006
(蓮二とチームメイトだね/仁王)
「あ、そだ。ちょっとうち寄ってかない?」
入学式の帰り。
江ノ電に乗り込んだゆめこは思い出したように言った。
先日ロンドンに行った父親に、ゆめみにもお土産を渡すよう頼まれていたことを思い出したのだ。
"ロンドン" というワードに「またお仕事?かっこいいね」と目を輝かせるゆめみを見て、あれは仕事なのか?と疑問に思ったゆめこだったが、とりあえずこくんと頷いておいた。
小説や映画でもファンタジー物が好きなゆめみはゆめこの父の小説も好んで読んでいるようだったし、ここはイメージを崩さないようにしてやるか。という娘ながらの気遣いである。
「ロンドン素敵だなぁ」と無邪気に笑うゆめみに微笑み返すと、
「ゆめみちゃんにもお土産渡して!ってうるさくてさ」
と、ゆめこは先日の父親の様子を思い返しながら言った。
彼にとったらゆめみももう一人の娘のようにかわいい存在なのだ。
ちなみに柳の分のお土産もちゃんとある。
小三の頃、柳が引っ越してきたばかりの頃は突然現れた異性の友人の存在に半狂乱していたゆめこの父親だったが、ゆめこが柳を自宅に招いた際に「ゆめの先生の本はいつも読んでいます」と当時から読書好きだった柳に言われ「なんだあいつなかなか良い奴じゃないか」とすぐに手のひらを返したのである。
ゆめこの単純な性格はもしかしたら父親譲りなのかもしれない。
それ以来、ゆめこの父はゆめみだけではなく柳にもお土産を買ってくるようになった。
しかし、ゆめみの話によると柳は今日出会った友人たちと意気投合しテニスをしに行ってしまったらしい。
仕方がない。お土産はゆめみから渡してもらうことにしよう。と思いゆめこがお願いすると、ゆめみは二つ返事で引き受けた。
ゆめみから受け取った方が蓮二も喜ぶだろし、我ながらナイスアシストだな。とゆめこは思った。
それから電車に揺られること数駅。
二人は最寄りの駅で下車すると、ゆめこの家に向かって歩き出した。
その道すがら、ゆめこは
「そういえば部活どこ入る?」
とゆめみに尋ねた。
ゆめみはその質問に少々違和感を覚えた。
めんどくさがり屋である幼馴染が「部活入る?」ではなく、まるでどこかに入部することが前提のような口振りで聞いてきたからだ。
ゆめこのことだからてっきり帰宅部一択かと思っていたゆめみは、
「どこかに入るつもりなの?」
と逆に聞き返した。
その質問にゆめこは目を丸くして「入らなきゃいけないんじゃないの?」と口にした。
どうやら彼女たちが通っていた神奈川第二小学校では全員が何かしらのクラブに所属することが義務付けられていたので、てっきり中学校でもそうだと思っていたらしい。
ゆめみに帰宅部という選択肢もあるということを教えてもらったゆめこは
「なにそれ神じゃん」
と真顔で言った。
HRで担任が説明していたが、ゆめこはまったく聞いていなかったのだ。
「帰宅部帰宅部、ぜったい帰宅部」
まるで覚えたての言葉のように繰り返すゆめこに、ゆめみは「言うと思った」と苦笑した。
「ゆめみは?」
「私も帰宅部がいいなぁ。ゆめこと遊びたいし」
「ゆめみっ!」
嬉しい言葉に、ゆめこはたまらずゆめみに抱きつく。
ゆめみはそれを嬉しそうに抱きしめ返した。
しかし、すぐにゆめみは思い出したように「でも、お料理はいいの?」と聞いた。
二人は小学生の頃は料理クラブに所属していた。
そのため、もしゆめこの中に帰宅部以外の選択肢があるとしたら調理部だろうと踏んでいたのだ。
しかしゆめこは首をふるふると横に振ると、
「ほら、私ってばもうすでに天才シェフだからさ、必要ないの」
とキメ顔をしてみせた。
某料理男子タレントの真似をして、高い位置から塩を振る素振りをしてふざけるゆめこに、ゆめみはプッと小さく噴き出す。
「もこ◯ちだ」と笑う彼女に、ゆめこは「そしてここでオリーブオイルをたっぷりかけます」と言ってさらにふざけた。
そんな彼女ははっきり言って天才シェフと言うには程遠いのだが、「学校で美味しいご飯やお菓子が食べれるなんてラッキーじゃん」くらいの気持ちで料理クラブに入った割には、卒業する頃にはゆめこもゆめみもそれなりの腕前になっていたことは確かだ。
本来ならば中学校でも続けた方がより上達するのだろうが、ゆめこにそこまでの情熱はなかった。
ひとしきりゆめみを笑わせて満足したのか、ゆめこは「ま、帰宅部最高だよね」と結論付けるのだった。
そうこう話しているうちにあっという間にゆめこの家が見えてきた。
その時、隣の家から見知った人物が出てきてゆめこは「あ」と声を漏らした。
「仁王くん」
ゆめこがそう呼ぶと、彼はちらりとゆめこを見た。
新入生だけでも891人と人数が多いので仕方がないが、学校では一度もゆめこを見かけなかったので、初めて見るゆめこの制服姿に仁王は本当に同じ学校なんだな、と改めて思い、まじまじと彼女の全身を見た。
しかしすぐに「打ちに行くの?」とゆめこに聞かれ、仁王ははたとして視線を逸らすと「まぁな」と短く返事をした。
ラケットバックを持って出てきたので、ゆめこは仁王がテニスをしに行こうとしていることに気が付いたのだ。
明日から部活の受付も始まるしはりきってるのかな?
と、同じく今頃テニスをしているであろう幼馴染と仁王の姿を重ねていると、
「この前はお土産ありがとさん。クッキー美味かったぜよ」
と声を掛けられ、ゆめこは目を丸くした。
自分で渡しておいてなんだが、初めて会った時にそこまで甘いものが好きな訳ではないと言っていたので「仁王くんはクッキー食べないだろうな」と勝手に思っていたゆめこは彼のその感想が意外だった。
でもお礼を言われたことが嬉しかったのか、ゆめこは「良かった。パパにも伝えておくね」と返事した。
仁王が背を向けて歩き出したことを確認して、ゆめみはこそこそとゆめこに話しかける。
「誰?」
「仁王くん。この前お隣に引っ越してきたの」
「へぇ。テニスやってるんだ?」
「そうみたいだよ。彼も立海でテニス部に入るんだって」
とゆめこが言うと、ゆめみは「じゃあ蓮二とチームメイトだね」と笑った。
それからお土産を渡すためゆめみを家の中へと招き入れると、
「ちょっと待ってて、今お土産とってくる」
と言ってゆめこは部屋の中へと姿を消した。
しかし、少しして紙袋を持って現れた彼女はなんとも言えない顔をしていた。
ゆめみ用にとクッキーと紅茶の箱を入れて用意しておいた紙袋の中に、いつの間にかゆめことお揃いの超絶ダサい "I LOVE LONDON" Tシャツも一緒に入っていたのだ。十中八九、父親の仕業である。
よほど抜き取ってやろうか悩んだゆめこだったが、今度父親とゆめみが鉢合わせた時に話が噛み合わなくなるとまずいのでそれは出来なかった。
「どうしたの?ゆめこ」
あきらかに様子のおかしい親友にゆめみが声を掛けると、ゆめこはゆっくりと紙袋からTシャツを取り出し
「これいらないよね?」と決めつけたように問いかけた。
普通にいらない。私だったらいらない。
と心の中で付け足しつつ、渡さない訳にはいかないので「まさかの私とお揃いなんだけどさ、まぁいらなかったら雑巾にでもしてよ」と言って紙袋ごとゆめみに渡した。
さぞかし微妙な顔をしていることだろうとゆめこはゆめみの顔色を盗み見たが、ゆめことお揃いだと聞かされたゆめみは
「ゆめことお揃い嬉しい!」
とまっすぐな瞳で言った。
父親のお土産に対してあんな最低なことを言ってしまった自分はなんて心が荒んでいるんだ。
と、その眩しい笑顔を見たゆめこは「ゆめみ!なんて純粋な子!」と感動のあまりゆめみの両肩に手をおいて涙ぐんだ。
後日、そのTシャツを着ているゆめみを見た柳が珍しく目を見開いたのはまた別のお話。
(180322/由氣)
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