
そして「私という友達が出来てほんとに良かったね!」と仁王の肩にポンと手を置いた。
「うざ」と反論した仁王の声は聞こえていないのか、ゆめこは神社への道すがらバスガイドのような口調で町を紹介する。
「あちらに見えますのが佐藤商店で〜、その向こうは田中さんのお宅となっております」
と飽きもせずペラペラと話し続けるゆめこ。
仁王はそんな彼女のナビを話半分で聞いていたが、ふとゆめこが「あっ」と我に返ったように素の声を出したので、仁王は顔を上げた。
ゆめこはある一軒家を指差しながら、
「あの突き当りにあるおうち、ブン太くんの家だよ」
と言った。
仁王は「へぇ」と興味無さそうな相槌を打つも、なぜゆめこが丸井の家を知っているのか気になった。
二人は仲が良いし、それなりに交流していても不思議ではないが、まさか家に行くほどとは思っていなかったのだ。
丸井がゆめこに好意を持っていることは仁王も気付いていたので、少し複雑な心境である。
実際は家の前まで来たことがあるだけなのだが、仁王はそれを知らない。
それから少し歩くと、あっという間に神社に着いた。
ゆめこの言う通り少しだけ混みあっていて、参拝するための列が出来ている。
せっかく来たのに参拝をしないなんて選択肢はなく、二人は当たり前のように最後尾に並んだ。
そうして並びながら昨日一緒に観たテレビについて話していると、
「ゆめこちゃん?!」
と声を掛けられ、ゆめこは振り返った。
そこには隣のクラスで、林間学校の班も同じだったるっちゃんがいた。
るっちゃんの隣には彼氏らしき人がいて、ゆめこは「るっちゃんだ〜」と手を振りながら、隣の彼にも会釈をした。
「友達か?」とすかさず仁王に耳打ちされたので、ゆめこはこくりと頷く。
るっちゃんはゆめこと仁王を見比べると、少し興奮したように「えっ、えっ、彼氏?」とゆめこに詰め寄ってきた。
しかしゆめこが返事をする前に「てか振袖可愛過ぎー!めっちゃ似合う」とテンション高めに言われて、ゆめこは「そ、そう?」と珍しく照れたように笑った。
「るっちゃんの彼氏さん?」
と後ろの方で待っている彼を見ながらゆめこが尋ねると、彼女はでれでれと頬を緩めながら「うん」と言った。
すごいなぁ〜進んでるなぁ〜なんてゆめこが思っていると、るっちゃんは「そだ!」とハッとしたように声を上げた。
「い、今そこでね・・・」
「うん?」
そう言い出したきり沈黙してしまったるっちゃんにゆめこはこてんと首を傾げる。
彼女は言いにくそうに口をもごもごさせた後、ゆめこにだけ聞こえる声で「丸井君に会った」と言った。
聞き馴染みのある名前にゆめこは「えっ?ブン太くん?」と割と大きめの声で聞き返し、るっちゃんはあわわとたじろいだ。
「へぇー、ブン太くんも来てるんだ」
とのんきににこにこするゆめこに、るっちゃんは一人で焦っている。
彼女は丸井の気持ちを知っている内の一人なので、もしゆめこが他の男と来ているところを丸井が見かけてしまったら、と考え勝手に修羅場を想像してしまったのだ。
しかしそんな彼女の気も知らず、ゆめこは「どの辺にいたの?」「やっぱり三小出身の子もここに来るんだね〜」などと一人でよどみなく話している。
そんな二人のやり取りを見て全てを察した仁王は、にやりと口の端を吊り上げると、
「ゆめこ、進んだぜよ」
と言って彼女の肩を抱き、列を詰めるために一歩踏み出した。
その様子にるっちゃんはまるで「ひぇー」とでも言いたげな顔をすると、「わわ私、もう行くね!」と言って彼氏の腕を引いて走り去ってしまった。
ゆめこはそんな彼女に呆気に取られるも、それよりも気になる事があってくるりと仁王を見上げた。
「仁王くん、今のなに?」
怪訝な顔でそう聞いてくるゆめこに、仁王はおかしそうにくくっと喉を鳴らす。
「絶対るっちゃん勘違いしたよ」
「プリッ」
「 "ゆめこ" なんて呼んだこともないくせに」
「ケロケロ」
ゆめこの言及に全て曖昧な返事をする仁王。
ゆめこは「もう」と言うと諦めた様に息を吐いた。
るっちゃんのことも、そして私のこともからかったんだな。と、ゆめこは先程の仁王の言動を思い返す。
そしてどうしてもやり返したくなったゆめこは、むふふと怪しい笑みを浮かべると、
「雅治のいじわる」
と、わざとぶりっ子口調で言って彼の腕にしがみついた。
やられっぱなしは性に合わない、と思ったのだ。
とは言え相手はあの仁王である。
「やめんしゃい」などと冷めた口調で言われるのが関の山だな、なんて思いながらゆめこがちらりと彼の顔を盗み見ると、
「は?え・・・?」
そこには真っ赤な顔で照れている仁王がいて、ゆめこはぽかんと口を開けた。
「え、ちょ、何その反応」
「・・・黙りんしゃい」
「いやいや、えっ?仁王くんですよね?」
と全力で追及してくるゆめこに、仁王はぷいと顔を逸らす。
好きな女の子に腕を組まれ、名前を呼ばれたのだ。
中一男子としては当然の反応であるが、ゆめこは何を勘違いしたのか「仁王くんってこういうのが趣味なの?」と自分が演じたぶりっ子キャラがツボに入ったのだと思い込んでいる。
面白くなったゆめこが、仁王の腕をぎゅうと抱いたまま
「雅治〜、ねぇ雅治ってば〜」
とふざけていると、「あれ?仁王?」と声を掛けられ二人は同時に振り返った。
そこには丸井とジャッカルが立っていた。
彼らは参拝を終えてUターンして来たようだった。
「えっ!ゆめこ!?」
丸井は仁王と一緒にいる少女がゆめこだと気付いた瞬間、目を見開いてこちらに駆け寄ってくる。
いつもとは違う振袖姿と髪型で、しかも背中を向けていたので、彼女が振り返るまでゆめこだと分からなかったのだ。
「な、なにやってんだよ」
二人の密着した腕を見ながら、丸井はか細い声でそう聞いた。
後から追いかけて来たジャッカルも、ゆめこと仁王のツーショットに驚いている。
しかしゆめこは大したことと捉えていないのか、仁王の腕をパッと離すと
「わー!ブン太くんほんとにいた!二人とも、明けましておめでとうございます」
とぺこりと頭を下げた。
それにつられるように、丸井とジャッカルも「おめでとう」と頭を下げたが、すぐに「「じゃなくて!」」と慌てて顔を上げた。
「何で二人で来てんだ?しかも今腕組んでなかったか?」
と、丸井はじっとりとした視線をゆめこ達に向ける。
「今ね、ちょうどラブラブ恋人ごっこしてたんだよ」
「・・・は?」
「いつものゆめののアホなノリじゃ。気にせんでよか」
ゆめこの的を得ない説明に丸井が呆けていると、仁王がすぐにそう補足した。
そして「一緒に来たのは成り行き」と続けると、丸井は「成り行き・・・」と放心したまま復唱する。
「ブン太くん達もう参拝終わったんだね」
「えっ、あ、おう」
ゆめこに話しかけられ、丸井はびくりと肩を揺らす。
そしてそこで初めて、ゆめこの振袖姿をまじまじとその瞳に映した。
「可愛過ぎだろい」
「えっ?」
「振袖も似合ってるし、髪型もおしゃれだな!」
そう言って全身を見る丸井に、ゆめこは「褒めすぎー」と言って笑う。
しかしその顔は嬉しそうだ。
こうして面と向かって感想が言える丸井の率直さが、仁王は少し羨ましかった。
誤解も解け、ゆめこの振袖姿も見れて満足したのか、
「このあと一緒に遊びに行かねぇ?」
と丸井はゆめこ達を誘ったが、彼女はそれを断った。話も盛り上がってるし行けばいいのに、と仁王は思ったが口には出さなかった。
丸井は少し残念そうな顔をしたが、新学期が始まればまたすぐ会えるので「じゃあな!」と言うとジャッカルを連れて去って行った。
ゆめこが丸井達の背中を見送っていると、仁王は「ええんか?」とだけ声を掛けた。
一緒に遊びに行かなくてよかったのか?という意味だ。
仁王には、もし自分に気を遣わせてしまったのなら申し訳ないな、という気持ちが多少なりともあった。
彼の問いに、ゆめこはふるふると首を横に振る。
「振袖だし、早くおうち帰りたくて」
「あぁ、それ動きにくそうやしね」
「うん。まぁそれもあるけどさ。トイレとかいろいろ面倒だから」
としれっとそんなことを言うゆめこに、仁王はそういうことかい、と心の中でツッコんだ。
「特に和式とか最悪だよ」と愚痴る彼女は色気もムードも何もあったもんじゃない。
仁王は「じゃあ参拝したらすぐ帰るかの」と声を掛けるのだった。
(180421/由氣)→57
あけましておめでとうございます!