065
(仁王くんのうそつき/毛利・仁王)

早いもので、あれから一ヶ月が経った。
3月14日。世はホワイトデーだ。

バレンタインデーの日に仲良しメンバーにチョコを配ったゆめこは、それなりにお返しも多く、手元に集まったお菓子の数々に朝からご機嫌であった。

「お返しって個性出るよね」

昼休み。
お弁当を食べ終えたゆめこは、鞄の中を覗きながらそんなことを言った。
話しかけられたももは「たしかにねぇ」と、相槌を打つ。
ゆめこの鞄の中には、柳、真田、幸村、柳生、ジャッカル、丸井のお返しが入っており、中身も大きさもラッピングもばらばらで、それぞれの人柄が出ているような感じがした。

中でも丸井のお返しは手作りのマフィンで、お菓子作りを得意とする彼らしい一品だな、とゆめこは思った。
しかも味も一級品だった。
いろんな味のマフィンが数個入っていたので、ゆめこは早速食後に一つ食していたのだ。

「でもさ、ブン太くんも大変だよね」
「なにが?」
「こんな手の込んだもの、みんなに返してるなんて」

丸井からもらった袋を手に取りながら、ゆめこはしみじみとそう言う。
実はゆめこ以外の女の子には、シンプルなクッキーを小分けにしたものを渡していた丸井だったが、彼女はそのことを知らない。
バレンタインデーに撃沈した丸井は、なんとかゆめこの心を動かそうと必死になっている最中なのだ。
時間が掛かってもいい。
意識してもらえるまで、アプローチを続けよう。
と、丸井は密かに決意していた。

そんな彼の心情など露知らず、ゆめこは「一体何個作ったんだろうね〜」とのんきに笑っている。
話を聞きながら、ゆめこちゃんだけ特別なんじゃないかなぁ?なんてももは思っていたが、丸井本人から聞いた訳でもないので、彼女は何も言えず曖昧な笑みを返した。

「ゆめこちゃん」

そんな中、クラスメイトの女の子に肩を叩かれ、ゆめこは顔を上げた。

「お客さん来てるよ」
「お客さん?」
「うん、なんか先輩っぽい人」

と言って彼女が指差した方向に目を向けると、そこには毛利がにこにこと笑みを浮かべて立っていた。
教室の入り口で、片腕を戸枠に預けながらこちらを見ている。

「お知り合い?」
「うん、テニス部の人なんだ」

物珍しそうに聞いてきたももにそう返事をすると、ゆめこは「ちょっと行ってくるね」と言って毛利の元へ向かった。
彼が訪ねて来た理由に、大体の察しはついていた。

「毛利先輩、こんにちは」
「よー、ゆめこちゃん。今日何の日か知っちょる?」
「ホワイトデーです」

やや食い気味で答えるゆめこに、毛利はあははと声を出して笑う。

一ヶ月前のバレンタインデーの日。
その日の内にチョコの感想と「ホワイトデー期待しててや」なんてメッセージをもらっていたゆめこは、「お返しとか気にしないでくださいね」と彼に伝えていた。
しかしこうしてわざわざ訪ねて来たということは、何か用意してくれたのだろう。
そう思ってゆめこは毛利を見ていたが、ふと、あれ?毛利先輩手ぶらじゃない?と気が付いて、彼女は首を傾げた。
毛利がここに来た理由が一瞬にして分からなくなる。

親指でくいくいと廊下を指しながら、

「ちょい付き合うてくれへん?」

なんて言う毛利に、ゆめこはこくりと頷いた。
くるりと背を向け歩き出した彼の後を、ゆめこは黙ってついていく。
背の高い毛利は一年生の廊下では目立っていて、すれ違う生徒達の目を引いていた。

それを見たゆめこは、一緒に歩いているのが自分だということを示したかったのか、慌てて彼の隣に並んだ。
理由は分からない。ただそうしたかったのだ。
毛利は自分の隣に並んだゆめこをちらりと見て頬を緩めた。

そうして二人は一号館と二号館の間にある花壇にやって来た。
屋上庭園ほどではないがここにも多くの花が植えてあり、人が休めるようベンチが設置されている。学校内の人気スポットの一つだ。
現に昼休み中である今、既にいくつかのベンチには先客がいて、昼食を摂ったり談笑したりとみな各々の時間を過ごしていた。

空いてるベンチに二人並んで腰を掛ける。
そうして落ち着いたところで、毛利はブレザーのポケットから小さな箱を取り出し、ゆめこの前に差し出した。

「何ですか?」
「ホワイトデーのプレゼント。開けてみてや?」
「えっ」

てっきり手ぶらだと思っていたゆめこは、驚いて毛利の顔を見た。「ん」と早く受け取るよう急かされ、ゆめこは控えめに箱に手を伸ばす。
手のひらサイズの真っ白な箱。持った感じはとても軽い。
まるで結婚指輪でも入っているような箱だな、なんて思いながらゆめこはパカッと箱を開けた。

が、パタンとすぐさま蓋を閉めた。

「ちょ、どないしてん」
「あ、いや、えっと」

今、一瞬アクセサリーのようなものが見えた気がする。
そう思って、ゆめこは開けるのを躊躇った。

まさかね。そんな訳ないよね。
なんて言い聞かせながら、今度はゆっくりと開けてみる。
見間違いなんかじゃなかった。
中には紛れもなくアクセサリーが入っていた。
このチェーンの長さはブレスレットだろうか。

ゆめこはバッと毛利に箱を突き返すと、

「さささすがに受け取れません!」

と声を上擦らせながらそう言った。
目に見えて動揺しているゆめこに、毛利はきょとんとする。
その表情に、えっ、私がおかしいの?これ普通の反応だよね?とゆめこは余計に混乱した。
中学一年生の彼女にとって、アクセサリーのプレゼントは少々分不相応な気がしたのだ。
ゆめこの心情を理解したのか、

「受け取ってもらわな困るわ〜」

と毛利はへらりと笑うと、ゆめこの手から箱を奪ってブレスレットを取り出した。
ピンクゴールドの細いチェーンがきらりと光る。

「手ぇ出してみ?」
「も、毛利先輩」

ぐいと左手首を掴まれ、ゆめこはびくりと肩を揺らす。
ホワイトデーは三倍返しで。なんて、よく聞くフレーズだが、それにしたって自分があげたお菓子とアクセサリーはつり合いが取れていない。

「こんな高価なものいただけません」
「安もんやさかい気にせんといてぇや」
「で、でも・・・」
「ゆめこちゃんが受け取ってくれへんなら捨てるしかないわ。そんなんしたらこの子もかわいそやろ?」

ブレスレットを "この子" と呼び、毛利は大袈裟に悲しそうな表情を浮かべる。
ゆめこは何も言い返せずぐっと言葉を呑み込んだ。
そんな押しに弱いゆめこの姿に毛利は思わず笑いそうになったが、どうにか堪えて彼女の手首にブレスレットを付けた。

均等にあしらわれたキュービックジルコニアが、太陽の光を受けてきらきらと輝きを放つ。
最初は遠慮していたゆめこも、自分の手首を見るなり

「かわいい」

と声を上げた。
しかしすぐにハッとしてゆめこは毛利を見る。
彼は満足気に笑っていた。
その笑顔に突き動かされるように、ゆめこは「ありがとうございます」と素直にお礼の言葉を口にした。

「似合うとるよ、俺の予想通りやね」
「えへへ、大事にしますね」

色んな角度から自分の手首を見てにこにこしているゆめこ。
毛利はそんなゆめこの手を取ると、ぎゅっと両手で包み込んだ。

「な、何ですか?」

ぎょっとして聞いてくるゆめこに、毛利はにこりと笑顔を返す。

「手ぇ冷たなっとるやん」
「そうですか?」
「こうしたらあったまるやろ?」

まだまだ冷たい3月の風に晒され、すっかり冷たくなってしまっているゆめこの手を、毛利はまるで子猫でも撫でるような手つきで包み込む。
ゆめこは慌てて「平気ですよ」と言ったが、毛利に離す気は無いようだ。
周りに人もいるので、ゆめこはすかさず辺りの様子を窺ったが、彼女達を気にしている者は誰もいなかった。

しかし恥ずかしいものは恥ずかしい。
耳まで熱くなってしまっている気がして、ゆめこはちらりと毛利を盗み見た。
その時、ばちりと視線が絡み合った。

口元は笑っているのにその瞳はどこか挑発的で、ゆめこの心臓がどきりと跳ねる。
三日月のように目を細めて、子供のように笑ういつもの彼じゃない。
ゆめこは直感的にそう思って、たまらずバッと自分の手を引っ込めた。

「も、もう十分温まりましたから」

真っ赤な顔でそう告げると、毛利は「名残惜しいわぁ」と言ってけらけらと笑った。
その表情はすっかりいつものものに戻っていて、ゆめこはするすると全身の力が抜けていくのが分かった。
さっきのは一体何だったんだろう。

毛利先輩のあの瞳が頭から焼き付いて離れない。
ざわざわと心の中の木々が揺さぶられている。

彼にそれを悟られたくなくて、ゆめこは「そろそろ戻りましょうか!」と、わざと明るい口調で声を掛けた。



毛利と別れを告げ、ゆめこは自分の教室へと足を踏み入れる。
ゆめこの姿を見つけたももが「おかえり〜」とにっこりとした笑顔で手を振って、それを見たゆめこは無性にほっとして眉を開いた。

ゆめこが席に着くと、

「先輩、なんだって?」

とももは興味津々で尋ねた。
その口元は心なしかにやついている気がする。
もも相手に嘘をつく必要もないと判断したのか、ゆめこは「ホワイトデーのプレゼントもらった」と言って、自分の左手首をももに見せた。
きらりと光るブレスレットに、ももはパッと口元を両手で覆い声にならない声を上げる。

そのリアクションが可愛らしくて、ゆめこは少し笑ってしまった。
ももは「えっ、えっ」と一通りテンパった後、「ゆめこちゃんどういうことか一から説明して!」と彼女にはしては珍しく強い口調で言った。
毛利との出会いからこれまでの流れを話すと、ももは「まじかぁ〜」と言って机に突っ伏した。
今日のももは実に表情豊かだな、とゆめこは思う。

「肌に身につける物をプレゼントするのって、独占欲の表れとかいうよね」

一通り落ち着きを取り戻したももは、ゆめこのブレスレットを見ながらそんなことを言った。

「へー、そうなんだ」
「しかも彼女じゃない子にあげるなんて。絶対ゆめこちゃんのこと好きじゃん!」

とももは興奮したように言う。
ゆめこは「そんなことないと思うよ〜」なんていつもの緩いトーンで言ったが、内心ももの意見が気になって仕方がなかった。

もし本当にそうだったら?

と考えると、そわそわと体が宙に浮いてるみたいに落ち着かない。

「毛利先輩に好かれる要素ないもん、私」

ゆめこはまるで自分に言い聞かせるように、ももにそう言った。
その後すぐに5限目の担当教師が入って来て、その話はそこで途切れた。



その日の晩。
いつも通りの時間に帰宅して、夕飯を食べ、そろそろお風呂に入ろうか、なんて思っている時。
スマホが小さく震えて着信を告げた。
着信画面には "仁王くん" の文字が映し出されている。

彼から電話をかけてくるなんて。珍しいこともあるもんだな、なんて思いながらゆめこは電話に出る。

「もしもし、仁王くん」
「おー、ゆめの。今出て来れるか?」
「いま?」

なんだろう?と思いつつも、ゆめこは「大丈夫だよ〜」と返事をした。
そうして電話を切った後で、
あ、そういえば仁王くんからホワイトデーのお返し貰ってない。
とゆめこは気付いた。

もしかしたら何かくれるのかも。なんて思いながら、ゆめこはわくわくした気持ちで外に出る。
門の前まで行くと、上下セットアップの緩いスウェット姿の仁王が立っていた。
開口一番「なんかくれるの?」なんて軽口をたたくゆめこに、仁王は「なんじゃ、お見通しか」と言ってにやりと笑った。

「これ、やる」
「ありがとう」

差し出された箱を受け取り、ゆめこはまじまじとそれを見つめる。
茶色の包装紙に包まれた長方形の箱。
中身は高級チョコレートか?なんて思ったゆめこだったが、よく見ると包装紙にブランドのロゴが印字されてあった。
確か万年筆やボールペンを取り扱う有名なブランドだ。そう思って、

「これって、ボールペン?」

と尋ねると、仁王は「正解じゃ」と言った。

「これ、いいとこのやつじゃない?」
「別に大したもんじゃなか」
「高かったでしょ」

こんな高そうなの、みんなにも配ってるのかな?
いや、さすがにそれはない?
なんて考えていると、

「貰いもんやから、気にしなさんな」

と言われ、ゆめこは納得した。
それと同時に少しほっとした。
昼休みに毛利にアクセサリーを貰っていたゆめこは、これ以上値の張りそうなものを受け取ったらバチが当たりそうだな、なんて思っていたからだ。
ゆめことしては軽い気持ちでチョコを渡したので、相手にあまり気負いさせてしまうのは本意ではなかった。

"貰い物" という言葉にすっかり安心したゆめこは、「仁王くん、ありがとう」と満足気に笑うと、自宅へと戻っていった。
そのまま自分の部屋へ向かい、箱を机の上に置く。

お風呂からあがったら開けてみようかな。
そう思いながら下着やパジャマの用意をしていたが、なんとなく気になってしまい、ゆめこは箱を手に取った。
やっぱり今開けてみよう。そう思ったのだ。

そうしてぱかりと蓋を開けると、中にはシルバーのボールペンが入っていた。
マッドな質感で持ち心地が良く、パール仕上げになっているのか見た目はきらきらと光っていて華やかだ。
書きやすそうだな〜。とゆめこはくるくるとペンを回す。

良い物貰っちゃった。
と、しばらく上機嫌でペンを眺めていたが、ゆめこはボディに何か刻字してあるのに気が付いた。
ローマ字が二つ。ドットを挟んで並んでいる。

「これって・・・!」

気付いた瞬間、ドクンと心臓が波打った。
ボールペンを持つ手が震える。
それは紛れもなくゆめこのイニシャルであった。

貰い物だったら、私のイニシャルが刻字されている訳がない。これは間違いなく、彼が私のために用意したものだ。

その事に気付いたら居ても立っても居られなくなり、ゆめこはすぐさま仁王に電話を掛けた。「もしもし」という彼の声を聞いて、ゆめこは口を開く。

「仁王くんのうそつき」
「なんじゃ、もうバレたんか」

ゆめこの一言に、仁王は喉を鳴らして笑った。
もう、また人のことからかって。とゆめこは思ったが、それ以上に彼女の心を占めているは感謝と喜びだった。
電話越しに笑う彼の声に、ゆめこの表情筋も次第に緩くなっていく。

「ありがとう。大事に使うね」

ゆめこは穏やかな声でそう伝えた。
「勉学に励むように」なんてふざけて言う仁王に、ゆめこはあははと声を出して笑う。

そんな彼女は、なぜ仁王がボールペンをプレゼントに選んだのか。その意味を、まったく理解していなかった。

家はこんなに近いのに、クラスが遠いせいで会えないことが多く、同じクラスのジャッカルや隣のクラスの丸井を、仁王は何度も羨ましいと思ってきた。
学校でも自分のことを思い出して欲しい。
どんな時でも自分を近くに感じて欲しい。
このプレゼントには、そんな彼の想いが込められていたのだ。

仁王の真意に気付いていないゆめこは、「明日から使うの楽しみ!」とわくわくとした口調で言った。




(180503/由氣)→67

お年玉をはたいた二人。
ブレスレットはお財布に優しいカ◯ル4℃くらいのものをイメージしてます。




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