057
(ほら、見らんせーね/毛利)
年が明けた二日目の夜。
親戚の集まりから帰ってきたゆめこが自室で寛いでいると、彼女のスマホが小さく震えた。
ちらりと画面を覗くとどうやら電話のようだったが、相手の名前が表示されていない。
知らない番号からの着信に、ゆめこは出るのを躊躇う。
彼女の電話番号を知っている人は少ないし、そもそも連絡先を交換した人はみんな登録してあるはずだ。
しかし、その中の誰かが番号を変更している可能性も否めない。
そう思ったゆめこはおもいきって電話に出てみた。
「もしもし」
「おー、ゆめこちゃん。俺や俺」
・・・詐欺電話?とゆめこは一瞬固まる。
しかし相手は自分の名前を知っているようだ。
ゆめこが戸惑っている間にも電話の向こうから「あけおめやなぁ」と話しかけられ、ゆめこは咄嗟に「あけましておめでとうございます」と返した。
その声があまりにもテンションが低かったのか、「なんや元気ないやん」と指摘され、ゆめこは悩んだ末に、
「えーっと、どちら様でしょうか?」
と意を決して尋ねた。
その瞬間電話越しに「えー!」とショックを受けたような声が聞こえてきた。
彼は「ひっどいわぁ〜」と嘆くと、
「毛利やけど」
と名乗った。
その名前に、ゆめこはハッと息を呑んで「も、毛利先輩!?」と聞き返した。
「どうして私の番号知ってるんですか?」
「前に電話かけてくれたやん」
「前・・・?」
なんだっけ?とゆめこは記憶を辿る。そしてすぐに思い出したのか、「あ」と声を漏らした。
あれはテニス部の先輩に頼まれて毛利先輩を探しに行った時だ。と、ゆめこは確かに自分から電話をかけていたことを思い出した。
わざわざ登録してくれたのだろうか。と思っていると、「俺のは登録してないんけ?」と聞かれて、ゆめこは正直に「はい」と答えた。
もう二度と電話をすることもないと思っていたので当然である。
「じゃあ今日登録してや」
「わかりました。で、何かご用ですか?」
番号を登録するのはいいが、用件を聞いてなかったのでゆめこはすぐにそう尋ねた。
「ゆめこちゃん、明日暇?」
「・・・用件によりますね」
「俺とスタンプラリー行かん?」
「へっ?」
面倒事ならごめんだ。と警戒していたが、斜め上の答えが返ってきてゆめこは素っ頓狂な声を出した。
スタンプラリーって、台紙にスタンプ押して回るアレだよね?
「じゃあ10時に藤沢駅な」
「えっ、早」
「全部回りたいねん」
「左様でございますか」
わくわくとした声で言われ、ゆめこは渋々了承する。
そもそもまだ行くって言ってないけどなぁ、なんて思っている内に「ほな」と言われ電話は切れてしまった。
次の日。
そんなに仲が良い訳じゃないから微妙だな。と、あまり気乗りせず駅に向かうと、そこには周囲の人より頭が一つも二つも飛び出てる人物がいた。毛利だ。
ゆめこが小走りで駆け寄ると、彼女の姿を見つけた毛利は「おっ、来んさった」と笑顔で手を振った。
私服姿を見るのは初めてだな、なんてゆめこが思っていると、毛利も同じことを考えていたのかゆめこの頭のてっぺんから足の先までをじろりと見て「かわええ」と呟いた。
うまく聞き取れなかったゆめこが首を傾げると、毛利はハッとして首を横に振り、代わりに「おはようさん」と言った。
「おはようございます」
「これ、スタンプラリーの台紙な」
そう言って、毛利は七福神の絵が描かれたスタンプラリーの台紙をゆめこに渡した。
お正月の期間限定で、七福神のスタンプ台が町のあちこちに設置されているらしい。
台紙をじっと見つめるゆめこに、毛利はにこにこと説明を続ける。
一学年上というだけでものすごく大人なイメージを持っていたが、実に少年らしい趣味だな、とゆめこは思った。
「かわいいですね」
「せやろ」
毛利の印象をそのまま口に出すと、台紙に描かれた七福神のイラストの感想だと思った毛利が返事をした。
しかし、話の腰を折ってまで訂正する程でもないと思い、ゆめこはそのまま流すことにした。
それから二人は待ち合わせをした駅を拠点にいろんなところへ向かった。
各神社や寺院の他に、商店街などにもスタンプ台が特設されており、地元のはずなのにこうしてゆっくり歩いて回る機会は今までになく、ゆめこにとっては全てが新鮮だった。
途中で毛利がおすすめする親子丼が美味しい定食屋でお昼ご飯も食べた。
しかもスタンプラリーに付き合わせてしまっているからと、お会計も全部毛利が持ってくれてゆめこの彼に対する好感度がぐんと上がった。
彼女は単純なのである。
もちろんそれだけではなく、ゆめこが疲れたと思った時に「お茶でもしよかや」と言ってさりげなく休憩を入れてくれたりと、毛利は色々と気を遣える人のようだった。
彼に対してサボり魔で自分勝手なイメージしかなかったゆめこは、それがなんだか意外だった。
「毛利先輩って優しいんですね」
ふとゆめこが口を開くと、毛利は「今頃気付いたんかいや」と調子に乗ってにかりと笑った。
「彼女いないんですか?」
「おらんよ」
「いたことは?」
「夏に別れてもーた」
「半年くらい前ってことですか?」
「なんや、めっちゃ聞いてくるやん」
と毛利はけらけら笑いながら言う。
朗らかで、身長も高くて、テニスも上手で。そして今日優しいことも知ったので、そんな人がフリーな訳がないと思い、ゆめこは気になったのだ。
「いたらゆめこちゃん誘えぇへんよ」
「それもそうですね」
ゆめこはあっさりとした口調で返事をする。
「ゆめこちゃんはおらんの?彼氏」
「いませんよ」
「好きな人は?」
「さぁ、そういうのよくわからなくて」
「あいつは?幼馴染の柳蓮二」
不意打ちで上がった名前に、ゆめこはブッと噴き出した。ありえなさ過ぎるからだ。
「それは本当にないですね」と言うと毛利はふぅんと相槌を打った。
信じてもらえたか不明だったので、"蓮二にはゆめみがいるし" と喉まで出掛かったが、これを言ってしまうと部活の先輩に柳の好きな人をバラすことになるので、ゆめこはそれ以上は何も言えなかった。
急に黙ってしまったゆめこを毛利はちらりと横目で見る。
「ゆめこちゃんかわいいからモテるやろ」
「へっ?」
唐突にそんなことを言われ、ゆめこは慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「お世辞はいいです」と顔を逸らしてしまったゆめこに、毛利は「ほんまのことやのに」とぼやく。
その言葉に反応してゆめこが毛利の顔を盗み見ると、彼はいじけた様に唇を尖らせていた。
と、その時。ゆめこの視線に気付いた毛利が目線を下げ、ばちりと目が合ってしまった。
なんとなくばつが悪くなって、ゆめこはパッと視線を前方に向けると「毛利先輩はコミュ力高いし、いろんな女の人を手玉に取ってそうですよね」と嫌みを言った。
それはただの照れ隠しであったが、ゆめこのこの発言に、毛利は目に見えて狼狽する。
「ちょっ、待ちんせーね、俺どういうイメージなん?」
「チャラそうな感じがします」
「ひどっ。結構一途やねんけど」
「そうなんですか」
「好きな子はめっちゃ大事にしよるよ」
「へぇ」
あまり興味無さそうに返事をするゆめこ。
実際毛利は女の子を手玉に取った経験など無かったので、ゆめこのこのイメージは心外であった。
先程ゆめこが言ったようにコミュニケーション能力が高い毛利は男女問わず人気もあったが、それはあくまで友人としての話。ノリが良い、おもしろい、話しやすいと評価されることはあったが、モテるとはまた別の次元である。
慌てて訂正する毛利に反し、ゆめこは涼しい顔をして前を向いて歩いている。
誰に何を言われてもあまり気にしない毛利であったが、ゆめこに勘違いされるのは嫌だな、と彼は思った。
自分ばかり焦っていて少し悔しくなった毛利は、よしと意気込むと
「ほなら、ちょっと俺の恋人気分味わってみぃひん?」
と言って、ゆめこの手を取った。
毛利の大きな手がゆめこの手を包む。
どうせここで何を言っても信じてもらえないなら、このイメージを存分に活かしてやろうじゃないか。と、彼はそう思ったのだ。
ゆめこは少し驚きはしたものの、どうせふざけているのだろうと「えー」と嫌そうな声を出した。
「離してくださいよー」
「ちょっとくらいええやろ?」
「そういう所がチャラいんですよね」
と目を細くして言うと、「誰にでもしよる訳ちゃうし」と言われてゆめこはドキッとした。
そんな言い方をしたら「私だけ特別?」なんて相手に勘違いさせてしまうぞ、とゆめこは思った。
しかし、いくらでも手を振りほどくことは出来たのだが、ゆめこはそれをしなかった。
見た目以上に毛利の手はごつごつしていて、でも温かくて、不本意ながら心地良いとさえ思ってしまったのだ。
「おっ、次の場所こっから近いやん」
なんて上機嫌に笑う毛利に、ゆめこは "少しだけなら" と自分に言い聞かせた。
それから二人は全てのスタンプ台を回り、台紙が埋まった頃にはすっかり夕方になっていた。
「家まで送るさかい最寄り駅教えてぇな」
駅の改札をくぐったタイミングで毛利がそう聞いてきた。
「平気ですよ」
「もう少し一緒におりたいし、遠慮せんで」
さらりとそんなことを言われ、ゆめこはうっと体を縮こまらせる。
この人といると心臓に悪いな。
そう思いながらもゆめこは大人しく最寄り駅を伝えた。
電車に乗り込み、空いてる座席に二人並んで座る。その間もずっと手は繋がれていた。
「いつまで続くんですか、これ」
たまらずゆめこがそう切り出すも、毛利はにこにこ笑って誤魔化すだけだ。
「ほら、見らんせーね」
物言いたげなゆめこの視線を受け流し、毛利は窓の外を指差す。
そのことでゆめこの意識は電車から見える大きな夕日へと移った。
雲の切れ間から顔を覗かせる夕日が、海面をオレンジ色に輝かせている。
「きれい・・・」
海が近いこの土地で育ったゆめこはもう何度もその光景を見てきたはずなのに、なんだか全く別の場所に来たような気分になった。
ぽーっと外を眺めるゆめこの横顔を毛利はちらりと盗み見る。車窓から差し込んだ夕陽がゆめこの顔をオレンジ色に照らしていて、毛利はその美しさに息を呑んだ。
普段陽気でおしゃべりな彼女がこうして黙っていると、整った顔立ちが強調されてまるで別人のように見えた。
そうしてしばらく電車の中から見える夕日を二人でぼんやりと眺めていると、
「今日は付き合うてくれておおきに」
と毛利はゆめこに声を掛けた。
彼女は首をふるふると横に振ると「楽しかったです」と小さな声で告げた。
その瞬間、ゆめこがぎゅっと握っている手に力を込めた気がして、毛利はなんだか胸がくすぐったくなるような心地がした。
初めて会った時よりも目の前の少女が愛くるしく見えていることに、彼は自分自身でも気付いていた。
普段それほど深く交流している訳ではないが、毛利にとってゆめこは気になる存在だった。
もちろん、単純に見た目がかわいくて好みということもあったが、彼女の飾らない性格やよく笑うところにも魅力を感じていたのだ。
今日という日にゆめこを誘って良かった。
毛利はフッと柔らかな笑みを浮かべると、
「誕生日のええ思い出になったわ」
と、ぽつりと言った。
その言葉にゆめこはバッと勢いよく毛利を見る。
「えっ、毛利先輩今日お誕生日なんですか?」
「あれ?言うてへんかった?」
しれっと言う毛利に、ゆめこは「聞いてないです」とか細い声で答えた。
"おめでとうございます" と、たった一言そう伝えればいいだけなのに。
どうにも素直に祝いの言葉が出てこない。
どうしてそんな特別な日に私を誘ったんだろう。どうして?どうして?そんな疑問が先立って、ゆめこは悶々とした。
いや、もしかしたらものすごく友達が少ない人なのかもしれない。
なんて、失礼なこともいろいろ考えてみたが、結局答えはわからなかった。
しかもよくよく考えるとお昼とか、間のお茶とか全部奢ってもらったような。
と、そこまで考えて、ゆめこはサーッと顔を青くした。
知らなかったとは言え、もし自分が逆の立場だったらこんなに虚しい誕生日はない。
「毛利先輩、まだ時間ありますか?」
「え?あぁ、まぁあるけど」
「次の駅で降りましょう!」
「ええっ」
突然の提案に、毛利は驚いて声を上げる。
その時ちょうど電車が駅で停車して、ゆめこは彼の意見も聞かぬまま繋いだ手を引いて電車を降りた。
「今日は夕日がきれいですし、海でも行きませんか」
「なんや急やね」
急にそんなことを言い出すゆめこに、毛利はきょとんと目を丸くする。
しかし、いつになく真剣な表情で振り返ったゆめこが、
「誕生日はもっと大事にしなきゃだめですよ」
と言ったことで、毛利はやっと理解した。
この少女は自分のためにしてくれているのだと。
二人は海までやってくると、海辺にある塀に腰を下ろし、隣に並んで沈みゆく夕日を見つめた。
「これ沈んだら結構暗なるなぁ」
「そうですね。あ、でも毛利先輩送ってくれるんですよね?」
とゆめこは毛利に視線を移して尋ねた。
その口元は綺麗に弧を描いている。
そんな彼女を見て毛利は「任せときんせーね」と言って笑うのだった。
(180422/由氣)→58
YOU達もう付き合っちゃいなよ!