067
(情報源は企業秘密じゃ/仁王)
3月の末日。
修了式を終え、春休みを迎えてから約一週間の時が経った今日。
ゆめこは朝からそわそわしていた。
昨日の夜、テニス部の練習が急にオフになったから明日一日付き合って欲しいと、仁王から電話があったのだ。
誕生日にあげた "えのすい" こと新江ノ島水族館のチケットがそろそろ有効期限を迎えるらしい。
期限までに彼女が出来なかったら付き合え、と言われていたゆめこは、それを聞いてすぐに察した。
「彼女、出来なかったんだね」と哀愁たっぷりに言ったら「黙りんしゃい」と軽くあしらわれてしまったが。
結局なんだかんだでゆめこも水族館には興味があったので、13時に家の前で待ち合わせることになった。
そのことを母親に話すと、
「それってデートじゃない!?」
と、彼女は爛々と目を光らせた。
仁王と二人きりで出掛けることに対して特に何も感じていなかったゆめこだったが、母親のこの発言で変に意識してしまい、それで彼女は朝からそわそわしていたのだ。
おかげで服装を決めるのも無駄に時間が掛かってしまった。
結局買ったばかりの薄手のニットワンピースと、デニムジャケットを着ていくことに落ち着いたが、「やけにオシャレしてるわね」などと母親に指摘されてしまい、ゆめこはぎくりと肩を揺らした。
そうして時間になり家の外に出ると、ほぼ同じタイミングで仁王も出てきた。
その瞬間、母親に言われた "デート" というワードが頭を過る。
急に緊張してきたゆめこは、
「仁王くん、今日はよろしくお願いします」
と仰々しい態度で頭を下げた。
そんなゆめこに仁王はきょとんと目を丸くしたまま、
「なんか悪いもんでも食ったか?」
と言った。
その一言で一気に肩の力が抜けたゆめこは、「食べてないよ!いつもこんな感じだし」とすぐに言い返した。
それから二人は電車で水族館へと向かった。
入場口でチケットを提示し、館内パンフレットを受け取る。
「仁王くん、14時からイルカショーやるよ」
「ほう」
「15時半からはペンギンの餌やりが見れる!」
パンフレットを開きながら声を弾ませるゆめこ。
仁王は自分のパンフレットは開かず、ゆめこのそれを後ろから覗き込むと「じゃあ両方行くか」と声を掛けた。
イルカショーはもうすぐ始まってしまいそうなので、二人は早速スタジアムへと足を進める。
途中、マイワシの大群が見れる大水槽があって、ゆめこはぴたりと足を止めた。
「見て!仁王くん、すごい群れ」
「ほんまやね。何匹くらいおるんじゃろうか?」
「約8000匹だって!」
ゆめこは水槽の前にある説明を見ながらそう言った。
銀色に輝くマイワシの群れは迫力があって、二人はしばらくそこで足を止めていたが、ゆめこが「8000匹も食べれないよね」と言ったことで仁王はドン引きして彼女を見た。
「そういう観点から見るか?普通」
「あはは、つい」
「ほんとお前さんは食い意地がはってるのう」
「でもマイワシって美味しいじゃん」
「はいはい、分かったからもう行くぜよ」
目を輝かせてマイワシを見ているゆめこの腕を、仁王はぐいと引っ張る。
「もう少し見てたかったなぁ」
「そうは言っても、ゆっくりし過ぎるとイルカショーが始まってしまうきに」
「あ、そっか」
イルカショーは見逃せないと思ったのか、ゆめこはおとなしく仁王の後に続く。
スタジアムに到着すると、既にそこには多くの客が集まっていた。
後ろの方は割と空いていたので、二人はそこに腰を下ろした。
「もう少し前に行かなくて良かったんか?」
ゆめこのことだ。「もっと前で観たい!」なんて言い出すと読んでいた仁王は不思議そうにそう尋ねた。
しかしゆめこは得意気な顔でちっちっと舌を鳴らしながら人差し指を立てると、
「仁王くん、あれを見て」
と言って前方の方に目を向けた。
「床があんなに濡れてる。きっと水しぶきがすごいんだよ」
「嫌なんか?」
「えー!水かけて欲しい派の人?」
「いや、それは困るのう」
「でしょでしょ!」
夏ならまだしも、三月はまだまだ冷える。
タオルも持ってきていないので、ゆめこはそれを懸念しているようだった。
少し経ってイルカショーが始まると、案の定イルカが大ジャンプして観客に水しぶきをかけるという演出があった。
前の方では子供達がその水を体いっぱいに浴びながらきゃいきゃいと騒いでいる。
「あはは!見て見て!前にいる子達めっちゃ濡れてる」
「楽しそうやねぇ」
「小さい子ってどうしてあんなに無邪気でかわいいんだろうね」
とゆめこは癒されたようにそう言った。
弟や妹がいないゆめこは、普段小さい子に接する機会も無いので余計子供達がかわいく見えたようだ。
「ずっと見てられるなぁ」なんて頬を緩めながら言うゆめこに、仁王は小さく笑みをこぼす。
「俺はゆめのを見てる方が楽しい」
「えっ」
「ころころ表情も変わるし、見てて飽きん」
「そ、そうかな」
ゆめこの顔をじっと見つめながらそんなことを言う仁王に、ゆめこはわずかにたじろぐ。
こうして誘ってくれるくらいだから嫌われてはいないはず、と思う反面、仁王はあまり感情表現が豊かな方ではないのでたまに分からなくなることもあった。
ご近所付き合いの一環として仲良くしてくれているのか。それとも、本当に友達として好んで一緒にいてくれているのか。
しかし、思わぬところで彼の本音が聞けて、ゆめこはなんだか心の奥にぽっと火がともったような気持ちになった。
「私も仁王くんといると楽しいよ」
そう伝えると、仁王はわずかに驚いた表情をした後、「それは良かった」と言ってにやりと口角を上げた。
それから二人はクラゲの水槽や、ペンギンの餌やりを見たり、タッチプールで色んな生物と触れ合ったりして、水族館を大いに満喫した。
外に出るとすっかり日も暮れていて、ゆめこ達はせっかくだから夕飯を外で食べていくことにした。
水族館の目と鼻の先に有名なパンケーキ屋があって、ゆめこの強い希望もあり二人はそこに入ることにした。
ハワイに本店がある人気店だ。
夕飯にしては少し早い時間ということもあり、あまり待たずに入店できた。
ゆめこはフルーツとホイップクリームがたくさん乗ったパンケーキを、仁王はエッグベネディクトを注文した。
仁王の意思というよりは、ゆめこがエッグベネディクトも食べてみたかったので、「仁王くんこれ頼んでみる気ない?そして私に一口ちょうだい」と、ごり押ししたのだ。
そうして注文した品を待ってる間、ゆめこは水族館で撮った写真を仁王に共有しながら口を開いた。
「あれから一年か〜」
「どうした急に」
「いや、なんか一年前のこと思い出しちゃって。私達が出会ったの、ちょうど去年の今くらいでしょ?」
「ああ、確かにそうじゃのう。よう喋るやかましい奴だと思ったっけ」
「え、ひど!なにその第一印象!」
ゆめこは目に見えてガーンとショックを受ける。しかし喉を鳴らしておかしそうに笑う仁王見て「まぁ、いいや」とすぐに流すと、
「私達ももう二年生になるんだね」
としみじみ言った。
この春休みが明けたら、ゆめこ達は二年に進級する。
一年が過ぎるのがあっという間で、いまいち実感がわかないな。とゆめこは思った。
「先輩になるんだよ、私達。なんだか信じられないよね。テニス部にも新入生入ってくるかな?」
「そりゃわんさか入ってくるだろうな」
「去年全国優勝したしね。強い子が集まってきたりして」
「そうやね。俺達も負けてられん」
仁王の話によると、新入生が入ってきたら校内ランキング戦が行われ、今期のレギュラーが決まるらしい。
去年幸村、真田、柳の三人はそれを勝ち進みレギュラーの座についたのだ。
「仁王くんなら大丈夫だよ!」
「なにを根拠に」
「そんな予感がするもん」
「お前さんの予感は当たりそうやからのう」
「まぁね!それに、仁王くんが頑張ってるの私知ってるから」
そう言ってにこにこと笑うゆめこ。
彼女がこうして自分を信じて応援してくれている。その事実だけで、仁王は頑張れるような気がした。
しかし、
「仁王くんがレギュラーになったら私もっと応援に行くね」
というゆめこの一言に、仁王はハッとして顔を上げた。
応援に来て欲しいのは山々だが、彼には少々不安もあった。
彼女が来ることを喜ぶ人物が、自分以外にも少なくとも二人はいる。
そのことを仁王は知っていたのだ。
そしてその内の一人の顔を思い浮かべた時、ここ三ヶ月程ずっと気になっていたことが頭を過ぎった。
ゆめこの口から真実を聞かされるのがこわくて、ずっと胸に秘めていたあの話題。
今なら切り出せるような気がして、仁王は「ところで」と徐に口を開いた。
「毛利先輩と出掛けたってほんとか?」
「えっ!」
突然そんな質問を投げかけられ、ゆめこはびっくりして仁王を見た。
「随分動揺しとるのう」
「だ、だって脈絡も無くそんなこと聞いてくるから」
ゆめこはごほんと大袈裟に咳払いをすると、「誰に聞いたの?」と無駄にひそひそと声を潜めて尋ねた。
そんなゆめこの言動に、出掛けたのは本当なんだな。と仁王は思った。
「情報源は企業秘密じゃ」
「ええー!なにそれ!蓮二?ジャッカルくん?」
ゆめみには毛利と出掛けた次の日、ももにはホワイトデーの日に詳細を話していたので、漏れるとしたらこの二人か?とゆめこは咄嗟に思った。
しかし仁王は「秘密じゃ」と一貫して話そうとしない。
ゆめこは「もう」と言いながらコップに手を伸ばし水を口に含む。
その瞬間、
「手まで繋ぐとは、仲が良いみたいじゃの」
と言われ、ゆめこは思わず水を噴き出しそうになった。
それをなんとかぐっと飲み込んで、「ななななんで知ってるの?」とゆめこは目を白黒させて仁王を見た。
「なるほどな。まさか本当だったとは」
「あ・・・」
しまった。言わなければ良かった。
と、ゆめこは慌てて自分の口元を押さえる。
「それには深い事情がございまして」
「ほう」
「いや、逆かな?深い意味は無くて、ですね」
と、しどろもどろで言い訳をするゆめこを、仁王は目を細めて見つめる。
しかしすぐに、
あれ?なんで私必死に言い訳してんの?
と我に返り、ゆめこは「まぁ、そういうこともありましたよ」と開き直った。
「ゆめのを誘うとは、物好きな奴もおるのう」
「その理屈だと仁王くんも物好きってことになるよ?」
「・・・そうじゃな」
「否定してよ。調子狂うじゃん」
口元に手を当て、考え込むような素振りをする仁王に、ゆめこはすかさずツッコむ。
しかしその時注文していたものが運ばれてきて、その話題はそこで途切れてしまった。
どうして毛利と出掛けたのか。
どうして手を繋いだのか。
彼のことをどう思っているのか。
聞きたいことは山程あった仁王だったが、運ばれてきたパンケーキを見て嬉しそうに目を輝かせるゆめこを見たら、その全てが喉の奥に引っ込んでいった。
(180506/由氣)
chapter1はこれにて完結です。
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