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(お返し配り頑張ってね/幸村•柳)

終業式まであと1週間と少しと迫った3月14日。ホワイトデー。
ゆめみはコンコンという窓を叩く音で目を覚ました。ほぼ無意識のうちにカーテンと窓を開ける。時計はまだ5時半を回ったところだ。

「ゆめみ、起こしてすまないな」

窓の先には身支度が整った柳が眉尻を下げて申し訳なさそうに立っていた。
ゆめみは目をこしこしとかいたあと、にっこりと笑う。

「んーん、蓮二は朝早くから偉いね」

まだ寝ぼけているのか、よしよしと柳の頭を撫でてくるゆめみ。柳は少しその手の感触を楽しんだが、すぐにゆめみの手を優しく掴んだ。
そしてその手の上に包装された箱を乗せる。

「先日のお返しだ」

その箱には和菓子の名店の名前が入っており、ゆめみの大好きなブランドだった。

「ありがとう、これ大好き」

一瞬で目が覚めたゆめみは、キラキラした瞳でそう言った。「高かったでしょう?」と聞くと「気にするな」と言う返事が返ってきた。

数千円はするはずだ。皆に買ったのだろうか?とゆめみが少し柳の懐事情を心配していると、柳はフッと笑って「他の者には違うものを用意した」という回答が返って来た。なるほど。

「これをゆめこに、あと真田からも預かっている」

ゆめみがもらったのと同じ箱と、それから違う包みを2つもらい、ゆめみはきょとんとする。

「真田くんからの2つ?」
「ああ、ゆめみとゆめこに1つずつだそうだ」
「私あげてないよ?」

確かに真田にもあげようと作ったのだが、風邪をひいてあげられなかったのだ。柳は困ったように笑って「ゆめこと一緒に作ったという話をしたら律儀にな、もらってやって欲しい」と言った。
しかも本人は照れて渡せないと柳に押し付けだのだった。

「なんだか申し訳ないな」と言ったゆめみであったが、中身はお菓子のようだし、純粋に嬉しく思った。

「今日の昼は教室にいないからな」

柳はホワイトデーのお返しを渡す予定があり、お昼を一緒に食べれないと伝えたかったのだが、何となく女子にお菓子を配るということをゆめみに言いたくなく、このような表現になった。

「うふふ、お返し配り頑張ってね」

しかしゆめみにはそんな繊細な配慮は意味を成さず、そんな返事が返ってきた。
柳は好きな子にそんな風に応援されてしまい、気まずそうに「ああ」と答えた。少しでいいから嫉妬して欲しかった、としみじみ思う。


ゆめみとゆめこは今日も駅で待ち合わせをして、一緒に登校する。ホワイトデーということもあり、2人のテンションは高めだ。会ってすぐに家族からどんなお返しをもらったかで盛り上がり、そのまま電車に乗った。電車はそれなりに混んでいたが、並んで座ることが出来た。

「あ、そうだゆめこへのお菓子預かってるよー」

ゆめみが膝の上に乗せたカバンから、箱を3つ出す。「真田くん、精市、あとこれが蓮二から」と言いながらそれをゆめこに渡す。幸村からは昨日のうちに預かったのだった。
ゆめこは機嫌良く「さんきゅー」と言いながらそれを受け取り、1つずつにこにこと中身を予測する。

「蓮二のは今年も気合入ってるね、これ高いでしょ、絶対」

ゆめこが自分がもらった時と同じ感想を言ったので、ゆめみは少し笑った。

「私も同じこと言ったー、気にするなって言ってたよ」
「で、ゆめみはこれの他に蓮二から何もらったの?」

ゆめこの質問に、ゆめみは首を傾げる。「他に何ももらってないの?ペアチケットとか、小物とか」と続いて言うゆめこに、ゆめみは「もらってないよー」と言った。
てっきりゆめみ大好きな柳のことだから、何か特別なものをあげたのでは、と踏んでいたゆめこは「まじか」と返した。そしてそういえば去年もそうだったな、と思い出す。
ゆめこが去年そのことを柳に問いただすと、柳は「そんなことをしたら俺の気持ちに気付かれてしまうだろう」と淡々と言ったのだ。

「もっとアピールしないとダメだよね」

ゆめこの口からそんな言葉が漏れる。第一、例えダイヤモンドの指輪を送ったとしても、ゆめみが蓮二の気持ちに気付くかどうか怪しいところだ。ホワイトデーというチャンスをみすみす逃したおかっぱ頭の幼馴染に、頭はいいのにこういうところが抜けてるんだよね、と歯痒く思う。

「ゆめこ?」
「ゆめみ、そういえば手塚くんにチョコってあげたんだっけ?」
「えっと」

急にそんなことを言われて、ゆめみの顔が真っ赤になる。一緒にチョコを作った時に、手塚用に分けていたのをゆめこは見ていたのだ。

「あげたかったんだけど、風邪引いちゃったし、手塚くんモテるだろうからいっぱいチョコもらったかなって」

小声で残念そうにそういうゆめみは、恋する乙女で、ゆめこはいよいよ蓮二やばいぞと思った。

「雪山で助けてもらったお礼、まだしてないんだよね」と寂しそうに呟いた後、ゆめみは気付いたようにゆめこを見る。

「私のことより、ゆめこはどうなの?毛利先輩とか丸井くんとか仁王くんからのお返し楽しみだね?」

わざわざその3人を名指しで言って来たゆめみに、ゆめこは首を傾げる。にやにやと笑って「何もらったか教えてね」と言うゆめみに、ゆめこは「うん」と返事を返した。


学校に到着して、1年M組のクラスのドアを開けてゆめみは驚いた。自分の席の隣の席に、お菓子の箱の山が出来ていたのだ。紙袋が3つあり、その中にお菓子の箱がぎっしりと詰まっている。
本人は不在だが、確認するまでもなく幸村の席だ。ゆめみは恐る恐る近づいて、その紙袋の中を確認すると、1つ1つ学年とクラスと出席番号、名前が分かりやすく記載されている。その字は百合子が書いたものなのだが、ゆめみにはそこまでは分からなかった。

「もしかして、これ全部お返し?」

ゆめみはぽつんと呟いた。バレンタインでの幸村の状況を知らないゆめみは、まさかここまで幸村がチョコをもらっているとは想像もしていなかったのだ。
ガラッとドアが開いて、幸村本人が入って来た。

「ゆめみ、おはよう」

幸村は朝なのに疲れて見えた。しかしゆめみの顔を見ると、嬉しそうに笑って挨拶をする。
ゆめみはお返しの箱の山に驚いていたところだったので、「おはよう」と驚き顔で返した。
幸村はゆめみにお返しのお菓子を見られて少し気まずく思ったが、時間が無い。すぐにまっすぐにゆめみを見ると「あのさ」と切り出した。

「今日のお昼は一緒に食べないかい?屋上庭園で」

ゆめみははっきり言って戸惑った。お返しを返さなくていいのだろうか?しかし幸村の瞳は真剣で、ゆめみはすぐにそんなことを考えるのは余計なお世話だな、と考え直す。

「うん、食べよ」

にっこりと笑ってそう言ったゆめみに、幸村はほっと安心したような表情を見せた。
そして、目にも止まらぬ速さで持っていた空の紙袋をたたんでしまうと、お菓子の箱が入った大きな紙袋を持ってまた教室を出て行く。

幸村はお昼休みまでに配り終えようと、全ての休み時間をお菓子配りに費やした。そして、ついにお昼休みには残り数個にまで減っていた。

「これだけ配り終えたらすぐに行くから先に行っててくれるかい?」と言い残して、教室を早歩きで出て行った幸村。

ゆめみはふぅ、とため息を吐くとゆっくりと屋上庭園へと向かった。
少しずつ春が近づいているとはいえ、まだ少し肌寒く、屋上庭園にいる人はほとんどいない。ゆめみは真ん中にあるドーム型の屋根があるベンチに座って、庭園をぼーっと眺めていた。

皆で一生懸命に植えた春の球根たちは、既に芽吹き、花を咲かせる準備に入っている。
チューリップの葉っぱが可愛くて、ゆめみは早く花が咲かないかな、と思った。

遠くで専属庭師の泰永とその息子の虎之介がゆめみに気が付いて揃って手を振る。虎之介はあの後、泰永が無事に退院してから正式に立海に採用されたらしく、今ではすっかり頼りになる庭師として働いている。

「何個もらったんだろう」

油断すると、そんな言葉がゆめみの口から飛び出た。考えてしまうのは、あの幸村のお返しの山だ。100個は超えていたと思う。
立海は男子に比べて女子の数が少なく、1100人くらいの人数だったはずだ。110個もらったとしても、10人に1人の割合で幸村にチョコを渡した計算になる。

途方も無い人気ぶりだ。
いつも当たり前のように隣にいた幸村がなんだか遠くに感じて、ゆめみは寂しい気持ちになった。

全員義理チョコなのかな?そんなことは無いだろう、きっと本気で幸村が好きで、その想いを口にした女子も多いのではないか。ゆめみはそんなことをぐるぐると考えてしまう。

「待たせたね」

そんな考えに囚われていると、幸村の柔らかな声が聞こえて、ゆめみははっと幸村を見た。

「精市」

さぞかし疲れているだろうと想像していたが、幸村の表情は晴れ晴れとしていて。
ゆめみが名前を呼ぶととても嬉しそうに笑った。

「お昼にしようか」

2人はお弁当を広げて、お昼を食べ始めた。話す内容はいつもと同じ。ゆめみの育てているチューリップの茎が伸びて来たとか、昨日のフランス語のオンライン講座での先生の様子がどうだったとか、テレビでルノワール特集をしていたとか、そんな話だ。

ゆめみも幸村もホワイトデーの話はしなかった。幸村はゆめみにその話をしたくは無かったし、ゆめみもなんとなく聞くのが怖かった。知りたいとも思うが、例えば「100個もらったよ」と言われて、それに対してなんて答えた良いのかわからなかったのだ。

2人はくすくすと笑いながら穏やかに昼食を終えた。

「少し散歩しない?」

幸村がそう言ってゆめみを誘う。「うん」とゆめみは頷いて、幸村の後に続く。自分達で植えた球根が育っている様子や、既に咲き始めた花を見ながら2人は歩いた。そして、1番校舎の入り口から離れた場所まで歩いて来た。
そこは一帯にバラが植えられているエリアだった。

「あっ、新しいバラが増えてる」

ゆめみは嬉しそうにそう言って駆け出した。バラはゆめみが好きな花の1つで、1つ1つ名前と種類を覚えていたのだ。
まだ3月なので蕾もついていないが、葉が伸び始めている。「なんて名前のバラかな」とゆめみが楽しそうにそう言う。

「ゆめみだよ」

ゆめみは幸村の声に驚いて振り返る。
優しい表情を浮かべた幸村と目が合った。
幸村はそっと近づいて、そのバラの葉に手を添えた。その仕草には愛情を感じられて、ゆめみはドキッとした。

「この子はゆめみって言うんだよ」

試すようにじっとゆめみの瞳を覗き込む幸村。ゆめみはなんだか恥ずかしくなって、顔を逸らす。

「すごい偶然だね」

品種改良されて女の子の名前がついたバラがあることは知っていた。でも自分の名前がついたバラがあるなんて。
でも、本当に偶然?
隣でふふという笑い声が聞こえて、ゆめみは幸村をもう一度見た。

「もしかして」
「うん」
「精市が植えたの?」
「うん」

ゆめみの顔が赤くなっていく。学校に自分の名前のバラが植えられたことがなんだか恥ずかしくて仕方がなかったのだ。

「これが俺からのチョコのお礼だよ」

いろんな感情が駆け巡った。でも、最後はやっぱり嬉しいと思ってしまう。

「ありがとう、精市」

そう言ったゆめみの声は震えていた。
幸村は大きく目を見開いて、その後ゆめみの顔を覗き込む。ゆめみは目に溜まった涙を恥ずかしそうに拭って「嬉しくて」と言った。

幸村はそんなゆめみを抱きしめたくて、抱きしめたくて仕方がなかったのだが、出来ずにぎゅっと拳を握りしめた。

「なんだか寂しいと思ってたところだったんだ」

ゆめみは素直な気持ちをそう切り出した。

「精市が遠く感じて、寂しいって思ったけど、ここにこの子がいるって知ったら、そんなの吹っ飛んじゃった」

「寂しいと思ってくれたのかい?」幸村はその言葉に期待してしまう。
ゆめみは「うん」と頷いて、「やっぱり精市は私にとって大切な友達だから」と付け加えた。

「来年クラス離れちゃったら嫌だな」
「俺も最近そのことを考えるよ」

今は学校で過ごす大部分を2人で過ごしている。恋愛感情を抜きにしても、とても気の合う2人なのだ。
それでも22クラスあるマンモス校の立海だ。再び同じクラスになれる可能性は限りなく低い。

「美化委員会で会えるといいな」
「ああ、それとフランス語のオンライン授業で週2回は会えるね」

幸村の言葉にゆめみは「それって会えるって言えるかな?」と不思議そうな声を出す。会うと言っても、パソコンの画面上なのだ。
「そうだな、言えないか」と幸村は悲しそうな顔をした。

今まで毎日一緒にいたことを考えると、本当に全然会えなくなってしまうのだ。

「ゆめみ」

幸村はゆめみの名前を呼んだ。ゆめみは顔を幸村へと向ける。

『好きだよ、恋人になってくれるね?』

と告白したい、と幸村は心から思った。
恋人ならば、休日に会ったり出来るのに。
離れていても、安心出来るのに。

でも、それは友人を裏切ることになる。

幸村は目を閉じて、ふぅと息を吐いた。

「あと1週間、クラスメイトとしてよろしくね」

ゆめみは「うん」と泣きそうな顔で笑った。

予鈴が鳴って、2人は立ち上がった。
「次の授業、美術だよね?」「あと2回で仕上げないといけないのか」と他愛のない話をしていたが、2人とも心の中でこの瞬間はもう二度と訪れない、大切な時間だと感じていた。

こうして、2人が仲良しのクラスメイトであった1年は終わりを告げる。
春は、もうすぐそこまで来ていた。




(180509/小牧)→68

今、この瞬間。



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