063
(蛇がボクのサボテン食べちゃった/不二)
それはゆめみが熱を出して休んだ翌週末のこと、2月の最終土曜日。
ゆめみはこの日も一日中ゆめこと楽しく遊び、ルンルンとスキップしながらご機嫌で家の門を開けた。鍵を準備しながらポストを開ける。いくつかのDMと一緒に一通の手紙を手に取った。その星の王子さまのキャラクターが描かれた手紙を見て、ゆめみの笑顔は困惑顔へと変わる。
「また来たか」とため息混じりにそう言うと、ゆめみは手紙だけを持ってリビングへと入る。一目で誰からの手紙かわかった。
ゆめみの中で『ミスター不思議くん』の名を欲しいままにする、青学1年の不二周助くんだ。
彼は見た目は爽やかな好青年だが、ゆめみにとっては会うたびに意地悪をされる苦手な人だった。しかし、去年の12月に雪山で騙され怖い目にあってからは、その感情は苦手から嫌いに変わっていた。そして、それを本人にも伝えたつもりでいた。
しかし彼はその後も変わらず2週間に1回のペースで手紙送り続けてくるのだった。
そのたびにゆめみはもう手紙送らないでほしいと言う旨の返事を返していた。
ゆめみはハサミで丁寧に手紙の端を切り落としながら、考えていた。これまで断っているはずの手紙を読む度に何度も考えたことだ。
彼は何を考えているのだろう。
普通はあそこまでハッキリ『嫌い』と言われたら、もう手紙を送ってこないのではないか。
彼は一体どんな気持ちで、どんな理由で送ってくるの?ゆめみはいつも理解できずに、困惑するのだった。
ゆめみが手紙を開けると、はらりと1枚の写真が落ちた。
そして手紙の内容はいつもと同じ。簡単な挨拶と彼の身の回りに起こったささいなことがとても爽やかに書かれていた。そして最後は星の王子さまの名言『大切なものは目には見えない』で締めくくられて
「あれ?」
いなかった。そこには、名言の代わりにこう書かれていた。
『明日はボクの誕生日です。朝10時に箱根の星の王子さま博物館の前でキミを待っているよ。キミが現れるまで、いつまでもいつまでも待ってるから。王子さまを待つバラのようにね。』
ゆめみは手紙を2回読んだ。そして一度テーブルに置いて、見間違いであって欲しいと願った後、もう一度読んだ。しかし、書いてあることは変わらない。
「どうしよう」
もちろん行きたくは無い。
しかしゆめみは断る手段を持ち合わせていなかった。住所以外の連絡先を知らなかったのだ。共通の友達は手塚だけだが、ゆめみは手塚の連絡先も知らなかった。母親に聞けば彩菜から教えてもらえるかも知れないが、今日は夜勤で明日の朝まで帰ってこない。
ゆめみはリビングをうろうろしながら「どうしようどうしよう」とつぶやいた。
よく考えれば、住所がわかっているのだから、行って断れば良いのではないかとも思ったが、東京に行くのなら箱根に行ってもたいして変わらない。
私は本当に行くのか?あれだけはっきりと嫌いと言ったのだから、行かなくてもすぐに来ないとわかってくれるよね?
でも、誕生日だしな。2月の箱根といえばはっきり言って極寒だ。誕生日に寒い中、待たせてしまうのは人としてどうなのだろう。
「うー」
ゆめみは悩んだ末に、行ってその場で断ると言う選択を選んだ。「はぁ」とため息をついて、のろのろと明日の準備にかかるのだった。
翌日。箱根の星の王子さま博物館のエントランスの前でゆめみは凍えていた。ファーのついたコートに、耳当て、もこもこブーツと防寒対策はバッチリだが、寒いものは寒いのだ。チラリと時計を見ると、10時40分と待ち合わせの10時を30分以上も過ぎている。
ゆめみは両手にはぁと息を吹きかけた。息は白く宙を舞い、儚く消える。
また、騙されたんだな。
どうしてまた信じてしまったのだろう。そして騙されていたとわかると、ひどく悲しい気持ちになるのだ。
ゆめみは、星の王子さま博物館に入ってみることにした。というのも、箱根は横浜や鎌倉と違ってとても遠いのだ。1時間半以上かけてここまで来たのに、トンボ帰りじゃ辛すぎる。
エントランスでパンフレットをもらい、見てみる。作者のサン・テグジュペリがフランス人であることを知り、途端に興味が湧いた。
入ってすぐに、素晴らしい庭園が広がっていた。パンフレットには『ヨーロピアン・ガーデン』と書かれていた。冬なのでそんなにたくさんの花は咲いていないが、それでも十分に綺麗だとゆめみは思った。
キラキラした瞳で駆け回り、スマホで写真を撮る。
植物のアーチを抜けると、ピンクの花が沢山咲いている庭園にたどり着いた。
「綺麗」
冬なのに大輪の花を咲かせている。何という花だろう?ゆめみは撮った写真を植物博士の幸村に送って見た。すると休憩中だったのだろう、すぐに『クリスマスローズだね、綺麗だ』と返信が返って来た。
「クリスマスローズ」
冬に咲くバラ、なんて綺麗なんだろう。植えてみたい、とワクワクした気持ちになる。幸村にお礼の返信をすると『庭園にいるのかい?誰と一緒?羨ましいな』と返信が来た。
誰と・・・?
『1人だよ』
幸村にそう返信を打って、なんとも言えない寂しい気持ちになった。
「寒い」
ゆめみは身震いをして、建物の中に入ることにした。展示があるというその建物は、入るとすぐに飛行機の模型があり、子供心をくすぐられる。
少し奥にシアター室があり、短い映像を繰り返し流しているようだった。部屋を覗いて見ると、日曜日なのでそれなりに人は入っていたが、満席では無かった。ゆめみは1番後ろの端の方に座る。
映像はちょうど終わりかけだった。
「来てくれたんだね、嬉しいな」
柔らかい声が聞こえて、ゆめみは振り返った。不二が満面の笑顔でそこにいた。当然のように隣に座る。
1時間以上の遅刻だ。ゆめみは文句を言おうと、不二の顔を見た。しかし、不二は凍えていた。薄手のコート1枚のみで、手が白く震えている。
眉尻を下げた困ったような寂しそうな顔で「寒くて」と言われたので、ゆめみも伝染したかのように、寂しい気持ちになった。
断るためにここに来た。もう二度と連絡しないで欲しいと伝えようと思っていたのに、不二があまりに弱々しく笑うものだから、何も言えなくなってしまったのだ。
ゆめみは泣きそうに力なく笑って、ポケットに入れていたホッカイロを不二の手の上に落とした。
怒られるか、泣かれるかすると思っていた不二はその行動に驚いて目を見開いた。じっとゆめみを見ていたが、ゆめみが先に画面の方を見てしまったので、その手に乗せられたホッカイロを、そっと両手で握った。暖かい。
初めて会った時もこうだったな、と不二は思った。キミはボクの想像も出来ないことをする。どんなに酷いことをしても、許してくれる。だから、こんなにも惹かれてしまうのかな。
15分間の短い映像が終わった。内容はサン・テグジュペリの生涯と、本の内容が少しだけ。そのあとは少しの休憩を挟むようで、画面は真っ暗になった。
たくさんいた客がいなくなり、シアター室内にはゆめみと不二だけになった。
「待たせてごめんね」
不二は少しの沈黙の後、そう言った。ゆめみは不二をまっすぐに見る。
「今来たのってウソだよね?」
今来たのなら、そんなに凍えているのはおかしいとゆめみは思った。不二は少し目を見開いた後、観念したようにクスっと笑う。
「うん、約束の時間前からずっとキミを見ていたよ」
ゆめみは自分で言い当てたことにも関わらず、目を大きく見開いた。意味がわからなかったのだ。口からは「どうして?」という言葉が漏れていた。
「だって、ボクがすぐに現れたらキミは帰ってしまうでしょ?」
図星だった。だからゆめみはそれ以上何も言えずに、ぽかんと不二を見つめていた。「ゆめみちゃんが中に入ったら声をかけるつもりでいたのに、いつまでもボクを待っているんだもの、まいったよ」と付け加える。
「どうして?」とさっきと同じ言葉が口から出た。説明を聞いても全然理解出来ない。なんでこの人はこんな寒い想いをしてまで私と一緒にここに来たかったのだろう?
不二はフッと笑った。魅力的な笑みで。
「言わなかった?キミが好きなんだ」
ゆめみは苦虫を潰したような顔をした。不二は「可愛いな」と笑う。
「じゃあどうして中に入ってもすぐに声をかけて来なかったの?」
「それは」
不二は少し考えた後「秘密だよ」と言う。秘密と言われると途端に知りたくなるのはどうしてだろう。
不二は口元に人差し指を立てて「今言わなくてもいつかわかることだから」と意味ありげに言った。その仕草はとてもミステリアスで、ゆめみはふぅとため息を吐く。
この人といると、謎解きをしているような気持ちになる。いつも正解をくれる蓮二の側にいるからだろうか、それがなんだかとても新鮮で、そわそわする。
「わかった」
「いい子だね」
「そのかわり、連絡先を教えて」
不二は楽しそうに笑って「住所以外の?」とからかってくる。先に住所を書くという意地悪をしたのはゆめみなので、ゆめみは苦笑いをした。不二は「冗談だよ」と言った上で、さらにいたずらっぽく笑う。
「今日一日デートしてくれたらご褒美に教えてあげようかな」
「えー」
「嫌ならいいよ、ボクはゆめみちゃんの後ろをついて回るだけだから」
「それどんな罰ゲーム?」とゆめみは唇を尖らせる。もう二度とこんなことに巻き込まれたくないゆめみは、断るために、不二の連絡先を知りたいと思っていた。
入場料を払った以上、ここで展示を見ないで帰るという選択肢は無い。だとすれば、後ろをついて来られるよりはマシかもしれない。ゆめみが控えめに頷くと、不二はとびきり嬉しそうに笑った。
「ボクが案内してあげるよ」
不二は小学生の時に家族でここを訪れた後、何度か1人で来ていたと言う。しかしこの時期に来るのは初めてだったためこんなに寒いとは思わなかったらしい。
「これ何に見える?」
不二は帽子のような形をした絵の前でそういった。ゆめみは絵本を読んでいたのでその帽子が象を飲み込んだ蛇だと知っていた。少し考えてから口を開く。
「私は答えを知ってるから蛇に見えるけど、初めて見た時はやっぱり帽子かなって思ったかな」
「ボクはね、初めから何かを飲み込んだ蛇だろうなって思ってたよ」
「何を飲み込んだと思ったの?」
不二は少し迷った後「笑わない?」と言った。ゆめみがうんと頷いたのを見ると、「サボテンだよ」と言った。
「蛇痛そう」
「サボテンも痛いよ、対決するんだ」
「そうだよね、どっちも痛いよね、それでどっちが勝つの?」
「うーん」
不二は意外そうに好奇心が映るゆめみの目を覗き込む。「そう聞かれたのは初めてだな」と言った後、「サボテンかな」と答えた。「贔屓入ってるけど、毒があるのもあるし」と得意気に言う不二に、ゆめみはサボテンが好きなんだろうなと思った。
「育ててるんでしょ、サボテン」
「クス、よく分かったね、そう、ちょうど当時育てていたサボテンがあんな形をしていてね」
そう言ってゾウの背中の凹みを指差す不二。
「初めて見た時は大騒ぎしたよ、蛇がボクのサボテン食べちゃった!ってね」
ゆめみはあははと笑って「小さい不二くん可愛いね」と言った。ゆめみがそんな風に笑うところを見るのは初めてで、不二はじっとゆめみを見る。ゆめみは不思議そうに「どうかした?」と首をかしげる。
不二はこの時、気が付いた。
いろんな表情を見てみたくて、今まで意地悪しちゃっていたけど、笑った顔が一番可愛いな、と。
非常に遅いが、これが不二周助が好きな子には優しくした方がいいかも知れないと思った瞬間だった。
その後不二とゆめみは展示を見て、外に出た。
お城があり、その前にはフランス式の庭が広がっている。ゆめみが「素敵」と言うと、不二はカメラを出して、その風景を何枚か撮った。
カメラを向けて、シャッターを押す一瞬はとても真剣な瞳をしていて、ゆめみはドキリとした。
一通り見て回った後、お土産ショップに来た。
フランス語で書かれた原作の星の王子さまを手に取るゆめみに、不二は「フランス語わかるんだ?」と聞き、ゆめみは曖昧に笑って「読む方はまだまだ勉強中」と答えた。ゆめみはその原作とゆめこにいくつかお土産を選んで買った。
柳にも何か買おうか一瞬迷ったが、今日のことを説明するのはなんだか億劫で、結局買わなかった。
不二はゆめみの真似をして原作と、それからレターセットをたくさん買っていた。ゆめみはそこでいつも送られてくる便箋はここで売っているものであることを知る。
「さて、この後なんだけど、よかったらご飯でもどうかな?今日のお礼にごちそうするよ」
不二は博物館内にあるレストランを指差してそう言った。ゆめみは少し迷ったがすっかりお昼時は過ぎており、お腹が空いていたので、まぁいいかと頷いた。
店内はフランス風で、メニューはすべて星の王子さまのモチーフが使われたものだった。ゆめみは『バラのわがままプレート』、不二は『小惑星の火山ハンバーグ』を頼んだ。
目から楽しい美味しい食事に、ワインのようなぶどうジュースを頼み、話も自然と盛り上がる。
不二のサボテンの話から始まり、フランス語の話、そしてゆめみも顔見知りである不二の姉弟の話、と意外と話す話題はたくさんあり、ゆめみも気が付けば普通に楽しんでいることに気がついた。
話題が途切れた時に、不二はまたカメラを出して、レストランの窓の外に見える景色を撮影した。
また真剣な表情を見せる不二に、ゆめみは思った。私はこの人のことをまだ何も知らない、と。それなのに、『嫌い』と強い言葉で拒絶してしまった。今更になって、あの時酷い言葉を言ってしまったことを後悔した。
そのことが、棘のようにゆめみの心に深々と刺さる。
「私ちょっと」
ゆめみはトイレに席を立つ振りをして、ウエイターさんにケーキを依頼した。
ゆめみが席に戻って少しすると、『Happy Birth Day 不二くん』というプレートが乗ったケーキが運ばれて来た。
「お誕生日おめでとう、不二くん」
ゆめみははにかんだ笑顔でそう言った。この間酷いことを言ってしまったお詫びのつもりだった。
不二は一瞬目を見開いた後、両手で顔を覆った。嬉しくて仕方がなかったのだ。
少しして手を外した不二の顔はとても良い笑顔だった。
「ありがとう」
不二は少し考えてから「でもごめん、今日が誕生日っては嘘なんだ」と切り出した。きょとんとするゆめみ。
「本当はいつなの?」
「今年は来ないんだ」
ゆめみは少し考えて真面目な顔で「不二くんは宇宙人なの?」と言う。これに吹き出す不二。
「ボクが13歳になるのは3月1日なんだけど」
ゆめみはなるほど、と思った。不二の誕生日は2月29日なのだろう。確か去年が閏年だったので、あと3年は誕生日が来ないと言うことになる。
「じゃあ2月28日がバースデーイブだね、日本ではクリスマスよりイブの方が盛り上がるし」
「来週が楽しみだね」と笑うゆめみ。誕生日が来ないことなんて、随分と前に乗り越えたつもりでいたのに、ゆめみにそう言ってもらうと救われたような気持ちになる。不二は「うん」と言って、穏やかな表情を見せた。
「もしかして、ケーキにもタバスコかけちゃう?」
と心配そうに言うゆめみに、不二は笑って「甘いものはそのままで好きだよ」と答えた。
(180508/小牧)→64
それでは、大切な秘密を教えてあげよう。とても簡単なことさ。