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(俺からもプレゼントがあるんだ/幸村)
3月1日の夜、幸村は妹菜苗の部屋で宿題を見てあげていた。
算数の図形の問題を丁寧に教える幸村。しかし菜苗はいまいち集中できていない様子で、幸村は「聞いているかい?」と声をかけた。菜苗はじっと幸村を見上げると、その小さな口を開く。
「おにーちゃん、ゆめみお姉ちゃんからチョコもらえなかったの?」
菜苗の残酷なまでのストレートな質問に、幸村は言葉を失った。
今年のバレンタインデーは闇に葬り去りたいくらいにいい思い出がない。
今年は好きな子がいるのだから、ゆめみ以外のチョコは受け取らないようにしようかな、なんてぼんやりと考えながら登校していたら、すぐに女子に囲まれ、1人の女子がチョコを押し付けてきたと思ったら、気がつけばチョコの山を抱えていた。
その後のことは上手く思い出せない。とにかく一日中チョコに付きまとわれて、最終的には大きな袋をいくつも持って帰る羽目になった。
そして、本当に欲しかったたった1つのチョコは手に入らなかった。
最後に言われた柳の言葉が忘れられない。『憐れなり精市』確かにそう言われた。
幸村が暗い瞳をしてぐるぐるとトラウマに駆られているのを見て、菜苗は「やっぱりもらえなかったんだ」と小さなため息を吐いた。
母百合子と一緒に何袋にもなったチョコを開封して、名前とクラスをチェックした菜苗は、ゆめみからのチョコが無いことに気がついたのだ。もしかしたら、それだけ別に隠してるのかもと思ったが、兄の様子を見るとそういう訳ではなさそうだ。
「おにーちゃん、日曜日にお花畑に行く約束覚えてるよね?」
菜苗はそう言って、机の中から1枚のカラフルな紙を出した。幸村がそれを受け取って見ると、色画用紙に『おにーちゃんおたんじょうかいごしょうたい』と書かれている。開くと、クリスマスに撮影したゆめみと菜苗のツーショットが飛び出す仕掛けになっており、中には菜苗の可愛い文字で、『ゆめみお姉ちゃん、お花畑に来てください』と書かれている。
今週の日曜日は幸村の誕生日イブだ。その日に前々から菜苗と花畑へ遊びに行く約束をしていたのだった。
「上手に出来たね、これをゆめみに?」
「うんっ、おにーちゃんさえよければ」
「俺は構わないけど」
幸村は「来てくれるだろうか?」と少し不安に思ったが、妹が一生懸命作った招待状を渡さないという選択肢は無く「渡してみるよ」とはにかんだ笑顔で言った。
そんな可愛い招待状をもらったゆめみは大喜びで「絶対行くね、お弁当作ってくねって菜苗ちゃんに伝えてね」と笑顔で答えた。
そして、3月4日を迎えた。第1日曜日。
幸いにも天気はこの季節には珍しいくらいに暖かく、風もそんなに強くない、絶好のピクニック日和になった。
「すごい、もう花が咲いているね」
到着して早々たくさん花が咲いているのを見て、ゆめみが感激の声を出すと、菜苗は得意げに「すごいでしょう」と言った。
いろんな花が咲いているが、一番目立っているのは黄色い菜の花だ。そよそよと風に揺れてその可憐さを際立たせている。
菜の花が咲き始めるのは通常3月中旬くらいからなので、ゆめみが驚くのも無理はない。
「ここの公園は毎年今くらいの時期から咲き始めるんだ」
幸村の説明を聞くと、ゆめみは「精市の誕生日を祝ってるみたいね」と笑う。そんな可愛いことをいうゆめみに幸村が見惚れていると、菜苗が「あっちに座ろうよ」とゆめみの腕を引っ張って行った。
少し丘になっているところに、レジャーシートを引いて3人は座った。まだ3月の初めということもあり、3人以外には犬の散歩に来ている人がちらほらいる程度だった。
ゆめみはポットから暖かいハーブティーを出すと、幸村と菜苗に手渡した。菜苗が家から持って来た海外のお菓子を広げ、一気にティーパーティのような雰囲気になる。暖かい太陽の光が気持ちよく、話も盛り上がった。
「そっか、去年は精市くんと菜苗ちゃんは同じ学校に通ってたんだね」
「そうだよ!南湘南小学校!」
「一緒に学校行ってたの?」
「うんっ、手を繋いで行ってたよ」
「同じ通学班で、俺が班長でななが一番年下だったから」
菜苗の言葉にシスコンだと思われては困ると、幸村が解説を付け加える。ゆめみは気にする様子も無く「優しいお兄ちゃんだね」と菜苗に笑いかけ、菜苗も嬉しそうに「うん!」と言った。
「ゆめみお姉ちゃんに菜苗のひみつの場所、教えてあげるね」
「ひみつの場所?」
ゆめみが不思議そうに首を傾げると、菜苗はふふふと笑って、真後ろを指差す。公園のメインである菜の花が咲いているところとは逆の方面には、白い丸い小さな花がたくさん咲いていた。
「可愛い、シロツメクサだね」
どうしても花畑に目が行ってしまい、言われなければ気がつかなかっただろう。
それで『ひみつの場所』かとゆめみは菜苗の可愛らしさにくすくすと笑う。
「ゆめみお姉ちゃん、冠作れる?」
「うんっ、もちろんだよ」
「わぁい、ななも上手なんだよ」
ゆめみは「一緒に作ろうね」と言って、菜苗と手を繋いでシロツメクサがたくさん生えている場所へと歩いていく。
ゆめみと菜苗は楽しそうにシロツメクサを摘みながら笑い合っている。口では強がっていたが、本当はまだ上手に編めない菜苗に、ゆめみは丁寧にサポートをしていた。
2人の掛け合いは見てみるだけで幸せになるような微笑ましい光景で、幸村は思わず目を細めた。
ペンと画用紙を持ってこれば良かったと幸村は心底後悔した。お花畑で天使たちが戯れてる、こんなシーンを絵に残したかったのに。
しばらく幸村がポーッと眺めていると、そんな幸村に気が付いたゆめみが笑顔でレジャーシートの方へ戻ってくる。菜苗はまだ冠作りに夢中になっていた。
「精市、はいどうぞ」
そう言って幸村にシロツメクサの冠をかぶせてくるゆめみ。幸村はきょとんとして、ゆめみを見上げる。
「くれるのかい?」
「うんっ、私のはまた作ろうと思って」
幸村はその冠を取ってまじまじと見つめる。丁寧に作られた冠を見て、幸村は思いついたようにいたずらっぽく笑った。
「ねぇ、シロツメクサの花言葉って知ってるかい?」
ゆめみは少し記憶を辿って見るが、思い出せなかった。「何だったかな?教えて」とゆめみが言い終わると同時に菜苗が「ゆめみお姉ちゃん、わかんなくなっちゃったー」と叫んだ。
ゆめみは菜苗の方を見て「はーい」と返事をした後、幸村に「精市もおいでよ」と声をかける。そして、菜苗の方に走っていった。
きっとゆめみには自分が暇そうに見えたのだろうな、と幸村は思った。ここでゆめみを見てるだけでとても楽しいのに。でも好きな子に呼ばれたら行かなくちゃね、とゆっくりと立ち上がって、もらった冠を控えめに頭に乗せた。
幸村も加わって、3人で冠を作ったり、四つ葉のクローバーを探したりして遊んだ後、レジャーシートに戻ってお弁当を食べた。
ゆめみの手づくりのお弁当も美味しかったし、デザートにと持って来たいちごも甘くて菜苗に大好評だった。
その後はバトミントンをして遊んだ。幸村対ゆめみ、菜苗チームでやり始め、菜苗がいるので菜苗が打ち返せるくらいの優しい打球を返してくる幸村。ゆめみも菜苗を優先するため、気付けば幸村対菜苗でラリーが続いていた。
最初は夢中でバトミントンを楽しんでいた菜苗であったが、ふと自分ばっかり楽しんでいることに気が付いた。当初の目的は兄とゆめみの中を進展させようとして、ゆめみに声をかけたのに、これでは意味が無いではないか。
「なな、彼ピッピにメッセ返さなきゃ」
菜苗は唐突にそう言って、ラケットを持ったままレジャーシートの方へと走っていく。「か、彼氏って何のことだい?」と慌てる幸村に、菜苗は「おにーちゃんはゆめみお姉ちゃんとバトミントン続けてて」と言われてしまう。
「ななに彼氏がいるのかい?」
「彼ピッピは彼氏のことじゃなくて、彼氏候補のことだよ」
幸村が困り顔でゆめみに聞くと、ゆめみは苦笑して答えた。先ほど冠を作りながら彼氏候補のことを教えてもらったらしい。
どうりでませているはずだ、と幸村は妙に納得した。
「とりあえず、バトミントンを再開しようか」
「うん」
自分が打った打球に好きな子が応えてくれる。幸村とゆめみはくすくすと笑いながら、穏やかにバトミントンを楽しんだ。
何本かラリーが続いた後、ふいにゆめみが打つのをやめた。そして、にっこりと笑ってしーっと人差し指を口元に当てる。
幸村がゆめみの指差す方を見ると、菜苗がレジャーシートに横になってスヤスヤと眠っていた。ゆめみはそっと近づいていって、羽織っていたコートを菜苗にかけてあげる。そして、ついて来た幸村を見上げて小声で「可愛いね」と笑った。
2人はカバンを持って、そっと菜苗が見える位置の近くのベンチへと移動した。
「寒くないかい?」
菜苗にコートを譲ったゆめみに、幸村は心配そうに声をかける。ゆめみは「いっぱい動いたから大丈夫だよ」と笑った。でも本当は少し肌寒くて、風が吹くとゆめみは両手で腕を抑えた。
幸村は無言でコートを脱いで、今度はゆめみにかけてあげた。ゆめみは恥ずかしそうに「精市こそ寒くない?」と聞くと、幸村は「俺は鍛えているから大丈夫」と答える。
ゆめみは少し赤くなって嬉しそうに「ありがとう」と言った。
ゆめみはカバンから、ポットを出すと、幸村のためにハーブティーを注いだ。2人はあったかい飲み物を飲んで、ほっと一息つく。
いつもは話題が尽きない2人だが、この時は珍しく沈黙が続いた。
その沈黙はなんだか心地よいと幸村は思った。先に口を開いたのはゆめみだった。
「精市にプレゼントがあるの」
ゆめみはバックから水色のラッピング包装の箱を出した。そして心からの笑顔を見せる。
「お誕生日おめでとう」
受け取る時に手と手が触れ合い、幸村の心臓がドキドキと音を立てて高鳴った。「開けてもいいかい?」と聞いた幸村に、ゆめみは少し恥ずかしそうな顔をした。
「あのね、精市のことたくさん知ってるから、何が好きかとか、何が喜んでもらえるかわかってたんだけどね」
ゆめみは言い訳のようにそう話し出した。
「でも、思い付いたもの全部、精市なら持ってるだろうなって思って」
「だからね私があげたいものにしようと思って」と言葉を続けるゆめみ。頬を染めて上目遣いで幸村を見るゆめみ。
「チョコレートなの」
ゆめみの言葉に幸村は少し目を見開いて、そして「そっか」と一言。幸村は顔を背けた。次の瞬間、顔が真っ赤になった。
照れたようにプレゼントを渡すゆめみが可愛すぎて、そしてゆめみのあげたかったものがチョコレートだったことを知って、幸村は冷静ではいられなかった。
「嬉しいよ、ありがとう」
幸村は少し間をおいて呼吸を整えた後、やっとの想いでそう言った。不安そうにしていたゆめみはその言葉に嬉しそうに笑って「良かった」と言った。
「俺からもプレゼントがあるんだ」
幸村はドキドキさせられたお返しとばかりにそう言う。「なぁに?」と楽しそうに言うゆめみの左手を取って、その薬指に指輪をはめた。
シロツメクサの指輪。
ゆめみは「可愛い、ありがとう」とくすくすと笑った。
幸村はにっこりと笑いながら、ゆめみがシロツメクサの花言葉を知らなくて良かった、と思った。知っていたら恥ずかしくて渡せなかっただろうから。
(180508/小牧)→66
シロツメクサの花言葉は「私のものになって」