061
(いいけど、いいの?/毛利・仁王・丸井)

2月14日、バレンタイン当日。

今日は朝から学校中のみんなが浮き立っているような、そんな雰囲気だった。
チョコを期待している男子達に、渡すタイミングを窺いそわそわと落ち着かない様子の女子達。
中には友チョコを交換して、女の子同士で盛り上がっている者もいる。

そんな中、ゆめこもまた、学校にチョコを持ってきている内の一人だった。

昨日ゆめみと作ったトリュフチョコレートとブラウニーを、数個ずつ小分けにラッピングしたものをいくつか鞄に入れてきた。
"いくつか" というのは、いつも仲良くしているテニス部のメンバー全員に渡すつもりでいたからだ。
しかし朝からせっせと渡した甲斐もあり、その箱も順調に減ってきている。

あれは去年の秋だったか、洋菓子を差し入れした時はみんなが揃っている部活の時間帯を狙ったが、今日はあいにく放課後に用事があるので、ゆめこはそれまでに配り終えようと必死になっていた。

まず登校中に、柳、幸村、真田、柳生の分をゆめみに託した。
この四人はゆめみと同じクラスだったり、隣のクラスだったりするので、彼女にお願いした方が効率が良かったのだ。
次に自分の教室に着くと、朝のHRが始まる前にジャッカルとももに渡した。

そうして、朝8時半を迎える頃には丸井と仁王の分のみが残っていて、ゆめこは「うん。なかなかいいペースだわ」と一人納得していた。

1限目と2限目の間は移動教室があり余裕が無かったので、ゆめこは2限目が終わった瞬間、箱を二つ持って教室を出た。
2限目の後はちょうど中休みが入るので動き回るには絶好のチャンスなのだ。

まずはすぐ隣のA組の教室を覗いてみる。
しかし、そこで目立つ赤髪を見つけた瞬間、ゆめこはびっくりして「え!」と大きな声を出してしまった。

丸井が女の子の集団に囲まれていたのだ。
彼の手元にはわんさかチョコがある。正確に言えばラッピングされた箱や袋の数々なのだが、今日はバレンタインデーだ。言わずもがな中身はチョコレートだろう。

「まじか〜」

自分が割って入るような隙は無さそうで、ゆめこはがっくりと肩を落とす。
まぁ、ジャッカルくんにでもお願いすればいっか。
と、帰ろうとしたところで、ゆめこの目にるっちゃんの姿が映り込んだ。
同じクラスの彼女なら、渡すタイミングがあるかもしれない。
そう思ったゆめこは、自席で数人の友達と談笑しているるっちゃんに近付いた。

「るっちゃん、おはよ」
「わー!ゆめこちゃんだ。おはよ!どうしたの?」
「あのさ、るっちゃんにお願いがあって。これブン太くんに渡しておいてくれないかな?」

そう言ってゆめこは持っていた箱を一つ、るっちゃんの前に差し出した。
彼女はぱちぱちと瞬きをした後、

「いいけど・・・いいの?」

と心配そうに眉を曇らせた。
意味が分からずゆめこは首を傾げる。
しかし時間も無いので、ゆめこは女の子達に囲まれている丸井を指差すと「さすがにあの中に入る勇気無いわ〜」と言ってけらけらと笑った。
ゆめこの指を辿り、るっちゃんも納得したような表情になる。

「隙を見て渡しといてもらえると助かる!」
「うん、分かったよ。必ず渡すね」

丸井の気持ちを知っているるっちゃんは、使命感にも似た気持ちで力強く頷いた。
頼もしいな、なんて思いつつ、ゆめこは彼女にお礼を言うと次はI組に向かって歩き出した。
I組は仁王のクラスだ。
彼の場合帰宅後でも十分渡すチャンスはあるのだが、3限目まではまだ余裕がありそうだったので向かうことにした。

同じフロアだと言うのに、B組とはほぼ端と端なのでなかなか訪れることもない。
少しそわそわしながらI組を覗くと、廊下側の後ろから二番目の席に仁王の姿を見つけた。

自席に座って、何をするのでもなくぽーっとしている仁王に、ゆめこは後ろから近付く。

「仁王くん」

と声を掛けると、彼は「ん」と気だるそうに振り返った後、ゆめこの顔を見て驚いた顔をした。

「珍しいのう」

家が隣同士ということもあり、ゆめこがわざわざ学校で訪ねて来くることは今まで無かったので、仁王は目を丸くしてゆめこを見た。
そんな彼の表情に、ゆめこは満足したようににやにやと口の端を吊り上げる。
全くその気は無かったが、なんだかドッキリが成功したような、そんな気分になったのだ。

これでチョコを渡したらもっと驚いてくれるだろうか。
そう思ってわくわくした気持ちでチョコを差し出そうとした時。
ゆめこは仁王の机の脇に紙袋が二つ置いてあることに気が付いた。
みんなから貰ったものをまとめてあるのか、中にはラッピングされた箱や袋がぎっしり入っている。
え?うそ、まじで?と言わんばかりに、ゆめこはその紙袋を二度見する。

もしかして。いや、もしかしなくてもチョコレート?

と、ゆめこは氷を胸に当てられたように、自分の心臓がひやりとするのを感じた。
丸井の時はそれがチョコだということがすぐに飲み込めたが、今回は理解するのに時間が掛かった。
ゆめこは仁王がモテるということを知らなかったのだ。

ちょっとショックだな、なんて思いながらゆめこは持っていた箱を咄嗟に隠す。そうして隠してしまった後で、

ん?ショックってなんだ?

と思い直し、自問自答した。
別に彼がモテようが自分には関係の無いことじゃないか。それとも、今まで対等だと思っていた友人が思いのほか人気者で、先を越された気分になったのか。

多分そうだな。これはただの僻みだ。
と、ゆめこが自分に言い聞かせていると、仁王は目ざとく彼女が何かを後ろ手に隠していることに気が付いた。

「なに持っとるん?」
「あー、いや。あの・・・」

珍しく歯切れの悪い返事をするゆめこ。
咄嗟にごまかそうと頭を働かせるも、わざわざ訪ねて来ておいて "何でもない" は通用しないだろう。

そう思ったゆめこは、ふぅと小さく息を吐くと「えっと、これ」と言って、観念したように仁王にチョコを差し出した。
目の前にある箱をまじまじと見つめている仁王に、ゆめこは居心地の悪さを感じる。
そして、

「あ、でも荷物増やしちゃうよね」

と言うと、困ったように眉尻を下げて笑った。
そのままチョコを持っていた手を引っ込めようとしたところで、仁王にがしりと手首を掴まれる。
驚いて顔を上げると、彼はじっと無表情でゆめこを見つめていた。

「いる」
「え」
「それ、寄越しんしゃい」

と言われ、ゆめこは半ば無意識の内にこくりと首を縦に振った。
仁王は「ありがとさん」と言うと、ゆめこの手からチョコを奪った。
何のリアクションも無くぽかんとしているゆめこ。
そんな彼女を見た仁王は、内心「あー、これじゃ伝わらんか」と一人葛藤していた。

いつもなら相手を巧みに言いくるめることが出来る程口八丁な彼であったが、ゆめこを前にするとどうもうまく話せなくなるのだ。
そうして素直になれなくて、いつももどかしい思いをしてきた仁王は、

「嬉しいぜよ」

と思いきってゆめこに声を掛けてみた。
ダメ押しのつもりで言ってみたが、仁王の気持ちが聞けたゆめこはみるみる内にその表情を明るくしていった。
「えへへ」と少し照れ臭そうに笑った彼女を見て、仁王は一人ほっと胸を撫で下ろす。

と、その時。ちょうど予鈴が鳴って、二人は同時にはっと我に返ったように顔を見合わせた。
「じゃあ、またね」と言って去って行くゆめこを、仁王は目で追いかけた。



時は過ぎ、昼休み。
早めに昼食を食べ終えたゆめこは、空になった弁当箱をランチクロスに包みながら一人考え事をしていた。

目の前ではまだももがお弁当を食べている最中だ。
彼女は人一倍食べるのが遅いのだが、もう10ヶ月近くお昼を共にしているゆめこにはそれももう見慣れた光景であった。

そうして気もそぞろな様子でゆめこはももと会話を続けていたが、包み終わったお弁当箱をしまうタイミングで、彼女は鞄の中を見つめたまま「うーん」と小さく声を漏らした。
実はゆめこの鞄にはもう一箱、渡していないチョコが入っていたのだ。
正直、渡すかどうか悩んでいる。

箱をじっと見つめながら静止しているゆめこの頭には、毛利の姿が浮かんでいた。
このチョコは紛れもなく、彼のために用意したものだった。

年が明けてすぐ毛利と二人で出掛けたことがあったが、その時彼にいろいろと奢ってもらったゆめこは、そのお返しも兼ねてチョコを渡そうと思っていた。

しかし、あの日以来毛利には会っていないし、それどころかメッセージの一つもやり取りしていない。
チョコをあげる程親しいかと問われれば、そこは少々疑問で、チョコをあげたことでかえって気を遣わせてしまうのでは?なんて複雑に考え過ぎてしまい、ゆめこはこの時間になるまで渡せずにいた。

そうして少しの間悶々と考えていたゆめこだったが、
せっかく持ってきたのに渡さないのももったいないよね?なんて結論に至り、意を決して立ち上がった。

「あれ?ゆめこちゃんどこか行くの?」
「うん、ちょっとね」

不思議そうに自分を見上げるももにそう返事をすると、ゆめこはチョコを持って教室を出て行った。
階段をのぼり、二年生のフロアへ向かう。
二号館の1・2階は一年生の、3・4階は二年生のフロアになっているのだ。

ゆめこはまっすぐ2年B組の教室へと足を進める。
以前毛利と会話をする中でクラスの話題になったことがあり、その時「同じB組同士ですね」なんて話したことがあったので、ゆめこはそれを覚えていたのだ。

そうして2年B組の教室の前までやってくると、ゆめこは緊張した面持ちで中を覗き込んだ。
先輩の教室にやって来るのはこれが初めてで、上級生達はみな自分より大人びて見えた。
ゆめこは完全に委縮してしまっているようだったが、周りは誰も彼女が一年生だということに気付いていない。

マンモス校のため、同じ学年の人でさえ把握しきれないような環境なので、一人くらい下級生が紛れたところで何ら違和感は無いのだ。

教室を覗くと、奥の方の席に毛利の姿を見つけた。
机に突っ伏して昼寝をしているのか顔は見えなかったが、赤茶色のふわふわしたくせ毛を見て、ゆめこはすぐに彼だと分かった。
大きな図体で小さく背中を丸めている毛利の姿に、ゆめこは少しだけ緊張が和らいで、「ふふっ」と小さく笑ってしまった。

するとその時。

「こんなとこで何してんの?」

と声を掛けられ、ゆめこはバッと振り返った。
一人の男子生徒が自分を見下ろしている。
どこかで見たことがある顔だなぁ、と記憶を辿ったところで、以前「毛利を連れてきて欲しい」と頼んできた先輩だということに気が付いた。
彼は須東と言う名前なのだが、ゆめこは彼の名前までは知らなかった。
毛利先輩と同じクラスなのかな?
とゆめこは須東を見上げる。

「何してんの?」と聞いてきた彼に、ゆめこは少し話すのを躊躇っていたが、他に頼めるような人もおらず、

「あの、毛利先輩呼んでもらってもいいでしょうか?」

とおずおずとした態度でお願いした。
そんなゆめこに、須東は目に見えてにやりと口角を上げる。
そして、次の瞬間。

「おーい、毛利!彼女来てんぞ!」

と教室に向かって大声で言った。
毛利の気持ちを知った上で、彼はあえてからかうつもりで言ったのだが、その瞬間、全員の目がゆめこに集中して、彼女は心の中で「ひぃぃ!」と悲鳴を上げた。

毛利は「彼女〜?」と寝ぼけ眼のまま顔を上げたが、須東の後ろで怯えたようにこちらを見ているゆめこの姿を見つけるなり、ガタタッと勢いよく立ち上がった。

目を見開き慌てて出てきた毛利の肩をポンと叩き、須東は教室の中に入っていく。

「驚いたわ〜、どないしてん?」
「えーっと、ですね・・・」

いまだ周囲の人達の好奇の視線が自分に注がれており、ゆめこはちらちらと辺りを気にする。
するとそんなゆめこに気付いたのか、毛利は「向こう行こかや」と言って彼女を廊下まで連れ出した。

そうしてようやく毛利と向き合ったところで、ゆめこは後ろ手に隠していたチョコの箱を差し出した。

「あの、その〜、先月はいろいろとお世話になりましたので、そのお礼というかなんというか」

目を伏せたまましどろもどろで説明するゆめこに、毛利は今日がバレンタインデーということを思い出した。

「わざわざ用意してくれたん?」

と、毛利は嬉しそうに目を輝かせる。
しかしゆめこは "わざわざ" という言葉が強調されいているような気がして、「み、みんなにも配ってるので!」と慌てて補足した。
その途端、

「ふーん、俺だけやないんね」

と彼は目に見えて残念そうな顔をした。
まるで耳を垂れた犬のようにしゅんとしてしまった毛利に、ゆめこはあわわと狼狽える。

そんな顔しないでください。
と喉まで出かかったが、彼をそうさせてしまったのは紛れもなく自分である。
ゆめこはぐるぐると頭をフル回転させ、

「でも、毛利先輩のはちょっとだけ特別です」

とフォローの言葉を掛けた。
自分の誕生日にも関わらず良くしてくれた毛利には、みんなより少しだけチョコを多めに入れていたのだ。
少しでも伝わればいいと思い咄嗟に放った一言だったが、毛利には思っている以上に効果的だったらしい。

「ゆめこちゃん、あかんわそれ。期待してまうやん」

と毛利は困ったように頭を抱えた。
しかしゆめこは、期待?期待ってなんだ?と首を傾げると、

「一応味見はしたので大丈夫だと思います」

と言った。
彼女は毛利の期待とやらが、自分の作ったチョコの味に対するものだと思ったのだ。
ゆめこのズレた解釈に、毛利は思わず沈黙する。
しかしすぐににこりと笑うと、

「楽しみやわ」

と言ってゆめこの頭をぽんぽんと撫でた。
その手つきがむずむずとしてしまう程優しくて、ゆめこは自分の顔にかぁっと熱が集中していくのが分かった。

「じゃあ私はこれで」

と言うと、ゆめこは逃げるようにその場から立ち去っていった。
そんな彼女の背中を見送り、毛利は教室の中に戻る。
そうして自席に座って、にやにやしながらチョコの包みを見ていると、

「お、脈ありじゃねーか」

と須東に声を掛けられた。

「可愛すぎてやばいわ、ほんま」
「ちっ、惚気かよ!」

締まりのない顔でそんなことを言う毛利に、須東はすかさずツッコんだ。



一方。
ゆめこが火照った顔を手で扇ぎながら、自分の教室へ続く廊下を歩いていると、

「ゆめこ!」

と後ろから名前を呼ばれ、彼女は立ち止まって振り返った。
そこには丸井が肩で息をしながら立っていて、彼は「探したぜ!」と言いながら駆け寄ってきた。
息切れしている丸井に、

「ブン太くん、どしたの?」

とゆめこはきょとんとした面持ちになる。
こんなに必死に自分を探していたなんて、何か急用でもあったのだろうか。
そう思いながら返事を待っていると、丸井は呼吸を整えた後「チョコ、受け取った」と言った。

「さんきゅーな!」
「わざわざそれを言いに来てくれたの?ありがとう」

なんて律儀な性格なんだ。とゆめこは少し驚いて丸井を見る。

「直接渡したかったんだけど、ブン太くん囲まれちゃってたからさぁ」

と、るっちゃん伝に渡した経緯を話すと、彼は「ごめん」と小さく謝罪の言葉を口にした。
責めてるつもりは全くなかったので、ゆめこは慌てて、

「私の方こそごめんね!仁王くんに渡しに行かなきゃと思ってて急いでたから」

と言った。
その瞬間、丸井は「え」と声を漏らす。

「仁王にも渡したのか?」
「うん、あとはジャッカルくんと蓮二達にも渡したよ」

にこにこと笑顔のままそんな事を言うゆめこに、丸井は「そっか」と肩を落とす。
るっちゃんから「ゆめこちゃんからチョコ預かってるよ」と言われて渡された時はあんなに嬉しかったのに。
チョコをもらったのが自分だけじゃないと知って、丸井はショックを受けた。

二月に入ってすぐの頃。
勇気を振り絞って「チョコが欲しい」とお願いしたのに、彼女には全く響いていなかったようだ。
これにはさすがに心が折れそうになる。

「丸井くん?」
「あ、いや、なんでもねー」

急に無言になった丸井を不思議に思いゆめこが声を掛けると、丸井はへらりと笑って首を横に振った。
そしてそのまま踵を返して走り去って行ってしまった。

何だったんだろう?と思いながら教室に戻るゆめこに対し、背を向けた丸井は悔しそうに唇を噛み締めていた。





(180429/由氣)→65

ブロークンハート丸井。←
つきさんのバレキスのせいですっかり毛利さんが私の中でモテない設定になってしまっている。(すまん!)




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hangloose