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(もうそんな時期だねぇ/丸井)

早いもので、2月に入った。
新学期が始まって1ヶ月が経ったとある日の昼休み。

わざわざL組までやってきた珍しい人物に、柳は読んでいた本をそっと伏せた。
いつになく堅い表情で柳の前に立ったのは、丸井だった。

「珍しいな」

柳が思ったことをそのまま口に出すと、丸井は気まずそうに視線をさ迷わせる。
そして、誰も自分達の話に耳を傾けていないことを確認しながら静かに口を開いた。

「ちょっと柳に聞きたいことがあんだけど」
「ゆめこのことか?」
「えっ!なんでそれを?!」
「大体察しがつく」

言い当てられた丸井は、俺誰にも言ってねぇのに!と一人慌てている。
「さすがデータマンだな」と感心する丸井だったが、別に柳が特別という訳ではない。
丸井が分かりやすいのだ。
本人にその自覚が無いようなので、柳は教えてあげようかと一瞬悩んだが、話が進まなくなりそうなので今日のところはやめておいた。

「まぁ、バレてんなら話が早いな」と、丸井は柳の前の席の椅子を引いてそこに腰を下ろした。
持ち主は食堂にでも行っているのか不在のようだ。
丸井はくるりと体ごと柳の方を向く。

「今ゆめこに告白したら、成功率は何パーセントくらいだ?」

すっかり彼のトレードマークとなりつつあるグリーンアップルのガムを膨らませながら、けれども至って真剣な瞳で、彼はそう尋ねた。
柳は少し沈黙する。
頭で計算した答えを言おうと口を開いたところで、「あ!ちょっと待って」と丸井に止められた。

「どうした」
「あのさ、別に気ぃ遣わなくていいからな」
「と言うと?」
「俺、どんな結果でも受け止めるから」

そう言って、丸井はパシンと両手で自分の頬を叩いた。
どうやら彼なりに覚悟は決めているらしい。

あれは年が明けてすぐのこと。
毛利達の会話を聞いてしまった丸井は、あの日からずっと悶々としていた。
自分以外にもゆめこを好きな奴がいる。
こんなにも真正面から誰かと恋敵になるのは、彼にとってこれが生まれて初めての経験だった。

ゆめことの良好な関係も崩したくないし、それまで告白なんて意識していなかった。
けれど、ライバルの出現により丸井の心には焦りが生じた。
誰にも取られたくない。そんな焦りが。

丸井の瞳から彼の覚悟を感じ取ったのか、柳は「わかった」とだけ返事をした。
元より嘘を吐く気など更々なかったが、なんて思いながら

「8.51%だ」

と短く告げた。
その瞬間、丸井は「えっ」と声を漏らし、そのまま言葉を失った。
やはり配慮すべきだったか?そんなことを考えながら「すまない、真実を伝えるべきかと思ってな」と言うと、それまで呆然としていた丸井がふるふると大きく首を横に振った。

「そんなに高いのか?」
「え」

予想外の質問に、柳は珍しく間抜けな声を出した。
高い?それは確かに自分とゆめみの成就率に比べたら希望のある数字だが、一般的に考えたら少々残酷な結果だ。
特に丸井のようなタイプはショックを受けると思っていたが、と柳はちらりと丸井を見る。
彼は「そっか、そうなのか」と何やら嬉しそうに独り言を繰り返していた。

丸井としては、正直もっと低い数字を予想していたのだ。
さすがに0%はないにしても、限りなくそこに近い絶望的な数字を。

丸井には、ゆめこに全く意識されていないという自覚があった。
他の子は少し優しくしたり笑いかけたりすると、すぐに意識してもらえるのに、ゆめこにはその手応えを全く感じなかった。
笑顔こそ返してくれるものの、それはゆめみや柳、もっと言えばジャッカルに対するそれと何ら大差無いのだ。

だから8.51%という数字は丸井にとっては十分満足できる数字であった。
そうなってくると何故柳がこの数字を叩き出したのかが気になってくる。
すると丸井の考えていることが分かったのか、

「あいつは流されやすいからな」

と柳はフッと笑って言った。

「流されやすい?」
「あぁ。ああ見えて押しに弱い所がある。大方、冬休みに毛利先輩と出かけたのも、向こうから誘われたからだろう」

冷静な柳の分析に、丸井はふむふむと相槌を打つ。
もはやメモを取りたい勢いだが、あいにく彼は手ぶらだった。

「今までゆめこが恋愛に興味を示したのを見たことが無い」

人の恋愛には人一倍首を突っ込むが、と柳は心の中で付け足しながらそう言う。

「よって、まずは意識させることだ。ゆめこは鈍い上に少々のんびりしているからな、案外ストレートにぶつかっていけばそれなりに見込みはあると思い、先程の数字を出した」

柳の説明に、丸井は「そっかぁ〜」と納得したような声を出してそのまま机に項垂れた。
つまりあれか。押せば押すほどその確率も上がるってことか?
しかしそれは、裏を返せば俺じゃなくてもそうなるってことだ。
ストレートにぶつかっていけば誰でもチャンスがあるなら、ここで引くわけにはいかない。

そう思った丸井は、ダンっと机を叩き勢いよく立ち上がった。

「さんきゅー!柳」

そう言って去って行った丸井の顔は、来た時よりも随分すっきりしていた。
丸井が去った後、柳は何事も無かったかのように再び本を開く。
その表情は心なしか柔らかい。
少しは丸井のがむしゃらさを取り入れてもいいのかもしれない、と柳は思った。
そして彼は「しかしモテるな」といつも能天気にへらへら笑っている幼馴染の顔を思い浮かべるだった。



その日の放課後。
ゆめこが帰り支度をしていると丸井が教室に入ってきた。
しかしそれは決して珍しいことではない。
HRはA組の方が早く終わる傾向にあるので、いつも丸井がジャッカルを迎えに来ているのだ。
そうして二人は仲良く部活へと向かうのだが、今日は違った。

丸井はゆめこの姿を見つけると、真っ先に彼女の元へやって来た。
何か自分に用があるのだと思い、ゆめこは「ブン太くんだ」とへらりと笑った後、

「どうしたの?」

と尋ねた。
既に支度が済んでいたのか、ゆめこの斜め前の席のジャッカルもそんな丸井に気付き、横目で様子を窺っている。

「あのさ!」
「うん」
「今年のバレンタインデーなんだけど」
「バレンタイン?」

全く予想していなかった話題に、ゆめこはこてんと首を傾げる。
そして今が二月ということに気付いたのか、「そういえばもうすぐそんな時期だねぇ」としみじみ言った。

「誰かに渡す予定ある?」
「ん〜、そうだなぁ。毎年ゆめみと蓮二にはあげてるから、今年もあげると思うよ」

とゆめこが言うと、丸井は少しホッとしたような顔をした。
しかし本題はここからである。

「俺もゆめこのチョコが欲しいんだけど」

丸井は意を決してそう言った。
柳のアドバイスを受けた丸井は、もっと分かりやすくゆめこにアプローチしようと考え、そこでもうすぐバレンタインデーだということに気付いたのだ。
このチャンスは一年に一度しかない。
「チョコが欲しい」なんて言われたら少しは意識してくれるだろう。そう考えたのだ。

聞き耳を立てていたジャッカルと、それからゆめこの前の席にいたももはそんな丸井の発言に驚いて振り返った。
ゆめこはきょとんと目を丸くしている。
こんな風に面と向かってお願いされたのは初めてだったからだ。

しかしすぐに、ブン太くん甘い物好きだもんな〜、とゆめこは心の中で自己完結した。
まさか丸井から好意を抱かれているとは、彼女はこれっぽっちも気付いていなかった。
もちろん友達として好かれている自信はあったが、何しろ丸井はモテる。
いつも女の子に囲まれていて余裕があるという先入観が、「もしかしてブン太くんって私のこと好きなんじゃ・・・?(ドキドキ)」なんていう、ときめきラブコメディみたいな展開を阻んでいた。

ゆめこはにこりと笑うと、

「うん、いいよ〜」

と返事をした。

「えっ、ほんとに?」
「うん。どんなのがいい?トリュフ?フォンダンショコラ?ブラウニー?」
「何でも嬉しい!」
「あはは、じゃあはりきって作るね」

あっさり了承したゆめこに、丸井は心の中でガッツポーズを決めた。
しかし一部始終を見ていたジャッカルとももは、あいつ絶対分かってないよな。と顔を見合わせると、二人揃って呆れた視線をゆめこに送った。





(180423/由氣)→61

ほんとに分かってないんだなぁ、これが。




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