004
(花言葉知ってる?/幸村)

『私、1人でも大丈夫だから』

入学式後のオリエンテーションに向かう途中、ゆめみは強がってそう言った。
柳を振り切って、M組の方へと視線を移す。
同時に、ぱっと視界が緑に染まって。ゆめみはホッと息を吐いた。
窓から見える木の葉っぱが光を受けてキラキラと輝いているように見えた。
二階だから、窓のすぐ外に葉の部分が来ていて、とても綺麗だとゆめみは思った。
ゆめことフロアが別れてしまったのは寂しいけど、さっそく1つ好きなところを見つけることができた。
ゆめみの緊張した顔が少し緩む。

クラスに入ろうとドアに手をかけるゆめみはふと思い出したように振り返った。
すると、穏やかな表情の柳と目が合う。
もうとっくにクラスに入ってしまったと思っていたのに。
本当心配性だなぁ、とゆめみはなぜか泣きたくなった。
強がって見せても、やっぱり蓮二もゆめこもいない新しいクラスは心細くて、そして、それを全て蓮二に見透かされているのだ。
ゆめみは小さく「蓮二またね」と言うと、今度こそ本当にクラスのドアを開けた。



ドアを開けるまでは静寂に包まれていたが、開けた瞬間、活気ある声がたくさん聴こえて来て、ゆめみは足を止めてしまった。
ほとんどの生徒が立ち上がって、自己紹介や部活の話、出身学校についておしゃべりをしている。
すでにいくつかのグループが出来上がっているように見えて、ゆめみは出来るだけ音を立てないようにドアを閉めた。

「ゆめみちゃん!」

クラスの中心で、1番盛り上がっていたグループの中から、リーダーっぽい雰囲気の女子がゆめみを見つけて手招きした。
ゆめみがきょとん、としている間にその女子はずんずんと近づいて来て、ゆめみの腕を掴み、そのままグループの中へと引き入れる。

「この子が今話してた、首席入学の柳くんの親友のゆめみちゃん!みんな、仲良くしておいて損は無いわよ」

それを聞いた周りの生徒たちは、きゃっきゃと喜びながら、ゆめみに自己紹介をする。
ゆめみもそれににこやかに返し、その後引き入れたリーダー格の女の子の方へと向き直った。

「真冬(まふゆ)ちゃん、同じクラスなんだね、よろしくね」

真冬ちゃん、と呼ばれた女の子はゆめみの言葉に嬉しそうに大きく頷いた。

「こちらこそ!ゆめみちゃんと同じクラスで本当に嬉しい!同中出身はゆめみちゃんとあと春巻(はるまき)くんだけだから」
「え、春巻くんも同じクラスだったの!?」

ゆめみの記憶が正しければ、春巻と真冬は付き合っていたはずだ。
ゆめみが驚いていると、真冬の横から春巻が「どーもー」と姿を見せた。
ちょっと気恥ずかしそうに「そうなのよー」と答える真冬。

「すごいよ、運命的!だって、2人が同じクラスになる確率って4.4%しかないのに!」

ゆめみのその言葉はやけに教室に響いた。
「4.4%・・・?」みんなが考え込むような表情に変わり、ゆめみはちょっと赤くなって「蓮二の受け売りなんだけどね」と補足した。
その言葉に、周りの生徒は妙に納得した。
思わず「いいなぁ」と呟いたゆめみ。
奇跡的な確率で、好きな人と同じクラスになった人が目の前にいる、そのことがゆめみは羨ましくて仕方がなかった。
一度は諦めたはずのゆめこと蓮二と同じクラスになりたいと言う欲がゆめみの中で渦を巻いた。
ゆめみの表情は憂いに満ちていて、周りの男子は目を離せなくなる。

「ねぇねぇ、ところでゆめみちゃんって付き合ってる人とかいるの?」

男子生徒の1人がそう聞いた。
ゆめみが「いないよ」と答えるよりも早く、春巻と真冬が「ダメ!」と声を揃えて静止した。
その2人からは、強いオーラが出ていて、聞いてしまった男子生徒はすごすごと引き下がった。
神奈川第二小学校出身の生徒は大なり小なり学業の面で柳に恩があり、大抵の生徒はみんなゆめみと柳の仲を応援していた。

「席につけー、オリエンテーションを初めるぞ」

ガラッと前のドアが開き、男性の先生が入って来て、その場はお開きとなった。
周りが速やかに着席する中、ゆめみは1人黒板に貼られた席次表を確認するために、前に進み出る。
1番後ろの窓際から2列目の席だと確認する。
くるり、と後ろを振り返ると、探すまでも無く、空いている席は1つだけだった。
最後になってしまったのが気恥ずかしく、ゆめみは早足で席まで歩き、静かに着席する。
と、その時だった。ふわ、と花の香りがした。甘くて、それでいて心地よい、そんな香りだった。
席の列は男女に分かれていたので、ゆめみはとっさに前の席の女の子の持ち物から香ってるものだと思った。
後で話しかけてみよう、と決めて先生の話に耳を傾ける。

M組の担任は、ブランド物の黒いスーツを着こなし、サーモンピンクのネクタイを締めていた。
身のこなしも洗練されており、その表情からはベテランの自信も感じられる。30代後半だとは思うが、実際の年齢よりも若く見えた。
担任の先生の学園生活を送る上での諸注意的な話は的確で分かりやすく、引き込まれるような感じだった。
だから、決して先生の話が退屈だったことが原因ではない。
しかし、ゆめみの意識は時が経つほどにどんどん先生の話の内容から遠ざかっていった。

(あ、また)

ゆめみの意識を奪ったのは、隣の席の男子生徒だった。
左隣の、窓際の席の男の子。顔は勇気が無くて見ていない。
初めは気のせいだと思おうとした、が、時が過ぎる毎に気のせいでは済まなくなっていった。

(また、一緒のタイミング)

ゆめみが先生の話をノートに書くと、男子生徒もノートに書く。
そして、シャープペンを置くタイミング、顔を上げるタイミング、全て一緒なのだ。
そう、ゆめみは隣の席の男子生徒が自分と全く同じ仕草をすることが気になって仕方がなかった。
同じ教室で同じ内容の話を聞いているのだから、当然かとも思い、周りを見渡してみるも、みんなそれぞれ違う行動をしている。
今までかつて、隣の席の人と動作が同じことが気になったことがあったかどうか思い出して見たが、そんな経験は初めてだった。
小学校生活6年間のうちで、一度だってそんなことを気にしたことはない。
故意?嫌がらせ?それとも偶然??ゆめみは訳のわからない状況に、頭がパンクしそうになる。

(確かめなきゃ)

ゆめみは意を決して、左隣を見た。と、同時に左隣の男子生徒もゆめみを見た。なんと完全に目が合ってしまった。
お互いの表情は困惑していて、今までの行動が全て故意では無いこと、お互いに迷惑していることをお互いが悟った。
2人は気まずさからすぐに目を離して、前を見た。
しかし、お互い少し考える表情をした後、3秒後にもう一度、お互いを見た。
お互いに申し訳なさそうに会釈をする。
その動作でさえも同時で、2人は小さく笑った。

綺麗な人だな、とゆめみは思った。
青みがかったウェーブの髪、瞳は澄んでいて、優しそうな光を宿している。
会釈した後は、動作が被らなくなった。
どうやらお互いに意識し過ぎていただけみたい。
諸注意のあと、校舎や授業の説明があり、それが終わると自己紹介となった。
隣の席の彼は『幸村精市』と言う名前であることをゆめみは知った。
『幸村』と聞くと、どうしても戦国武将を思い浮かべてしまい、目の前の優しげな印象の彼には似合わないな、と思った。

ゆめみは無難な自己紹介を済ませた。
席に座る時に、またふわ、と花の香りがした。
女の子の持ち物とばかり思っていたけど、座る時に、幸村のカバンに小さなサシェがついているのを見つけて、ゆめみはその香りの元が幸村であることを知った。

(幸村くんだったんだ・・・)

ドキ、と心臓が高鳴る。
何の香りか聞いてみたい。
そんな想いが込み上げる。
とてもゆめみ好みの香りだった。

小さい頃から両親不在の時間が長かったゆめみは、部屋でハンドメイドするのが好きだった。
出来れば、そのサシェの作り方を教えてほしい、と思った。
どんな花を使っているの?自分で作ったの?それとも貰い物?そして、私の問いにこの綺麗な彼はなんと答えるのだろう。
どんな声をしているの?どんな風に笑う?
ゆめみの興味関心が小さなサシェから幸村本人にすり替わっていたが、ゆめみ自身はそのことには気づかなかった。
ただ早くこの時間が終わればいいのに、とゆめみは楽しみに思った。

ゆめみがそう願っている中、実は幸村も全く同じことを考えていた。
自己紹介で立ち上がった時に、ゆめみの机の上に置いてあるしおりを見つけていたのだ。
そのしおりには、アサガオの押し花が使われていて、ガーデニングが趣味の幸村はそのアサガオを育てているのか、他にはどんな植物を育てているのか、聞いてみたいと言う気持ちでいっぱいだった。
動作が同じことが気になって、初めは正直戸惑いもしたけど、裏を返せば気が合うと言うことかもしれない。

本人に気付かれないように、幸村はそっとゆめみを見る。
すると、またタイミングを合わせたように、ゆめみと目が合ってしまった。
2人はまた照れたように笑って、小さく会釈する。
そんな謙虚な姿がとても可愛い、と思った。
『もしかしたらいい友達になれるかもしれない』そんな期待感が幸村の胸を高鳴らせた。

「よし、皆積極的でいいな、これで委員会も決定だ」

ゆめみと幸村がそわそわしている中、教室では委員会が穏やかに決まっていった。
立候補が被ってもそれとなく譲り合って、特に揉めることもなかった。

「少し時間は早いが、以上でオリエンテーションは終了だ、明日は新入生歓迎会、部活のしおりを事前に確認しておくこと」
「きりーつ、礼、ありがとうございました」
先生の言葉の後、いつの間にか学級委員長に決まっていた真冬の掛け声に合わせて、ゆめみと幸村は立ち上がってお辞儀をした。
2人は席に座る。

「ちょっといいかな?」
「うん」

先に話しかけたのは、幸村だった。
ゆめみも話しかけたい、と思っていたため、すぐに返事をした。
しかし、あまりにもすぐに返事をしたため、少し変な感じになってしまった。
幸村はそんなゆめみにフフ、と小さく笑う。
その表情は親愛に満ちており、ゆめみはなんだか安心した。

「幸村です、ゆめださん、でいいんだよね?」
「うん、隣の席だしよろしくね」

和やかに自己紹介をする2人。
幸村は一瞬何から話そうか迷った、さっき困惑させてしまったことを謝るべきか、雑談から入るべきか。
頭ではワンクッションあった方が話がスムーズに進むだろうとわかっていたが、はやる気持ちが抑えられなかった。
やはり、聞きたいことから話そう、と幸村は早々に切り出した。

「そのしおり、素敵だね、見せてくれないかい?」

幸村に急にそう言われたゆめみは、少し驚いて。「はい、どうぞ」と指さされたしおりをそっと幸村に手渡す。
綺麗なピンク色のアサガオの周りに、趣味良くつると葉っぱがコラージュされている。
状態もとても良く、丁寧に作られたものであることを幸村はすぐに理解した。

「すごく上手だね、自分で作ったのかい?」
「ありがとう、そうなの」
「アサガオ、いいよね、花言葉知ってる?」
「え?そういえば知らないかも」
「固い絆だよ」

幸村の言葉が、ゆめみの胸に染み入る。
このアサガオは、ゆめこにもらった花だった。
小学1年生の夏休みに、夏休みにも関わらず両親が忙しく寂しい想いをしていたゆめみに、ゆめこが送ってくれたのだ。
夏休みの宿題でアサガオの成長日記があり、その時に初めて自分で咲かせた花をゆめこがゆめみのために摘んでくれたのだった。
とても嬉しくて、枯らしてしまうのが悲しくて、押し花にして今も使っていた。
幸村の話を聞いて、ゆめみの心に深い感動が走る。
当時のゆめこが花言葉を理解していたかはわからないが、もらった時の嬉しかった気持ちやゆめこへの感謝の気持ちが込み上げて。
気付けば涙目になっていた。
教えてくれた幸村に「ありがとう」と伝えようと口を開いた。

「すまない」

ゆめみ自身はその涙が嬉しい感情から来るものだと知っていた。
しかし、幸村はそんなことは知りようが無い。自分の言葉で、女の子を泣かせてしまった、幸村の目にはそう映っていた。
困った顔をして謝る幸村に、ゆめみはなんて説明したらいいか分からず、沈黙してしまった。
話せば長くなる。初対面である幸村にどこから説明したらいいものか、でもこのままでは勘違いをさせてしまう。ゆめみはもう一度口を開いた。

「ゆめみ、どこか痛いのか?」

ゆめみが説明する前に、優しく肩を掴まれて、ゆめみの視界は心配顔の柳で埋め尽くされた。
柳のクラスのオリエンテーションが終わり、ゆめみの様子を見に来たのだった。

(あれ?)

ゆめみはそんな柳に少しの違和感を覚える。
いつもの柳ならば、ゆめみの感情を読み間違えたりはしない。
「違うの、あのね」とゆめみは説明しようとしたが、柳と一緒に入って来た男子生徒によって遮られた。

「幸村!ここにいたか!」
「真田、元気だな」
「無論!これから常勝立海の歴史を共に刻めるかと思うと嬉しくて身震いするわ!」

幸村と盛り上がる真田。
ゆめみは完全に弁解する機会を失ってしまった。

「ところで、そこの彼はもしかして」

幸村の問いに、真田は嬉々として「何度か大会で見たことがあるだろう?」と柳を指差す。

「柳蓮二だ、よろしく頼む」
「知っているよ、ダブルスの大会でよく優勝していたね」
「光栄だな、俺もよく知っている」
「怖いなぁ、データテニスが得意なんだっけ?とにかく共に戦える日を楽しみにしているよ」
「ああ!我ら3人揃えば立海優勝に死角なしだ!」

テニスの話で盛り上がる3人。
ゆめみは中に入れず、チラリとスマホを確認した。
ちょうど今ゆめこのオリエンテーションが終わったと連絡が入ったところだった。
ゆめみはそろりと荷物を鞄に詰めて、立ち上がろうとした。
それに気づいた柳がゆめみよりも早く鞄を持ち上げた。

「行こうかゆめみ」

不思議そうな顔をする真田に、柳が「幼馴染のゆめだゆめみだ」と紹介する。真田も自己紹介をし、ゆめみもつられて挨拶をする。

「ところでどうだろうか、幸村とこの後少し打って行こうという話をしていたのだが」

ゆめみの鞄を持って完全に帰るモードの柳に、真田は空気を読まずに誘いをかける。
柳は申し訳なさそうな顔をして「すまないが」と断りの言葉を言いかけた。最後まで言い終わる前に、ゆめみは柳から鞄を奪う。

「行って来なよ蓮二、私はゆめこがいるから大丈夫
じゃあテニス楽しんでね」

ゆめみはにこっと笑って、くるりとドアの方を向いて歩き出す。そんなゆめみを「では教室の外まで送ろう」と柳が付いて行った。
そんな仲睦まじい様子に真田は「幼馴染とは良いものだな!」と言った。しかし同意の言葉が得られず、真田は違和感を感じて、隣を見る。ムッとした表情の幸村がそこにはいた。

「幸村、何を怒っているのだ!?」
「怒る?俺がかい?なぜ俺が怒るの?」
「・・・すまん、気のせいだったな」

明らかに不機嫌な幸村に対し、真田はそれ以上何も言えずに口を噤んだ。
幸村も自分自身何にイラついているのかわからなかった。

「言いたいことがあるなら、直接言うべきだよ」

口からそんな言葉が漏れた。
幸村はその日何度もゆめみの涙を思い出しては、言いようのない感情に振り回されることになる。



(180319/小牧)
その感情は恋の種かな?


6(夢主1&夢主2共通のおはなし)
後半部分、夢主1と仁王の絡みがありますが、ご一読いただけますと設定把握にもなるかと思います。別にいいや、な方は適宜スクロールで。



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