058
(あなたに言ったんですよ/毛利・仁王・丸井)

翌日。
立海大付属中学校のテニスコートは芥子色ジャージに身を包んだ部員たちで溢れ返っていた。

まだ冬休み中ではあるが、テニス部の休みは三が日までと決まっているので、1月4日である今日は新年一発目の練習日であった。

彼らは朝からハードな練習をこなし、今やっとお昼休憩を迎えたところだ。
お弁当やコンビニの袋などそれぞれの昼食を携え、部員たちはコートの周りに散り散りになる。

部員の中でも気の合う者同士で輪を作り昼食を摂り始める中、二年生にしてレギュラーである毛利寿三郎もまた、同じ学年の仲間達と部室棟の近くで輪を作っていた。サボる気満々の彼であったが「新年早々サボんなよ」と前日に釘を刺されていたので彼は渋々練習に参加していたのだ。

そうしてしばらく雑談を交えながら昼食を摂っていると、

「そういえばさ、俺昨日見ちゃったんだよ〜」

とその内の一人がにまにまと笑って口を開いた。
彼のその怪しげな笑みに「なんだよ?」「早く言えよ」と周りの人間が続きを促す。
毛利はぼんやりとその様子を見ていたが、

「毛利が女の子とデートしてるとこ!」

と話が続き、その瞬間全員の視線が毛利へと注がれ、彼はぴたりと手を止めた。

心当たりがあった毛利は「ああ」と声を漏らし、昨日ゆめこと一緒にいたことを振り返る。
顔色一つ変えない毛利とは裏腹に、話を聞いた仲間たちはみなぎんぎんと目を光らせている。

「まじかよ〜!」
「彼女?!」
「どんな子?」
「かわいい?」

と矢継ぎ早に質問をされ、毛利はえっと、と答えを考える。
しかしそうしている間にも、「それが羨ましいことにめちゃくちゃかわいい子なんだよ!」と目撃した張本人が答えてしまい「おお〜」とどよめきが起こった。
しかし中には冷静に話を聞いている者もおり、彼はちらりと毛利を見ると

「で、彼女なの?」

と尋ねた。
「ちゃうよ」と毛利が短く答えると、みんなの目つきがなんだよ〜と言わんばかりの残念なものに変わる。
しかし目撃した彼は、毛利のその答えに納得がいっていないようだった。

「ほんとに彼女じゃねーの?」
「おー」
「だって手繋いでたじゃん?!」
「えっ・・・」

よりによってそこを見られていたのか。と毛利は思う。
しかし結構長いこと手を繋いでいたので無理もないか、とすぐに思い直した。

"手を繋いでいた" なんて聞いた他のみんなは、息を吹き返したように「どういうことだよ〜!」と騒ぎ立てる。
これは全部話すまで収まらないな、と思った毛利は渋々口を開いた。

「彼女ちゃうけど、気になってる子やね」
「えっ!まじかよ?告白は?」
「してへん」
「落とせそうか?」
「さぁー、どやろな」
「つーか同じ学校の子?」
「学校は一緒やが、一年の子」

みんなの質問に淡々と答えていく毛利。
その時、一緒になって話を聞いていた仲間の一人が「それって・・・」と口を挟んだ。

「前に俺が話しかけた子か?」

彼は以前ゆめこに「毛利を探してきて欲しい」と頼んだ人物であった。

へらりと笑って「せやで」とあっさり認めた毛利に、どうりであの時すんなり戻ってきてくれた訳だと今更になって合点がいった。
またお願いしたいと言ったら彼女は心底嫌そうな顔をしていたが、確かにあの時の毛利はえらくご機嫌だったな、と思い出す。

「たしかにかわいい子だったな」
「なんだよ須東、お前見たことあんの?」
「前にちょっとな。名前はたしか・・・」
「ゆめこちゃん」
「そうそうゆめこちゃん!」

毛利がぽろりと名前を言うと、彼、須東は思い出したように手を叩いた。
直接ゆめこから自己紹介を受けた訳ではないが、毛利が「ゆめこちゃん」と呼んでいたのを頭の片隅で覚えていたのだ。

こうして少しの間ゆめこの話で盛り上がっていたが、一通り取り調べを終えてすっきりしたのか、彼らは次第に別の話題へと話を変えていった。



「大丈夫ですか?」

その頃。
部室棟の陰になる木のそばで、輪になって昼食を摂っている部員達がいた。
幸村、真田、柳、柳生、仁王、丸井、ジャッカルの7名だ。

心配したように口を開いたのは柳生で、彼は視線を落としたままそう尋ねた。
彼らはちょうど毛利達の視界に入らないところで輪を作っていて、先程の先輩達の会話を全て聞いていたのである。

もしや、と思いながら聞き耳を立てていたが "ゆめこちゃん" とはっきり名前が出たところで、それは確信へと変わったのだ。

大食漢である丸井が先程からずっと手を止めたまま、黙りこくっている。
本人はうまく隠しているつもりだが、常日頃の言動で彼がゆめこに好意を持っていることは、鈍感な真田以外全員気付いていたので気持ちは理解出来た。
先輩が恋敵とは、はっきり言って不運過ぎる。

丸井はバンっとお弁当箱の蓋を閉めると、せっせと片付け始めた。

「お、おいブン太・・・!」
「俺、ちょっと聞いてくる」

真剣な顔でそう言い放った丸井に、ジャッカルは「まじかよ」と顔を青くする。
誰か止めなくていいのか、とジャッカルがみんなの様子を窺うも、彼らは誰も動こうとしていない。

それどころか、幸村や柳といった普段は冷静なストッパーである彼らが「丸井はすごいね」とその行動力に感心したように話している。
もし自分が丸井の立場だったら、同じように真正面からぶつかっていけるのか、そう心の中で自問自答していたのだ。

全く状況を理解していない真田だけが、「練習には遅れるなよ!」と丸井の背中に声を掛けた。

「大丈夫かねぇ、丸井の奴」

丸井が去った後。
他人事のように言う仁王に、柳生は「丸井君なら問題ないでしょう」と言った。

仁王はその発言がどこか引っかかった。
一番最初に「大丈夫ですか?」と心配して問いかけたのは誰でもない柳生なのに。と仁王が思っていると、そんな彼の心の内を読んだのか、

「私はあなたに言ったんですよ、仁王君」

と、柳生は言った。
仁王はその言葉にドキッとしたが、努めて平然を装うと「便所」とだけ行ってすたすたとどこかへ消えてしまった。
こういう時、彼はめっきり嘘が下手になるな、と柳生は思った。



一人抜け出した丸井が毛利達のところに行くと、既に昼食を終えていたのか先輩たちは疎らになっていた。
部室棟の壁に背中を預け、今にも眠りそうになっている毛利を見つけると、丸井はずんずんと大股で近付く。
そうして目の前に影が出来て、毛利は「ん?」と顔を上げた。

「毛利先輩、ちょっといいですか?」

と真剣な顔で聞いてくる後輩に、毛利は「ええけど」と短く返事をする。

よっこいしょ、と重い腰を上げて立ち上がった彼はやっぱり大きくて、その身長差に丸井はうっと僅かに肩を竦める。
しかしここで引いてはいけないと思ったのか、丸井はぐっと拳を握ると意を決して口を開いた。

「ゆめこのこと好きなんですか?」

予想もしていなかった直球の質問に、毛利はぱちくりと瞬きをする。
そして「あー」と声を漏らした後、「聞いとったんかいや」とにやりと笑みを浮かべた。

「丸井君、やっけ?君、ゆめこちゃんのこと好きなん?」
「・・・先に質問したのは俺なんですけど」

うまくはぐらかされそうになって、丸井は目を細めて毛利を見る。
毛利は「悪い悪い」と悪びれもなくけらけら笑うと、人差し指を自分の口元に当て

「内緒や」

と言った。
その人をおちょくったような態度に、丸井がむっとして眉を顰めたのと同時。

「丸井、その辺にしときんしゃい」

と後ろから現れた仁王に声を掛けられ、丸井はバッと振り返った。
何で止めるんだよ、と言いたげなその視線をするりとかわし、仁王は丸井の隣までやってくると「練習始まるけぇ、はよ戻らんと」と彼の背中をパシンと叩いた。
背中を向け去って行く二人に、

「あれ?もういいんけ?」

と毛利が明るい口調で尋ねると、丸井はキッと目つきを鋭くして振り返った。
しかし彼が何か言い返すより先に、隣にいた仁王が口を開いた。

「決めるのはゆめの本人じゃき」

と、どちらに言うでもなく放たれた言葉に、後頭部で手を組んでへらへらしていた毛利はぴたりと動きを止めた。
毛利の顔から笑顔が消えたのを横目で確認し、仁王は丸井の背中を押して去って行く。
二人の後ろ姿を、毛利は無表情でずっと眺めていた。

「ほんまのライバルは幼馴染やのうてこっちの方かいや」

という彼の呟きを聞いた者はいない。





(180422/由氣)→60

バッチバチじゃねーの!




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